ゲーム内……イヤ、異世界だろ、これ?
続けて二連投。
「……んぁ?」
寝覚めは半端ない違和感からだった。
身体の下から感じるのは布団の柔らかい感触では無く、微妙に凹凸のある硬い感触。鼻に感じる匂いは自分の部屋に染み付いた自分自身の匂いでは無く、自然に咲く草花の匂い。そして何よりも閉じた瞼の裏からでも感じる強い日差しは、お世辞にも日当たりが良いとは言えない自分の部屋では有り得ない眩しさ。
「……んぅ………………何処だここ?」
痛む頭に手をやりつつ上体を起こして辺りを見れば……率直かつ単純な疑問しか浮かばなかった。
自分は確かに自分の部屋で自分の布団で寝ていた筈。しかし、目覚めてみれば……自分の部屋どころか自分の住んでたアパート……いや、自分の住んでた街すら無い。目に映るのは木・草・花・虫、そして小憎らしい程に澄み渡った青空と白い雲に、空を飛ぶ鳥達――どっからどう見ても完全なアウトドア。文明の利器の欠片も見られない。
「……マジで何処だよ…………どっかの田舎か?」
自分が寝ていたすぐ近くに、木々の隙間を縫うように一直線に雑草が生えていない所がある。恐らくはこれが『道』なのであろうが……アスファルトなんて気の利いたモノは無い、見事なまでの自然道。
どうやら自分は森……いや、林の中の林道沿いで寝ていたらしい。
「……ったく。何なんだよ…………あっ?」
何がどうして誰の仕業でこうなったのかと、目覚めたばかりのボンヤリ頭で考えながら起き上がりつつ、身体に付いていた葉っぱ等を手で払っていると、更なる違和感に気がついた。
そのまま視線を下げれば目に付いたのは白と赤。寝る時に何時も着ているジャージでは無く、白衣に緋袴。その上履いているのは足袋に草履……
「………………まさか……」
思わず自分の身体を手・脚・背中と見回す。しかし、どっからどう見ても自分が着ているのは『巫女装束』。しかし、困惑しているのは見慣れない服装だからではない。見慣れた服装だからこそ困惑している。
腰帯に括り付けてある小袋の存在を確認して手を突っ込み、そこから出した手鏡で自分の顔を確認する。映ったのはやや整った、中の上と言った顔立ちの女性の顔。肩甲骨ぐらいまで伸びた髪を首の後ろで無造作に紐で括ってあり、前髪は眉毛に掛かる程度。意思を込めれば凛と鋭く輝きそうな眼も、今はただ無気力そうに……と言うかダルそうに垂れ下がっている。
「……ハァ〜〜……」
その顔では無く、髪の長さを見て深い溜息を吐く。ボンヤリしていた頭も覚醒して否応無く確信させられる。
「…………この服装に、この髪の長さ……『九十九妖異譚』のオレのアバターじゃんかよ……」
顔の造りは、キャラメイクの時に自分の写真をそのまま使ったから同じであるが、現実世界の自分はショートヘアー。しかし、今の自分の髪はゲーム内アバターと同じ長さになっているし服装も同様。どう考えても、今自分はVRMMOゲーム『九十九妖異譚』の中に居るという事になるのだが……
「……オレ、普通に寝たはずだぞ? ログインした覚えは無いんだけどな……」
寝る前の自分の行動を思い返して小首を傾げる彼女……が、欠伸を一つすると手鏡を仕舞い、手近な木の中で一番大きい木の枝――四〜五メートル程の高さにある太い枝に飛び乗るとそこに落ち着き――
「――まだ眠い……」
……アッサリ二度寝を決め込んだ。
――――Now・Sleeping――――
「――ん……く……」
暫くの後に、頭を振りつつ再び目覚める彼女。先程より眠気は取れたのか、幾分かは動きから鈍さが取れている……ダルそうな目付きは変わっていないが……
木々の隙間から見える太陽の位置から、まだ昼前ぐらいと見当を付けると、そのまま自分が寝ていた太い枝に腰掛け足をブラブラさせながら改めて自分の状況を鑑みる。
(あ〜〜。やっぱ今のオレ、『九十九妖異譚』のアバターの姿になってるけど……ここはゲーム内じゃ無さそうだよな。そもそも、ゲーム内で目覚める事自体有り得ないし)
『九十九妖異譚』ゲーム内で寝てしまえば、自分に付けてある装置がレム睡眠だか何だかの脳波を感知すると自動でログアウトする仕様になっている。故に目覚めた時は絶対に現実でなければならない。これ一つ取ってもここがゲーム内では無い事がわかる。
(それにな〜……)
人差し指と中指を揃えて横に振ってみるも、メニュー画面が現れない。やはり、ゲーム内では有り得ない。
(アレもだし……)
視線の先にあるのは、枝に引っ掛かっている千切れた落ち葉。『九十九妖異譚』ゲーム内では死体並びに、ある程度のダメージを受けた物体はポリゴン化した後に消失する筈である。あそこまで千切れた葉っぱが消失せずに残っているのは、これもまたゲーム内では有り得ない。
(そして何よりもここが現実だって突きつけてくるのが、この頭の中のモノの所為だよ……)
最初に目覚めた時はボンヤリしていた所為で気がつかなかったが、今はハッキリとわかる。イヤ、知っていると言うべきか……自分の内側に数多くの知識・技術・経験が存在する――ゲーム内では単なる『スキル』として扱っていたモノを、現実世界で扱える様にする為の知識・技術・経験が。
現に先程自分はこの枝に飛び乗っている。四〜五メートルもの高さがあるのに――無意識かつ当たり前の様に。
(ゲームの中に居る……って言うか、ゲームに似た世界に来たって考えた方がシックリ来るな)
膝の上に肘を乗せて、更にその上で組んだ手に顎を乗せた状態で考える。色々なWhy? Who? How? が思い浮かぶが数分後。徐に先程の、腰帯に括り付けてある小袋から竹で出来た水筒を取り出すと中身を一気に飲み干す。そして飲み干した後に一言――
「――ふぅ…………まっ、別に良いか……」
――アッサリ呟いた。
そして、枝から地面に飛び降りる。4〜5メートルの高さは何のダメージも足に齎さない。次いで、持っていた水筒を適当に放り投げる……ポイ捨て禁止と突っ込みたい所ではあるが、竹で出来てるから何時か腐って土に還るであろう。エコである。
「別に、あっちの世界に未練なんて無いしな。彼氏とかも居る訳じゃねーし……て言うか――」
う〜〜ん、と背を伸ばしながら彼女が呟く。淡々と言っているのだが、言葉を紡いでいく内に段々と表情が変わっていく。唇の端が徐々に上がって行き、ダルそうに垂れ下がっていた目も鋭くギラついた輝きを宿していき――
「――こっちの世界の方が、オレにとっては都合良いのかもな?」
――その声には隠しきれない喜びが溢れていた。獲物の匂いを嗅ぎつけた肉食獣の様に。宝の手掛かりを掴んだトレジャーハンターの様に。そして、運命の相手を見つけた御伽噺の王子様の様に――底冷えのする笑顔を浮かべていた。
「取り敢えずは……移動するか――ん?」
そう言って一歩踏み出そうとした所で足元に違和感を感じ、視線を落とす。
そこにはバスケットボール程の大きさの茶色い毛玉が居た。自分の足にスリスリと纏わりつく様にくっ付いているソレを見て、彼女は感慨深そうに呟く。
「『すねこすり』か。ゲーム内最弱の、突然現れて足に擦り寄るだけの無害な――様でいて、実は有害な妖怪……アリガトよ。オマエのお陰で、ここがオレが居た世界じゃ無いって完全に実感出来たぜ」
そう言った後に軽く『すねこすり』を蹴る。蹴られた『すねこすり』は、そのままコロコロと転がって茂みの中に消える。それを軽く笑いながら見送った後、彼女は改めて林道を歩き出す。
「――この世界は、オレの望みを叶えてくれる事を願うぜ?」
――その言葉には、確かな期待感が含まれていた。
ご愛読有難うございました。
本日の解説
――――『すねこすり』――――
ゲーム『九十九妖異譚』に於いて最弱の『妖怪』。建物の中以外ならば何時でも何処でも足元に現れて擦り寄るだけの無害な妖怪……なのだが、屋外ならば『何時でも』『何処でも』現れる為に、戦闘中に足元に現れて転ばされるプレイヤーが続出した事から、ゲーム内では『地雷妖怪』などと呼ばれている。
余談ではあるが、あるプレイヤーが格好良く技を決めようとした時に無様にコイツに転ばされた瞬間を記録した映像は、某動画投稿サイトでミリオン再生の最短記録を更新したとか。




