出立……イヤ、またオマエか?
年末が近づいてくると忙しくなる……
「―――――!!」
叫んでいる。
ただ叫んでいる。
自分に出来る限りの大声で叫んでいる。
微かに見えるソレに向けて。
どれだけ大きな声かは問題じゃ無い、どこまで叫び続けられるかも問題じゃ無い。
問題なのはソレに届くかどうか。
「――――で!!いー―いで!!―かない―!!」
ただ一つに向けて子は叫び続ける。
* * *
「御免下さい」
とある昼下がりの刻限。庄左衛門は一軒の屋敷を訪ねていた。かつては自作自演によって治療費を儲けていた薬師が、今はその企みを暴いた巫女が住んでいる屋敷に。
返事が返ってこないにも拘わらず、庄左衛門は勝手知ったる他人の家とばかりに玄関から上がり廊下を歩いて行く。現在のこの屋敷の主が、その程度の事を気にしない事は既に良〜く知っているが故の行動であった。そうして廊下を進んで行けば、中庭に面した廊下……縁側に腰掛けて、とある作業に勤しんでいる何時も通りの巫女姿の彼女を見つける。
「…………何をしているのですかな?」
「ん? 見りゃわかるだろ?」
出会って一番、疑問を投げかける庄左衛門の方を向く事無く、手元から目を離さずに彼女が答える。
彼女が今やっている事と言えば、輪っかにした一本の紐を両手の指で取り合う独り遊び――あやとり。それ自体は何て事のない遊びだが、問題は紐が青白い輝きを放っている――念糸である。念糸であやとりをしている。
「…………」
器用に両手の指を動かす彼女の手元を眺めつつ、庄左衛門は重い口を開く。
「実はですな「箒」……折り入って話が「富士山」……こんな事、貴女に取っては「蟹」…………「四段梯子」……頼みますから、真面目に聞いて下され」
会話の最中に、次々と出来たあやとりの型を見せる彼女。そして話しの腰を折られまくる庄左衛門。そんな庄左衛門が頼んでくるが、彼女は変わらず手元から目を離さずに答える。
「イヤ、アンタの雰囲気からして聞く気が沸かないんだけどな……何時もならさっさと要件を告げるのに、そこまで重い雰囲気を持ってるとなると……かなりメンドくさい事だろ?」
「……御明察の通りです」
彼女の言葉に、取り繕っても意味が無いと覚悟したのか庄左衛門が懐から一枚の紙を取り出し彼女に差し出す。あやとりを中断した彼女はそれを受け取り――ダルそうだった目つきが鋭くなる。
「……オイ」
「……はい」
「……これはどういう事だ? 納得のいく説明してくれるんだろうな?」
受け取った紙を指でトントン叩きながら尋ねる彼女。納得いかなかったらタダじゃ済まないぞ、と言うのが丸わかりの表情である。
物凄い達筆な上に堅苦しくて読み難かったが紙に書かれていた内容は、とある貴族からの彼女に対しての『京』への来訪要請及び依頼であった。
「何でこんな物が来る?」
「私の伝手によって、逆に貴女の情報があちらの方に流れてしまっていたのです。その点に付いては、申し訳ありませんとしか言えません」
「……だとしても、何故オレに要請が来る? 『京』はアイツ等の縄張りだろ? 部外者なんて、立ち入らせる事すら許さないだろ?」
「……どうやらその者達でも、どうにも出来無い事態が起きてるようでして……こうやって部外者にも声を掛けている様です」
「…………」
それを聞いて彼女がやや呆れた表情になる。何やってんだ? と言いたげな表情に。そんな彼女に庄左衛門は恐る恐る尋ねる。
「どうでしょう? この話し、受けて頂けますか?」
(……どうしよっかな〜……)
腕を組んで考える彼女。正直悩む。
いい加減、此処に居るのも潮時だと考えていたのは事実。この辺りに強い妖怪が居ない事もわかってる。この街を離れる事に何の問題も未練も無い。
……しかし、かと言って『京』へ行くのは気が進まない。行けば間違い無く面倒事に巻き込まれる。火を見るより明らかな未来予想図が脳裏に浮かぶ。
「(あ゛〜〜…………ここで無駄に時間を潰すよりかは、行った方がマシ……か。『京』にも一度は行ってみようとは思ってたし。最悪、アイツ等相手に喧嘩も……良いかもしれないし?)わかった、受けるぜ――じゃ、達者でな」
「は? いや、ちょっと待って――て? は、速い?! もう居ない?!」
悩みに悩んで悩みぬいた結果に一人頷くと彼女は了承し、そのまま立ち上がって屋敷を出て行く。ご丁寧に【縮地】まで使っての速い行動に、その場に居た庄左衛門が気がついた時には既に彼女の姿は無かった。それだけでなく、【縮地】で大通りを突っ走りそのままの勢いで街を出て行った彼女に、この街の人間全てが別れの挨拶を掛けられず終いであった。
――――Time・Going――――
「…………」
街を離れて暫しの後、彼女は思い掛け無い再会にやや困惑していた。
「やっと、見つけたぞ!」
「……何しに来たんだよ? 『後追い小僧』」
溜め息を吐く彼女の前で、堂々と右手の人差し指をビシッと突き付けているのは、一見モブ、その実妖怪な着物を着た小僧――『後追い小僧』であった。
彼女の問いに、『後追い小僧』は高らかに宣言する。
「決まってるだろっ! もう一度勝負を挑みに来た!」
「……え〜〜……」
「『後追い小僧』の誇りにかけて、今度こそ勝つ!!」
「…………」
物凄い自信溢れる『後追い小僧』の態度に対して、彼女は物凄い冷めた視線を送る。前回の時は息も絶え絶えで途中で置いてかれたと言うのに、その自信はどこから来るのかと彼女は思った。
(何か考えがあって来たんだろうけど……付き合う義理は無ーし)
彼女はアッサリ『後追い小僧』の横を通ると、【縮地】による連続移動でその場からあっと言う間に消える。しかし、『後追い小僧』は慌てる事無く遠く霞んでいく彼女の背を見ながら前傾姿勢になる。
「行くぞ……大丈夫……何度も試した……」
自分に言い聞かせる様に呟きながら、『後追い小僧』は自分の中の妖力に意識を集中する。これまで何もしてこなかった訳では無い。低級妖怪なれど、少しずつ妖力を蓄えてきたその成果を今ここで出す。
「――はっ!!」
――駆ける。疾走る。前回とは比べ物にならない速さで爆走する。
蓄えた妖力を足裏から放出し、地面を蹴る時に更なる加速を上乗せするブースト作用で街道を突っ走る。道行く他の旅人などが、何なんだ?! と驚いて道脇に逃げるのを気にも止めず……と言うか、そんな余裕持てずに『後追い小僧』は走り続ける。
……この時、『後追い小僧』は集中しており、顔を上げて前を見る事も難しかった。左右の足裏から放出する妖力の量と力加減を間違えると、あっと言う間にバランスを崩して転んでしまうからである。実際、練習中には何度も転んでは起き上がり、また転んでは起き上がりを繰り返した。
しかし、その苦難もこの時の為の糧。自らの誇りにかけて、『後追い小僧』は勝利の二文字目指して繊細なバランスを保ちつつ駆ける。
「――――っ?!」
時間にして三分にも満たない短い時間を疾走り続けた後、『後追い小僧』は徐々に勢いを失い遂に立ち止まる。膝に手を置き荒くなった息を整えながら、地面を確認する。見れば地面には新しい足跡は無い――自分の前には誰も居ない証明。
「……ふふふふ……やった……遂にやったぞ! 追い越してやったぞーーっ!!」
両手を天へと突き上げ喝采をあげる『後追い小僧』。流れる汗も身体の疲労も、今は心地良く感じる。自らの誇りをかけた勝負に勝利した『後追い小僧』はドヤ顔で後方に居るであろう彼女に振り返り――
「――あれっ?」
――フリーズした。
居ない。誰も居ない。彼女の姿が影も形もない。予想外の光景に『後追い小僧』は一瞬呆けてしまう。
「……速すぎた? とっくに追い越してたのかな?」
どうにも腑に落ちない表情で『後追い小僧』が元来た道を戻る。道に変わった所は無く、地面にも自分の付けた足跡しか見られない。そうして暫くの後、『後追い小僧』はあるモノを見つけて絶句する。
「…………」
それは自分が今まで疾走り抜けた道から枝分かれしたもう一本の道――分かれ道。見ればそっちの道にこそ、新しい足跡が続いている。
「……道、間違えてたーーーーっ!!!!」
* * *
「…………」
所変わって別の道。彼女は道の途中で足を止めていた。【縮地】連続移動のクールタイムもそうなのだが、もう一つの理由で。
「――――てーー!!」
「……ん?」
ふと後ろの方から聞こえてきた声に彼女が振り返る。視線の先には砂煙りを上げながらこちらへと迫り来る暴走妖怪。
「待ーーーーてーーーーっ!!!!」
「……やっと道を間違えた事に気づいたのか……」
実は『後追い小僧』が違う道を進んだ事に彼女は気づいていた……と言うか、正に目の前で違う道を進んでいったのだが……声を掛ける間も与えず『後追い小僧』が行ってしまったので、彼女はサクッと無視して進んで行たのであった。
尋常じゃない速さと鬼気迫る表情に若干引きつつ、彼女は迫る『後追い小僧』に声を掛ける。
「おーーい! 危ないから止まれ!!」
「はっ! その手は食わないぞっ!!」
「イヤ、違ーし! この先は本当に今は危ないんだ!!」
「ふんっ! 障害物も『すねこすり』も、進路上には何も無いじゃんかっ!!」
「だからっ! そうじゃなくて「がぼあっ?!!」……だーから、言ったってのに……」
彼女の言葉を聞かずに横を通り過ぎて行った『後追い小僧』が、少し先で地面に沈んだのを見て、彼女が思わず手で顔を覆う。
そして彼女の目の前で地面に細い線が走ると、それに沿って地面の一部が立ち上がる。パッと見、一枚の壁にしか見えないが、チョコンと飛び出た小さな手足が違うと物語っている。
「『塗り壁』が居るんだっつーのに……」
自分の身長を軽く超える大きさの『塗り壁』を前に、彼女は大きく溜め息を吐くと腰の『那由多の袋』から山葡萄を取り出し『塗り壁』に話し掛ける。
「ンなもん喰ったら腹壊すぞ。コレやるから吐き出せ」
「――――ぐえっ!」
彼女の言葉……と言うか山葡萄にアッサリ従い『塗り壁』の身体から滲み出る様に『後追い小僧』が吐き出される。それを見ると彼女は山葡萄を『塗り壁』に放うる。山葡萄はドプンッ、と音を立てて『塗り壁』の体内に取り込まれる。
「折角だし、これもやるよ」
言って『那由多の袋』から更に出した山葡萄を風呂敷に詰めて『塗り壁』の小さな手に握らせる。嬉しいのか、『塗り壁』が身体を小刻みに揺すると、今度は何かの塊を体内から出す。彼女が拾って眺めると、所々に輝くモノが見える。
「何かの原石か?……くれんのか? ありがとよ」
彼女が礼を言うと同時、『塗り壁』が山葡萄入り風呂敷を体内に取り込むと、地面に溶け込む様に消える。そして彼女の【妖気感知】が、妖気が遠ざかって行くのを感じる。
「…………」
「…………」
後に残されたのは彼女と……泥塗れで地面に倒れている『後追い小僧』。ピクピクしている所から、大丈夫っちゃー大丈夫であろう。
それを確認した彼女は、『後追い小僧』をその場に放置して目的地に向けて再び【縮地】連続移動で立ち去る。
……余談ではあるが、この一時間後に目覚めた『後追い小僧』は更なるリベンジに燃えるのであった。
「次こそはっ!! 『後追い小僧』の誇りにかけてっ!!」
ご愛読有難うございました。
本日の解説。
――――『塗り壁』――――
中級『妖怪』且つ『中立妖怪』。
動きが遅いので土に同化して待ち伏せる。身体の硬度を自由に変えられるので、固くして弾いたり柔らかくして取り込んだりする。
『妖核』を身体の中で自由に動かせるので、狙いを付けるのが難しい上に、身体が欠けても土を取り込んで再生出来るので、倒すのは非常に難しい。
山葡萄が好物。




