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遭遇……イヤ、居たんだオマエ

寒暖の差で風邪引いてた……皆さんも体調管理に気をつけて。

「…………」


 空が真っ赤に染まった夕暮れ時の街道を、柏餅を摘みながら歩く彼女。ハッキリ言って不機嫌顔で、半ばヤケ食いにも見える。

 彼女が何故不機嫌かと言えば、ここ最近のハズレな依頼ばかりが原因である。特につい最近の『日和坊』と『雨降小僧』に関しては、結局手が出てしまった程であったのだから彼女のフラストレーションも計り知れない。


(いい加減、別の所に行くか……ここまで雑魚ばかりだと、ホント此処に居る意味無ーし)


 庄左衛門達の要望にはある程度答えたし、そもそも自分は留まる気は無かったのを強引に留めたのは向こうなのだし、もう立ち去ってもこちらに非は無いだろう。

 彼女がそんな事を考えていると――いきなり周囲から音が消えた。


「――っ?!!」


 空を飛ぶ烏の鳴き声や道端から聞こえた虫の鳴き声。それ等全てが途絶えた静寂の中、彼女はかつて()()()()でも遭遇した突然の異変に空を見上げて呟く。


「夕暮れ……『逢魔が時』か……ゲームに酷似した世界だと思ってたけど……オマエもちゃんと居たんだな。これまで遭わなかったんで、居ないモノだと思ってたぜ――」


 突如【妖気感知】に感じる強力な妖気。先程までは確かに感じていなかった筈なのに、いきなり現れたその妖気の発生源に彼女は振り向く。

 そこに居たのは一人の鎧武者であった。鈍く光る赤黒い甲冑――当世具足と呼ばれる鎧に身を包み胴体から肩・腕・手・腰・脚まで完全に守られており、同じ色合いの兜には鬼を模したかの様な二本の角があり、面頬で覆われ表情のわからぬ顔からは紅く光る瞳だけが覗いている。

 ()()()()と寸分変わらぬその姿に、彼女は思わず苦笑いして呟く。


「――『ネカマキラー』。VRMMOゲーム『九十九妖異譚』で、プレイヤーによる一番殺したい奴ランキングで堂々一位に輝いた存在」


――この現れた鎧武者は、正式名称は『逢魔が時の鎧武者』なのだが……そう呼ぶ者は殆ど居ない。

 この鎧武者、名前が示す通り夕暮れ時――『逢魔が時』に突然現れる。街や村の中以外ならば山の中だろうと森の中だろうと浜辺だろうと雪原だろうと何処にでも現れる上に完全なランダム。それ故にゲーム初心者がいきなり遭遇して殺られるのも珍しくは無い。

 しかも力は上級妖怪並で、ベテランプレイヤーでもソロならば戦えば負ける可能性の方が高い上に、素早さも意外にあるので逃げるのも難しい。ただコイツは『逢魔が時』()()現れるので、日が完全に沈むとその場から消え去る為、何とかそれまで堪え凌げば生き延びられる。

 しかし、コイツの一番の脅威はその腰に差された一振りの太刀にある。この刀で傷付けられると、そこに決して消えない傷跡が残ってしまうのである。それによって、自分の理想を体現したアバターにそれを台無しにする傷跡が付いた事で泣く泣く自らのアバターを破棄して造り直すネカマ達が後を絶たなかった。それ故に付いた名が『ネカマキラー』。

……当然、その怒りはこの鎧武者自身にも向けられたのだが……エンカウントが完全なランダムの為、狙って遭えない上に、遭えたとしても強敵である事と夕暮れ時から日が沈む迄の限られた時間内でしか戦えないので、倒しきれずに逃げられる事が殆どであった。

 だがしかしネカマ達の恨みは深く、毎日の様に徒党を組んでは『逢魔が時』に徘徊しエンカウントするのを待ち続け――遂に倒す事に成功したのであった。その時のネカマ達の感激と興奮は凄まじく、交流掲示板には書き込みで溢れサーバが暫くダウンし、リアルで打ち上げして酔い潰れる者も居た。

――かくして脅威は去り、もう『逢魔が時』にビクビクする必要は無いんだ、と満面の笑顔でゲームをプレイしていたネカマ達。そこに至るまでの努力と団結・執念に対して……翌日、鎧武者がアッサリ復活すると言うオチが付いた。

 当然ネカマ達は驚き、落胆し、憤慨し、運営に問い合わせが殺到した。しかし運営からの返答は「仕様です」の述べの無い一言。これに対してネカマ達は「巫山戯んなコラァッ!!」と激高するも、その後の運営の対応が変わらなかった事からネカマ達は意地でもこの鎧武者を倒す事に決めた。その後、倒し方や何かのイベントをこなさなければならないのか、と多くの検証を重ねたが未だに完全に倒せずにいる。

――今、彼女の目の前に現れたのは。そんな曰く有りの存在である。


(もし、コイツがゲーム内と同じなら勝率は……まあ、五割ってとこか。けど……そんな甘い考え捨てた方が良さそうだな)


 腰の『那由多の袋』から取り出した手甲を両腕に装着し、ついでに鉈も取り出し右手に持ち構える。それに答えるかの様に、鎧武者も腰の太刀を鞘から引き抜く。真っ黒に染まった、輝きなど欠片も無い刀身。但しそれでもその刃の鋭さがわかる業物を前に、彼女は好戦的な笑みを浮かべ――


「ここんとこ、ロクなのに遭ってないんだ。その分、期待に応えてくれよ?――Shall We(踊ろうぜ?) Dance?」


――売られた喧嘩を買った。


「『急々如律令』――【火気・業】!」


 何の躊躇も無く、先手必勝とばかりにいきなり彼女が行使した術で鎧武者が火柱に包まれる。威力が弱めとは言え、通常の妖怪なら十分なダメージを与えられる火柱に対して――


「ーーーー!」


――鎧武者には効果はあまり無かった。低い唸り声を上げつつ火柱から出て来た鎧武者の動きには何の支障も無く、むしろ重い鎧を身につけているにも拘わらず地を滑るかの素早さで彼女に接近してきた。

 彼女を間合いに捉えた鎧武者は、その黒刀を先のお返しだとばかりに何の躊躇も無く袈裟斬りに振り下ろす。その斬撃を彼女は右手の鉈で受け止め――


「?!――チッ!!」


――力任せに振り払った。そして【縮地】のバックステップで距離を取る。かなり強引なタイミングで振り払った所為でやや痛みを感じる手首を気にしながらも、彼女は鎧武者がやろうとした事の方に驚きを持っていた。


「(このヤロウ。今、黒刀で鉈を絡め取ろうとしやがった。危うく持ってかれるとこだったぜ……ゲーム内じゃそんな事してこなかったぞ?)――って?!」


 彼女の内心を他所に、鎧武者は再び間合いを詰めてその黒刀を振るう。彼女も手に持った鉈と体捌きで迎え撃つが――


「チッ! クソがっ!!」


――反撃の機会どころか何とか凌ぐので精一杯であった。

 今までに出会った連中の様な、何ちゃってな剣術では無い本物の剣術。その一撃一撃が明らかに違う。強いのでは無く鋭い。速いのでは無く巧い。一撃毎に全神経を尖らせていなければならない緊張感。瞬きですら下手に行えば、その瞬間斬られるかもしれない程の連撃。

 そんな中で彼女は……


「〜〜!! ヤルじゃねえか、このヤロウ!!」


……笑っていた。言ってる事は憎々しげだが表情が裏切っていた。殺し合いの真っ最中だと言うのに、実にイイ顔で笑っていた。イカれてるのか? と普通の人なら困惑する状況だが――


「ーーーー!」


――鎧武者には何の変わりも見られなかった。ただ目の前の獲物を斬る事にしか興味が無いとばかりに、その黒刀を縦横無尽に振るう。


「――っとぉ?!」


 顔への刺突を上体を逸らして辛うじて避ける彼女。斬撃と言う()の軌道から、いきなり刺突の()の軌道に変わった事にかなり意表を突かれたが何とか回避する。


「ふんっ!!」


 素早く引き戻された黒刀が再び振るわれるのをバク転で避けると、着地と同時に【縮地】で懐に入り左ストレートを鎧武者の胸元にブチ込む。


(やっぱ(かた)っ?! しかも(おも)っ!!)


 鎧の強固さもさる事ながら、ただでさえ男と女と言う性別差もあるのに、加えて体格差と鎧の重量差でビクともしない。追い払うかの様な胴へのなぎ払いを避けつつ再び距離を取ると、彼女は左手の指で素早く縦横に空を切る事九回――『早九字護身法』をもって告げる。


「【陽気・念糸】!」


 左手の手のひらの中央から出て来た縄サイズの青白い糸が物凄い勢いで伸び、先程目をつけておいた道端に落ちている漬物石サイズの岩塊に絡み付き――


「久々の、超念糸……ヨーヨーっ!!」


――【気功】スキルで強化された筋力でもって、モーニングスターの如く鎧武者に向けて振り回した。

 半端(ハンパ)無い風切り音と共に自分に向けて飛来する岩塊を前に、鎧武者は黒刀を鞘に収め腰を僅かに落とし――


「ーーーー!」

「……はっ?」


――斬った。居合一閃。絡み付いていた念糸ごと見事に岩塊を両断した。余りにもアッサリ斬られた事に彼女が一瞬呆けるが、鎧武者はその隙に彼女に接近して()()に握られた黒刀を大上段から振り下ろす。


「切れ味、良過ぎだろっ!」


 それに対して彼女は右手の鉈で受ける。ギリギリだが確かに防御は間に合った、が――


「――ぐはっ?!!」


――次の瞬間、彼女は真横に吹き飛んでいた。数メートル飛ばされた後、無様に地面をゴロゴロ転がりそのままの勢いで起き上がる。そして直ぐ様『早九字護身法』をもって告げる。


「……【陽気・快癒】」


 激痛と若干の呼吸困難を堪えてどうにか術を行使する。左手で痛む脇腹を押さえつつ鎧武者を見やれば、自分が何を食らったのかがわかった。鎧武者の()()に握られた無骨な()に。


(二刀流かよ。味なまねしやがって……)


 ゲーム内とは違う戦法に、彼女の笑みが深くなる。治療を終え、まだ少し痛みの残る脇腹を意識の外に持って行き相手を睨む。


「今度はコッチの番だ!」


 叫ぶなり持っていた鉈を鎧武者に【投擲】する彼女。無論、何の変哲もないそれはアッサリ鎧武者に黒刀で打ち払われる。明後日の方向に飛んでいってしまった鉈を気にする事無く、彼女は続けて術を行使する。


「『急々如律令』!――【土気・裂】!」


 次の瞬間、鎧武者の足元に小さな亀裂が走り鎧武者が脚を取られる。それを見る前に彼女は既に【縮地】でのショートジャンプ。飛び上がった勢いプラス体重を乗せたチョッピングライト(打ち下ろしの右)をブチ込む!

 足を取られ避ける事が出来ない鎧武者に、吸い込まれる様に命中したその拳の感触に彼女は思わず――


「――チィィッ!!」


――舌打ちした。確かに拳は命中した……ただし、狙った顔ではなく手のひら。鎧武者の左手で受け止められていた。拳ごと鷲掴みにされた肉迫した状態で、彼女は面頬に隠れた鎧武者の顔が確かにニヤリと笑ったのを感じた。

……それを感じて、彼女の何処かが()()()と音を立てた。


「【土気・剛壁】!」


 無事な左手で何時もより三倍速い縦横刻みによる『早九字護身法』を行う。

 突然地中からせり上がってくる大きな石壁。幅も高さも四、五メートルは有り、厚さも十分な石壁が両者を隔てる様に現れ、思わず掴んでいた手を離してしまった鎧武者の視界から彼女の姿が消える。

 お互いの姿が見えなくなった状況で、鎧武者の方は一瞬の逡巡が有った。しかし彼女の方は違う。既に次のアクションを起こしている。


「潰れろっ!!」


 『那由多の袋』から取り出した大木槌で石壁に一撃。小気味良いドンッ、と言う音の後に石壁がゆっくりと鎧武者の方に倒れていく。

 それを見た鎧武者は亀裂に取られたままの足を直ぐ様引き抜く。しかし、逃げるだけの猶予は無い。それが否応無くわかってしまった鎧武者は――


「ーーーー!」


――石壁に走る一筋の縦線。次いで、その線に沿って分かたれる石壁。綺麗に両断された石壁が大きな音を立てて倒れ砂埃が舞う。後に残るは黒刀を振りきった姿勢で佇む、無事な鎧武者の姿。

 残心の残るその姿に――


「――も、いっぱ〜〜〜〜つ!!」


――ジャイアントスイングスローで【投擲】された大木槌が迫る。何時の間にやら距離を取っていた彼女がブン投げた大木槌が、先に斬った岩塊の比ではない風切り音を立てて迫り来る。

 大木槌を斬る事は無理。刀を振り切った姿勢なので、ここから腰の入った振りは出来無い。かと言って受ければ、刀ごと吹っ飛ばされる事は目に見えている。


「ーーーー!」


 刹那の判断。鎧武者は右足を後ろに引き半身になり腰を落とすと、肘を曲げた左腕を前に突き出し盾の様に構える――左腕を捨てる。

 腕を覆う籠手と共に左腕が潰れる音を聞きながら、身体を(ねじ)り強引に大木槌の軌道を逸らそうとする。


「ーーーーッ!!!!」


 地面にもんどり打って倒れるも、見事に大木槌の軌道を逸らす事に成功する鎧武者。離れた場所に着弾する音を聞き流し起き上がった鎧武者が見た物は――己への更なる多数の飛来物だった。

 避ける間も無く飛んで来た無数の鉄杭の殆どは、鎧や兜に当たり甲高い音と共に弾かれる――しかし、その内の一本は顔を守る面頬にある()()()な隙間を縫って、紅く光る瞳の片方に突き刺さった。


「――ォォォォォォォッ!!!!」

「下手な鉄砲も数打ちゃ当たんだよっ! 最も、この世界には鉄砲無いから意味わからないだろうけどな!」


 鎧武者が初めて苦悶の声を上げるのを見て、彼女にしてやったりの笑みが浮かぶ。そして『那由多の袋』から取り出すのは、以前にブン捕った『妖刀』。それを地面に突き立てると印を結ぶ。


「臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前――【金気・鋭】!」


 刀の刀身が淡い光に包まれたのを確認すると手に持って駆ける。鋭さを増した『妖刀』を構えて迫り来る彼女に対して鎧武者はと言えば――


「ーーーー!!」


――コチラも駆け出した。瞳に刺さった鉄杭を抜く事もせず、自分から前に出る真っ向勝負。逃げはしないとばかりの全力特攻。


「へっ!」


 それを見た彼女の唇の端がつり上がる。そしてコチラも負けるかと踏み込む脚の力が増す。掛かって来いとばかりの正面打破。


「――っらぁぁぁぁっ!!!!」

「――ァァァァァァッ!!!!」


――刹那の間に交錯した瞳と協和音を奏でる互いの咆哮。そして奇しくも双方、同じ【斬鉄】によって威力を増した己の最高の斬撃を振るう。

 そして互いの影が交錯し――


「「……………………」」


――離れた。お互い背中合わせに刀を振り斬った姿勢のままで停止。静寂の中、一陣の風が勝者を祝う様に吹き抜け――


「ーーーー」


――鎧武者の姿が消える。

 気配と、地面に落ちた鉄杭の音でそれを察した彼女はと言えば……チッと舌打ちをして空を見上げ呟く。


()()()()かよ……」


 見上げた空は、何時の間にか日が完全に沈んだ星の瞬く夜空。既に『逢魔が時』では無い。それを確認すると、彼女は『妖刀』を仕舞いそこら中に散らばってる鉈・大木槌・鉄杭を回収し始める。


「……良いとこだったんだけどな〜」


 皮一枚、薄い切り傷が付いた首筋を指でなぞりながら彼女は――


「――次こそは……」


――本当に心の底から残念そうに呟いた。

ご愛読有難うございました。


本日の解説。


――――『逢魔が時の鎧武者』――――


VRMMOゲーム『九十九妖異譚』のオリジナル『妖怪』。

『逢魔が時』に突然現れ、街や村の中以外ならば山・森・浜辺・雪原だろうと何処にでも現れる完全なランダムな上級『妖怪』。

夕暮れ時に突然現れる事から『初心者キラー』。狙って遭えない事から『さま○う鎧』。倒しても倒しても蘇る事から『ジェ○ソン』……など色々な呼ばれ方があるが、一番多く呼ばれるのは『ネカマキラー』。

付けられた傷が決して消えない事で泣く泣く自らのアバターを破棄したネカマの数は計り知れず……掲示板ではコイツを完全に倒すための情報が毎日の様にやり取りされている。


――――【陽気・快癒】――――


【陰陽術】の一つ。治癒系の中級術

回復力が高まっており、より傷を治す事が出来る。


――――【土気・裂】――――


【陰陽術】の一つ。

指定した地面に亀裂を造る術。ステータスとスキルの習熟度で出来る亀裂の大きさ・幅が変わる。

相手の体勢を崩すにの有効だが、乱発し過ぎて自分が造った亀裂で転ぶプレイヤーは多い。


――――【土気・剛壁】――――


【陰陽術】の一つ。【土気】系の中級術。

地面から石壁を造る術。ステータスとスキルの習熟度で出来る石壁の大きさ・厚さが変わる。

ただし、出来た石壁は地面にしっかりと固定されている訳ではないので、強い一撃を与えると倒れる事もあるので注意。

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