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顛末……イヤ、何だかな

結構時間が開いて申し訳ありません。モンハンが……モンハンが……


「…………」


 日の沈みかけた黄昏時。道の真ん中で彼女は一人佇んでいた。目を瞑り静かに佇む巫女の姿は、どこか神秘的にも見える。

 道の真ん中で何故そんな事をしているのか? と疑問に思う者も居ない独りきりの瞑想の場に――


「――?!」


――一陣の風が吹いたと思った瞬間には、彼女の左腕が斬られていた。感知は出来ても防御も回避も反応すら出来無い神速な一撃。前日と同じ光景だが、一つ違うのは――斬られた彼女が消えた事であろう。そして後に残る、宙に舞う()()


「「――ッ?!!」」

「――『結界』――起動」


 斬った相手が消えた事に驚いて動きを止めたソレ等を囲む様に、光の膜が現れる。しかも以前のとは違い、分厚いモノ。そんな簡単には破らせないと言わんばかりに。

 そして()()な彼女が【隠形】を解いて現れる……物凄〜く、つまらなそうな表情で。


「…………」


 彼女の視線の先には、しなやかで細長い茶色い毛並みの胴体に短い四肢、とがった鼻先と丸く小さな耳を持った生き物が居た。一見すればイタチなのだが、明らかに普通のイタチと違う点があった。それは異常に鋭い手の爪と、手首の所から横に突き出たアサシンブレードの様な十センチ程の鋭い爪――『鎌鼬』である証拠。

 その『鎌鼬』が()体、彼女の視線を受けてその身を低く構えている。何時でも瞬時に駆け出せる様に。そんな『鎌鼬』を前にして彼女は――


「……ハァ〜〜」


――やはり、つまらなそうな表情で溜め息を吐いた。強い妖怪を前にしたというのに、何故かヤる気は一切見られない。


「……オイ」




――――Time・(ちょっと時)Going(間が飛ぶぜ!)――――


 そしてすっかり日が沈んだ刻限。とある街の、とある薬師の住む屋敷にて……


「ノックして…………もしも〜しっ!!」


……轟音が鳴り響いた。思わず周辺どころか、かなり遠くの家々からも何事かと提灯片手に集まってくる人々が見たのは――大木槌を肩に担いだ巫女さんであった。

 明らかに女性の腕力で持てる代物では無い大木槌を、何の苦も無く担ぐ彼女の目の前には、大きく開け放たれた屋敷の門がある……但し、一部大きく凹み内側の閂がへし折られている……どう見ても力尽くでこじ開けたのが丸わかりである。


「――な、何をしておりますか?!」


 居並ぶ人々の合間から声を掛けてきたのは、昼に出会った老人、乾物屋の隠居――庄左衛門。鳴り響いた轟音に慌てて共の者とやって来た庄左衛門は、見知った顔がある……と言うか元凶だった事に。


「あっ? 見てわかるだろ?」

「……見てわからないから、聞いております」


 悲惨な事になった門を親指でクイッと指さしながら彼女が事も無げに言う。最も言われた庄左衛門は、非常〜に困った顔である。


「な、な、な、何ですか! これは、いったい?!」


 狼狽した声を上げながら屋敷の中から一人の男性が出て来る。短い髪に整った顔の細身の美男子だが……如何せん、その身に纏った雰囲気が頂けない。弱々しい雰囲気の所為で臆病で気弱な、惜しい男になっている。現に今、酷い有様の門と大木槌を担いだ巫女を見て若干……イヤ、かなり腰が引けているし眼もやや涙目である。

 着ているのが、時代劇に出てくる診療所で見た様な白を基調とした白い服なので、彼が件の薬師であろう。


「邪魔するぜ」

「えっ? あ、ちょっ、ちょっと?」


 そんな薬師を無視して屋敷内に堂々立ち入る彼女。薬師の声が虚しく響き、慌てて彼女の後を追う。庄左衛門以下、集まっていた皆も流石に放っておく事は出来ず後に続く。


「…………」

「ね、ねえ? 何なんです? 何が、目的、なんですか?」


 初めて歩く長い廊下なのに、淀み無く歩いて行く彼女の背に声を掛け続ける薬師。彼も、他の後を付いて行く者達も強攻策には出ない、と言うか出れない……

肩に担いだ大木槌の存在感の所為で。


「ここか――ふん!」

「あーーーーっ!!」


 漸く止まったかと思えば、躊躇無く(ふすま)を蹴り開ける彼女。薬師の悲鳴と描かれている絵柄から良い代物だと推測出来るが、彼女は気にせずに部屋の中へと立ち入る。庄左衛門以下、後を付いてきた者達が開け放たれた部屋の中を覗いてみれば――


「「「「「…………ん?」」」」」


――明らかに変な物があった。

 部屋自体は普通の部屋であるのだが、その中央に鎮座する一つの木箱。丁度、指一本入りそうな小さな穴が空いているだけの、ちょっと大きめなダンボール箱サイズな木箱の表面には、これでもかとばかりの『符』が貼られていた。

 皆が訝しむ中、彼女はその木箱へと近づくいて行く。


「――ま、待って!! それ「パス」……えっ? ふぎゃっ?!!」


 止めようとした薬師に担いでいた大木槌を投げ渡す彼女。受け取った薬師はその細身の身体では抱えきれず、後ろに倒れ下敷きになった。

 邪魔者の居なくなった彼女は悠々と右手の二本指を木箱に向けて――


「『急々如律令』――【火気・焼】」

「「「「「――うおぉぉぉぉぉぉいっ?!!!!」」」」」


――何の容赦も躊躇いも無く、室内で火の陰陽術を行使した。驚きの声と悲鳴を上げる皆の前で……火はすぐに消えた。時間にすれば二秒にも満たない短い時間で。後に残ったのは、焦げた畳と――貼ってあった『符』が全て燃え尽きたやや焦げ目のついた木箱。


「ああああああああぁっ?!!!!」


 先程よりも大きな声を上げた薬師が、何とか大木槌を退かし木箱へ駆け寄る――前に、木箱が内側から斬られた。


「「「「「――ええっ?!!」」」」」


 驚く皆の視線の先、斬られた木箱から出て来た中身は――『鎌鼬』。

 出て来た『鎌鼬』は、驚いている皆の隙間を縫う様にその俊敏さで駆け抜け外に出ると、そのまま外壁を越え闇夜に消えた。


「「「「「…………」」」」」


 後に残されたのは茫然自失の皆と、青い顔で震える薬師と……マイペースで大木槌を仕舞う彼女。


「つー訳だ」

「……どういう訳ですかな? 説明して頂けませんか?」


 彼女の言葉に、庄左衛門が代表して答える。他の皆も視線で訴える中、顎でクイッと薬師の方に注意を向けさせると、彼女はアッサリ告げる。


「全部、ソイツの()()()()だ」

「「「「「…………はあっ?!!」」」」」

「――っ?!!」


 その言葉の後に一斉に薬師に向けられる皆の視線。それを受けて青い顔が更に青く染まる薬師。ただパクパクと動く口と額どころか顔中に流れる冷や汗を見て、皆の眼が徐々に据わっていく。


「どうやったかは知んねーが、『鎌鼬』の一体を捕まえて他のに強要してたんだろ? 大方、殺さない様に適度に人を襲え、ってな」

「う、あ、うう……」

「そして、その傷をコイツが治して治療費を稼ぐ、って寸法だ」

「ぐ……」


 淡々と語る彼女の言葉に薬師が何も言えず押し黙る。その態度が、彼女の言ってる事が真実だという証明になる。


「……何時、気づいたのですかな?」

「最初に変だと思ったのは、犠牲者が一人も出てねぇ事だ。そんなの有り得ない」

「何故ですかな? 彼の造る薬は確かに一級品です。お陰で死者が出なかった事は紛れもない事実ですが?」

「違ーって。オレが言ってんのはその前。『鎌鼬』に襲われた奴が逃げ切れてる事だ。『鎌鼬』の速さじゃ、馬に乗ってたって追いつかれるのに、徒歩の奴が逃げ切れるなんて有り得ない」

「?!!」

「それに『鎌鼬』なら一撃で首を落とす事も可能だぜ? 逃げられるんなら脚の一本でも斬り落としときゃ良いのに、そうなった奴居るのか?」

「……居りません」

「序でに言えば『鎌鼬』の住処は山の中だ。街道じゃ襲われねーぞ。オレも忘れてたけどな」

「…………」

「止めが、さっき実際に『鎌鼬』に遭った時だ。()位一体の『鎌鼬』が()体しか居なかった……もう一体はどこ行ったんだろうな?」

「………………それが先程の……」

「ああ――で? どうする、コイツ?」


 その言葉で皆がユラ〜リと薬師を囲む様に動く。皆、それだけで殺せちゃいそうな視線で睨み、拳の骨をバキボキ鳴らし始める。庄左衛門ですら 手に持っていた杖を素振りしている。今迄の信用と信頼が大きかった分、その反動も大きいのであろう。皆の握り締められた拳の力強さが証明している。


「――うわああああぁーーーーっ!!!!」

「?! 皆、下がれ!!」

「「「「「?!!」」」」」


 ずっと尻餅をついたまま皆の視線に怯えていた薬師が、突如大声を上げながら懐から何かを取り出す。それを見て、彼女が皆に注意を促しつつ距離を取る。皆も慌てて下がろうとするよりも速く、辺り一面白に覆われた。


「げほっ! げほっ!」

「何だこりゃ?! ごふっ!」

「げ〜ほげほっ!」

「……『煙玉』かよ。用意周到だな」


 咳き込む皆と違い、白衣の袖で口を覆って煙を吸い込むのを免れた彼女が呟く。視界を煙に覆われ周囲の様子が朧気にしかわからないが、【気配感知】はこの場を逃げ去る気配を一つ感じている。


「お、追って下され!」

(…………え〜〜)


 未だ動けぬ自分と皆の状況に庄左衛門が頼んでくるが、彼女は動かない。むしろメンドくさいとばかりに露骨に顔を顰める。


「お願いします! 逃がす訳にはいきません!」

(……追いかけても、意味無いんだけどな〜…………ハァ、仕方無ーか)


 あまり気乗りしないが、結局彼女は追いかける事にした。未だ咳き込む邪魔な連中を強引に押し退けて廊下をひた走る。屋敷の外に出て時には、逃げた薬師との距離はかなり開いていたが、彼女にしてみれば十分追いつける距離。程々(ほどほど)のスピードで後を追いかける。




――――Now・(追跡)Chasing(中だぜ!)――――


「ハァ……ハァ……ハァ……」

「…………」


 街を出て暫くの街道。逃走劇は十分にも満たずの時間で終わりを告げた。汗だくな顔に完全に上がった息。地面にヘタり込んだ体勢の薬師を、多少息が乱れた

彼女が何だかな〜、と言った眼で見つめていた。


「息上がんの速過ぎだろ……オレが追いかけた意味、ホント()ーし」


 頭を掻きながら言う彼女に、真っ赤になった顔を更に赤くして薬師が怒鳴る。


「何で……何で、邪魔をするんです! 貴女も僕と同じ、元プレイヤーなんでしょう!!」

「……ん?」


 頭を掻く手だけでなく全身の動きが一瞬止まる彼女。しかし、すぐに再起動してパチッと鳴らした指を薬師に向けて言う。


「オマエもか? つーか、何でわかったんだ?」

「パスなんて外国語! 使う人、居ません!」

「あ〜〜、確かに」


 しみじみ頷いて納得する彼女。そんな彼女の軽すぎる態度に、薬師は更にヒートアップして怒鳴る。


「貴女が邪魔しなければ! あのまま僕はあの街で順風満帆で居られたのに!!」

「……それを言うならお互い様だ。邪魔したのはソッチもだろ?」

「邪魔した?」

「オマエの所為で『鎌鼬』とガチにバトれるチャンスを失ったんだからよ……アイツ等のスピード見た事有るか? ゲーム内よりも遥かに速くなってんだぜ? ゲーム内じゃ反応出来たのに、全然無理だった。だからワクワクしてたのによ……蓋開けてみりゃ、嫌々やらされてる――殺さない様、手加減してるんだからよ……『鎌鼬』なんて、そうそう遭えるモノじゃないのによ……ったく、マジ巫山戯(ふざけ)んな」


 本気でイラついている彼女の言葉に薬師は……何言ってんだコイツ? と言った表情を見せる。ゲーム内よりも強くなっている妖怪と戦いたい、と言うその考えが薬師には全く理解出来無かった。


「後、どっちにしろ無理だったと思うぞ? オマエの策、色々杜撰(ずさん)過ぎるし」

「……杜撰?」


 思いがけない彼女の言葉に、薬師がオウム返しに尋ねる。そんな薬師に、彼女は仕方無いと溜め息一つ吐いて答える。


「杜撰だ杜撰。ミスは三つ――一つ目は、オマエが街にやって来たのは一月半前。『鎌鼬』が人を襲い始めたのは一月前……時期かンな近けりゃホントは疑われてもおかしく無ーし。今回は偶々、街の連中は気付かなかっただけだ。二つ目は、さっきも言った死者が出てない事。そして三つ目、これが致命的――捕まえた『鎌鼬』の『妖気』が、【妖気感知】で丸わかりだって事だ。その辺の対策、考えて無かったのか?」

「…………」


 指を一本一本立てながら彼女が語っていくのに比例して、薬師が俯いていく。身に纏う雰囲気もドンヨリしていく。最も、彼女の方はそんな事気にせずに喋り続けている。


「策を弄するなら、もっと上手くやれよ。て言うか、あの人ならもっと時間を掛けて「……すな」……あん?「僕を見下すなっ!!」」


 言葉の途中で急に薬師が声を荒げる。さっきまでのドンヨリした雰囲気どころか臆病で気弱な雰囲気すら消えて、代わりにハイライトの消えた暗い瞳が彼女を睨みつけている。


「ネカマ風情が! 僕を見下すな!」

「……イヤ、ネカマじゃ無ーぞ。オレはこの口調でも歴とした女だ。そう言うオマエは……ヒキニートか?」

「?!! 五月蝿い! 五月蝿い五月蝿い五月蝿いウルサイウルサイウルサイ!! 僕を見下すなあぁぁぁァァァァーーーーッ!!!!」

「……図星かよ」


 眼が血走り髪を振り乱して狂乱し始める薬師の変貌に、彼女が若干引き気味に呟く。そして薬師が懐の――その中にある、何時ぞやのネカマが持っていたのと同じ『重袋シリーズ』から一振りの刀を取り出すのを見て顔を顰める。


「……お〜い、まさかオレと殺り合う気か? 薬師の癖に?……後衛職どころか()()()だろ?…………お?」


 やや呆れて言っていた彼女だが、薬師が抜いた刀を見て表情が変わる――刀身が赤黒く変色した刀を見て。


「『妖刀』? 珍しい物持ってんな。けど、それだけじゃ――おっと?!」


 言葉の途中で斬りかかって来た薬師の斬撃を軽くバックステップで躱す彼女。薬師は更に続けて刀を振るうが、その(ことごと)くを彼女は舞う様に躱し続ける。


「(……コイツも、以前のネカマと同じで【剣術】スキル持ってねーな。『妖刀』のお陰で、多少は筋力と敏捷が上がってるけど)――意味無ーし!!」

「ぶっ?!」


 唐竹割りの一撃を横に躱しざま繰り出した裏拳が、薬師の頬に命中する。グルンと首が90度回転し一瞬倒れ掛かるも、たたらを踏んで持ち直す。、

 赤く腫れた頬と歯が一本折られた事に薬師の表情が更に憤怒に染まるが、彼女の表情は変わらない。心底つまらなそうな表情。


「もう止めねーか? そもそもオレ……オマエと殺り合っても「ミクダスナァァァァッ!!!!」……会話のキャッチボールって大事だよな……」


 どうしたもんかと肩を竦める彼女に対して薬師は……何かを口に入れて噛み砕く。そして再び斬りかかって来た時には、先程よりもスピードが上がっていた。

……しかしそれでも彼女の体捌きには及ばず躱される。薬師のスピードが上がった事に関して、それでも彼女は想定の範囲内と落ち着いていた。


(ま、そう来るよな。元々薬を造るのが本業なんだし、ステータスアップの薬を持っていてもおかしくは無い……けどな? 元々のステータスが低いから薬で上げても、殆ど意味が――が?!)


 と、彼女の思考が一瞬停止する。目の前で更に薬を噛み砕く薬師の姿と―ーその直後の更に上がったスピードに。


「――チッ!」


 瞬間。身体に染み付いた動作で包丁を取り出し薬師の『妖刀』を受ける。ギンッという甲高い音を聞きながら、受けた『妖刀』を身体全体の力を使って押し返す。女性の身体とは言え【気功】で後押しされた膂力には敵わず、薬師が後ろに数歩後退(あとずさ)る。

 そして再び薬を口に含むのを見て、彼女は自分の勘違いに気づいた。


(そうか! ここはゲーム内とは違う! 一時的にステータスを上げる薬を効果時間内にもう一度使っても効果は()()()()()、なんて縛りは無ぇんだ!!)


 まだ足りぬ、まだ足りぬとばかりに次々と噛み砕かれていく薬の数に比例して、薬師の肌の色が赤黒く変色していく。心無しか、全身から蒸気の様なものも立ち上っている様に見える。


(生産職なアイツがどうやって『鎌鼬』を捕まえたのか不思議だったけど、そう言う事か……おいおい、あれだけのドーピングなんだ。深刻な副作用が出てもおかしく無いんだぞ? 後の事、考えてないのか?)


 そんな事を彼女が考えている間も、薬師の動作は止まらない。アル中にもヤク中にも似た行動に、もはや狂気としか言い様がない。正直な所、止めるべきなのであろうが、彼女にはその気が起こらない。


「――Gaaaaaaaah!!!!」

「――?!! 速っ!!」


 人の叫びと言うよりも獣の咆哮に近い雄叫びを上げて、薬師が突っ込んで来る。純粋な身体能力のみでの突進でありながら、人としては有り得ない速さに彼女はとにかく防御に回る。


「――やべっ?!!」


 横薙ぎの一閃を先程と同じ様に包丁で受けようとして――瞬時に胸中に沸いた悪寒に突き動かされる様に【縮地】でバックステップ。距離を取った彼女が手元を見れば……半ばで叩き折られ半分になった包丁。


「……間一髪ってか」


 使い物にならなくなった包丁を適当にポイ捨てして、代わりに鉈を取り出す彼女。流石にこれならば一撃で叩き折られたりはしないだろうと構える彼女は――やはりつまらなそうな表情だった。

 もし、ここに彼女を知る者が居たら不思議に感じていただろう。強者を前に心躍っていない事に。


「Shiiiiiiineeeeeeeeeh!!!!」

「――ハッ!!」


 技の欠片も無い、力任せの叩きつける様な剣撃を無骨な鉈で受け続ける彼女。【気功】スキルを持っているにも拘わらず、気を抜けば受けた腕が持って行かれそうになる。握り締めた手も、少しでも弛めば鉈が手を離れていく事は間違い無い。

 その上、速さも先程と段違い。一撃を受けたと思った時には、もう次の一撃が迫って来ている。暴風圏内で防御のみを行っている彼女を(はた)から見れば、ジリ貧と捉えてもおかしくはない状況だが――


「…………」


――彼女のつまらなそうな表情には変わりがなかった。

 むしろ、攻めている薬師の方が、顔が苦し気に歪んでいる。くたびれた犬の様に、舌を出し必死に呼吸に(あえ)いでいる姿を見て、彼女は態々(わざわざ)距離を取る。


「ハッハッハッハッ! ハァハァハァハァ……」


 距離を取ったお陰で息を整えようとする薬師。そんな彼に彼女はつまらなそうに声を掛ける。


「放っといても自滅しそうな感じだな……最も、そうはならないだろうけどな」

「Uuuuuuuryyyyyyyy!!!!」


 もはや支離滅裂な叫びと共に薬師の暴撃が再開する。そして彼女も一歩も退かずに、その場で受け続ける。但し先程と少し違うのは、彼女の方が更に余裕で受けている事であろう。


「――なあ、気づいてるか? 筋力も敏捷もステータス的にはオマエが上回ってるのに、何でオレを倒せていないか、その理由に……」


 自分の持つ鉈が少しずつ欠けていっている事を気にもせず、静かに語り掛ける彼女。その口調には……失望が混じっている。


「力を()()()のと、力を()()のは違うんだぜ? ただブン回すだけのオマエと、最速で最短の動作をして最適の受け方をしているオレ。その違いが今の状況なんだよ……【体術】も【剣術】も持ってないオマエじゃその力を十全に扱えないんだよっ!!」

「――Gyau?!!」


 防御から一転。僅かな隙をついてカウンターで入った左のショートアッパーが薬師の顎を跳ね上げる。更に彼女は一歩踏み込み、右手に握った鉈の柄で鳩尾(みぞおち)を突く。


「〜〜っ?!! ガハッ! グブッ! ゲェッ!!」


 喉を逆流してきた胃の内容物を堪え切れずに盛大に吐き出す薬師。胃液と共に摂取した薬も吐き出した所為か、肌の色も若干元に戻っている。

 四つん這いになって嘔吐(えづ)く薬師を見下ろしながら、彼女は傍らに落ちている『妖刀』を回収すると自分の鉈共々(ともども)仕舞い込む。


「ハッハッ……ぼ、僕を、殺すのか?!」

「あ? 何で? オマエと殺り合う意味なんて無ーし」

「……え?」

「だってよー……もう、オマエ()()()()じゃん」

「それって――」


 その言葉を言い終える前に、一陣の風が吹き抜け――薬師の片腕が落ちた。


「――あ゛ああああああっ?!!」


 吹き出す鮮血と湧き上がる激痛に、薬師が地面をのたうち回りながら叫ぶ。そんな薬師を取り囲む様に現れたのは――三位一体の妖怪『鎌鼬』。


「報復だよ報復。舐めた真似すれば誰だってそーする。オレだってそーする――妖怪もそーするに決まってんだろ……実は()()から潜んでたんだぜ? だから殺る気が起きなかったんだよ。途中で乱入してくんのわかってたからな……んじゃ、あとよろ」

「ま、待って! 待って! 待って待って待って待って……あーーーーっ!!!!」


 そして背を向けてアッサリ立ち去る彼女。その背に必死な懇願と悲痛な声が響くが――彼女は振り返る事無く歩き続ける。


「見下されたくなかったら、自分で這い上がって来いよ。そもそも、オマエを見下してるのはオマエ自身だろ? 自分で自分を下に置いてるんだからな……ま、目的の為には自分の命とか考えずに特攻する、その考え方は嫌いじゃないけどな」


 呟いた言葉を聞く人間は、彼女以外にはもう存在しなかった。

ご愛読有難うございました。


本日の解説。


――――『鎌鼬』――――


上級『妖怪』。

常に三位一体で行動し、一体目が牽制役。二体目が攻撃役。三体目が治療役……が基本だが、時には一体目と三体目も攻撃してきたりもする。

とにかく速いので、初心者プレイヤーは気がつかない内に斬られている事が多い。異世界では更にスピードが上がっており、人間の反射速度を超えて襲って来るが、基本的には決まったテリトリーから出て来ないので不用意に入らなければ襲われる事は無い。

……一体目を踏み台にするなんて、まず無理!


――――【隠形】――――


気配を消すスキル。

熟練度が高ければ高い程、見つかる確率が減る。


――――『煙玉』――――


地面に投げ付けると煙が辺りを覆う道具。

素材にアレンジを加えれば毒・麻痺・睡眠などの効果も加えられる。こやし玉は無理。


――――『妖刀』――――


『穢れ』が溜まった事によって変質した刀。

装備すると筋力・敏捷が上がる代わりにHP・耐久・運が下がる。その上、得られる経験値も三分の二になる。

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