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来訪者……イヤ、ウザい

ちと長くなったので二話に分けてます。

こっちは後半なのでご注意を。

「――あら?」


 石段を登り切り鳥居を潜って現れたのは、自分と同じ巫女さんであった。

 着ている服は白衣・緋袴と同じであるが、その姿はまるで違う。腰まで伸びた長く艶やかな黒髪を自然に垂らし、きめ細やかな肌はシミ一つ無く、すっきり整った鼻梁に瑞々しい薄桃色の唇。クリッとしたまん丸な瞳を大きく開き、細く綺麗な指を持った手で口元を隠すと言う大和撫子たる仕草。自分の様なエセ巫女とは違う、本物の巫女さんがそこに居た。


「確か、この神社は無人だった筈ですが?」

「何しに来たんだよ?」


 おっとりした来訪者の問い掛けにぶっきらぼうに返す彼女。喧嘩腰とも取れる彼女の言動に、巫女さんはクスクス笑って大人な態度で返す。


「あらあら、会話が成り立たないお馬鹿さんが一人登場。質問文に対し質問文で答えるのは失礼――づあっ?!!」


 言葉の途中でその姿に有るまじき声を上げる来訪者。首がガクッと後ろに仰け反った後、両手で押さえた額は赤く腫れ上がっている。何が起きたかと言えば、彼女がいつの間にか握っていた石ころを【指弾】で放っていたからである。


「……空気読めないバカが一人登場。こんな夜中に(ひと)()尋ねるのは失礼だって習わなかったのか? バ〜カ」


 謝罪どころか、やられて当然な尊大な態度で言う彼女。来訪者の方はと言えば、まだ赤い額を片手で押さえながらも大和撫子な笑みを浮かべて彼女に話しかける……一瞬、眼が鋭くなった様に見えたが。


「……確かに、こんな夜中に訪れたのは失礼でしたが、そちらの「芝居(・・)は止めろ」――はっ?」


 言葉の途中で遮る声に……イヤ、その内容に来訪者の言葉と動きが止まる。ポカンとした顔を浮かべる来訪者に、彼女は片手の小指で耳をほじりながら言う。


「芝居は止めろって言ったんだよ」

「芝居……何の事です?」

「その言葉遣いとか、仕草とか、全部引っ括めてだ――ネカマ(・・・)

「っ?!!」


 彼女の言葉に今度こそ心の底からの驚いた顔を見せる来訪者。そんな態度に自分の予想が当たっていた事を確信する彼女。

 来訪者……ネカマは驚いた顔のまま彼女に尋ねる。


「……貴女も、私と同じ……何で、わかったのですか?」

「(まさかその言葉遣い、素じゃないよな?)この神社が無人だった事を知ってるって事は、以前ここを訪れたって事だろ? 麓の村の住人が言ってたぜ、以前変な事を叫ぶ巫女さんが来たってな」

「それだけでは……」

「当然、それだけじゃねぇよ。オマエの身長、オレ等みたいな現代人なら普通に感じるけどよ。この世界……時代じゃデカ過ぎ(・・・・)だぜ? アチコチ回って気付いただろ、男も女も基本的に身長が低い事に……後、綺麗過ぎんだよオマエ。何つーかさ? モテない童貞が頭ン中で造った理想的な女性、みたいによ」

「?!!」


 その反応に、図星か? と思う彼女。実の所、相手の容姿はあのゲーム内では幾度となく見覚えがある。『九十九妖異譚』に存在したネカマ達は揃って、大和撫子なアバターを造るので、細かな違いは有れど大抵似通った姿になる。

――今、目の前に居る者の様な姿に――


(いつわ)りの姿を身に(まと)って何が楽しいんだか……」

「……それを、貴女が言いますか?」

「あん?」

「貴女も私と同じでしょう?! その言葉遣いは「これは素だ」……は?」


 割って入った彼女の言葉に再びポカンとした顔を浮かべるネカマ。耳をほじった指に、フッと息を掛けて彼女は続ける。


「だから素だっての。正真正銘、オレは女だよ」

「……嘘にしか聞こえませんが?」

「生理の辛さも知らねーヤロウがほざくな――それに、そんなのはどうでも良い事だろ? 問題はオマエがここに来た理由だろ?」


 そこで彼女の表情が始めて変わる。ダルそうな顔から一転、好戦的な笑みを浮かべる。

 対してネカマの方は、一瞬の間を置くが同じく笑みを浮かべる。彼女とは違ったお淑やかな笑みを……最も、眼は笑っていないが。


「旅をするのにもいい加減飽きたので、ここの拠点を使わせて頂こうと思いまして」

「オレが使ってるが?」

「譲って頂けませんか?」

「却下だ」

「……では、交渉は決裂と言う事で」

「だな。で? どうする?」

「…………そうですね。ここはゲーム内でのルールに(のっと)って――力尽くで奪いましょうか」

「乗った!」


 言って彼女の笑みが更に深くなる。軽く肩や手首・足首を回し相手の出方を見る。対してネカマの方は腰帯に括り付けられていた小袋から一本の刀を取り出し腰帯に挿すと、刀身を抜いて構える。

――舞台は神社。本来ならば共に手を取り合うべき巫女同士が対峙し合うと言う異様な光景。もし、神社奥の本殿に本当に神様なんてモノが居たならば、何してんのお前等?! と怒鳴られるであろう状況も、残念ながら止める者が誰も居ない。


(さて……)


 そんな状況でも彼女は構えること無く、相手の観察を続ける。刀を構えるその姿に、美人はどんな姿でも絵になるな〜、などとどうでも良い事を考えながらも、視線は腰の小袋に焦点を合わせている。


(あれ……『那由多の袋』じゃ無ーな。となると『重袋シリーズ』のどれかだな。三重か四重辺りか?)


 自分の持っている『那由多の袋』とは少し違う造りの小袋を見て、そう推察する彼女。もし自分の推察が当たっているならば、『那由多の袋』よりも幾分か劣る物を持っているこのネカマは、自分よりも『九十九妖異譚』のやり込み度が低い可能性がある。引いては、自分よりも弱いと……


(ん〜〜……持ってる刀も単なる『数打』っぽいしな。それしか持ってないのか、それで十分だと思われてるのか……どっちだ?)


 顔には出さずにそんなことを考えていた彼女に対して、ネカマの方はと言うと――


「――ヤァァァァッ!!」

(――?!!)


――小走り(・・・)で間合いを詰めて、気合の雄叫びと共に一閃してきた。


「ハアッ! セイッ! トヤッ! ハァァァァッ!! トウッ!」


 その長い髪を振り乱しながら次々と放たれる袈裟懸け・逆袈裟・大上段・横一文字の斬撃。相手に反撃の隙を与えぬ様に矢継ぎ早に繰り出される猛攻に対して彼女は――


(…………ガキのチャンバラか? これは……)


――斬撃を躱しつつ、酷く冷めた眼で見ていた。

 踏み込みが足りないどころか腰すら入っていない単なる手だけの振り。正直、当たっても致命傷どころか真っ当に斬れるのか? と疑問符の付く斬撃。未来のプロ野球選手目指してる子供の方が、まだマシな振り方をしている。しかも一撃一撃に繋がりが無い出鱈目な連撃。その上リズムも単調で読みやすく、さっきから彼女が相手に合わせて一歩動くだけで当たらない事が全てを物語っている。


(こいつも、この世界に来た時にゲーム内で持ってたスキルに応じた知識・経験を得ていたなら――)

「ハアッ!――なっ?!」


 相手のリズムに合わせて避けるのでは無く一歩踏み込み、大上段から振り下ろそうとしたネカマの両手、その両手首をこちらも両手で掴んで止める。思わぬ反撃にネカマが手を振り解こうとするも、掴まれた両手首は離れない。


「――オマエ、【剣術】スキル、持ってねーだろ?」


 お互いの息が掛かる程の近距離で告げられた言葉に、ネカマの表情が変わる。それを見て確信した彼女は深い溜め息を吐く。


「……ナメられたモンだよな。【剣術】スキル持ってねーのに刀で襲ってきて…………それで勝てるなんて思いやがってよ」

「離しなさい! くっ?! 何で離せないのです?!!」


 どんなに振り解こうとしても離れないどころか、腕自体が殆ど動かない異様な状況にネカマの焦りが深くなっていく。幾ら力を込めてもほんの僅かしか動かない拘束。自分と同じ女性の肉体なのに、何故これ程の筋力があるのか理解に及ばない。しかも、拘束は徐々に強くなっていき――


「――ぐあああああぁっ?!! 離せっ! 離せ離せ離せ離せぇ!!」


――もはや、両手首を握り潰さんとばかりに力が込められている。握っていた刀は手を離れ地面に刺さり、苦悶のあまり言葉遣いが本来の男性のものへと戻っている。

 それに対して彼女は――アッサリ手を離した。


「はっ?! この「十字キー横+K(きっく)ボタンで――膝バズーカ」――ぐふうっ?!!」


 急に手が離れた事で後ろによろめくネカマ。一歩、二歩とたたらを踏み自分が自由になった事を実感すると同時、反撃しようとする――よりも速く、【縮地】で間合いを詰めた彼女の膝蹴りが腹部に喰い込んだ。肺の中の空気が外に吐き出され、胃の内容物が食道を逆流するよりも速く、彼女は次の行動に移っていた。


P(パンチ)ボタン連打で――百烈掌打」

「げぶぶぶぶぶぶっ!!」


 至近距離からの掌打のラッシュが、ネカマの顔と胴体を乱打する。躱すどころか防御そのものが出来ずに、只々サンドバッグの様に打たれる事しか出来無い……顔への掌打の頻度が、やや多めであるが……


「十字キー横、下、斜め+P(パンチ)ボタンで――昇龍(のぼりりゅう)アッパー」

「ぶほぁっ!!」


 素早くしゃがみ込み、伸び上がりざま天へと突き上げた右アッパーがネカマの顎に綺麗に命中する。足裏が地面から離れ、仰け反って宙に浮くネカマに――


「そしてトドメの――虎ニー」

「ぐっぶ?!!」


――更に追撃が続く。【縮地】でスピードと共に威力も後押しされた飛び膝蹴りが宙に浮いたネカマの腹部に再び突き刺さる。仰け反っていた身体がくの字に折れ曲がり、宙に浮いていた身体が更にもう一段上に突き上げられる。


「――I Win and(弱過ぎ) Perfect」

「――がっ?!」


 そしてスタンと軽やかに着地する彼女と、ドシャッと無様に地に落ちるネカマ。僅か一分に満たない短い時間であるにも拘わらず、勝者と敗者が明確に別れる結果となってしまっている。


「コンティニューするなら、テンカウント以内にコインを投入しろ」

「〜〜っ!! かはっ! ぐぷっ! っぷ!」


 彼女の言葉にネカマの方はと言えば、二度の腹部への攻撃による呼吸困難で声を出す事すらままならず、腹部を両手で抑えながら地面で悶絶している。せめてもの意地なのか、胃の中身をリバースする事だけは何とか我慢出来ている様だが、暫し夜の境内に喘ぎ声だけが響いていた。

 そしてそこまで痛め付けた張本人と言えば――


「やっぱこれ『数打』だな。もうちょいマシな物、持てよ」


……さっきネカマが持っていた刀をナチュラルにパクっていた。抜き身のままの刀を拾い、パッと見で検分した後に何の断りも躊躇も容赦も無く自分の『那由多の袋』に仕舞っていた。

 そしてネカマの方を見やれば……未だに悶絶中。


「パイロっか止めよっか考え中……てか」


 今ここで術を行使すればそれで終わりな状況に、かな〜り本気で悩む彼女。


(…………)


 しかし、良く良く考えてみれば色々と聞きたい事があったので、彼女は行使しようとしていた術を別のモノにする。


「臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前――【陽気・癒】」


 告げると同時に、地面に倒れているネカマの身体が青白い光に包まれる。突然、身体の痛みが無くなった事に驚き、やや呆然としつつも起き上がろうとした所を――


「ちょい待ち」

「がっ?!」


――彼女に踏み付けられた。仰向けに倒れているネカマの腹に右足を乗せ、やや体重を掛けた状態で彼女が問い掛ける。


「聞きたい事が有んだが……オマエ、この世界に来たのは何時だ?」

「…………」

「答えないと一秒毎に重みが増加してくぞ」

「――ぁぁぁぁあ! 一月だ! 一ヶ月前だ!!」

「(……オレよりも早いな)この世界に来たキッカケみたいなものに心当たりは有るか?」

「知らねぇよ!! 部屋で寝て起きたら、もうこの姿でこの世界に居たんだよっ!!」

「(……そこはオレと同じか)じゃあ――」




――――Now・(オハナシ)Talking(中だぜ!)――――


(…………ハァ〜)


 あれやこれやと質問を重ねて聞きたい事を全て聞き終えた彼女は、頭をポリポリと掻きつつ内心で溜め息を吐いていた……ネカマを踏み付けたままで。


(……結局コイツも何も知らねぇのか。唯一わかった事は、オレ以外にもこの世界に来ているプレイヤーが居るって事ぐらいか……)


 大した事がわからなかったにも拘わらず、あまり悲壮感が無い彼女。最初から期待していなかったのか……それとも、どうでもよかったのか。


「……ウラッ!!」

「?! おっと?!」


 思考に没頭していた隙を突いて、ネカマが彼女の足を払い除ける。すぐさま起き上がって彼女から距離を取ると、再び対峙する。先程と同じ光景だが、先程違うのはネカマの表情が穏やかな笑みから憤怒に変わっている事。


「貴様っ!! 何なんだ、その馬鹿力はっ!!」

「あっ? そりゃ【気功】スキル持ってっからだろ?」

「……はぁぁっ?!! 巫山戯(ふざけ)てるのかお前?! 【気功】スキルは前衛職が持つスキルだろっ?! 何で巫女なんて(・・・・・)後衛職(・・・)で持ってる!」

「決まってんだろ。戦いと言ったらガチの殴り合いだろうが」

「決まってねぇ!! なら何で巫女なんて職業選ぶ!!」

「オマエには関係無ーだろ。それより、コレ?」

「はっ?」


 と、ヒートアップしていく会話の途中で彼女が自分の口元の辺りを指さす。何なんだ? とネカマが不思議に思った所で……違和感に気づく。さっきから喋っている時に少しだけ感じていた違和感に。


「…………?! まさか、まさか……」


 舌で口の中を舐め回して確信する。震える手で腰の小袋から手鏡を取り出して見てみれば――そこには前歯が一本欠けた己の顔が……


「……………………」


 そのままの姿勢で固まるネカマ。声無し、動き無し、瞬き無し、呼吸は流石に有りの完全な静止画状態に陥ったネカマに対して彼女はと言えば――


「いい加減ウザい」

「がっ?!」


――適当に拾っていた石を再び【指弾】で放つ。但し先程よりも威力が有ったのか、ネカマが後ろにもんどりうって倒れる。実に容赦の無い一撃ではあるが、本人には全くもって罪の意識が見当たらない。ぶっちゃけ、ここまで来れば潔いとも言えよう。


「…………ふふ、ふふふふふ……あ〜〜はっはっはっ!!!」

(ん?)


 倒れているネカマから聞こえる声。それは徐々に大きなっていき、終いには神社中に響き渡る程の大声量になっていた。


「よくも……よくもよくもよくもよくも! 俺の理想像を汚してくれたな!!」


 飛び起きて彼女を視線で殺さんとばかりに睨みつけるネカマ。血走った眼、食いしばった歯、血管の一・二本は切れていてもおかしくない額、何処ぞの鬼もかくやの憤怒の表情。整った顔でそれをやられると非常に怖い。


「……そんなモンが何だって言うんだか。何かに縋るより自分を磨けよ、童貞」

「いい気になって知った風な口をきいてんじゃあねーぞっ!! 貴様には念仏唱える時間をも……与えんっ!!」


 ビシッ、と格好良くポーズを決めながら宣言するネカマに対して、彼女はと言えば……


「イヤ、念仏唱えるのは坊さんの方で、どっちかってーと巫女が唱えるのは祝詞(のりと)とかそういう「喧しいっ!!」……ハイハイ」


……至極どうでも良い所をツッこんでいた。

 殺る気満々なネカマと、ダルさ満々な彼女。両極端な二人の対峙を月だけが静かに観戦していた。


(いい加減、コッチは眠いんだけどな……)


 欠伸を噛み殺しながら彼女は目尻の涙を拭う。目の前に敵が居るにも拘わらず視線を外すと言う危険な行為を平然と行う彼女は――そもそも最初から期待していない。

 僅かな時間ではあるが、このネカマについてわかった事が有る。恐らくこのネカマは、そもそもの戦闘経験が無い。この世界に来る以前の――『九十九妖異譚』をプレイしていた時からを含めて。戦闘において攻撃・回避に【縮地】を織り交ぜてない事からも窺える。

 更にさっきネカマが言っていた通り『巫女』は術の扱いに長けた後衛職。故に、お約束とも言えるセオリーが通用する。

 曰く――『前衛の居ない後衛は接近されたら終わり』。

 その対策をこのネカマは持っていない。それを見ただけで駄目駄目だとハッキリわかる――戦う意味が無いと。もし仮に術なんぞ使おうとすれば、その瞬間に【縮地】で接近してぶっ飛ばして終わらせる事は可能だと。

 さっさと殺るしかないのかな〜、と半ば本気で考えていた彼女を他所に、ネカマは一枚の符を取り出す。


(? 『呪符』……じゃ無いな。となると――)


 午前に自分が造った物とは微妙に書かれている文字等が違う符を注視する彼女の前で、ネカマは手に持った符を地面に叩き付けて告げる。


「招来!」

(――『式神』か。何だ、前衛持ってんじゃねーか)


 ボワンッと言う煙と共に現れたのは黒い毛並みの大型犬。赤い眼に戦意を乗せグルルルと言った唸り声を上げた、既に戦闘準備万端な忠実な下僕。


「『襲え』!!」


 命令すると同時、四肢を曲げ身体を低くし、地を蹴って猛然と襲い掛かる『式神』。喉笛に噛み付かんと襲い来る『式神』の突進を、彼女はサイドステップでやり過ごすが――『式神』はその程度では止まらない。


「ふ〜〜ん。中々、高レベルな『式神』だな」


 噛み付き・引っ掻き・体当たりを駆使して攻め立てる『式神』。しかも真正面からでなく側面・背面に回り込み、時にはフェイントまで織り込む始末。少なくとも、中途半端に反撃なんぞ出来る隙が無い。

 ステップによる回避一辺倒な行動を続ける彼女。防戦一方に見える彼女だが、その眼は――非常に冷めていた。


(…………)

「やれっ! そこだっ! 行けっ!」


 興奮してヒートアップするネカマを視界の端に収めつつ、彼女は気づかれない様に少しずつ自分の立ち位置を変えていき――


「――『襲え』」


――その言葉を受け、境内の奥に在る拝殿から一体の石像――『狛犬』が目覚める。台座から飛び降りた『狛犬』は一直線にネカマへと突き進み、喉笛どころか頭を噛み砕こうとその口を大きく開きネカマへ飛びかかる。


「――それは、読んでいた!!」


 瞬時に身体を襲い来る『狛犬』の方へと向き直り、余裕の笑みを浮かべ腰の小袋から取り出した『呪符』を『狛犬』の顔に放つネカマ。放たれた『呪符』は狛犬の額に張り付き、微かな光を放つと同時――『狛犬』が真っ二つに裂ける。更に地面に落ちた衝撃でバラバラに崩れて、ただの石屑となる。

 その有様に小さくガッツポーズを取るネカマ。そして再び彼女の方を向こうと――


「……えっ?」


――する前に身体に、正確には背中に何か衝撃を感じた。

 次に感じたのは熱。衝撃を感じた箇所を中心に、ジワジワと焼け付く様な熱が広がるのを感じる。

 そして肩越しに自分の背中を見て……初めて、そこに包丁が突き刺さってる事がわかった。


「――?!! がああああぁっ!!」


 意識した瞬間、熱だけでなく痛みも噴き出してくる。その場に膝を付き、手を伸ばして何とか包丁を抜こうとするが、却ってその動作が更なる痛みを誘発してしまい、動くに動けなくなってしまう。


「ミスは三つ――」


 未だに『式神』を相手しながら、彼女はネカマの方を振り向く事無く淡々と告げる。


「一つ目は戦闘中に相手から目を離した事」


 飛び掛ってきた『式神』を避けてすぐに、取り出したもう一本の包丁片手に【縮地】で間合いを詰める彼女。着地した瞬間を狙って、包丁で前足を串刺しにして地面に縫い付ける。


「二つ目は『式神』の扱い方だ。『式神』は命令に忠実だけどよ……忠実過ぎ(・・・・)んだよ、襲えと言えば襲うだけで、術者を守ったりしないんだよ。だから襲わせるなら身を守る術を別に用意しとかないとな」


 ギャンッ、と言う鳴き声を右から左へ聞き流し、予め取り出しておいた『呪符』をビンタの要領で横っ面に貼り付ける。


「そして三つ目、これが致命的――『式神』に攻撃させといて自分自身は何もしていない事」


 『呪符』から生じた炎に『式神』が包まれる。前足を縫いとめたままの包丁の所為でその場で藻掻く事しか出来ず、抜く間も無くその身を焼いていた炎諸共存在が消滅する。

 後には無傷な彼女と、未だに背に刺さった包丁を抜けず苦しんでいるネカマが残された。


「……背中ブッ刺された程度で根性無ーな。反撃の一つでもしてみろよ…………っても、あの人ならともかくオマエみたいなヤツには無理か」


 地面から包丁を引き抜き、ネカマへと静かに歩み寄る彼女。その手に握られた包丁を見てネカマの苦し気な表情が更に歪む。痛みで立つ事が出来ず、尻餅をついたまま地面を後退る。


「お、おい。貴様まさか、俺を殺す気か?」

「…………」

「ま、待て! 待ってくれ! 大人しく立ち去る! もうここには二度と訪れないと約束する!」

「…………」

「おい! わかってるのか?! 貴様がやろうとしているのは殺人だぞ! 犯罪だぞっ!!」

「…………」

「や、やめろ! やめろ! やめてくれっ!!」


 必死に懇願する声も、恐怖に慄いた表情も、声以上に訴える眼差しも……そして、股間からじんわりと染み出した黄色い液体も、彼女の歩みに対して何の影響も与えなかった。

 ただ当たり前の様に歩み寄った彼女は、当たり前の様に包丁を持った手を振り上げ――


「――じゃあな」


――当たり前の様に振り下ろした。


「…………」


 振り切った姿勢のまま、彼女は何の手応えも無かった事に――目の前に居た筈のネカマが姿を消している事に舌打ちをする。


「チッ。『転移符』なんて持ってやがったのか……悪党ってのはホント総じてしぶてーな」


 包丁を仕舞い社務所へを(きびす)を返す彼女。相手に逃げられたのだが……何故かその顔には笑みが浮かんでいる。


「ま、キッカケにはなってくれたから良しとするか」




――――Time・(ちょっと時)Going(間が飛ぶぜ!)――――


「はっ、はっ、はっ――到着!」


 夜が明けて太陽が上り南空へと差し掛かる頃、もはや恒例の様に草太が石段を登り切り神社へとやって来る。そして何時もの如く彼女へと会いに行くが……


「……あれ?」


……居ない。彼女が何処にも居ない。境内にも、社務所内の玄関にも、縁側にも、囲炉裏の在る板張りの部屋にも、炊事場にも、風呂場にも、何処にも見当たらない。


「……どっか出掛けちゃったのか?」


 縁側に腰を降ろした草太は、そのまま彼女が帰って来るのを待つ。その内、帰って来るだろうと。

――彼女がここに必ず帰って来ると思い込んでいる草太は気づかない。社務所内や境内が何時も以上に綺麗に掃除されている事に。




   *   *   *


 そして当の本人はと言えば――拠点にしていた神社から遠く離れた道をのんびり歩いていた。イヤ、進んでいたと言うべきか……彼女には戻る気はこれっぽっちも無いのだから。


「放っておいたら間違い無く仕返しに来るだろうからな。先に探し出して始末しておく。自分の身の安全のために――うん。理由が出来たな」


 行く宛も明確な目的地も無い彼女は、にも拘わらず何処かへ行ける事に対して笑顔を見せていた。


「まあ、頃合だったしな。あそこに居ても願い、叶いそうになかったし……頼むぜ。オレの願い、叶えさせてくれよ」

ご愛読有難うございました。


本日の解説。


――――【指弾】――――


【投擲】の派生スキル。指で弾いて物を飛ばす。

放てる物が小さくなる為、威力は落ちるがモーションの小ささと隠密性に優れているので牽制・先制攻撃に効果的。


――――『重袋シリーズ』――――


一重・二重~~九重・十重と言った名前が付いた袋の総称。

ゲーム内では『那由多の袋』の様にアイテム所持容量の無限化・重量制限の無効化とまではいかないが、アイテム所持容量と重量制限を一定数増加してくれ、数字が大きくなるほど効果も大きくなる。

異世界に於いてはアイテムを一定数入れられる便利な袋となっている。


――――『数打』――――


武器、主に刀に関する等級を表すもの。

最上大業物・大業物・良業物・業物・数打と言った順になり、当然、上の物ほどレアである。


――――【気功】――――


【体術】の派生スキル。パッシブスキル。

スキル所持者の筋力ステータスを、熟練度に応じた分上昇させる。

作品内に於いて、彼女が夜這いを掛けに来た男共を軽く撃退しているのは、このスキルのお陰だったりする。


――――『式神』――――


専用の符に霊力を込める事で使役出来る存在を生み出す。生み出す『式神』の種類は術者によって決められ、人型・犬型・鳥型など多岐に渡る。

『式神』は術者の命に絶対服従だが、応用が利かないので扱うのにコツが要る。


――――『転移符』――――


指定した場所へ一瞬で跳べる符。

跳ぶ距離に制限が無いので日本中どこでも跳べるが、造るのに必要な素材が激レアの為、無闇に使えない。

主に、緊急時の避難用に使われる事が多い。プレイヤー間では『エスケー()』と呼ばれている。

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