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VRMMOをカネの力で無双する サブアカウント  作者: 鰤/牙
2015年お正月短編
49/50

あいり/アイリスの初詣

これでおしまい!

今年もよろしくお願いします!

 杜若あいり、服飾デザイン系の専修学校に通う18歳である。

 将来の夢は、アパレルデザイナーだ。


 だが、あいりは実力的に、その夢を迂回せざるを得ない状況にあった。差し迫る専修学校の卒業。出来のいい友人たちが、次々のデザイナーとしての就職先を見つけていく中で、あいりはとうとう彼女たちと同じ道を歩むことができなかったのである。あいりに待ち受けていたのは、大学生としての道だった。

 あいりが得たコネを十全に行使すれば、彼女にもまた、デザイナーとしての未来が開けたことだったろう。だが、あいりはそうしなかった。したくなかったのだ。自らの手で、夢などという都合のいい言葉で、友情の純粋性を損ねたくはなかった。


 杜若あいりは潔癖である。世の中の汚さを、これ以上ないほどに知っていたし、自ら泥濘にまみれる覚悟をもって生きてはいたが、それでも最後の一線においては、潔癖であった。


「あいりちゃん、お正月くらい明るい顔しようよー」

「うん……」


 あいりは今、友人と一緒に神社へ訪れていた。


 一人で神社に来たくはなかったのだが、ユーリや芙蓉に声をかけるのは気が引けたのだ。久々に中学以来の友人に会いたくなって、彼女を誘った。もともとユーリ達と組んでいたギルド〝MARY〟のメンバーだったこともあって、割と連絡は早くついた。


「大学に行ったって、別に夢がかなえられなくなるわけじゃないんだから、ねー?」

「うん……。わかってるわよ」


 わかっている。わかっているのだ。だが、理屈の上で納得できても、感情で割り切れることではない。


 自分に才能がない。それは既に知っていた。この2年、ゲームの中の世界でも、嫌と言うほど知らされたのだ。だから、ある程度の覚悟は、ちゃんとできていたつもりだった。

 それでも、もしかして、という思いを捨てきれないのが、夢追い人の業なのだ。客観的に自分がどれほどの位置にいるのかわかっているつもりでも、それでも自分は自分の作品のことが好きだから、いつか誰かが理解してくれると思ってしまう。その甘えから、夢追い人は夢をあきらめきれない。


 端的に言って、自分の現在の状況は、ミジメであるし、ショックであった。


「あたし、小学生の頃は、自分って優れてると思ってたのよねー……」

「中学校の頃もだよね」

「うん、だから、ミウとかには酷いこと言ったりした記憶があるわ」

「うーん、ミウはあんまり……」

「あーそっか……。どっちかというと、あっちの方か……」


 小学、中学と一緒につるんでいた、もう一人の友人を思い浮かべる。今になって考えてみれば、彼女の方がよほど優秀だったし、何につけても実力があった。あいりの上から目線の罵声にも嫌な顔ひとつせずそれを真に受けて、翌日にはもっとすごいことをしでかしたりしたものだ。


 杜若あいりの周囲には、常に天才がいる。それに目を逸らして生きてきて、だが今ようやく、それを直視せざるを得なくなったのが、今のあいりだ。凡人たちが自分の身の程を知って、あるべき穴に納まっていく中、あいりは自分の居場所を錯覚して納まりどきを逸してしまった。


「はー……」

「あー、お正月そうそう溜め息だぁ」

「溜め息って、幸せが逃げるのよねー……」


 ただ、逃げて困るような幸せは、もう残っていないような気がした。


「あいりちゃん、そんな気を落とさないでよ。お参りしたら絵馬飾って、そのあとはおうち帰って元旦の別にそんなに面白くもない芸人がワイワイ騒ぐ雑多な番組を見ようよ」

「面白くもない芸人がワイワイ騒ぐ雑多な番組はいいんだけど、今のあたしにはそれと並行してあんたとあんたの旦那がイチャイチャしてるとこ見せつけられるのが我慢できないと思うわ」

「じゃあナロファンやる?」

「どうしようかしら……。キルシュさんもローズマリーも、お正月はログインしないのよね……。芙蓉さんはフランスで正月迎えるっつってたし……」


 結局のところ、あいりは一人だ。孤独だ、とまでは言わない。だが、一人なのだ。


「人間は、死ぬときも一人なのよね……」

「あいりちゃん、一家心中って手もあるよ」

「あんた思考がちょっとあいつに似てきたわ」


 いや、やめよう。今は天才のことは考えないことにしよう。受験を控えた学生らしく、神社に合格祈願のお参りをして、帰る。そのあとは家に帰って元旦の別にそんなに面白くもない芸人がワイワイ騒ぐ雑多な番組を見るのだ。


 あいりは自分がバカだとは思いたくないが、学力は決して高いわけではない。志望校として照準を絞っている城南大学の合格ラインだって、油断できないところにあるのだ。夢ばかりを追うのも結構なことだが、そのままでは足元の崖に気付かず墜落してしまう。

 大学にはローズマリーも入学するという。一度、ボディを得た彼女に会ったことはあったが、ほとんど人間と比べ遜色のない動きができるまでに至っていた。科学の力ってすげー、と思ったものだ。


 日本の大学生活はモラトリアムらしい。人生の執行猶予みたいなものだ。『ボクは執行猶予もらえなかったけど、君はじっくり楽しむと良い』なんて笑えないジョークを、音桐も言っていたが。


 大学生活の中で、自分が追う夢以外に夢中になれることは、見つかるのだろうか。


 見つかると良いな、という気持ちとは裏腹に、見つかると怖いな、という気持ちもある。いま、自分が追い求めている物以上に夢中になれるものを見つけてしまったら、いま自分が抱いているこの確かなはずの気持ちが、嘘だということになってしまう気が、するのだ。


「あいりちゃん、ほら、前空いたよ! お金お金用意しなきゃ」

「ああ、うん……。そうね」


 財布から適当な小銭をつまみあげて、賽銭箱に放る。鈴を鳴らし、手を合わせ、


 手を合わせ、


「…………」


 願い事が、思いつかない。


 結局、手を合わせて目を閉じしばらく考えていたが、後ろの迷惑になるので、何も願い事をしないままに列を抜けた。


「あいりちゃん、ミウ熊手買ってくるねー」

「あ、うん。じゃああたし、なんか絵馬でも書いてるわ」


 友人を見送って、あいりは事務所の巫女さんから絵馬を買う。サインペンで願い事を書こうとし、やはり筆が停まった。


「(まぁ、良いのよこういうのは。当たり障りのないことで)」


 あいりのペンは『城南大学合格』というそっけない文字列を綴る。

 何故ここで、『ファッションデザイナーになる!!』と書かなかったのか。そんなことを神頼みにはしたくないから? たぶん、違う。結局願い事なんて、本人が心のそこで『叶えられる』と思っていることしか、書くことができないからだ。書いたところで叶わない願いなんて、ミジメなだけだ。


 でも、絵馬に本当の願いを書けないことと、どっちがミジメなのかしら。


 あいりは、心のまったくこもっていない絵馬を吊るし、虚ろな目で去ろうとする。その時、どん、と肩が誰かにぶつかった。


「っと……すんません」

「あっ、ごめんなさい」


 見上げて、ビビる。

 それは、背の高いヤンキーであった。脱色してボサボサになった髪と、ダメージ系で固めた、ややだらしないファッション。唇にはピアスがついているし、眉は綺麗に剃られている。あいりは硬直しかけるが、ヤンキーは特別怒る様子もなく、こう言った。


「ジョーナンっすか」

「え?」


 足早に立ち去ろうとしたあいりは、思わず立ち止まった。振り返れば、先ほどの絵馬が揺れている。


「ああ、いや……。おれもジョーナン受けるんでぇ」


 受けるのか。彼が。城南大学は、決して難関というわけではないものの、それでも偏差値はやや高めの大学だ。彼のような人間が……と、思いかけたところで、自分の中の偏見を恥じる。大学を受けるのは人の自由だ。その容姿からまともに高校に通えているのかはわからないが、そうでなかったとすれば、それはむしろ彼が相当な努力家であることの証左となる。


 ともすれば、自分よりよほど立派な人間かもしれないのだ。


「あ、そうなんだ。あたしも、最後まで迷ったんですよね。大学受けるかどうかって……」

「へー、行きたくないんすか?」

「行きたくないわけじゃないの。ただ、やりたいことは、もっと別にあったって感じ……」


 ああ、いけない。考えないようにしなきゃと、思っていたのに。


「ま、良いんじゃないすかね。お互い、若いっすし」


 唐突に、ヤンキーはそんなことを言う。こちらの表情でも読み取られたのか。あいりは複雑な気持ちになって、目を逸らす。


「それは……、そうかもしれないけど」


 そう簡単に、飲み込める言葉であるはずがない。

 だが、あいりは心の中でかぶりを振った。そう、まだ若いのだ。大学生活は執行猶予。まだまだチャンスは開けているはずなのだ。あいりは、強引に自分を信じ込ませることにした。


「まぁ、他に道がないなら、しょーがないのよね……」

「とりあえず、頑張りましょ。お互い。センター試験でやらかしたら、もっとどん底っすよ」


 それもそうだ。大学に行く行かないの以前に、行けるか行けないかという問題がある。自分はまだ、選択肢を選ぶことすら許されていない状況なのだった。


「そーね。おにーさんも頑張ってね。あたし、友達待たせてるから」

「ども。じゃあ」


 あいりはヤンキーと手を振り、別れる。まったく知らない人間と話したことが、かえって彼女の心の中の荷を軽くした。


「あいりちゃーん」


 熊手を買ったミウが、ぱたぱたと走ってくる。


「はい、これ、あいりちゃんの熊手」

「え、あたしの分も?」

「これで幸せかき集めてね。ミウ達みたいに」

「あ、うん……」


 縁起物として有名な熊手だが、ずいぶんと大きいものを買ったな、とあいりは思う。確かに、相当な幸運をかき集められそうだ。あいりは、熊手を素振りするかのように、何かをかき集めるジェスチャーをはじめた。


「どう? 集まりそう?」

「わかんないけど、まぁ、試してみるわ」


 結局のところ、自分でかき集める努力をしないと、集まらないものなのかもしれないし。


「じゃー帰りましょうか。ミウの家で、元旦の別にそんなに面白くもない芸人がワイワイ騒ぐ雑多な番組を見て、ミウの旦那がこしらえたおせち料理でも食べるわよ」

「ミウとダーリンのイチャイチャは?」

「まぁ、見てあげるわよ。ああ、ミウ、言い忘れてたけど」

「なに?」

「今年もよろしくね」


 2015年が、せめて良い年でありますように。

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