茶良畑/チャーリーの初詣
あとあいりの話くらいは書きたいなぁ。
茶良畑くんは、「アイリッシュ・スナイパー」の登場人物ですが、カネの力関連の作品なのでここに収録します。
茶良畑著律須は、不良である。
正確には『不良であった』だ。中学の頃は相当なやんちゃをし、高校でもしばらくは暴れていたが、しばらくして全てむなしくなってしまい、高校を中退した。どれだけ粋がったところで、世の中にはもっとパねぇ奴らがいると知ってしまったのだ。
高校で茶良畑の自信を打ち砕いたのは、自分よりはるかに腕っぷしの強い不良たちだ。中学時代の仲間たちはみんなまともな学校に進学したり、音沙汰がなくなったり。自分の暮らしている世界の狭さと、自分自身の小ささを思い知らされるような心地である。
高校を中退して以降、しばらくプラプラしていた茶良畑だが、一念発起して大学を受けることにした。予備校に通い、まともに勉強を続けた結果、大検のは一発合格だった。進学先は城南大学。決して難関と言うほどの大学ではないのだが、茶良畑の学力からは難しいと言われていた。が、それでも茶良畑は勉強に打ち込んで、どんどん目標のラインに近づいて行った。
茶良畑著律須は、不良である。
基本的に、神頼みというものをしない。信じられるのは己の力だと思って生きてきたからだ。
が、この日茶良畑は、初めて初詣というものに訪れた。
「チャーリーが神社くるなんて思わなかったよ」
「るせェ」
中学時代の友人がからかうような口調で言ってきたので、茶良畑は思わず仏頂面になる。
「で、大学は受かりそうなの?」
「知らね。ヨビコーのテストは、あんま悪くねェンだけど」
「ふーん」
友人は大して興味のないような返事で空を見上げ、白い息を吐いた。
神社の境内は人でごった返している。茶良畑はあまり人ごみが好きではないので、愉快な気分ではない。
「おまえはさ、どうなん?」
「僕?」
「こっちの用事は片付いたんだろ。女のとこ帰んなくて良いのかよ」
「そーだねぇ。今年は戻る目処がついたかなって感じ」
「おまえは順調だな」
「まーね」
友人は、いつの間にかちゃっかり買っていた甘酒を、美味しそうに飲んでいる。
こいつは良い奴だから、まぁ、良い人生を送れるだろうな、と茶良畑は思っていた。中学時代から、周囲に疎まれ、結果的に自分が不良の世界に引きずり込んだようなものだ。だが本質的には、あまり荒事に向いた性格ではない。恋人のところでのんびり暮らすのが良いだろう、と、そう考えている。ようやく、彼らしい人生に路線が戻せた形だ。
「チャーリーは大学行ってどうするの?」
「あんま決めてねェンだよなァ……」
とりあえず、大学にはいかなければならない、とは思ったのだ。カネはいろんなバイトをして稼げたし、このバイトを上手いこと続けていれば生活にも困らないはずなのだが、それでも、なんとなく大学に行かなければならない、と思ったのだ。このままでは、自分は永遠に底辺のクズのままだと。
「考えすぎじゃない?」
何の前触れもなく、友人がぽつりと言った。
「なんだ、おまえ心読めんの?」
「うん」
「パねェ」
いつもの感動詞をつぶやくと、友人は空になった甘酒のカップを放り棄てる。カップは、一見して物理法則を軽く無視したような動きを描いて、ゴミ箱へと吸い込まれていった。
「大学に行くのはいいことだよ。僕は行かないけどねー。チャーリーは、一見ガサツだけど、気も利くし料理も上手だし、腕っぷしもまぁまぁだしさ。悪い人じゃないんだから、わかってくれる人はいるよ」
「どーかな」
茶良畑は、あまり褒められるのに慣れてはいない。だからそれだけ呟いて、視線を逸らす。
「チャーリーはさぁ、従者気質だよねぇ」
「なんだそれ」
「人の上に立つ性格じゃないってこと。ナンバー2向きだよね。だからさ、もっと尊敬とか、リスペクトとかできる人がいれば、大学はもっと楽しくなるよ」
「リスペクトね……」
「あ、ほら。前空いたよ。お金お金用意しなきゃ」
自分が尊敬できるような人間が、そして、その上で自分を受け入れてくれるような人間が、果たしているのだろうか。この友人は、辛うじて近い場所にはいるが、彼と上下の関係になりたいとは思わない。対等に見てくれる友人も、それはそれで得がたいものだからだ。
友人は、見た目相応の少年らしいはしゃぎっぷりで、財布を開き前に出る。賽銭箱に小銭を投げ、本坪鈴をガラガラと鳴らす。パンパンと両手を叩き、祈るように目を閉じた。茶良畑も少し躊躇したが、同じように小銭を投げ、祈る。
神頼み、というわけでは、ないのだが。
大学に受かりますように、というのは違うな。少し考えてから、茶良畑はこのように願うことにした。
自分がリスペクトできる人間に出会えますように。
バカバカしい、と思いながら、友人に続いて賽銭箱の前から離れる。神に頼んで何かが叶うような正解なら、世の中は宗教家だらけだろう。そんなことを考えていると、友人は『そうやって斜に構えてるからダメなんだよ』と言って笑った。
「もっと素直に考えるようにしたらどう?」
「リスペクトできるような奴に会えたら考えるよ」
「ふーん。絵馬書く?」
「あー、書くか」
一言目、二言目に「めんどくさい」だの「だるい」だの言うことも封印しようと決めたのだ。人間がやることにはちゃんと意味があるはずだし、それをただの怠け心で見送るような人間には、なりたくない。
神社の事務所で巫女さんから絵馬を買い、サインペンでもう一度『リスペクトできる人間に出会えますように』と書いておく。
「あ、チャーリー、僕なんか屋台で食べ物買ってくる。僕の分の絵馬も吊るしといて」
「おまえそれで良いのか」
「え、なんか問題あるの? とりあえず買ってくるねー」
友人がぱたぱたと跳ねるように走っていくのを、茶良畑は見送る。
茶良畑はため息をつきそうになり、それを飲み込む。溜め息はダメだ溜め息は。ちょっとダルそうに見えたってかまわないが、本当にすべてをダルがっていては、自分自身がダメになってしまう。
二人分の絵馬を片手に歩いていると、不意に肩にドン、と誰かがぶつかった。
「っと……すんません」
「あっ、ごめんなさい」
肩にぶつかったのは、赤い髪をした一人の少女だった。やや暗そうな顔をして、頭を下げる。正月早々、景気の悪そうな顔だなぁ、と茶良畑は思った。見れば、いま少女が下げたであろう絵馬が、ぷらぷらと揺れている。ややギャルっぽい丸文字で、『城南大学合格』とだけ書かれていた。
「ジョーナンっすか」
茶良畑は自分でも知らぬうちに、言葉を漏らす。
「え?」
足早に立ち去ろうとしていた少女が振り返る。
「ああ、いや……。おれもジョーナン受けるんでぇ」
「あ、そうなんだ。あたしも、最後まで迷ったんですよね。大学受けるかどうかって……」
「へー、行きたくないんすか?」
「行きたくないわけじゃないの。ただ、やりたいことは、もっと別にあったって感じ……」
少女の表情が暗い理由が、少しわかった。笑みは浮かべているが、心の底からといった感じではない。
「ま、良いんじゃないすかね。お互い、若いっすし」
それはあるいは、少女に向けて発した言葉なのか、あるいは、自分自身の中にあるわだかまりに向けたものなのか、それは茶良畑にもはっきりしない。
「それは……、そうかもしれないけど」
少女は、あまり素直に呑み込めていない様子でつぶやく。
「まぁ、他に道がないなら、しょーがないのよね……」
「とりあえず、頑張りましょ。お互い。センター試験でやらかしたら、もっとどん底っすよ」
「そーね。おにーさんも頑張ってね。あたし、友達待たせてるから」
「ども。じゃあ」
それだけ言って、少女はぱたぱたと走っていく。顔色は、先ほどよりも少しだけ晴れていた。
友人が言っていたことが、少しわかったような気がする。従者気質とはこういうことか。あまり、人の下で動くのが好きだと思ったことはないのだが、それは彼がリスペクトするに足る人物が、今までいなかったというだけのことかもしれない。
「チャーリー!」
その友人が走って戻ってくる。
「おまたせー。タコ焼きで良い?」
「おう」
「なんか機嫌良さそうだね。なんかあった?」
「別に。大したことじゃねェよ」
茶良畑はそう言って友人からタコ焼きを受け取り、そのうちのひとつを口の中に放り込む。
「ぶほッ……べほッ……! てめェ、これ……!」
「あー、一個だけめちゃくちゃ辛い奴だって。すごいねぇチャーリー……、元旦からホールインワンだねぇ……」
「てめェ……。あとでちょいとツラ貸せ」
「ひゃー」
ところで、この日出会ったばかりの少女と茶良畑は、数か月後大学のキャンパスで何度かすれ違うことになる。が、少女のことを茶良畑はすっかり忘れていたし、少女もまた茶良畑のことを覚えていなかった。
ただ、果たして茶良畑の願いは聞き入れられることになる、彼は改めて『霊験パねェ』と思ったとのことである。