ザ・キリヒツ/俺たちの正月はこれからだ!
特にオチが思いつきませんでした
「リーダー、正月そうそう捻挫したんだって?」
キリヒトの言葉を受けて、キリヒト(リーダー)は仏頂面を作る。
「捻挫したのは大晦日だよ。正月じゃなくてさ」
「大して変わんないだろ」
「縁起の悪さがだいぶ違う」
キリヒト(リーダー)こと山本よしすけは、2014年最後の瞬間、盛大に足をひねって足関節靭帯損傷、すなわち捻挫をやらかした。結果、年越しそばをすすりながら一人で湿布と包帯を施し、哀しい元旦を迎えることとなった。
ザ・キリヒツの間では笑い話になっているわけだが、当然、キリヒト(リーダー)にとって愉快な話ではない。
「えぇっ、リーダー捻挫したの!?」
そんな中、唯一笑わなずにいる人物がいた。一同の視線が、いっせいにそちらへと向く。
「アイナ!」
「アイナ」
「アイナ……」
「アイナっ」
「アイナ……!」
「アイナ?」
6人のキリヒト達が次々にその名を呼び、最後にキリヒト(リーダー)が重々しくつぶやいた。
「アイナか……」
涼やかな水色のロングヘアと、清潔感にあふれる白い衣装。慈愛を宿した瞳の少女こそが、ザ・キリヒツ永遠のヒロイン、アイナである。高速戦闘と治癒魔法に長けた彼女のスペックは、全員前衛というザ・キリヒツの穴を絶妙に……埋め切れてはいないのだが、まぁ、とりあえず少なからぬ癒しになっていた。
ばたばたとギルドハウスに上り込んできたアイナは、そのまま椅子に座ったキリヒト(リーダー)のもとへ駆け寄り、その足をべたべたと触る。
「だ、大丈夫? リーダー、痛くない? ここ? それとも、ここ?」
「いや、捻挫したのはリアルの俺だから……」
「あっ、そ、そっか!」
アイナは舌を出して頭を掻く。キリヒトの一人が『可愛いなぁ』とつぶやく。確かに可愛い。だが、アイナは、
いや、やめておこう。アイナの正体がなんであろうと、大切なザ・キリヒツの一員であることには変わりがないのだ。既にそういう結論は出ているし、1年間ずっとそうやって過ごしてきた。
アイナは相変わらずの可愛らしい動作で、小首をかしげる。
「リーダーって鹿児島住みだっけ?」
「種子島だけど」
「じゃあ私、明日遊びに行くね」
「えっ」
唐突な申し出に、キリヒト(リーダー)は思わず聞き返してしまった。
「看病してあげるよ。お正月は緊急外来しかやってないでしょ? 言ってなかったっけ、私、看護師なの」
そういえば、そんなことを言っていた気がする。アイナの申し出を聞き、キリヒトのひとり達が次々につぶやいた。
「そうか、白衣の天使か……」
「だが男だ」
「まぁ天使は男だよ」
そう、アイナは男だ。いや、アイナは女だが、アイナのプレイヤーは、男だ。
別に、男だからといって偏見は持たない。アイナは、ここに集うキリヒト達と同じく、レジェンド級ライトノベル〝ドラゴン・ファンタジー・オンライン〟のファンであり、ザ・キリヒツの大切な仲間なのだ。アイナは可愛く、そして男だ。特に問題はない。
本土住みのアイナが、わざわざ九州の最南端、離島種子島まで看病しにきてくれるのも、ザ・キリヒツの仲間意識故だ。特に深い意味はない!
「飛行機今から取れるかなぁ。新幹線ならいけるかな……。とりあえず、すぐ行くから待っててね。患部はちゃんと冷やして、動かさないようにしておいて。ログイン中は安静にできるから大丈夫だと思うけど、ゲーム内で歩き回ると現実世界でも無理に動かしちゃいがちだって、苫小牧先生が言ってたから、なるべく歩かないようにしないとダメだよ?」
「お、おう」
「じゃあ私、すぐに準備するから!」
アイナは矢継ぎ早にそう告げると、メニューウィンドウを開いてログアウトしてしまった。どうやら、本気らしい。
「良い子だな……」
キリヒトの一人が腕を組んで、カッコつけながら言った。
「まったくな」
アイナのログアウトを呆然と見送り、キリヒト(リーダー)も辛うじてそう呟く。
「よし、リーダー。俺たちもこれからリーダーの家へ向かうぜ」
「なに?」
続けて、意気揚々と語るキリヒトに、キリヒト(リーダー)は視線を向けた。他のキリヒト達も、一斉に屈伸や腕立てなどを初めて、それぞれのやる気をアピールしはじめる。
「俺もいるぜ」
「おまえばっかりに良いカッコさせるかよ」
「キリヒトはお前だけじゃないんだぜ」
「コーホー」
「いや、それは良いんだが」
キリヒト(リーダー)は頭を掻く。
「どうせおまえ達アイナに会いたいだけなんだろう」
『まぁな!!』
キリヒト達は、一斉に親指を立てて、最高の笑顔を見せた。
まぁ、良いか。正月早々、自宅でのオフ会ということになる。どうせゲーム内でも同じ面子で過ごすのだから、リアルを同じ面子で過ごすのも悪いものではない。捻挫した足を抱えて、独りで過ごすよりはよほどマシな気がした。
「じゃあ俺は1期2期のDVDを用意して待ってるよ」
「よし、じゃあオフ会は全員でマラソンだな」
「楽しみにしてるぜ!」
次々とログアウトしていく九州のキリヒト達を見送ってから、キリヒト(リーダー)もログアウトする。
そういえば、2015年は、ミライヴギア用の新作ゲームタイトルが何本か発売されることを思い出した。期待のガンシューティングゲームも発表されたとなれば、ザ・キリヒツも活動の場を広げなければならない、と、興奮気味に語り合った。
今年も、ザ・キリヒツにとって良い年であることを祈りながら、キリヒト(リーダー)もログアウトのボタンを押した。