苫小牧/脳神経科学的謹賀新年
そろそろ疲れてきたのですが、オッサンが叫んでるだけの話で終わるのは心苦しいので、もうちょっと続けます。
あとリクもらったリスト。たぶん全部は無理です。
・桜子さん
・キリヒツ
・茶良畑くん
・あいり
・あめしょー
・芙蓉さん
・ココ
「苫小牧博士、あけましておめでとうございます!」
「ん、ああ。あけましておめでとう」
そうか、とうとう年が明けてしまったのか。苫小牧伝助はこめかみを揉みながら、椅子ごと振り返った。
1月の網走は当然のように寒い。苫小牧の職場である脳神経科学研究センターは、市の中心部からまた少し離れたところにあるので、雪が降ると外界から隔絶される。で、いままさにこの研究所は、そのような状況に陥っているのであった。自家発電システムで完備された暖房と、大量に備蓄した食料のおかげで、さほど不自由を感じることはないのだが。
「ともあれ、あけましておめでとう。椴法華さん」
「はい、今年もよろしくおねがいします」
髪を一房に束ねた、薄縁眼鏡の化粧っけの薄い女性が、椴法華縁。若くしてこの研究所の副所長を務めている才女だ。
「精が出ますね。今はどのような研究を?」
「光田レポートの解読ですね。脳神経系の外科的処置による思考領域の拡張……でしたか。いささか夢物語なような気もしますが、直さんから送られてきたものですので、あまり無碍にもできません」
昨今のVRMMO技術の発展により、脳神経科学の権威たる苫小牧は各方面において引っ張りだこである。近年、量子力学において提唱される相似擬界領域と脳が生み出す思考領域の類似性が指摘されるに至り、相似擬界領域理論を応用したドライブ技術をもっとも長く体験した科学者としても、様々な意見を求められるようになった。
苫小牧としては量子力学など門外漢なのだが、こうも学者としての見解を要求されるようでは、まったくの無知を貫き通すわけにもいかなくなる。ここ1年ほどは量子力学と脳神経科学の研究を並行して行い、その結果、知り合ったばかりの人間から光田レポートという、その真偽すら眉唾物の研究資料を解読させられるハメになった。
「そういえば、先ほど音桐さんから、質問に対する解答状が届きましたよ。年賀状と一緒に」
「もうですか? 早いですね」
「獄中なので、特にすることもないそうです」
椴法華の差し出した書状を受け取り、苫小牧はペーパーナイフで丁寧に封筒を空ける。
「博士、コーヒーでも淹れてきましょうか?」
「そうですね。よろしくお願いします」
苫小牧はわずかに微笑んで応答し、すぐに視線を書状へと戻す。
かつてポニー・エンタテイメント社の社長であった音桐慎也とは、現在も積極的に書状のやり取りが行われている。音桐から届く手紙は、毎回半分くらい彼の溺愛する杜若あいりのケツについて真剣に語られているのでノイズも非常に多いのだが、それを差し引いても有益な情報が得られることは多い。
今回は、VRドライブ技術に用いられる相似擬界理論についての、彼なりの見解がそれなりに真面目な文体でつづられていた。量子力学についてどれほどの造詣があるのか、いまいちよくわからない男だが、手紙の内容自体は不思議と信憑性が高い。苫小牧は、音桐の手紙と光田レポートの内容を慎重に見比べながら、いくつかの仮説を立てていく。問題は、この仮説を立証する手段がいまだに見つからないことであって、
「さすがに、行き詰りますね……」
誰に対してつぶやくでもなく、苫小牧は苦笑いをした。
そこで、苫小牧ははじめて、机の上へ乱雑に放置した書類の山の中、スマートフォンがメールの着信を告げる光を発していたことに気づく。こめかみを揉みながらスマホを取り、ロックを解除すると、メールが何件か届いているのがわかった。
そのうちの一件、
【あけおめにゃー】
あめしょーからだ、とは開かなくてもわかる。苫小牧の知り合いの中で、新年のあいさつをメールで済ませるのは彼女くらいなものだ。変わらないな、と思って小さく笑う。苫小牧は、彼らしい丁寧な文体で、あめしょーのあけおメールへの返答を送る。
世間はもう新年か。自分はまた、研究所で新年を迎えてしまった。今年は初詣に行けるのがいつになるだろうかと考えていると、またすぐにメールが来る。あめしょーからだ。早いな、と思う。
【次はいつログインできる?】
そういえば、最近はナロファンにもログインできていない。あめしょーからのメールによれば、ゲームの中で新年パーティーをやっているのだそうだ。苫小牧も今余裕があるなら、是非来てみてはどうか、という内容であった。
久々に、ログインしてみてもいいかもしれない。だが、勘は衰えていないだろうか。
苫小牧は椅子から立ち上がり、狭い研究所の中で呼吸を整えた。椴法華がまだ戻ってくる気配のないことを確認すると、こほん、と咳払いをして、両腕をババッと広げた。
「けきゃァッ!!」
狭い研究所の床を蹴り。足を高く振り上げ。怪鳥音も高らかに。苫小牧伝助の跳び蹴りが炸裂する。
ばさばさばさ、と資料の山が崩れ落ちた。
「どうやら、腕はなまっていないようですね……」
その光景は、おそらく傍から見れば、くたびれたオッサンが奇声をあげてただジャンプしたようにしか見えなかったはずだが、苫小牧はおおいに満足したように頷く。ひとまず、椴法華が戻ってきたらコーヒーをいただいて、資料を整理してから、久々にナロファンにダイブしてみよう。最近はいろんなVRゲームが出てきて、アクティブユーザー数は減っているそうなのだが、彼の友人たちはまだまだ現役だ。
「けきゃァッ! けきゃァッ! きょあァァァァッ!!」
テンションのあがった苫小牧は、久々に理性をかなぐり捨てて、野生の雄たけびを轟かせる。彼は気づいていないのだ。コーヒーを運んできた椴法華縁が、研究室の入り口で完全に硬直してしまっていることに。
ところで、このハイテンションな怪鳥音が、苫小牧が現在進めている研究の新たなるブレイクスルーになるのだが、それはまた別の話である。




