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VRMMOをカネの力で無双する サブアカウント  作者: 鰤/牙
2015年お正月短編
44/50

キングキリヒト/ウィンターウォーズ

誰かこの話を全文コピペしてマツナガに送ってやってください。

 桐生家の正月は、質素なものだ。


 豪華なおせち料理もないし、正月旅行と称して家を出ることもない。親戚周りをはじめるのは2日からなので、1月1日の元旦は、桐生良介、世理子、そして世良の3人家族が、名古屋の自宅でのんびりと過ごす。

 普通の家庭であれば、お雑煮をつつきながら正月のバラエティ番組を見て過ごしたりするものだが、その点において桐生家はちょっと違う。


「世良、クラシックタイプのコンシューマーゲームではまだまだ私には勝てないかな?」

「これそーゆーゲームじゃないと思うんだけど……!」


 PSvitaを握りしめ、世理子と世良が白熱していた。本来協力プレイを楽しむはずのアクションゲームで、どうやらタイムアタックにまで発展してしまっているらしい。国内最強ゲーマー・ワイアールカイザーが負けず嫌いをこじらせた結果ではあるのだが、その遺伝子をきっちり受け継いでいる世良は、辟易とした様子を見せつつも決して手を抜かず、激しいつばぜり合いを続けていた。


 それを微笑ましく見守っているのが、桐生家の大黒柱である良介だ。


「お母さん、世良、お雑煮ができたよ。きりがついたら食べよう」

「あ、はーい」

「うん……」


 返事をしつつ、二人はゲームの鬼である。画面から一切視線を逸らさない。


「はっはっはー! 圧倒的じゃないか、我がHGワイアールカイザーはーっ! どうだね世良くん、君のところのモビルスーツは……」

「あ、お母さん。もうすぐこっちステージクリア」

「えっ、嘘!?」


 思わず身を乗り出し、世良の画面を確認する世理子。世理子のPSvitaをちらりと見てから、世良はすぐさま自分のプレイに意識を戻し、平然とつぶやく。


「うん、嘘。でももうすぐ追いつく」

「うわっ、世良そーゆーことするようになったの!?」

「子は親の背中を見て育つから」


 勝つためには手段を択ばないのは、世良よりも世理子に見られる傾向だ。精神攻撃は基本中の基本であり、そこで体勢を崩されるようであれば、崩される方が未熟なのだ。世良はもともとこういった手法で戦うことは好きではないのだが、まぁ、基本的に相手に合わせる。


 その後も激しいデッドヒートは繰り広げられたが、世理子が辛うじて逃げ切っての勝利を収めた。母親が全身にびっしり汗を掻き、呼吸も荒く肩をいからせている様というのは、一般家庭ではなかなか拝めるものではないのだが、割と桐生家では頻繁に発生する光景だ。


「どっちが勝ったんだい」

「お母さん」


 笑顔の良介にぶっきらぼうに答えつつ、世良はテーブルにつく。雑煮の芳香が、すきっ腹になかなか来る。その横に、世理子が笑顔で腰を下ろした。


「ナロファンで世良に負けてもう1年……。お母さんも、せめて自分のフィールドでは負けないように必死でやったのよ」

「もっと別のところに必死になろうよ。家事とか……」

「卵焼きはちゃんと焼けるようになったでしょ! あとハンバーグ!」

「それを誇れる時点で主婦としておかしいんだよ……」

「お母さん、早く世良のためにエビフライも作れるようになってね」

「任せて良介さ……お父さん!」


 ガッツポーズをとる世理子はひとまず無視して、世良は両手を合わせ『いただきます』とつぶやく。


「やっぱ射撃武器は終盤を見据えてハイメガにするべきなのかな……」

「どうだろね。序盤はマシンガンがよかったけど、やっぱりゲロビは強いからねー。お母さんはドーバーガンが好きだな。ロングライフルもいいけど、でも世良のMSは腕が基本MFだからねー」

「今ゴッドスラッシュ使ってる」

「今やってたゲームの話かい?」


 真面目な顔をして話す母子の会話に、にこにこ笑いながら良介が介入する。


「お父さんもやる?」

「お父さんは良いかな。お父さん、昔からお母さんがゲームやってるの見るのが好きだったからね」

「その惚気聞き飽きた。続きで『だから世良と並んでやっているのを見るのがダブルで幸せなんだ』ってのも」


 世良はぼそっとつぶやいて、雑煮のモチに噛み付く。世良の雑煮に入れるモチは毎年3個と決まっている。良介が2個で世理子が4個だ。世理子は結婚前までは歳の数だけ入れていたらしいのだが、一度救急搬送されてからは自重していると聞いた。正直、母親のそんな醜態は伝聞であったとしても耳にしたくはなかった。


「そんな生意気な口を利く世良も、4月には中学生かぁ……」


 雑煮の汁をぐぐっと飲んでから、世理子が感慨深げにつぶやく。


「い、いきなり何……」

「いや、月日が廻るのは早いなーって話。ねーお父さん」

「そうだね。世良も立派になったよ」


 むずかゆさが、妙な居心地の悪さに変わる。世良は表情をごまかすために、お椀を持ち上げて雑煮をかっ込んだ。


「一時期、引きこもりだったりしてさ。迷惑かけたよ」

「でも、克服しただろ?」

「別に自分の力だけで克服したわけじゃない」

「世良、」


 お父さんが諭すような声を出したので、世良は思わず緊張し、お椀をテーブルに置く。


「……何?」

「まだ、自分に自信が持てないってわけじゃないだろう」

「ん、まぁね……」


 正直なところ、世良は昔に比べ、だいぶ自分というものに自信が持てるようになってきた。かつて自分をいじめていた少年グループとだって、いまは良好な関係を築けている。成長した、という自覚があった。それが、自分一人で為し得たものでないにせよ。


 わかっている。褒められるのに慣れていなくて、ちょっぴり恥ずかしかっただけなのだ。


 ただ、


「ただ、まだ中学でやりたいこととか、決まってないし」

「決まってる方が珍しいんじゃない?」

「砂井はサッカーやるって言ってた。石蕗さんはソフト部だって。宝林さんは合唱部だったかな」

「じゃあ世良はゲーム部だね」

「そんなのないよ……」


 日本ではまだまだ、ビデオゲームが市民権を獲得できているわけではない。今年の春から世良が通う中学には、囲碁将棋などのボードゲームをやる部活動はあるらしいので、それに入るのも悪くはないかな、とも思っていた。運動部に入るかどうかは少し考えてしまう。運動不足がたたるのは怖いので、剣道部あたりには入っても良いのだが、ゲーム内のキングキリヒトとの動きのギャップが、かえって足を引っ張りそうだ。


「はーい、そんな未来有望な世良に、お父さんとお母さんからのお年玉だよー」


 満面の笑みで、世理子が小さな紙袋を取り出す。


「あ、うん。今年もくれるんだ……」

「今年は入学祝も兼ねて、そこそこ入ってます。これ、どうする?」

「貯金しといて。いつもみたいに」

「はい。じゃあ大事に貯金しとくね」


 紙袋は結局世良に手渡されることなく、世理子がまたしまった。


 お年玉を貯めて、どうしようと思うことはある。

 世良には、生涯をかけて倒さなければならない一人の男がいた。彼と本来決着をつけるべきフィールドで戦う機会は、既に永遠に失われてしまっている。自分のフィールドに引きずりおろせない以上、世良が自分の力で、彼のいる高みにまで上り詰めるよりほかはないのだ。いつか、この貯金を、そのための活動資金にあてたいと、世良は考えていた。


「そういえば、世良、石蕗さんからお年賀届いてたよー」

「石蕗さんから?」

「あ、違う。明日葉ちゃんの方じゃなくて、社長さんの方」

「ああ……」


 ちょうどその男のことを考えていた時であるからして、世良はちょっと言葉に迷う。


「それ、ウチにっていうか……桐生家全体に宛てたわけじゃないの?」

「世良宛てでしょ。桐生世良様って書いてあるもの」


 仰々しい包装がなされた箱を、世理子は世良に手渡す。食事の席でバリバリ開けるのは、さすがに行儀が悪いのでやめておいた。ただ、包装紙に挟まっていた手紙らしきものだけは取り出して、開く。中を見る。


 そこに書かれていたのは―――、


「………」

「……世良?」

「いや、なんでもない」


 世良は口元に小さな笑みを浮かべて、手紙を閉じる。


「えっ、何、なんて書いてあったの?」

「それはちょっと秘密」


 春から中学生か、と改めて思う。

 何かが劇的に変わるかと言えば、そんなことはないだろう。時間の変化は緩慢だ。だが、変わろうとしなければあっという間に置いていかれてしまう。世良には、砂井たかしや石蕗明日葉のような運動神経はないし、宝林芽露のような抜群の歌唱力があるわけでもない。


 だが、いつかはあの男の待つ高みにたどりつかなければならない。

 どのようなフィールドで戦えるのかは、まだわからないけれど。


 桐生世良、11歳。無限に広がる未来に向けて、心の炎を燃やしていた。





「そういえば、まっちゃんからもお年賀と年賀状来てたよ」

「えっ、マツナガさんも」

「うん、世良によろしくって書いてあるけど、何その顔」

「いや、マツナガさんにうちの1家3人が並んでピースしてるあの年賀状、送るのかなって……」

「ああ、うん。ちょっと可愛い羊のイラスト描いて誤魔化すつもり……」

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