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VRMMOをカネの力で無双する サブアカウント  作者: 鰤/牙
2015年お正月短編
43/50

エドワード/とある社畜の大晦日

ツイッターで適当に募集したキャラの正月と大晦日を飽きるまで書きます。

オチとかは特にないです。

 江戸川土門は社畜である。

 とは言え、ブラック企業に勤めているわけではない。彼の働く株式会社アイアスは、確かに労働基準法の順守には曖昧だし、SEのはずの江戸川にプログラマの仕事まで要求するし、その割には薄給だし、クレーマーは絶えないが、それでも江戸川は自分の職場をブラック企業であるとは思っていない。少なくとも彼自身は、それなりに楽しく働いているし、経営者はやや頼りない部分があるものの人格者だ。

 いくら人格者であっても、労働時間や給与がガバガバである時点で経営者としては破綻しているのだが、それでもまぁ、江戸川は彼に付き従った。


 そんなこんなで、12月31日。仕事納めである。


 今年中に終えらえて良かった。心の底からそう思えるほどに、江戸川は社畜としてきっちり教育されていた。今は、故郷静岡より遠き北海道の地。なんとか納品は済ませたが、当然、飛行機の予約は今更間に合うものではなく、差し迫った新年はここで迎えることになりそうである。


「はァ……」


 白いため息をついて、公園のベンチに座る。


 今頃、ナロファンでは年明けイベントの真っ最中かなぁ。最近は、リアリティのあるVRMMOがガンガン増えてきて、ナローファンタジー・オンラインのアクティブユーザー数は伸び悩み気味だ。それでもエドワードは、ゲームを鞍替えするつもりはあまりなかった。あのアスガルドの大地は、居心地が良かったのだ。思い出補正というものも、少しあるかもしれない。

 できることなら、今年の正月くらいはナロファンの中で、あるいは、そう、東京の秋葉原で迎えたかった。結局、かなわぬ話ではあったのだが。


 ポケットからスマートフォンを取り出し、ミライ・ネットワークのSNSを開く。株式会社TOCSでは、数ケ月前からナロファンのゲーム内コミュニティと、ミライ・ネットワークのコミュニケーションをつなぐ新たなサービスを開始した。こいつのおかげで、外出先でもゲーム内の状況はよくわるようになっているし、単純な動作くらいなら、アバターに命じることができる。こいつが地味に便利だ。特に江戸川のアバター、〝エドワード〟は生産職なので、アイテムを消費して錬成を行うという単純動作で、スキルレベルやステータスを上げていくことができるのだ。

 ソーシャルゲームをやるのと、感覚的には似ている。ぽちぽちやるだけでゲーム内でのレベルを上げていけるので、暇つぶしにはもってこいだった。どんなに忙しい月であっても、月額の基本プレイ料金が無駄にはならない。


「どっかにホテル取らないとなぁ……」


 いま江戸川がいる函館は夜景が綺麗だと言うが、さすがに今から展望台にのぼる気力はない。ビジネスホテルを探さなければならない。


 クリスマスほどではないが、街にはカップルも多かった。年を一緒に越そうというのだろうか、微笑ましい話だ。羨ましくもある。独り身の身体に、やたらと寒さが染みた。


『おう、エド』


 スマホを弄っていると、近くにいるアバターから声をかけられた旨を示すウィンドウがポップアップした。名前欄には『↓こいつ最高にアホ』と書かれている。この特徴的なアバターネームが二人といるはずもなく、すぐに彼の敬愛する親方だとわかる。


『結局、今年も帰れなかったか?』


 ポップアップするのはメッセージだけで、感情や表情などは表示されない。

 江戸川は、手慣れたフリックで返事を入力する。


『まぁわかっていましたけどね。今年は函館です』

『ずいぶん遠いな。寒くないか』

『今から宿を探します』


 それだけ告げて、江戸川はベンチから立ち上がった。さすがに手がかじかんできた。


 同僚などは、出張先では宿よりも先に飲み屋を探すという。地方料理や地酒などに触れるのが、一番の楽しみだというのだ。その気持ちもわからないのではないが、江戸川は酒が飲めないし、よしんば飲めたとしてもグルメ探訪にそこまで楽しさを見いだせない。どちらかと言えば、ビジネスホテルの小さな部屋の中で、じっくりとインターネットをすることこそが、出張の醍醐味と思えるだった。コンビニで買ってきたつまみやスナック菓子を空けて、ペットボトルのお茶などを飲めれば、さらに良い。


 やはりスーパーホテルかな。あそこは朝食も良い。今が大晦日という事実から目を逸らせば寂しさも少し薄れる。いつものように、ビジネスホテルを探せば良いのだ。

 そんな折、ポケットに入れたばかりのスマホが振動する。なんだ、と思って取り出してみると、SNS通話の着信があった。なんと親方からだ。ミライ・ネットワークからの通信機能は、現実世界の人間とアバターの通話を可能にしている。


「もしもし、なんです?」

『相変わらず辛気臭ぇ声してんな』


 どきりとした。耳に飛び込んでくるのが、例の親方、『↓こいつ最高にアホ』氏のダミ声だとばかり思っていたのだ。聞こえてきたのは、秋葉原で中古パーツショップを営む妙齢の女性、坂田蒼乃のハスキーボイスである。


「親方、なんです。わざわざ通話なんかしてきたりして」

『親方はよせっつってんだろ』


 電話口の向こうで、仏頂面でタバコを加える坂田の顔が思い浮かぶようだ。


『用ってほどのもんじゃないんだが。なんだ、もうすぐ新年だろう』

「え、もうそんな時間でしたっけ」

『あと1時間もない』


 言われて、江戸川は慌てて腕時計を確認する。時刻は23時過ぎ。確かにそうだった。


 ああ、今年もガキ使も紅白も見れていない。そういえば、毎年クリスマスはポケ戦全6話をマラソンするのが自身に課していた約束だったのだが、今年はそれもすっぽかしてしまった。正月休みくらいじっくりとりたいものだが、果たしてそれも許されるかどうか。


『いま初詣に行こうと思って、出かける支度中でな』

「あれ、ナロファンで新年迎えるんじゃないんですか?」

『迷ったんだよなぁ。うちのギルドメンバーも結構集まってたんだが、結局、みんなリアル初詣してからまた戻ろうって話になってよ』

「親方が初詣……ですか」


 ちょっと想像ができないな、と江戸川は思う。

 坂田蒼乃は、ヤニの臭いと自作PCが似合う、まぁ男である江戸川の目から見てもがさつな女性である。晴れ着姿で初詣、なんていうのは、まったく想像できない。


「境内に煙草捨てないように……」

『アタシをなんだと思ってんだよ』


 しかし、親方も初詣に行くのか。ビジネスホテルを探して歩き回っていた江戸川の足が、少し止まる。


「親方はどちらまで?」

『神田明神かな。よし、準備できた』

「そういえば、親方が電話かけてきた理由がまだわからないんですけど」

『親方はよせよ』


 いつもの定型句を吐き出した後、坂田はこんなことを言った。


『どうせエドは今年もログインできないんだから、初詣にくらい行かせてやれって言う奴がいてさ』

「誰ですそんなこと言ったの」

『さぁ、誰だろうな』


 電話口の向こうで、坂田が意地悪そうに笑うのがわかる。


『で、どうすんだ。別に神社もない山奥にいるわけじゃないんだろ』

「この近くだと函館八幡宮ですかね……。どうしようかな」


 どうしようかな、なんて、よく言う口だ。江戸川は自分でも呆れてしまう。どうせ胸中なんて決まっているのだ。こうやって本音を曖昧に誤魔化す口はいつからついたのか。そんな性格だから、色んな人間にバカにされるのであって。


 ま、良いか。


「行きます」

『よしきた』


 電話口の向こうの坂田が、ちょっぴり嬉しそうな声を漏らす。


『今年もロクなことがなかったって声だなぁ、エド』

「実際、ロクなことがありませんでしたよ。来年もないと思います」

『おみくじは引いとけよ』

「どうせ凶ですよ」


 江戸川は、足を函館八幡宮の方へと向ける。相変わらず身体は冷えるが、神社の境内で甘酒くらい配っていることを祈るとしよう。コートに身を包み、街を行く若者たちに、江戸川も混じる。


『じゃあエド、アタシ電話切るけど』

「あ、はい」

『新年になったらまたかけるわ』


 それって、あと40分もないのでは、と時計を見ながら思った。


「わかりました。良いお年を」

『おう、良いお年を』


 それだけ言って、坂田からの通話は切れる。スマホを再度ポケットにしまいながら、江戸川の足取りは少し軽くなる。


 一年の計は元旦にあり、なんて言葉があるが、ならば一年の総決算は、やはり大晦日にあるのだろうか。この一年、江戸川はロクな目にあってこなかった。これからも、当分ないだろうな、という気持ちもある。だが、この大晦日という日を少しでも明るく終えることができたら、自分にとっての2014年は、良い年だったと言えてしまうような、そんな気がした。

 意外とマシな年だったのではないだろうか。来年も期待できそうだ。


 除夜の鐘が、しんと冷え切った夜の函館に響き渡っていた。

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