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ナローファンタジー・オンラインが取り沙汰される際において、よくツッコまれるのがゲーム内において1つしか存在しない伝説武器の存在である。極めて複雑な入手経路を持つが、サービス開始から1年半が経過した現在となっては、7種類の伝説武器はすべてプレイヤーによって入手されている。単なるレアリティの問題だけではなく、それが単純に武器としても破格の性能を持ち合わせていることが、多くのプレイヤーの不満を呼んだ。曰く、公平性を欠く。
まぁ運営にもこだわりというものがあったようで、いくらユーザーが不満をぶちまけようと、伝説武器の性能に下方修正が施されることはなかったし、同様の性能を持った武器が出回るようなこともなかった。存在が判明して半年ほど経つ頃には、プレイヤーの不満もうやむやになり、伝説武器の存在はゆっくりとゲーム内に浸透していった。
ゲーム内にひとつの最強武器という触れ込みであれば、その武器をめぐって血で血を洗う争いが起きても不思議なことではない。中でも、とりわけ使用者の多い直剣型伝説武器XANは、それを所望するあまり所有者に闇討を仕掛ける不埒なプレイヤーも時に散見されたが、持ち主は常に圧倒的な実力でそれを退けてきた。
それこそがすなわち、ゲーム内最強のソロプレイヤー・通称キングキリヒトである。最強の武器を持つ最強のソロプレイヤー。これらの情報は、大手アフィリエイトブログの管理人であるマツナガによって、妙なバイアスのかけられた記事に仕立て上げられ、キング自身の伝説性を高めることに、一役買っていた。ゲーム内に存在する7つの伝説武器のうち、その武器が所有者の代名詞として扱われるものは、このXANを置いて他にはなかった。キングキリヒトとXANは、唯一所有者を一度も変えていない伝説武器として、その名を広く知らしめていたのである。
今日、この日までは。
皇帝の構えたXANの剣身が強く輝く。アイテムアビリティの発動による火力の瞬間強化。伝説武器の中でももっともわかりやすく、強力な機能は、かつてキングキリヒトが必殺の一撃を放つ際に使用していたものにほかならない。
ゆえに、キングはそれがどれほど恐ろしいものであるかを熟知していた。チャンスとリスクを天秤にかけ、彼は退くことを選択する。攻撃性能に凄まじい上方修正のかけられた一斬が、勢いよく空を薙ぐ。キングは紙一重での回避に成功した。
戦士の上級攻撃アーツ《ブレイクスラッシュ》である。《バッシュ》の派生剣技であるこれはこれといった癖もなく、多くの中級者と上級者にメインウェポンとして採用されている。が、当然威力を追究した際のダメージ量は、《バッシュ》の比ではない。
技の効果範囲外に逃れることは、結果として皇帝に復帰のチャンスを与えた。壁ハメをもってしても、彼の的確な《ウェポンガード》により、期待値以上のダメージをたたき込めたとは言い難い。だが、キングには舌打ちをしている余裕などなかった。
「着眼点は良かったが!」
皇帝はさらに剣をかざし、追撃の姿勢を見せた。再び《ブレイクスラッシュ》を放つのであれば、ダメージ判定の発生タイミングを見極めたうえでの《バッシュ》によるカウンターが間に合う。
だが、カイザーがそれを理解していないとは思えない。こちらにカウンターを決められれば、再び不利な壁際に追いやられることを承知の上で、隙の大きい《ブレイクスラッシュ》による追撃を行うだろうか。ここで《バッシュ》を放たれた場合、カウンターを重ねるのは極めて難しい。
ほんの一瞬における電撃的な思考。キングはさらに半歩下がり、《バッシュ》の効果範囲に逃れるという安全策を取った。
だが、踏み込んだ先にカイザーが放つのは再度の《ブレイクスラッシュ》である。キングは、自分がみすみす反撃の機会を潰してしまったことに気づく。それだけではない。キングが下がったこの半歩は、カイザーを更なる安全地帯に誘うものであった。ほんのわずかな、しかし取り返しのつかない半歩。
ああ、やはり強いのだ。この人は。
高圧的な駆け引き。読み合い。ほんの一瞬が生死を分ける、勝ち筋と負け筋の椅子取りゲーム。キングは、いま自らの立つ地点から伸びる無数の勝ち筋が、カイザーの手によってことごとく潰されていく感覚を覚えた。
一瞬、キングとカイザーはにらみ合う。アドバンテージを取り返されたのはほんの一瞬であった。皇帝は再び、戦いの流れを掌握せんとする。
まったく、どうしてこうも、自分の周りにいるのは厄介な大人ばかりなのだろう。村を出た周りにいるモンスターのレベルがみんな50とか100とかなら、無理やりにでも強くならざるを得ない。ラスボスはさらに遠くにいる。こんなところで負けてはいられない。
心が折れていないのを確認する。幸いだった。まだ自分は挑むことができるのだ。
皇帝はさらに踏み出し、こちらへの攻撃をしかけてくる。振りかぶりから連続して放たれる斬撃は、アーツを使用したものではないが、XANの攻撃修正値を考えれば通常攻撃とてバカにはできない。《ウェポンガード》を取得せず、アタリ判定の隙をついた回避行動とカウンターのみで防御を行うキングには、こうした攻撃こそがもっとも対処が難しい。通常攻撃は威力が低い代わりに、判定の持続時間が段違いに長いのだ。
結果、ガイストを振り、こちらのアタリ判定で強引にダメージを相殺させていくしかない。乱暴に振り回しているように見えて、フェアリィ・システムのアシストを得た皇帝の連撃は極めて精緻であった。ただ、正確性を保っているがゆえに反応が間に合っているのもまた事実だ。
フェアリィ・システムのアルゴリズムに手を加え、連撃にランダム性を増してくる瞬間は必ずある。その時、相手の剣擊を対処できるかどうかであるが、それは、
「くっ、抜けられたか!」
「XANのアイテムアビリティをブレイクバーストのように使うとは……!」
先の皇帝対アイリス戦における精神異常から復帰し、野次馬最前線には様々なプレイヤーが集まりつつあった。この頃には、キング達を追ってグラスゴバラを発ったであろうヨザクラとエドワードも、馬に乗って到着する。ヨザクラの中身がローズマリーではなく、扇桜子であるというのは、アイリスはひと目でわかった。そもそもキルシュヴァッサーは未だに石像として玉座の前に放置されている。そろそろ彼のお茶がほしい頃だったが、ヨザクラにそれを求めることはできないので、ぐっと我慢だ。
野次馬は当然、キングの味方だ。皇帝はこの圧倒的アウェイにたちながらも、優勢を維持しているわけで、その胆力は素直に大したものであると言えよう。
「そう、いかなる状態でも自分のペースに相手を巻き込む。これがヨリちゃんの勝負強さ!」
「いちいち解説されなくてもわかってますよ」
大学の先輩であるという従者の言葉に、マツナガは仏頂面だ。
「しかし、キングがこれほどまでにペースを持っていかれるとは……」
ティラミスやゴルゴンゾーラが黒歴史地獄から復活したことにより、騎士団も解説の陣形を整えている。
「ああ、ツワブキと戦った時もキングは自分のペースを保っていたように見えた……」
「ツワブキさん自身が相手を自分のペースに巻き込むような戦い方ではないにせよ、これは……」
「キングがここからどう逆転するのか、見ものだな……」
が、彼らの解説は相変わらず中身があるようで中身がなかった。
「で、実際どうなのかしら」
アイリスは、到着したばかりのヨザクラとエドワードに話を振る。ヨザクラは肩をすくめて見せた。このあたり、キルシュヴァッサーの癖が抜けていないように見える。
「あのレベルの駆け引きになるとさっぱりですね。なまじ、このゲームは取れる手段が豊富ですから。手持ちのカードのうち、何が相手に刺さるのか、その取捨選択が多すぎるんです」
「でも、普段からそんな難しいこと考えて戦ってるわけじゃないんでしょ?」
「普段の戦いは、大抵はMOB戦だからな」
エドワードが補足をする。ネムやユーリ、フェリシアやあめしょーなども彼の話を興味深そうに聞く。
「このゲームのモンスターの思考アルゴリズムはあえて手を抜いて作ってある。攻撃モーションなんかは多くても十数種類程度だし、モーションからモーションにつなぐ確定行動なんかも慣れれば予測できるようになる。ランダム性が強いと、大抵のプレイヤーは対応しきれないからだ」
リアルジョブの関係で、シスル・コーポレーションの本社に何度か出入りしていた男の発言である。信憑性は強い。
まぁ、さもありなんであろう。基本、ゲームとは娯楽である。プレイヤーが勝てるように作られるべきであって、必要以上の難易度はユーザー離れを起こす。このナロファンがどれだけコアなゲーマー層を想定して作られたものかはわからないが、プレイヤーが自らの意識で手足を動かすゲームである。その難易度調整は慎重になったはずだ。
ただ、そうして難易度が調整されたMOBとの戦闘と、対人戦はまるで異なるもののはずである。
「それは思う」
ユーリも頷いてみせた。
「結局対人戦闘は、キャラクターのステータスと同じくらいプレイヤーの力量がものを言うよ。この体勢から使えるアーツが何で、どんな隙が生じるかとか。基本、モンスターと違って、プレイヤーは一気に攻め立ててくるし」
この中で、明確な格闘技の経験者は彼女だけだ。ネムが尋ねる。
「それでは、ユーリさんはあの二人の戦いがわかりますの?」
「いや、私はそれを理解するには、このゲームの知識が圧倒的に足りない……」
ユーリの表情も曇った。対人戦のプロ(ただしすぐ死ぬ)オトギリがこの場にいれば、もっとわかりやすい解説をしてくれたのかもしれないが、あいにく彼は違反行為のダブル役満でアカウントを取り消されてしまっている。
結局のところ、あの二人の高次元なやりとりは、この場にいる誰にも理解できないということだ。互いが互いを剣で打ち合う様を、外野からのんびり眺めていることしかできないわけで。
アイリスはふと、フェリシアを見た。
彼女は極めて真剣な表情で、キングとカイザーの戦いを見守っている。小学校の同級生、だったか。引きこもりのキングを心配してゲームを始めたという言葉が本当ならば、キングもよい友人を持ったのだろうなと思う。
「あっ……!」
フェリシアが声をあげ、アイリスも視線を戻す。まさしくその瞬間、カイザーの横薙ぎに振るったXANが、キングのガードをくぐり抜けんとするところであった。キングキリヒトの小柄な身体が軽く吹き飛び、遺跡群の湿った大地の上を転がっていくのがわかる。
直撃か、そうでないのか、わからないのがもどかしい。
「きりゅ……」
「心配するな、かすめただけだ!」
駆け出そうとしたフェリシアを、キリヒト(リーダー)が制して止める。
「カイザーの剣撃、変化しましたか……?」
「みたいですね……」
苫小牧とユーリが互いに頷き合うが、アイリスにはどんな変化が起きたのかさっぱりわからない。
「フェアリィ・システムに手を加えたようですね……」
「直接の動作に使うのはアーケードスティックだけと聞いたが。どんな手の動かし方をしているんだ……」
ヨザクラとエドワードも互いに頷き合うが、彼らが何を言っているのかもさっぱりわからない。
「ねーアイナ、そんな難しい顔してどうしたの?」
「キング、ずっと新しい剣を手に持ってるけど、なんかウェポンキャリアーに別の剣が入ってるように見えて……」
あめしょーとアイナの会話も同様であった。いや、言われてみれば、確かにそう見えなくもないのだが。
「ネムさん、あたしはどうするべきなのかしら……」
「そうですわね……」
アイリスが尋ねると、ネムは真剣な表情で考え込む。やがて、ネムはその真剣な面持ちを保ったまま、顔をあげてこう言った。
「応援するというのはいかがかしら」
二度目の反撃の機会を逸した。キングは頬に湿った土の感触を覚えながら、小さく歯噛みをする。システムのアシストに頼り切った連続攻撃から、ランダム性を増やした半手動の連続攻撃に切り替わる際に生じる隙。そこは間違いなく反撃の糸口であったはずだ。だが、キングはあっけなくそれを逃した。
言い訳はすまい。結局は読み負けなのだ。完全にペースを掌握した皇帝によって、動きが引っ掻き回されているに過ぎない。まったく、中途半端だ。結局のところ、グラスゴバラでフェリシアに尋ねられた質問にも、答えを出せていない。強さも、決意も、まだまだ中途半端なままだ。
それは、たかだか10歳ばかりの子供が抱く自戒としては、いささかばかり厳しいものであっただろう。だが、キングキリヒトは忘れたわけではない。去年の夏、自らの前に相対したあの男の涼やかな笑顔を。彼は決して、自分を子供と侮っていたわけではない。一人前の人間として扱ってくれたからこそ、あの戦いであった。桐生世良は、あの時点より後ろへ下がるわけにはいかないのだ。
拳を握る。立たねば、と思う。
わかっている。こんなものは所詮ゲームだ。遊びの世界なのだ。こんなものに本気になって、精魂つぎ込んで争い合うなど、まったくどうかしている。自分も、母親もだ。どうかしているが、それはそれで構わない。
ゲームなんか、そんなに好きじゃないと思っていた。物心ついた時から、母親は生粋のゲーマーで、その頃には自分もコントローラーの握り方を理解していた。初めて昇竜拳コマンドの入力に成功したときの母親の顔は、何故かはっきりと覚えている。幼稚園に入る以前だったはずなのだが。
結局のところ、自分がいちばん上手にできるのがゲームであって、また母親が喜んで付き合ってくれるのがゲームであって、桐生世良にとってゲームの世界とはそれ以上のものではなかった。同じゲームの話をしても、学校の友人たちとはいまいち噛み合わなかったし、夢中になる気持ちというのは正直よくわからなかった。
そんな自分が、いつの間にかこんなにもゲームの中での勝敗に固執してしまっている。キングキリヒトには、それがおかしくって仕方がない。
ああ、答えなら、もう少しで出そうな気がしているのに。そう思うキングの耳に、こんな声が届いた。
「がんばれー! キングキリヒトー!」
この状況にそぐわない、間の抜けた、しかし本人はそれなりに真剣に叫んでいることが察せるような、そんな声である。キングは顔をあげた。まるでテレビの中のヒーローを応援しているかのような声援だ。
皇帝はそういうのも好きだったので、世良も子供の頃(いまも子供である)からゲキレンジャーだのゴーオンジャーだのを見て育ってきたわけだが、舞台裏の事情を子供の前でも自重しない母親のおかげで、やはり同世代の子ほど彼らにのめり込んで育ってきたわけではなかった。
「負けるなー!」
「お願い、立ってー!」
「キングキリヒトー!」
「うおー!」
耳をすませば、声援をこちらに投げかけているのは一人ではない。複数人の男女が、キングキリヒトの名を呼んでいた。彼の名を呼ぶ声は徐々に多くなる。
キングは不思議と悪い心地はしなかった。それどころか、このよくわからない声援を耳にするたび、心の奥底から力が湧き出してくるような気持ちが……
したわけではない。
こんな恥ずかしい声援は、さっさと止めさせなければならないとすら思った。
「キ・ン・グ! キ・ン・グ! キ・ン・グ! キ・ン・グ!」
「キ・ン・グ! キ・ン・グ! キ・ン・グ! キ・ン・グ!」
「キ・ン・グ! キ・ン・グ! キ・ン・グ! キ・ン・グ!」
「キ・ン・グ! キ・ン・グ! キ・ン・グ! キ・ン・グ!」
両手に力とへその下に力を込め、キングキリヒトの小柄な身体が再度持ち上がる。彼が両の足でしっかり大地を踏みしめた瞬間、何故かすごい歓声が湧き上がった。
「うおおおおお! キングが立ったー!」
「やめろよ!」
キングキリヒトは、背後に群がる大観衆に対してそのように叫ぶ。
「オレ、みんなにそーゆーノリは求めてないねーから!」
大声援はぴたりと止んだ。
「せっかく良いアイディアだと思いましたのに……」
ネムが悲しそうにつぶやくのを見て少しだけ罪悪感が沸くが、キングキリヒトもさすがにあの声援には耐えられない。というか、あの人が言いだしっぺなのか。いい年をして恐ろしいことを考えるものだ。
「フ……。まだまだ青いな、キングキリヒト」
皇帝は腕を組んで笑っている。このタイミングでわざわざ攻撃してこなかったのは、単純にこうした演出が好きだからだろう。ヒーローが、いたいけな子供達(一人しかいないが)の声援を受けて立ち上がる。そしてその立ち上がったヒーローを思いっきり蹴散らすのが桐生世良の母親だ。
「くそっ、もうなんだっていいけどさ……! 仕切り直しにはちょうどいいし……!」
そう言って、キングキリヒトはガイストを構える。
どこまで考えたっけ。そう、自分がなぜこんなにもゲームの勝敗に固執しているかだ。まったく、このナロファンのプレイヤーにはろくな大人がいない。そんな子供みたいな大人が集まる中で、どうしてここまで勝ちにこだわり続けなければならないのか。
だが、どうやらそれ以上の自問は、状況が許してくれそうにない。もう少しで出そうな答えを無理やり飲み込んで、キングキリヒトは目の前に集中した。
「さて、そろそろ決着がつくかな?」
「どうだろうな。オレもさっさとつけたいんだけどさ」
先ほどの打ち合いは、火力総量の差で微かにこちらにダメージが抜けている。また同じ状況に持ち込まれ、体力を削られれば、隙の小さい《バッシュ》でも決着をつけられる圏内まで持っていかれる可能性があった。
くそったれだな。キングは思った。それがどうしたというのか。読み合いでは完全に負けているのだ。もはや出し惜しみはなしだろう。相手に見せていないカードの数は少なくなってきた。もとより、《バッシュ》という一芸に特化したキングのステータスに、切れるカードなどそう多くはないのだ。
「オレがあんたに勝っている点がふたつある」
戦いの最中に、挑発的な言葉を投げかけるのはキングの流儀ではない。だがそれでも彼は、指を二本立ててこう言った。
「ほほう、何かな」
「ひとつは若さで、ひとつは勝利への執念だ」
「ふむ」
皇帝は顎に手をやった。そんなモーションを、わざわざクラシックギアでとるだけの余裕があるのが憎たらしい。
「若さについてのくだりは君が来る前にやったからいいとしよう。だが勝利への執念なら私も……」
「一度も負けたことがない奴なんかに、負けてたまるか」
皇帝の言葉を遮って、キングは睨む。
「次はあんたをチャレンジャーにしてやる。皇帝、あんたにも、負けたあとに見上げる空の清々しさを教えてやる。こいつはオレの親孝行だ」
「キング! かっこいいよ!」
「言うね、見違えるようだよ!」
「黙っててくれよ頼むから!」
すごくいい笑顔で親指を立ててくるキリヒト達を怒鳴りつけた。
スカした態度を取り続け、クソガキそのものであったキングの精一杯のロールプレイを祝福しようという野次馬達の生暖かい心意気ではあったが、自意識の芽生えかけた10歳の子供にとっては猛毒以外のナニモノでもないのである。今後、彼の自意識の更なる成長に著しい影響を与える可能性はあったが、そのへんはいま語るべきことではない。
「君の気持ちはよくわかった、キングキリヒト」
皇帝はXANを片手で構え、半身の体勢を作りながらそう言った。
「だが10歳のガキンチョが親孝行など、10年早いわーッ!!」
果たして大人げない大人代表たる〝皇帝〟ワイアール・カイザーは大地を蹴る。XANの剣身が再び発光を見せた。放たれるアーツは《バッシュ》か《ブレイクスラッシュ》か。XANの能力開放と同時に放たれれば、そのいずれでもダメージは無視できない。二者択一。対応を誤れば大勢は決する。どちらだ。
勝ち筋と負け筋を冷静に見極めようとするキングの目に、第三の選択肢が映った。あるいは、
あるいは、アーツを使わない通常攻撃である可能性。剣筋の速度と威力は、二つのアーツに大きく劣るが、ダメージ判定の持続時間はもっとも長い。対アーツを意識したカウンター《バッシュ》を狙う場合、その剣筋の遅さと持続判定の長さから、踏み込んだキングに大ダメージを叩き込むことが可能だ。致命打には至らないが、その場合キングの体力は一気に《バッシュ》の確定圏内まで削り取られる。
キングは直感を信じた。通常攻撃であれば、リーチも短い。ギリギリまで引きつけても、最低限の足の動きだけで回避できる。
カイザーの斬撃は、結果としてキングの脇腹に、ギリギリ当たるか当たらないかの判定範囲を以て、通り抜けた。キングは反撃に転じようとし、しかし踏みとどまる。今の斬撃に使っていた手はどちらだ? 両手ではなかった。カイザーの片手は空いている!
跳躍。からの、エアキッカーを利用した二段跳躍。リーチの短いエナジーフィストによる正拳突きが、今度はキングの足を掠める。隙のない二連撃であった。だが、キングはそれを無傷でしのぎきる!
「っらぁっ……!」
空中。不安定な姿勢であっても、桐生世良の意識は、キングキリヒトに明確な構えをとらせた。《バッシュ》に転じる。ゲーム内における技の威力は、ステータスとアーツレベル、スキルレベル、そして構えによる補正から決定される。大地を踏みしめる必要など、ないのだ。
ガイストの剣身が、皇帝の後頭部を捉えた。クリーンヒット。ダメージエフェクトが踊る。だが、最後までは持っていけなかった。皇帝のHPはまだ残っている。残っている以上は、着地を疎かにできない。キングはさらに空中で身をひねり、地面に足を向けることに成功した。
時間は引き伸ばされたようにゆっくりと流れていく。皇帝が振り返るのがわかった。キングが着地に成功するまでの0.5秒。無防備な彼をカイザーのXANが狙う。キングはガイストを構え、その剣身を盾とした。
金属音。
差分ダメージが小さな身体に響く。キングキリヒトは姿勢を崩し、遺跡群の大地に転がった。地面に手をつき、顔を上げる。皇帝が走る。迫る。黒いマントがはためいて、視界を闇と染めていく。追撃も、ガイストで無理やり受け止めた。武器耐久値が削られていくのがわかる。
だが、いける。キングキリヒトの心中は確信めいたものに変わっていく。立ち上がり、つながる攻撃を受け止める。差分ダメージが抜ける。ガイストの武器耐久値がどんどん低下していく。それでもキングの確信は崩れない。
再びの激しい打ち合いとなれば、差分ダメージで体力を削り取られるキングが不利だ。そうなる前に脱出せねばならない。離脱の際に、ガードしきれなかった攻撃をもらう可能性はあったが、必要経費だ。キングは唐突に打ち合いから身を引いた。XANの剣身が肩にえぐり込む。激痛はない。血しぶきの代わりにダメージエフェクトが閃く。体力は、ギリギリで残された。猶予はない。
瞬間、キングは跳んだ。エアキッカーを利用しての二段跳躍。キャラクターの跳躍力は【敏捷】ステータスに左右され、キングキリヒトの二段ジャンプともなれば当然それなりの高度を得る。彼が目指したのは皇帝の後方上空。
皇帝が凄まじい勢いで駆け出すのがわかった。そう、視界を保つために、カイザーはそうせざるを得ない。結果として距離はやや開くが、皇帝はこちらに背中を見せる。〝鷹の目〟を持つ皇帝の背後をとる意味とは、奇襲目的ではなく、反撃を行うまでの間にわずか1秒足らずの隙を作るというその一点のみに集約される。
キングキリヒトは着地した。ガイストを片手で構え、皇帝の背後へ追いすがる。振り上げて、打ち下ろす。なんの変哲もない通常攻撃だ。カイザーは果たして、振り向きざまの《ウェポンガード》を成功させた。攻撃は阻まれる。失敗に終わる。だがこの瞬間、ゲーム内最強威力を誇る伝説武器XANは、完全にその存在を縛られた。
ゆえに、キングは背中のウェポンキャリアーより、準最強威力を誇るその剣を引き抜くことができる。
「せぇいやぁぁぁぁぁぁっ!」
白日の下、銀葉が閃く。
あ、もうすぐ終わります。