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VRMMOをカネの力で無双する サブアカウント  作者: 鰤/牙
キリヒト/フェアリィ・ダンス
39/50

(18)

 皇帝は既にこちらの意図に気づいている。当然だろう。彼は桐生世良の師匠だ。ゲームにおける戦い方、駆け引きのすべてを教えてくれたのは皇帝ははおやである。そうやすやすと、こちらの思惑には乗ってくれまい。キングキリヒトは、数十秒に渡る打ち合いの果てにそのようなことを考えた。

 この時点における剣と剣のぶつかり合いは、互いに牽制と誘導を兼ねた茶番に過ぎない。本腰を入れた一撃は温存し、有利な状況を確保しようと動く。現在、状況はキングキリヒトに若干の有利であり、皇帝はそこから脱却するための立ち回りを仕掛けているところだった。それでもキングが強気の攻めに転じられないのは、牽制と誘導に徹する皇帝の剣捌きが、あまりにも堅実過ぎるためであった。あらゆる駆け引きにおいて、守りを固め、観察力にリソースを振った桐生世理子の立ち回りは、容易には突き崩し難い牙城である。キングは誰よりもそれをよく知っていた。


 皇帝はキングを有利なフィールドに引きずり出そうとしている。しかしよしんばそれに乗らなかったとしても、一瞬の隙から形成を逆転させることなど、彼には容易いのだ。


 忸怩たる思いである。状況はキングキリヒトに有利であるはずなのに、バトルのイニシアチブは、既に半ば皇帝が握っているようなものであった。

 これだ。戦いの流れをいかようにも掌握してみせる。これこそがワイアール・カイザーの強さなのだ。いかなる勝負にも勝ち筋と負け筋が存在するというのは、カイザー本人の弁である。現時点から、無数に枝分かれした道のりが存在し、そのうちのいくつかが勝利という結末にたどり着くのだ。場数を踏めば、どの道のりが勝利に近づく枝であるのか、瞬時に確認ができるようになる。しかし戦いの過程で、いくつかの勝ち筋は潰されていき、また新たな勝ち筋が無数に生じる。リアルタイムで勝ち筋と負け筋の観測を行い、いかに素早くそれを選択するか。相手に潰される前に行動に出るかが勝利の鍵だ。


 このカイザーの方法論に従うのであれば、カイザーはキングキリヒトの勝ち筋を潰すために動いているのであり、それは明確な攻めの姿勢である。一見消極的に見えるこの戦いではあるが、皇帝の動きには確かな着地点が存在した。一方、キングキリヒトは有利な状況にありながら防戦を強いられる。


 ゆえに、忸怩たる思いである。


「どうやら及び腰だな、キングキリヒト!」


 傍目にはどっちもどっちと言える戦いの運びではあったが、キングの心中を見透かしたかのように、カイザーは叫んだ。このままでは埓があかないか。お遊戯のような打ち合いから攻めに転じるべく、キングはガイストの柄を構え直す。


 カイザーはXANの剣先を猫じゃらしのように動かし、こちらをおちょくる仕草を見せる。基本、レバーとボタンで操作する彼の動きには規則性がある。フェアリィ・システムの起動によるモーションアシストは、アバターの動作における柔軟性を損ねるはずだ。このあたりは、ヨザクラの擬似フェアリィ・システムとの模擬戦で得た知識である。

 仕切り直しのチャンスは一度だけだ。こちらにどのタイミングで反撃の意思が生じたかを悟らせてはいけない。いかなる戦いであっても、常に情報戦は並行して行われる。勝利への道筋は、初見殺しの積み重ねで行われる。一度見せたカードの使い道は、心理戦にしか残されていない。


「………」


 キングは再度、カイザーの牽制と誘導に乗っかる節を見せる。剣のじゃれあいに興じ、この場から少しでも遠ざかりたいカイザーの思惑に、いやいやながらも乗ってみせる。

 だが、カイザーが飛び退いた瞬間、キングは力強く踏み込んだ。奇襲である。カイザーは冷静な対応をとった。いつでも踏み込んでくるという心構えはあったのだろう。剣を構え、《ウェポンガード》に転じる。だがキングはさらに一歩踏み込んで、カイザーの側面へと回り込んだ。


「むっ……!」


 〝鷹の目〟を持つカイザーであれば、この動作でその視界外に逃れることなどできはしない。キングの動きなど手に取るようにわかり、《ウェポンガード》の向きを変えるだけで済む対応だ。しかし、アクセルコートによる急加速がそれを許さない。キングはここでも、努めてクールであった。ポジショニングには慎重を期す必要がある。その瞬間、フェリシアの連れてきたパワーゴーレム〝ゴボウ〟の巨体を背景にして、皇帝の姿を捉えることができた。直線上に並ぶ。

 カイザーの動きに焦燥はなかった。だが、その立ち位置から脱しようと、強く大地を蹴る。やらせない。キングは構えからの鋭い《バッシュ》を、カイザーの脇腹めがけて打ち込んだ。


 果たして、あらゆる光を飲み込まんとするほどのガイストの黒い剣身は、美麗な軌道を描いて皇帝ワイアール・カイザーの腹を打つ。重い手応えとともに、カイザーの身体が吹き飛ぶのが見えた。慎重さをかなぐり捨てるのは、ここだ。キングは今一度、アクセルコートの加速機能を解放させ、吹き飛んだカイザーに向けて一気に追いすがった。


 退路を断つ!


 【敏捷】系ステータスにほぼ極振りしたキングの追撃速度は、アクセルコートの加速と合わせ、戦士ファイター系ジョブのプレイヤーが到達しうる理想の最高速に到達する。キングは遠距離攻撃手段を持たないが、ガイストの刃渡りと《バッシュ》の射程を鑑みれば、立ち上がったカイザーにとって安全地帯と言えるのは、彼の後方にしか存在しない。

 その後退は皇帝にとって、勝ち筋を著しく狭める一手であることは、当人も承知の上であったことだろう。だが、致命打を避けるためにはその道を取らざるを得ない。果たして、キングの追撃を嫌ったカイザーは、一気に追い詰められた。


 パワーゴーレム〝ゴボウ〟の巨体が、皇帝の退路を遮る。それでもキングと皇帝の間に開いた距離は、カイザーが迎撃の姿勢を取るために猶予としては、十分すぎるものであっただろう。迂闊に踏み込むのは危険と言えた。


 通常ならば、そうだ。だがキングキリヒトはガイストを構え、一切の躊躇なく突撃を敢行した。





「あれがキングの狙いだ」


 ストロガノフは金太郎飴を片手に、難しい顔を作って言った。マツナガもおおいに頷いているが、〝あれ〟というのが果たして〝どれ〟を示すものなのか、アイリス達にはいまいちわからない。キングとカイザーの戦いがそもそも高次元すぎたというのもあるが、無数の入り乱れる剣戟に含まれた幾多の駆け引きなどは解説されたところでわからないし、一体どの時点までがどちらにとって優勢であって現時点ではどちらにどれほどの勝目があるのかなんていうのも、やはりさっぱりわからない。


 ただ、ストロガノフの語り口は、キングの『作戦』が成功の兆しを見せていることを告げていた。


「カイザーの特徴とはすなわち、〝鷹の目〟を持つことにある。多方面からの奇襲に対応でき、戦場を三次元的に把握できるのが強みだが、もちろん欠点もある」

「相手の動きがよく見えないとかですか?」

「もちろん、それもある」


 フェリシアが尋ね、ストロガノフが肯定した。


「フェリシアさんや、アイリスさんは、やったことないですかね。3Dアクションゲームみたいなの」


 マツナガが問いかけてきたが、二人は互いに顔を見合わせたあと、かぶりを振った。ネムに至っては何をいわんやだ。


「三國無双とか、モンスターハンターみたいなゲームでしょ?」

「タイトルだけは知ってるんですねぇ。まぁいいでしょう。今の皇帝のプレイスタイルは、そういったゲームと非常に近いんですが、実はこうしたゲームはカメラワークに大きな欠点を抱えていましてね」

「それがこの金太郎飴と、どういう関係があんの?」


 アイリスの言葉に、ストロガノフは無言で頷いて、金太郎飴を真っ二つに割った。中にはサクラッコのキモいとも可愛いとも言い切れない顔が、左右どちらにもきちんと収まっている。


「わぁ、可愛い……!」


 アイナが声をあげた。


「金太郎飴を割ると、中身がちゃんと入っている」

「そりゃあ金太郎飴なんだから普通じゃないの?」

「それが普通じゃないんですよ」


 マツナガの言葉は気だるげである。と、思われたのだが、次の瞬間から、彼はやたらと饒舌に指を立てて、とうとうと語り始めた。


「いいですか? 基本的には脳に流し込むだけの情報ですから、画像ファイルよりは容量は小さいんですがね。ポリゴングラフィックの内側までいちいち丁寧に作り込んでいるなんて正気の沙汰じゃあないんですよ。大抵のゲームは、ポリゴングラフィックを内側から見ると鯉のぼりかハリボテか、みたいなもんです。これがこのゲームの頭おかしいところでしてね。金太郎飴をどこで折ってもちゃんと中身が入ってるんですよ。だから、三人称視点で下手なところにカメラがあったりすると、天井や壁にめり込んでしまうわけだ。前が見えなくなるんですねぇ」

「なんかマツナガさん急に元気になったわね」

「ショックからは立ち上がったんですか?」


 悪意なき二人の少女の波状攻撃を受け、エルフの斥候スカウトマツナガは再び膝を折る。あめしょーと苫小牧が、生暖かい笑顔を浮かべて彼の肩を叩いていた。


「でもそういう時は、壁を透明にしたりすればいいんじゃありませんの?」

「ゲーム空間の鳥瞰図における壁の透過は、コナミが特許を持ってるんでほかの会社はおいそれと使えないんですよ……」


 マツナガは息も絶え絶えにそう言い、ストロガノフはそのあとを続けた。


「そして、このゲームの三人称視点において、視点の更なる切り替えは行えないようになっている。カメラが壁に埋まってしまえばそれまでというわけだな」


 二人の解説を受け、一同はようやく、カイザーがこの奥地に玉座を構えていたか、その理由を理解した。

 古塔前に広がるこの広場は、密林を抜けたところにあり非常に視野を広く確保できる。周囲には大型の建造物や、そびえる崖、大岩の類もなく、カメラがどこかに〝埋まる〟心配がないのだ。同時に、アイリス達が撤退する際、カイザーがキルシュヴァッサーとマツナガをあっさり片付けて追いかけて来なかった理由もはっきりする。シナリオを盛り上げたかったと言えばそうだろうが、カイザーはただでさえ視界の悪い密林において、カメラが頻繁に〝埋まって〟しまうことを恐れたのだ。


「モンハンの旧密林も視界クソでしたからね……」


 マツナガはしみじみと語った。


「だが、これでキングがフェリシアとゴボウを連れてきた理由がわかっただろう」


 一同は頷く。キングの目的は、ひとまずカイザーの視界を封じることであったのだ。カイザーも、それに気づいているからこそカイザーもキングから距離を取ろうとしていた。今まさに、キングはカイザーに切りかからんとしていた。通常であれば迂闊と言えるタイミングであっただろう。だがこの時、明らかに皇帝は、キングの動きを視界に収めきれていなかった。背面にそびえるパワーゴーレムの巨体が、皇帝の〝鷹の目〟を飲み込んでいたのである。


 キングは剣を振るった。ガイストの一斬がカイザーを捉える。致命打とならなかったのは、皇帝ががむしゃらに構えた《ウェポンガード》が、奇跡的にそのダメージを大きく減衰させたからだ。それでも皇帝の身体は大きく仰け反り、ゴボウの装甲に叩きつけられる。キングは容赦ない追撃を加え、カイザーはそれを、効かない視界で無理やりしのぐ

 これぞまさしく、古今東西の対戦ゲームにおける伝統芸能。いわゆる〝壁ハメ〟である。


「なんかその……ずるくない?」


 フェリシアが疑問を口にすると、マツナガがわかったような顔をして答えた。


「フェリシアさん、ゲームにはね、許されるズルと許されないズルがあるんですよ」

「なにそれ」

「アイリスさんもまぁ聞きなさいよ。いいですかね。コンピューターゲームっていうのは、別に生身の人間同士が殴り合うもんじゃあないんです。プログラムを介して、定められたルールに則って殴り合うんです。プログラムっていうのは、人間ほど融通の効くもんじゃあないから、ルールには穴が生まれます。その穴を突いて戦うのは、許されるズルなんですよ。プログラムに則った、立派な戦術だ。去年の夏にツワブキさんがやらかした処理落ち攻撃だって、まぁ今は運営に禁止されてるんで許されないズルにはなりますが、あの時は許されるズルだった。わかるでしょ? ルールの穴を巧妙に突くのは、プレイヤーのテクニックのひとつなんです」

「そのとおり!」


 いきなり横から元気な声がかけられたので、一同はびっくりしてそちらを向く。先程まで玉座の横に直立不動で待機していたマシンナーの従者サーヴァントが、いつの間にかこちらの方までやってきていた。手にはテイムステッキ〝ギガバトルライザー〟。あのダークキリヒトを一飲みにしたバジリスクを操る長棍だ。ストロガノフやキリヒト(リーダー)は構えを取るが、マツナガがそれを制した。


「お久しぶりです。ヤブサメ先輩」

「久しぶり。変わってないようで何よりだねぇ」


 おそらく皇帝と同じく、主婦業をやっているであろうその従者は、腕を組んでうんうんと頷いている。


「そう、別にそれがバグや仕様であっても、ゲームシステムを使って勝つのは良いズルなの。ヨリちゃんは、ザンギエフを使ってる時に相手のガイルがずっとしゃがんでいても、決着は画面の中でつけるべきだと言っていたねー」


 時代がかったヤブサメの例え話である。この中ではマツナガくらいしか理解できるものがいない。


「それじゃあ勝負はありましたね」


 マツナガは言う。


「状況は大きく傾きましたよ。あの状況でも、《ウェポンガード》でキングの攻撃をしのげるのはまぁ、大したもんですが……」

「まっちゃん、それは本気で言っている?」


 表情エフェクトの乏しいマシンナーに、不敵な笑みが浮かんだ。対するマツナガの目つきは、やや暗い。

 ストロガノフも、アイリスも、フェリシアも、キリヒト(リーダー)やアイナ、それにあめしょーや苫小牧も、キング優勢を疑ってはいなかった。だが、マツナガのこの表情は一体何か。理屈の上では明らかにキングが有利である。だがそれでもマツナガは、彼の勝利を確信しきれていないのだ。


「リュウ相手にベガで圧勝できるようなヨリちゃんが、この程度の壁ハメと視界不良を跳ね返せないと、本気で思ってる?」


 皇帝の構えるXANが、不気味な発光を見せたのは、まさしくその瞬間であった。

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