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VRMMOをカネの力で無双する サブアカウント  作者: 鰤/牙
キリヒト/フェアリィ・ダンス
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(13)

 皇帝ワイアール・カイザーがログインする。ヴァルヴュイッシュ遺跡群の深奥部、古塔の前に打ち捨てられた玉座に腰掛け、開いた両足の間にゲーム内最強の名剣〝XAN〟を突き立てる。その柄を杖代わりに両手で押さえ込み、カイザーは胸を反らしながら空を見上げた。

 遺跡群の空は快晴だ。この世界には昼夜の概念が存在しない。いつだって日は高く昇り、天候システムは存在するために、時折雨や雪が降る。湿地帯に近く設定されている遺跡群は降雨量が多いが、少なくとも今日この日この時においては、空は青く澄み渡っていた。


 皇帝の正面には、哀れにも彼に挑み、そして敗北を喫した勇敢なる戦士たちの石像が、墓標のように立っている。『石化』の状態異常を受けたキャラクターは、ログアウトしてもゲーム内からそのアバターが消えることはない。アタリ判定やHPなどのステータスは残るため、ログアウト中でもこの石像に攻撃を仕掛ければ、彼らは〝死に戻り〟する。結果石化状態は解除され、プレイヤーがログイン中でなければ、アバターはそこで初めてゲーム内から消える。

 ログイン中・ログアウト中に関わらず石化状態中のプレイヤーを攻撃すること自体は、マナー違反でもなんでもない。石化状態というバッドステータスはそもそも〝そういうもの〟だからだ。解除方法は高レベルの聖職者アコライトなどが取得できる一部アーツを使用するか、あるいは冒険者協会の支部に石化した仲間を直接持ち込むより他はなく、ソロプレイ中、あるいは低レベル帯の石化は、ほぼ〝死〟と同義である。


 マナー違反に抵触する恐れがあるとすれば、それはむしろ、『石化状態のアバターに対し、何もせず放置すること』であろう。彼らは自分の意思で動くことも、死ぬこともできず、ただ無為な時間をゲーム内で過ごすことしかできない。極めて悪辣な拘束手段であるという自覚は、皇帝にも存在した。

 で、あれば、さすがに長時間石化状態を保つのは可哀想である。会話はできるので、せめて退屈しないのがいいところと言えばいいところだが、どのみちこのまま延々と放置し続けるのはプレイヤー倫理的にもアレだ。運営に怒られたら開放せざるを得ない。


 テイムしたバジリスクを使い、挑戦者を石像に変えたのは、もちろんルガールごっこを楽しみたいからではあったが、理由はもうひとつある。〝負けても装備がなくなって戻るだけ〟という、この戦いに別種の緊張感を生むためだ。皇帝に戦いを挑み、負けたプレイヤーは二度と帰ってこない。少なくとも、皇帝が運営に怒られるまでは。


「くそー、出せー。動かせよー」

「退屈だー」

「早く殺せー」


 命知らずの挑戦者たちの愚痴が、皇帝の耳に届く。


「新たな挑戦者に私が敗北することがあれば、もちろん開放しよう。それまではニコ動でも見て楽しんでいたまえ」


 皇帝が腰掛けたままパチンと指を鳴らすと、背後に控えていた従者が動画サイトの視聴アプリを開いた。アプリの端を弾くと、画面の表裏がターンして、皇帝に挑みかかろうとするカッコイイポーズのまま硬直した挑戦者たちの方へと向く。適当な動画を流し始めると、彼らは愚痴を言いながらもそれを楽しみ始めるのだった。


「変わっていないな、本堂」


 マツナガの石像がそのようなことを言う。


「変わったところもたくさんある。変わらずにはいられなかったところもね。だからせいぜい、変わらない部分は変わらずにいたいものだ。わかるかい、タケシマ先輩」

「全部終わったら、当時の電脳研メンバー集めて、飲みに行きたいねー。大須で」


 戻ってきた従者も笑顔で頷いていた。


「ところで、キルシュヴァッサー卿の中身はまだログインしてきていないようだ」

「サブアカがあるらしいから、そっちを使ってるんじゃない?」

「そのサブアカは人工知能ちゃんにあげたと聞いた。仮にそっちでログインしているなら、その人工知能ちゃんがこっちにログインしてきても良さそうなものだが」

「あー、あたしもちょっと恋するAIと喋ってみたかったかも」


 皇帝は、改めてマツナガの石像を見る。

 名城大電脳研OBのタケシマ先輩、最近はマツタケというハンドルネームを使用していたか。実質、電脳研がほぼバラバラになった後も、彼はずっとマツナガとつるんでいたと聞く。双頭の白蛇デュアル・サーペントでもほぼ情報の中枢に位置する男だ。当然、石像に表情の変化はないが、皇帝には彼がどこかニヤケ笑いを浮かべているように見えてならない。


「タケシマ先輩……何を知っている……?」

「おまえの知らないことだよ、本堂」

「人が悪いな、先輩」

「そういうギルド方針なもんでね」


 石像とにらみ合っていても致し方ないことか。皇帝がふと顔をあげたときである。

 密林の奥から、馬にまたがったダークキリヒトが、マントをはためかせながらこちらの広場に駆け込んできた。


「皇帝、伝令です!」

「聞こう」

「騎士団と中心としたトッププレイヤー集団が、遺跡群こちらに向けて進軍を開始しました!」

「ふむ」


 先にそちらが動いたか。彼らが果たしてキングキリヒトと、密な連携をとっているのかどうか。そこは定かではないし、実を言えばどうでもいいところではある。皇帝が求めるのは強者との直接対決であり、実子たるキングキリヒトすら、その強者の象徴という存在でしかない。

 彼らが、こちらの迎撃網を突破し、皇帝と相まみえるつもりならばそれでよい。あくまでも露払いに徹し、無傷のキングキリヒトを皇帝に引き合わせるつもりならば、もちろんそれでよい。どのみち、皇帝が命じることはただひとつだ。


「迎え撃て」

「はっ!」


 ダークキリヒトは頷いて、馬を翻した。皇帝は尋ねる。


「PKの許可は求めないのか?」

「強い相手ならば、必要ありません」


 返答はそれであった。彼は悪役に憧れながらも、弱い相手を殺すことに、大義名分を求める節がある。どこか割り切れていない部分が垣間見えて、皇帝としてはもどかしい。精神をどちらか一方に振り切らせなければ、ロールプレイは難しいというのに。まぁ、それも人それぞれのプレイスタイルだ。口は出すまい。

 皇帝は、その後は無言で、遠ざかるダークキリヒトの背中を見送った。





 キングキリヒトとエドワード、そしてヨザクラの三人は、騎士団の倉庫にストックされていたワープフェザーを使い、グラスゴバラへとたどり着いた。既にグラスゴバラ入りしていた女性チームの内、フェリシアを残す5人は、逆にアキハバラ鍛造組のストック分を使い、入れ違う形でデルヴェへと跳んでいる。

 エドワードは、即座にキングからアクセルコートを受け取り工房へと篭った。新たな武器、防具の制作はもちろんだが、こちらのアクセルコートにも出来うる限りのステータス強化を施すつもりであるらしい。


 装備に関して言えば、あとはもう生産職のプロフェッショナル達を全面的に信頼するより他はない。キングと真・ヨザクラは、二人でアイリスブランドのギルドハウスに入る。


「あ、きりゅ……ヒト!」


 中で一人退屈を持て余していたフェリシアが、こちらを見るなり顔を輝かせた。


「ああ、うん。フェリシアさん」


 キングの挨拶はそっけない。


「あと、えっと。ヨザクラッコさん?」

「それは私がデザインしたゆるキャラの方です。ええと、正確にはデザインしたのは私ではないんですが、私がデザインしました」


 ヨザクラの返事はよくわからない。


「そう言えば、皇帝に負けたからせっかく買ったブローチも落としてきちゃったな」

「取り返せばよろしいのです。最初から勝つおつもりでしょ?」

「まぁね」


 キングキリヒトは無表情のままそう言って、室内をぐるりと見渡した。

 ヨザクラは広いロビーのそこかしこに配置された机やら、ショーケースやら、衣装かけやら、あとマネキンやらを端へ端へと寄せていく。どうやらさらに広めのスペースを確保するつもりのようで、目的はわからないが意図は察したフェリシアも、それをせっせと手伝った。


「他のみんなは?」

「先遣隊としてウラギリヒト達を始末しに行っていますよ」

「なんかヨザクラさん、さっきと口調が違わない?」

「ええ、まぁ、こっちが本当の口調なんですけどね? 二代目ヨザクラはロールプレイがあまり上手くありませんので……」

「? ……?」


 ヨザクラの言葉は、どうやらフェリシアが理解するには業が深すぎるらしい。


「そ、それで。えっと……。二人はなんでここに……? いや、きりゅヒトはわかるけど」

「対フェアリィ・システム戦の練習」

「ふぇあ……なに?」

「フェアリィ・システム」


 あまりゲーム事情に詳しくないフェリシアに、この情報を一から説明するのは面倒くさそうだな、と思いつつも、キングは簡単に説明することにした。

 と言っても、キングも詳しい話を知っているわけではない。真・ヨザクラから、皇帝の使うクラシックギアとやらについて、知る限りの情報を話してもらったわけだが、所詮は人づてだ。ただわかっているのは、皇帝の動きは、自分と実力を拮抗させていたあの時点とは、比べ物にならないほど変化している可能性がある、ということだ。


 キングは、コンピューターによる動作制御・補佐が、必ずしもすべてのプレイにおいて有益をもたらすとは信じていない。だが少なくとも皇帝においては、マニュアル制御の柔軟性はそのままに、フェアリィ・システムの起動による精密性のみを抽出した完璧なプレイングさえも、やってのけるはずであった。

 フェアリィ・システムがどういった挙動を可能にし、どれほどの反応速度と精密性を生み出すものであるのか、確認しなければならなかった。そこで、真・ヨザクラの協力である。例え付け焼刃であったとしても、一度見たことのある動きと初見の動きでは、その対応にも明確な差異が発生しよう。


「よくわかんない」

「だと思った」


 キングの説明は徒労に終わったわけだが、その顔に疲労の色合いは浮かばない。


「よくわかんないんだけど、でも、そのフェアリィ・システムって、皇帝の機械にだけついてるんでしょ? ヨザクラさんが手伝って、練習になるの?」

「それがなるんですよ。私も、二代目ヨザクラも、その概略だけは知っていますので」


 ヨザクラは、メニューウィンドウを操作して装備を変えた。丈の短いメイド服に、忍者装束を織り交ぜたような不思議な衣装に着替えると、キングキリヒトは露骨にたじろいでみせたが、すぐにかぶりを振って彼もアイテムインベントリを開く。

 キングが手にしたのは、ショートソード。刃渡り60センチほどの、戦士ファイターの初期装備である。レアリティと耐久値の存在しない初期装備は、アバターが死亡したとしてもドロップ、ロストしない仕様となっている。現在、彼の手元に唯一残された武器がこれということだ。


 このギルドハウス内での戦闘禁止指定は、既にギルドリーダーであるアイリスによって解除されている。刃が掠めればどちらもダメージを負う。ステータスでもプレイヤースキルでも、キングキリヒトがヨザクラを大きく上回るが、彼は実質丸裸も同然の装備だ。力量差は大きく埋められる。その上で、ヨザクラには現在、フェアリィ・システムを擬似的に発生させる手段があった。


「ここで戦うの?」


 フェリシアは、さして怯えた様子もなくそう尋ねた。


「うん、危ないから離れてて」


 キングはショートソードを両手で握り、正眼に構える。ヨザクラも小刀を抜いて逆手に握ると、足を広げて腰を落とした。

 この感覚は久しぶりだ。最初は彼も、レベル1だった。武器はこのショートソードのみで、防具と言えるものは何も身に纏わなかった。デスペナを負うこと自体初めてである。ずっと背中に載せていた〝最強〟の称号が、数々の防具たちとともに、するりと落ちてしまったかのようであった。


 だが、それではいけないのだと思う。

 〝最強〟を重荷に感じているようでは、まだまだ足りない。


 キングキリヒトは、負けない。


 キングはその言葉を口の中でもう一度反芻し、ギルドハウスの床を、ひときわ強く蹴り立てた。





「リーダー! 無事でよかった!」

「いや、だから無事では……うん」


 キリヒト(リーダー)は、満面の笑みに涙を浮かべたアイナに抱きつかれ、何も言えなくなる。周囲のプレイヤーが生暖かく見守り続ける中、ただひたすら『アイナは男、アイナは男』と呪文のように唱え続けていた。ちなみにアイナは男ではない。彼と抱き合っているアイナというアバターのプレイヤーが男なのであって、人間の戦士ファイター・アイナは女性だし、件のライトノベルのヒロイン、アイナも正真正銘XX染色体の持ち主である。


 まぁ、それはどうでもよい。


 デルヴェでは、彼らザ・キリヒツ(業務用)を中心に、ウラギリヒト討伐隊が結成された。ストロガノフをはじめとしたトッププレイヤー達がその護衛と露払いを務めるのだから実に豪勢な話である。ウラギリヒトの討伐・懐柔に成功した後、彼らはそのまま皇帝足止め部隊に転身する。そのため、対皇帝用の切り札としてアイリス、そして本人たっての希望でネムもこの豪勢なメンバーの中に組み込まれた。


「が、頑張りますわ!」

「ネムさん、無理はしないでね」


 ユーリはレベル的にギリギリ戦力になるか、ならないかのラインだ。まぁ、ウラギリヒトどもを相手取るにはまったく問題ないので、ネムと同じくアイリスの護衛にまわる。


「キリリー、勝算あんの?」


 アイナに抱きつかれ頬ずりまでされているキリヒト(リーダー)に、あめしょーが尋ねた。


「勝算……?」

「寝返ったウラギリヒト達を、またこっちに寝返らせるような勝算」


 ダークキリヒトは、少なくとも人心掌握に関しては一定の才覚を見せている。ウラギリヒト達も、悪に誘う彼の言葉に惹かれたから皇帝についたのであって、悪役としては三流であるダークキリヒトも、この一点に関してのみは侮れないと言えた。かつてアイナの一件でザ・キリヒツ(業務用)が内部分裂しかけたときも、各地に散らばったキリヒトをまた一箇所に集めたのもまた、ダークキリヒトなのである。

 そんなダークキリヒトを相手取り、またウラギリヒト達を自分のもとへ集められるかどうか。そこは純粋に、キリヒト(リーダー)の器にかかっていると言えるだろう。


 キリヒト(リーダー)は、自信を滾らせた笑顔でこう言った。


「大丈夫さ。だってみんな……DFOが大好きなんだから……!」


 あめしょーはソッコーでストロガノフに耳打ちする。


「ダメっぽいにゃ?」

「報われん男だな……」


 まぁウラギリヒト達を懐柔したいというのはあくまでもキリヒト(リーダー)の希望であって、交渉が不可能とみればストロガノフ達が全力で彼らを殲滅する予定だ。この時のキリヒト(リーダー)の様子を見て、マツナガは『ペガッサ星人に和平交渉を申し込みに行くモロボシ・ダンのよう』と評したが、その言葉を理解できたプレイヤーは誰一人としていなかった。


「まぁ、ともかくですね」


 ネタが滑った気まずさをごまかすために、マツナガは続けた。


「人間の心を動かすには多少物事はドラマチックじゃなきゃいけないんです。その点、ダークキリヒトのやり方はうまかったですね。あいつはなんていうか、まぁ、アジり方だけはそこそこでしたからねぇ」

「そんなこと言うなら、マツナガがやればいいにゃん?」

「いやいや、ドラマチックじゃなきゃって言ったでしょう。ウラギリヒト達はチョロそうだから、まぁなんかのキッカケがあれば一気に寝返ってはくれそうですが、あいにく、何も根回しはしていませんしねぇ」


 しかしキリヒト(リーダー)の表情は明るいのであった。ノーテンキなのはいいことだと思うが、これで説得が通用しなくて、目の前でストロガノフ達がウラギリヒトを殲滅する結果になったとしたら、ちょっと彼の心に深い傷を残しかねない。一同はいきなり暗澹たる気分になるのだった。

 まぁ、あるいは相手方をまとめているであろうダークキリヒトを先に落とせば、意見を変える連中もコロコロ出てくるかもしれないし、そこは多少、臨機応変にやっていかねばなるまい。


「アイリスの方も大丈夫か?」


 いよいよ出発という段になって、ストロガノフが尋ねる。


「何が?」

「何がって、皇帝の足止めの件だが……」

「ああ、それね……」


 アイリスは何やら苦い顔を作る。さしものストロガノフも不安を覚えた。


「お、おい……」

「大丈夫よ。ネタはばっちり掴んでるもの。かなりの爆弾よ? でもね……」


 アイリスは、はぁ、とため息をつく。


「人の心の傷をえぐるのって、どうなのかな、って思っちゃって……」


 今更どの口で言うんだ、という思いを抑えるのに、ストロガノフは相当な苦労を要した。

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