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VRMMOをカネの力で無双する サブアカウント  作者: 鰤/牙
キリヒト/フェアリィ・ダンス
31/50

(10)

 皇帝ワイアール・カイザーの剣筋が、極めて精緻な軌道を辿る。『フェアリィ・システム』のモーションアシストがどれほどのものなのか。そして、カイザー自身の力量とはどれほどのものなのか。その二つを合一化させたものこそが、この針を縫うような精密な一撃に相違あるまい。剣先は果たして、キルシュヴァッサーの腕を捉える。ダメージ判定の隙間を縫い、まさしく小手先を叩くだけの一打が、明確なダメージと共にその身体に叩き込まれるのだ。

 部位ごとに設定された耐久値を大幅に上回る一撃である。キルシュヴァッサーは武器を握っていることができなくなり、その手から課金剣が取り落とされた。アイテムインベントリを開き、新たな一本を取り出そうとするも、次なる一撃がそれを許さない。


「っく……!」


 キルシュヴァッサーは一旦それを諦め、防御に転じざるを得ない。リングシールドで一斬を受け止めようとする刹那、しかし皇帝の腕はぴたりと止まり、彼の身体は宙を蹴ってふわりと浮かんだ。防御判定外から振りかぶられたXANが、勢いをまして頭上へ下る鉄槌と化す。


「……っあ!」


 痛撃をくらい、キルシュヴァッサーは膝をついた。

 老騎士の堅牢な装甲は、じわじわと削り取られつつある。手も足も出なかった。


 間隙を突き、マツナガが駆ける。逆手に構えたナイフで皇帝の背後へ追いすがり、直線的な鋭い踏み込みから攻撃に転ずる。だがもとより、背後からの奇襲は皇帝に対し意味を成さない。マントを翻しての振り返り、カイザーは、マツナガの刃が到達するよりも早く、その鳩尾に一直線の掌底を見舞った。


「がふっ……!」


 皇帝の手のひらを覆うのは、エナジーフィスト。格闘家グラップラー専用のオープンフィンガーグローブ型装備である。ユーリがつけていたものと同じだ。攻撃性能はさほど高くないが、他のものを掴む動作を妨げず、多種の武器とも干渉しない。

 おそらくキング同様、戦士ファイター特化のメイクである皇帝だが、おそらくサブクラスも二つ埋めているはずだと、キルシュヴァッサーは見ていた。サブのスキルやアーツは最低限の取得であるものの、おかげで極めて広い範囲に対しての対応を可能としている。


「そんなにレベルが高いのは……やっぱり、流鏑馬先輩と交互に中に入っていたからですかね……」


 マツナガが立ち上がりながら尋ねると、遠くからこちらを見守っていた従者が、ひらひらと手を振っているのが見えた。

 あの従者はおそらく、14年前の名古屋で、皇帝やマツナガと一緒にいた電脳研メンバーの一人だろう。皇帝に代わりマイクを握ったが、他の参加者の恫喝にビビっていた、あの人だ。まっとうな人生を歩んでいたのなら、彼女も主婦だろうから、きっと時間はあったに違いない。


「もちろんだ。まぁ課金もしたけど」

「せ、生活費には手を出していないですよね……?」

「はっはっは。良き妻であり良き母親であると言っただろう」


 皇帝は、XANをぶわりと振って、自分を挟むように立つ二人を眺めた。

 キルシュヴァッサーも、マツナガも、もはやHPが残り少ない。皇帝の次なる一撃を耐え切ることは、ほぼ不可能であろう。となると、手持ちのアイテムをすべて失い、あとはそれぞれのギルドハウスに強制帰還となる。もどかしい気持ちがそこにはあった。


 しかし、彼らの思考を読んだか、皇帝は笑う。


「君たち。まさか、キングやキリヒト(リーダー)と同じ顛末を辿れるとは思っていないな?」


 その言葉には不穏な色合いが混ざる。キルシュヴァッサーとマツナガは、身を固くした。


「ここで君たちを叩き斬り、元の家に送り返してやるのは簡単だ。だが私はそうしない。世良キングはすぐにでも私のもとへ来るだろう。それまでの間、私に挑んで負けたプレイヤーをただただ送り返してやるのでは、緊張感に欠けるとは思わないか」

「世の中には、『もう帰る』って言ったら帰してくれるボスだっているじゃないですか」

「七英雄はラストバトル直前にセーブすると詰むことがある。あれがワグナスの本性だと思うけど」


 皇帝ワイアール・カイザーは、ぱちりと指を鳴らした。二人は身構えるが、特に何も起こらない。だが、次の瞬間、キルシュヴァッサーははたと気づき、先の従者の方へと顔を向けた。彼女はいつの間にか、巨大な杖のようなものを手にしている。

 あれがどういったものであるのか、キルシュヴァッサーもマツナガも知っている。


「ギガバトルライザー。テイムステッキの一種ですか」

「となると、彼女は……」


 サブクラスに魔獣使いビーストテイマーを、とつなげようとした直後、従者の手にするテイムステッキが光条を発した。

 地響きと共に大地が弾け、中から鱗を全身に纏う巨大な蛇が姿を見せる。これに関してもまた、二人は見覚えがあった。ヴァルヴュイッシュ遺跡群に生息する中型モンスター・バジリスク。野生で発見されるよりもはるかに大きい個体だが、魔獣使いビーストテイマーは成長と共に契約したモンスターを大きく育てることも小さく育てることも可能であれば、なんら不思議なことはない。


 バジリスクはプレイヤーの行動を完全に凍結させる《石化光線》を有する。これを受ければ、ゲーム中におけるあらゆる動作は完全に封じられ、あとは単純な死を待つのみのオブジェクトと化す。それでもバジリスクが強敵と認識されないのは、多くのプレイヤーが有するバッドステータスに対してのレジスト能力が、《石化光線》の蓄積値を大きく上回るからだ。

 体力と疲労度を万全の状態にしておけば、まったく恐るるに足らない相手なのである。


 体力と疲労度を万全の状態にしておけば。


 キルシュヴァッサーとマツナガは息を飲んでいた。まさにこのとき、両者の体力は限界に近づいている。彼らの低下したレジスト能力では、《石化光線》を遮ることなどできはしないし、またここにいる皇帝がそれを望まない限り、その後、『死に戻り』することさえも、できなくなる。


「る、ルガールですか!? ルガール・バーンシュタインなんですか!?」

「大切なものは悪の心、嫌いなものは正義だ。せめて悪役らしく。そういうサークル方針だったものでね」


 皇帝がもう一度指を鳴らすと、従者の操るがままに、バジリスクは《石化光線》を放つ。キルシュヴァッサーとマツナガにできることと言えばもはや、せめてカッコイイポーズで自らが石像になっていくのを待つのみであった。





「……と、俺が知っているのはこんなところだが」


 エドワードの話を聞いて、一同は絶句していた。


 ポニー・エンタテイメント社が〝クラシックギア〟などという新しいゲームハードの開発に着手していることも驚きだったし、そのキッカケがどうやら石蕗一朗の個人的な興味に端を発しているらしいということも驚きであれば、一朗がわざわざかつての最強アーケードゲーマーを探しコンタクトをとっていたことも驚きで、そしてまぁやはり、あの皇帝の挙動が完全にレバーとボタンのみで実現されていたということも、やはり驚きだった。

 ついでに言えば、試作型クラシックギアの開発に伴って、大多数の資材を集める上で協力した〝PCパーツショップ・サカタ〟が、〝アキハバラ鍛造組〟の親方の店であることも結構驚きだった。ストロガノフだけは何やらわかったような顔で『まぁアホの坂田ならな……』とつぶやいていた。


「でも、なんかずるくない?」


 と、第一声でそう聞いてしまうところが、アイリスらしいと言えばアイリスらしい。


「皇帝だけ新しいゲーム機使ってるってことじゃない?」

「別にいいんじゃないの」


 キングは特に気にした様子もなく言った。


「お母さん、バーチャル酔いが激しくってさ。きっと悔しかったんだよ。オレ達がナロファンを楽しくやってるの。だから殴り込みをかけにきたんだろ。得意のレバーとボタンを持って」

「ふーん。かわいそうなオトナなのね」

「躊躇なくそう言えちゃうアイリスが俺は結構怖いぞ」


 ストロガノフはぼそりと呟く。


 さて、ここまで詳細に話を知っていたかはともかく、キングもおおよそこうしたキングの背景を察していた様子であった。その上で、キングは勝算があると呟く。カイザーの戦い方には『欠点』があると指摘する。それが具体的になんであるのかまでは、話してはくれなかった。


「ただ、たぶん皇帝もその欠点には気づいている。だから、基本的にはあの場所から動こうとはしないと思う」

「あの場所って、遺跡群の、古塔の前の?」

「そう、あの開けた広場。もちろん、最前線の奥地で待ち構えるボスキャラの貫禄も出したかったんだろうけど、たぶん、あそこが一番皇帝が〝戦いやすい場所〟だ」


 アイリスは、その言葉をヒントにカイザーの戦い方の欠点をもう一度考えてみるが、ゲームプレイヤーとしては中途半端な脳みそでは正解を導き出せない。VRMMO以外ロクにゲームをやっていないであろうストロガノフや苫小牧も、反応としては同じだった。ここで察しをつけているのは、エドワードやオトギリといった、ゲームにはそこそこの一家言があるプレイヤーのみだ。


「とりあえず、あたし、皇帝を誘き出そっか? パチローの時みたいに」


 アイリスはとんでもない提案をしつつ、手のひらを開いた。そこにはひとつのテキストファイルがオブジェクト化されている。


「なんだそれ」


 キリヒト(リーダー)が首をかしげながら身を乗り出した。


「わかんない。撤退の直前にマツナガさんにもらった。たぶん、皇帝の正体バレの前に開こうとしていたファイルよ。こっちがZipね。あたし解凍アプリ持ってないから開けないけど」


 アイリスがもう一個取り出したオブジェクトは、鍵のかけられた小箱のような形をしている。


「きっと、アイリスくんなら上手く使いこなせると渡したんだろうなァ」


 ヨザクラにスピニング・トゥホールドをかけられたまま、オトギリが頷いていた。


「上手く使いこなせると思って渡したってことは、まぁキングをサポートしろってことでしょ? どうする?」

「うーん……」


 キングの顔色は浮かない。


「おびき出すのは、いいや。オレもオレなりに作戦考えてるし」

「それって、あんたがソロプレイヤーだから、こだわってんの?」


 アイリスは、キングを正面から見て、尋ねる。

 キングキリヒトは、『最強のソロプレイヤー』の称号を持つプレイヤーだ。それは過去二度の敗北で、もはや実を成していないとも言えたが、依然多くのナロファン・トッププレイヤー層にとって、その共通認識は崩れていない。

 戦うならばソロで。誰の助けも借りない、と言おうとしているならば、それはそれで、実にキングらしいと言えただろう。ただ、アイリス的には面白くない。


「どっちかっていうと、そのメモ、別の使い方して欲しいんだ」


 キングは頬を掻きながらそう言った。


「オレはソロプレイヤーだし、戦う時は一人だけど、武器や防具はエドワードさんや親方に直してもらってたし、そこまで全部一人でできるとは思ってない。だからそれは、その、オレが準備を整えるまでにさ」

「あー、皇帝を釘付けにしておけばいいのね」

「そう。カイザーはあの場を動かないと思うけど、何か行動を起こしたとき、他の人に迷惑かかると困るし」


 アイリスは腕を組んだ。そういうことならば、了解しよう。昨今、邪神といういささか不名誉な異名に加え『口先の殺し屋』とまで呼ばれるようになった彼女である。自分としては、まぁほんのちょっと口が悪いのは自覚しているが、まぁそれが一助になるのならば、この引きつけ役は引き受けよう。魔術師メイジとしても錬金術師アルケミストとしても中途半端な以上は、役に立てる部分で役に立つしかない。

 加えて、あの皇帝の背後に御曹司まで絡んでいるとなれば、やはり他人事ではない。アイリスだって皇帝には負けられない。ワイアール・カイザーが自分のフィールドを引っさげてナロファンに殴り込んできたのなら、アイリスはアイリスのフィールドにカイザーを引きずり出すだけだ。まぁ、自分はほんのちょっと口が悪いだけだが!


「ならば、残る問題はウラギリヒト達か……」


 エドワードがまたも腕を組んで思案顔を作る。しかし、ストロガノフはこう言った。


「それより先に解決すべき問題がある」

「なんだ、ストロガノフさん」

「もうすぐ夜の8時だ。お前たち、夕食はしっかり食え」


 もうそんな時間なのか、という気持ちと、まだそんな時間なのか、という気持ちが、一同にはあった。

 確かに、腹が減っては戦ができぬという言葉もある。彼らは互いに顔を見合わせ、そして腹をさすってから頷いた。三食欠かさずしっかり食べるのが騎士団のギルド方針であったはずだから、おそらくはグラスゴバラまで撤退した女性チームにも、ティラミスが同様の提案をしている頃だろう。


 彼らは、1時間半後に再びこの会議室に集まる約束をし、ひとまず夕飯の為にログアウトした。





「うわああああ、申し訳ありませんでしたあああああ!!」


 ピッカピカに磨かれたフローリングに、扇桜子が額をこすりつけていた。


 石蕗一朗邸のリビングルームである。テーブルの上には、美味しそうな湯気を立ち上らせる料理の数々が食欲を刺激してくるが、これらは桜子がこしらえ、用意したものではない。椅子に腰掛け、ジャケットの上からエプロンを装着し、いつもの涼やかな笑みを浮かべた御曹司の力作である。


「気にしなくてもいいよ。今日はこうなるとわかっていたし」

「こ、皇帝が……ゲーム内でアクションを起こす、ってことですか……?」

「うん、そう。明日葉まで絡んでくるのは予想外だったけどね。ひとまず、座るといい」


 桜子は目元の涙をそっと拭いながら、促されるままに、おずおずと椅子を引き、ちょこんと腰を下ろした。


 今日は和食である。いずれもあっさり目のものだった。主食はサワラの西京焼き。冬野菜の煮物や、ほうれん草の胡麻和えなど、やたらと野菜が多いのは完全に一朗の好みによるものだろう。味噌汁にはシジミが入っていた。いずれも、桜子のログアウト時間を見計らったかのようにホッカホカである。


『イチロー、お父様。ただいま戻りました』

「おかえり、ローズマリー」


 家の中のスピーカーを通してそのような声が聞こえ、ガチャン、ガチャンという仰々しい音と共に『ローズマリーの舌』が歩いてくる。味覚センサーに圧力センサー、温度センサーなどを兼ね備え、ほぼ人間同様に料理を味わい、データを転送することができるようになった謎のマシーンには、最近自走用の足も取り付けられた。


「一朗さま、やっぱり皇帝にクラシックギアを渡したのは、一朗さまなんですよね……?」


 まだ負い目が残っているのか、桜子がやや遠慮がちに尋ねる。一朗は頷いた。


「そうだよ。もし知りたいならそのへんのことも話してあげよう。ご飯を食べながらね」


 家主が、食べよう、というのだから、桜子もローズマリーも従うしかない。彼らはひとまず声を合わせ『いただきます』と言うと、石蕗一朗の手料理に舌鼓を打つことにした。

明日は休載するかもしれません。

しないかもしれません。

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