(6)
フィールドの入口に姿を見せた集団を見たときは、さしものストロガノフもたじろいだ。ほとんどが知った顔だったのである。まるで小学校のクラスひとつ分くらいの人数を引き連れて、先頭に立つのはアイリスだった。ストロガノフは、この赤髪エルフの少女に対して非常に強い苦手意識がある。その苦手意識の正体とは、いわゆるトラウマ、PTSDと呼ばれる類のものであった。
「ストロガノフ、顔が引きつっているようだが」
こちらを見上げるナマズ髭のドワーフの言葉である。ストロガノフはかぶりを振って答えた。
「し、心配はいらん。しかし何故やつらが……」
「考えるだけ無駄なんじゃないのか。今までももそうだった」
基本、難関イベントをクリアし、強大なモンスターを倒すことを目標に邁進している赤き斜陽の騎士団には、理解できない理屈で行動しているのがあの大集団の構成メンバーであった。アイリスブランドもそうだし、あめしょー、苫小牧もそうだ。辛うじてザ・キリヒツ(業務用)が騎士団の理念に近いところで動いてはいるが、そこにトッププレイヤー特有の妄執は存在しないし、彼らはどちらかというと、創作上のヒーローになりきることを主眼に行動している。
だから、彼らがこのヴァルヴュイッシュ遺跡群に訪れた理由など、ストロガノフがいくら考えてもわかるものではないのだろう。せいぜい、それが自分たちの行動を阻害するものでないことを祈るばかりである。
「やっほー、ストロガノフさん」
アイリスがひらひらと手を振り、ストロガノフも辛うじてそれに応じた。
「遺跡調査の方はどう?」
「これからレアアイテムの取れそうな遺跡にあたりをつけて乗り込むところだ」
さすがにこれを邪魔して横から分捕ろうというわけではないだろう。ストロガノフは尋ね返すことにした。
「お前たちはなにをしに?」
「まぁ、いろいろかしらねー」
アイリスが振り返ると、まるで遠足中の小学生であるかのように、3、40人近いプレイヤー達が雑談をかわしまくっている。これだけのプレイヤーが、同じ目的のためにここにやってきたと思えないから、その『いろいろ』というのも嘘ではないのだろうが。
その中に、ストロガノフの知らない少女が一人だけいた。いや、直接の面識がないプレイヤーはもうひとりいたが、アレがアイナというキリヒト達の仲間であることは知っている。ストロガノフの目にとまったのは、青っぽい髪をツインテールにまとめた、白いコートの少女だった。見たところ装備のレベルはそこまで高くはない。
「ストロガノフ殿、キングを見かけませんでしたかな」
その中で、キルシュヴァッサー卿が前に出てくる。彼らがキングキリヒトを探しているというのならば、それは珍しい話だ。白いコートの少女もこちらの話題に興味を示している様子だった。彼女はキングのファンか何かか。
詮無いことを考えながら、ストロガノフは答える。
「キングならば、奥地へ向かったぞ」
「ふむ。ひょっとして〝黒衣の剣士〟ですかな?」
「ああ。〝皇帝〟だな。古塔周辺に陣取っているらしい。他のプレイヤーはあそこに近づきたがらん」
アイリスとキルシュヴァッサーが怪訝そうな顔を作ったので、ストロガノフは現在起きていることを懇切丁寧に説明することにした。
もちろん、ストロガノフだって完全に把握しているわけではない。ガスパチョやパルミジャーノから聞いた話をそのまま語るだけだ。黒衣の剣士の暴虐的な態度と、それによる被害の話である。多くのプレイヤーを相手取り、八面六臂の大立ち回りを演じ、結果として多数のプレイヤーを退けた〝皇帝〟の話である。にわかには信じ難い存在だが、彼らはその〝にわかには信じ難い存在〟を過去に2人ほど知っているので、これがけっこう、にわかに信じられたりするのである。
「あー、やっぱ〝黒衣の剣士〟も、そーゆー人種なのね……」
アイリスは嘆息混じりにつぶやいた。
「行動のベクトルは異なるがな」
ストロガノフも頷く。キルシュヴァッサーはひとり、難しい顔をしていた。
「どしたの? キルシュさん。因縁のありそうな人がアレな感じで驚いてる?」
「いえ……、〝皇帝〟が私の知る人物であれば、元からアレな感じですし、私の周りには元からアレな感じの方が多いので、そこはさほど気にしてはおりません」
暗黒課金卿キルシュヴァッサーもまた、そうしたアレな感じの人間のひとりではある。これを類は友を呼ぶと言うべきなのか、朱に交われば赤くなると言うべきなのか、そこまではストロガノフにはわからない。
キルシュヴァッサーは振り返り、不安げな顔でこちらの話を聞いていた少女に顔を向けた。
「フェリシア殿、キングの居場所におおよそアタリがつけられそうです」
「あ、うん……。話聞いてたけど、その〝皇帝〟って人と、戦ってるの?」
「そのようですな」
フェリシアと呼ばれた少女は、やはりキングキリヒトを探しているらしい。
「アイリス、彼女は?」
「キングのクラスメイト、かもしれない子だって。ユーリとかあめしょーとかが、人探しを手伝ってるんだけど、それがキングかもーってことになってここまで来たみたい」
なるほど。キングにもプライベートはあるのだから当然だが、クラスメイトがわざわざゲームの中まで追いかけてくるのは珍しい話である。邪推はいろいろできるが、そこはあまり突っ込んでやるべきではないのだろう。
「で、会いにいくのか? キングに」
「まーねー。あたし達の目的は〝皇帝〟だしねー。一緒にいるならちょうど良いんじゃない?」
「問題は、具体的にどの辺にいるかですな。フィールドも広いでしょうし……」
キルシュヴァッサーが思案顔を作るが、アイリスの表情はあくまで気楽なものである。
「そういうのはホラ、だいたい把握している人がいるから、その人に直接聞けばいいんじゃないの? ねぇ」
アイリスの言葉には含みがあった。彼女が虚空にギロリと視線を向けると、風に紛れて何やら笑い声が響いてきた。その場にいるプレイヤー達は、声の主の正体に半ば見当をつけながらも、にわかに動揺してみせた。割と本気で動揺しているのはネムとフェリシアくらいのものである。アイナはそんな周りの空気がよくわからないことに動揺していた。
空間がぐにゃりと歪み、アイリスの視線の先から少しズレたところに、ひとつのアバターが具現化した。
黒の忍者装束にダークグリーンのコートを羽織った美形のエルフが、口元にいやらしい薄ら笑いを浮かべている。
「どうも、みなさん。だいたい把握している人ですよ」
「こんにちは、マツナガさん。たぶん来てると思ってたわ」
探索ギルド双頭の白蛇ギルドリーダーにして、ぶい速@VRMMOまとめブログの管理人たるマツナガである。ゲームの内情に関して、おおよそ彼より詳しいプレイヤーはいないのではないかと囁かれており、実際、システム面においてもプレイヤーの動向面においても、彼より綿密に情報網を張り巡らせている男はいない。
フェリシアは目の前の怪しい男に対して露骨な警戒心をみせ、ユーリやあめしょーの後ろに引っ込んでいた。ユーリはともかく、あめしょーはフェリシアよりも背が低いので、まるで小さい子供を盾にしているような状況になっている。
マツナガは、ぐるりと周囲を見回し、口を開いた。
「話はだいたい聞かせてもらいましたがね。みなさん、キングと皇帝をお探しのようで」
「そうよ、どこにいるかわかる?」
代表してアイリスが答えた。
「まぁ、わかると言えばわかりますし、案内しろって言えば案内するんですがね……」
マツナガの言葉は、彼にしては珍しく歯切れが悪い。
「なんかあったの? 〝皇帝〟の情報はあんまブログに載っけてなかったみたいだけど」
「そりゃあ俺も思惑があるから載せてなかったんですが、今となっちゃあまり意味がなくてですね……。いや、まぁいいですよ。案内します」
「………?」
アイリスが眉根を寄せた。ストロガノフとしても、マツナガの煮え切らない言動には違和感を覚える。
いつもの嫌らしいうすら笑いを浮かべているように見えて、このエルフの男はどこか苛立ちに似た感情を見せていた。基本的に、マツナガは裏から手を回し策謀を巡らせるタイプであるので、事態が思うままに進行しなかった場合には不愉快な思いをしているのだろうが、それにしても彼がこのような様子をみせていることは極めて珍しい。アイリスでさえ不審に思っているくらいであるので、付き合いの長いストロガノフからしてみれば尚更である。
アイリスとストロガノフは、互いに顔を見合わせた後、どちらからということもなく肩をすくめてみせた。この様子からしてみると、マツナガは〝皇帝〟について何かを知っている様子ではあるのだが、それ以上のことがわからない。
何やら話が妙な方向に立て込んできたな、と、ストロガノフは思う。
アイリスは、キルシュヴァッサーが〝皇帝〟と因縁があるかのようなことを話していたし、あのフェリシアという少女はキングのクラスメイトであるかもしれないという話だ。そのキングは〝皇帝〟に戦いを挑みに行き、加えて、マツナガもまたあの〝皇帝〟に縁があるのだとすれば、奇妙な因縁の数々がひとつの場所に収斂していくかのような錯覚を覚える。
「はーい、じゃあみんなー! 出発するわよー!」
アイリスがぱんぱんと手を叩き、後ろの集団に呼びかける。ストロガノフの悶々とした考えは、そこで中断させられた。
「はあああああああッ!」
「ふゥんッ!」
「けェェェアアアアアアァァァァァッ!!」
「やぁっ!」
「でぃぃやッ!」
「むンッ!」
「ケヒャハー!」
ユーリの拳が唸り、キルシュヴァッサーの剣が奔る。苫小牧が奇声をあげて宙へ羽ばたき、アイナのレイピアが閃く。エドワードの双剣が、ストロガノフの魔剣が切り刻み、そしてオトギリが死ぬ。
道中に出現したバジリスクの群れは数の暴力にて殲滅された。オトギリは完全に消滅する前に、アイナや苫小牧の蘇生呪文によって息を吹き返し、意気揚々と毒ナイフを舐めようとしては他のプレイヤーに羽交い締めにされていた。TRPG用語で言うところの典型的なルーニープレイヤーである。最前線においては単なる自走式地雷であるとも言えた。
ともあれ、さすがにこれだけの数が集まれば、最前線のMOBといえど物の数ではない。なぜかストロガノフをはじめとした騎士団の面々までが合流したため、大所帯の戦闘力は飛躍的に向上している。先頭を歩くマツナガは退屈そうに得物を弄んでいた。
「あたしは、その、あの探している子が、そんなに強いプレイヤーだっていうのは、信じられないんだけど……」
密林を進軍する最中、フェリシアがそのようなことを言っていた。
「そりゃあ、元からゲームが上手い子だったんだけど」
「その子って、どういう子なの?」
フェリシアの横を歩きながら、あめしょーが尋ねる。
「クールで何考えてるかわかんないときあるけど、けっこう大人しい子だよ。学校では無口だし」
「おー、なんか新鮮だにゃー。キングの新しい側面を見る感じ」
「やめろよあめしょー。あまりリアルを詮索してやるなよ……」
別にフェリシアの探し人がキングと確定したわけではないのだが、キリヒト(リーダー)は沈痛な面持ちであめしょーを諌める。そんな彼はギルドメンバーのリアルを軽んじたために最近イタい目を見たばかりであった。
アイリスは、そんな会話を後ろに聞きながら、マツナガ、ストロガノフらと先頭を歩く。トッププレイヤーギルドのリーダー二人に挟まれても、まったく見劣りしない貫禄を持つ彼女だが、レベルで言えば両者の半分にも満たなかったりする。
「マツナガさんは、その〝黒衣の剣士〟のこと、よく知ってんの?」
道すがらそのようなことを尋ねると、マツナガは露骨に嫌そうな顔をした。
「……まぁ、けっこうね」
それでも、そう答えるまでの〝間〟は、そう長くはない。
「キルシュさんも心当たりがあったみたいだけど」
「昔は有名なゲーマーだったんですよ。卿のリアル年齢いくつでしたっけ? いやまぁ、女性に年齢尋ねるのは失礼かな。だいたい14年くらい前ですかね。すごいブイブイ言わせてた時期が……」
そこまで言って、マツナガの言葉が少し途切れる。
「どうかしたか?」
ストロガノフが怪訝そうに尋ねるが、マツナガはかぶりを振った。
「いや、なんでもないですよ。単なる思いすごしでしょう。まさかね……」
そこでマツナガは少し後ろを振り向いたが、いったい誰を見てのセリフか、アイリスにもストロガノフにもわからない。
「なんか今日のマツナガさん変よね」
「なんでもないですって。話を戻しますよ。その〝皇帝〟ってのは、まぁ当時全国最強のゲーマーでしてね。あの頃はオンラインゲームなんかなかったから、いわゆるゲーセンでのチャンプだったわけですが。当時名乗っていたのがそのまんま〝皇帝〟ですよ」
「同一人物なの?」
「たぶんね」
マツナガの表情には、苦々しげなものの中に、どこか昔を懐かしむ色が混じる。
「俺は〝皇帝〟の実力を知っているから、いきなり彼にキングをぶつけるのが、イヤでね。情報規制をしていたのはそういうことです。まぁ、無駄でしたけどね。結局、〝皇帝〟は強いし目立つから、すぐに噂は広がってたみたいですが」
アイリスは、以前、亡魔領のダンジョンに潜ったときのことを思い出した。グランドクエストの、あの日だ。彼女はマツナガから話を聞いた。〝伝説の創造〟に固執する彼の姿勢をだ。マツナガが丹精込めて作り上げた〝最強〟の象徴こそが、すなわちキングキリヒトである。キングはその後、御曹司と戦い負けたわけだが、マツナガの築いた伝説自体は今も威光を伴って轟いている。
マツナガは、彼自身が築いた〝最強伝説〟を、皇帝の手によって崩されることを懸念しているのだ。それは御曹司を前にした時と同じように見えて、その実、あの時よりはるかに強く怯えている。おそらくマツナガは、〝皇帝〟の強さというのを、より鮮烈なリアリティをもって体験しているのだろう。
と、まぁ、そんなところに違いない。そこをネタにしていじくりまわすほど、アイリスも鬼ではないが。
「でも、キングはもう〝皇帝〟と戦ってるかもしれないんでしょ?」
「そうなんですよ」
マツナガは苦い顔のまま頷いた。
「だから、それを皆さんに見ていただく以上は、必ずキングに勝ってもらわなきゃいけませんね。まぁ、〝雰囲気〟作りの協力くらいはしてもらうかもしれませんよ。それくらい、いいでしょ?」
「まぁ、いいんだけど……」
アイリスはストロガノフに視線を送った。彼も難しい表情をしている。マツナガの弱気が透けて見えているような気がしたのだ。いつもの、傲岸不遜で嫌味な自信が鳴りを潜めている。
さらにしばらく進軍していくと、密林に終わりが見えてきた。マツナガの足取りが重たくなるのが、アイリスには見える。この先に、〝皇帝〟がいて、おそらくはキングが戦っている。遠くに剣戟の響く音が聞こえた。
「まだ負けてはいないみたいね」
「そう簡単に負けてもらっちゃ困りますよ」
アイリスの言葉に、マツナガが強がりを言う。彼はそれきり言葉を喋らなくなったので、アイリスは後ろの方で語られる、キングのリアルトークに耳を傾けることにした。物静かで大人しい、しかしクールな小学生。フェリシアの口から語られているのはそんなところか。あの生意気な子供とは、ちょっとかけ離れた姿では、あるかもしれない。
もし、あのキングキリヒトの勝気で生意気な姿が、彼のかぶる強気の皮であるとしたならば、それを剥ぎ取られたとき、果たしてキングは無事でいられるのだろうか。アイリスは、そんな詮無い疑問を抱くのであった。
何度目かの激突。キングとカイザーは互いに剣を打ち合わせ、距離をとってはぶつかるという行為を繰り返していた。互いが互いを推し量らんとする、いわば手探りの時間である。空けられた玉座の横では、マシンナーの従者がただただ立ち尽くし、その戦いを見守っていた。
攻撃に、思っていたほどの精密さはない。キングは何度かの激突の末にそう結論づける。
カイザーの放つ剣撃は極めて苛烈であり、正確ではあったが、針を縫うような精緻さはそこに見られなかった。同じ部分を狙っているように見えて、そこには毎回わずかなズレがある。その点においては極めて大雑把であると言えたが、しかし、タイミングに関して言えば完璧だった。
攻撃の際に発生するアタリ判定の持続時間。その把握はしっかりとできており、キングにも引けを取らない。アタリ判定の消えた瞬間に刃の前に飛び出て剣を振るう。キングはアクセルコートの能力発動による強引な加速で難を逃れることが度々あった。
カイザーの動作でもっとも厄介な部分があるとすれば、そのアクロバティックさである。
VRMMOは人間の手足を動かす電気信号をもとに、仮想上のアバターの肉体を動かす。ゆえに、人体に不可能なモーションや、例えばドラゴネットやマシンナーに見られるオプション《竜翼》や《隠し腕》などを使いこなすには相応の才能が要る。
そして、そのような〝外付けオプション〟を用いない場合においても、アバターは人体の延長線上に存在するものであり、人間が思い描くことのできないモーションを取ることは原則として不可能だ。その点において、カイザーの挙動は限りなく自由かつ柔軟あった。頻繁に飛び跳ね、小刻みにステップを踏みながら距離を取る。キングは、このようなモーションの取り方に少しだけ心当たりがあった。
そして再びの激突。剣と剣が打ち鳴らされ、激しい火花が散る。これだけの至近距離にて打ち合ってなお、カイザーの視線はどこか正面からズレている。心当たりが、徐々に確信に変わりつつある感覚があり、同時にキングは、戦場にはそぐわない気まずさを覚え始めていた。
「なぁ、」
同時に飛び退き、対峙する。古塔をバックににらみ合いながら、キングはカイザーに呼びかけた。
「なんだろうか」
「あの……聞くのが怖いんだけど、ひょっとしてさ……」
大量の闖入者によってキングの言葉が遮られたのは、その時である。
「いたぞーっ! キングと皇帝だーッ!!」
そんな叫び声が響いて、どぉっ、という地鳴りのような音が続く。戦いの最中、よそ見をするのは愚策であると知りながら、キングキリヒトは視線を向けざるを得なかった。だがその中でも、カイザーの首は動かない。
密林を抜け、大量のプレイヤー集団がこちらを目指し、一直線に走ってきた。思わず頬がヒクつく。すべて、見知った顔であったのだ。
マツナガがいた。アイリスがいた。ストロガノフがいた。キルシュヴァッサーがいたし、なぜかフェリシアもいた。あめしょーや苫小牧にエドワードがいて、騎士団の他のメンバーやネムにヨザクラ、オトギリがいた。そして何よりも、大量のキリヒトがいた。アイナもいたし、一人だけ、皇帝によく似た姿のキリヒトもいた。
フェリシアが、驚いたような顔でこちらを見ているのがわかった。声をかけようとも思ったが、今はこちらが取り込み中だ。
「これはこれは」
皇帝が愉快そうに声をあげる。そこで初めて、カイザーは身体ごと闖入者軍団に向き直った。
「ギャラリーのお出ましかな。なかなか盛り上げてくれるじゃないか」
「ええ、そんなところですよ」
その言葉に答えたのは、集団の先頭に立つマツナガである。彼はこほんと咳払いをした後、前に出る。
「お久しぶりです、とでも言っておきましょうか。〝皇帝〟。マツナガです」
「ほう」
皇帝は感慨深げにつぶやいた。
「君がか。ずいぶん違うな」
「ええずいぶん違うんですよ。すいませんね。俺、こんななんです」
両手を広げ、マツナガが自嘲気味に笑う。いったい何の話だ、と、周囲も混乱している様子だった。
「あなたの〝最強伝説〟はVRMMOの中にまで入り込もうとしているようですね。ですがそうは行きませんよ。ここでの〝最強〟の称号はキングキリヒトのものだ。あなたはあくまでもチャレンジャーです」
「ゲームのなかだとずいぶん饒舌だな君は」
「……え、えぇ。そりゃあね」
マツナガのニヤケ笑いがヒクついた。アイリスが心配そうに彼のコートを引っ張る。
「大丈夫なの? マツナガさん」
「多少のダメージは覚悟の上ですよ。ええ、いいですか。皇帝。あなたの正体を、ここで公表しましょう。みんなに知ってもらおうじゃないですか」
「なるほど、君は私の精神的動揺を狙っていると」
皇帝はバイザーの下に笑みを浮かべた。無駄ではないだろうか、と、キングは思う。もしも彼の予想が正しいのであれば、〝皇帝〟ワイアール・カイザーは、ネットでのリアルバレ程度で動揺するような繊細な心の持ち主ではない。
だが、マツナガは止めなかった。彼にしては動きが杜撰であると思う。何をそこまで焦っているのか、キングキリヒトにはわからない。マツナガは一枚のテキストファイルを取り出して、語らんとする。
「〝皇帝〟ワイアール・カイザー……。あなたの正体は……」
「オレのお母さんだよ」
「そう、キングの……えっ?」
ナローファンタジー・オンラインきっての策謀家、マツナガの間抜け面を拝むことができるのは、後にも先にもこの一瞬だけであろう。硬直は、集団の全てへと伝播した。キングは剣を片手で下ろしたまま、頭をぽりぽりと掻く。
「ふっ……気づいていたか。流石だな……。そう……」
皇帝は自らのバイザーに手をかけ、それを宙へと投げ捨てた。そこには、キングキリヒトと瓜二つの顔が不敵に笑っている。
「私はお前の母親だ!!」
『嘘だあああああああああああッ!!』
闖入者軍団が一斉に唱和する中、アイリスの『それが言いたいだけじゃないの?』というツッコミは、完全にかき消されていた。