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VRMMOをカネの力で無双する サブアカウント  作者: 鰤/牙
キリヒト/フェアリィ・ダンス
26/50

(5)

 アイリスブランドも、ヴァルヴュイッシュ遺跡群を目指し出発したらしい。この情報を聞いたとき、マツナガには『やはりか』という、諦観と得心をない交ぜにしたような感情があった。

 彼の知る限り、アイリスブランドが遺跡群を目指すことに関して、なんら必然性があったわけではない。それでもマツナガが自然にその現実を受け入れたのは、遺跡群に〝あの人物〟がいたからに他ならない。結局のところ、すべてはあの人物のもとに収斂されるのだ。マツナガがいかに自らの情報網を駆使し、その流れを止めようとしても、ゲーム内の注目は既に〝あの人物〟に向けられつつある。忸怩たる思いがあった。


 キングキリヒトが現地入りしたのも、その目で確認している。


 正直なところ、キングと〝黒衣の剣士〟の早期のおける接触は、マツナガとしては避けてもらいたいところだった。ゲーム内最強プレイヤーたるキングの伝説を築き上げてきたのは、ほかならぬマツナガである。キングの実力を疑っているわけでは決してないが、〝黒衣の剣士〟の正体は彼の知る限り最強のゲーマーだ。加えて、彼の動きにはある〝秘密〟がある。

 マツナガは、キングキリヒトの最強伝説に未だ執着がある。みっともない感情ではあるが、それは認めよう。例えそれがどんなに後ろ向きな思いから醸成されたものであったとしても、マツナガは仲間と結託し、演出を盛り上げ、記事を作り、そうして今に至った。それを〝黒衣の剣士〟によって粉砕されるのであれば、自分は10年以上前から何も変化していないという証明に他ならないのだ。


 かつて〝黒衣の剣士〟を最強のゲーマーとしてプロデュースしたのはマツナガだ。当時の自分は思いもよらなかったことだが、マツナガには確かに才能があった。気づかせてくれたのはかのじょだ。感謝はしている。だからこそ、なおのこと、剣士が新たな最強伝説を打ち立てることだけは阻止しなければならない。


 キングキリヒトは〝黒衣の剣士〟ワイアール・カイザーに、果たして勝てるのか?


 実力は伯仲に近いものと言えるだろう。

 だが、マツナガが知るワイアール・カイザーは全戦無敗である。マツナガの知るキングキリヒトが全戦無敗であったのは、去年の8月までの話だ。キングは一度敗北を喫している。

 そのような非合理的な理屈で結論を導き出すのは実に愚かな話だが、それでもマツナガは皇帝が敗北することは一切想像できず、しかしキングが敗北することはわずかながらに思い描くことができた。ならば二人を会わせてはいけない。演出を築き上げるのはあくまでも明確なビジョンだ。キングが皇帝に勝てるビジョンを思い浮かべるまで、マツナガは二人を会わせたくはなかった。


 キングキリヒトは遺跡群に到着し、いま、その〝黒衣の剣士〟を探している。彼だけではない。マツナガの知る多くのプレイヤーが今、この遺跡群の地を目指し進軍を開始していたのだ。すべては何の必然性もない、単なるめぐり合わせである。

 だがマツナガには、皇帝の発する強大な引力が見えていた。かのじょには力がある。多くの者を集め、実力を誇示し、自らを示すことのできる運気と才気がある。これはオカルトであるが、しかしマツナガ自身、その運気と才気に惹かれかのじょに憧れた人間のひとりなのだ。


 ヴァルヴュイッシュ遺跡群に、多くの人間が集まりつつある。まるで吟遊詩人の歌う英雄叙事詩のようではないか。しかし今回に限り、その叙事詩の紡ぎ手はマツナガではない。


 〝皇帝〟ワイアール・カイザーは、古塔前の打ち捨てられた玉座で、未だに挑戦者を待ち続けている。





「しッ……!」


 道中にポップアップしたバジリスクの群れに、キングは単身切り込む。

 この蛇に似た中型のモンスターのもっとも厄介なアーツは《石化光線》であるが、このレベル帯のプレイヤーであれば多くは状態異常に対するレジストを持つ。《石化光線》は状態異常の蓄積レベルが著しく低いため、アバターが大幅に弱っている状態でなければ、《石化光線》は意味を成さない。

 一切の身動きがとれなくなる石化が、状態異常の中でももっとも厄介なひとつであることにはかわりないが、HPの減少と疲労の蓄積にさえ注意していれば、さほど恐ろしい相手ではなかった。


 飾りっ気の薄い直剣を振りかざし、鱗の隙間にあてがってから勢いよく刃を引く。

 現実世界での物理法則が意味を成さない仮想世界においても、特定のモーションによるダメージへの補正は発生する。日々地道なマイナーアップデートでこっそり追加される補正モーションであれば、多くのトッププレイヤーはその研究を欠かさない。キングだってそうである。

 この場合、装甲値の薄い鱗の隙間に、刃を引いて鋭い切断ダメージを与えるという一連の動作が高い効果を生んだ。あくまでもゲームである以上、武器を奥深くまでえぐりこませる必要はない。それが表面を撫でるような一撃であったとしても、装甲値の薄い場所に高いモーション補正のある一撃を叩き込めばよいのだ。


 表層部を蹴りたて大蛇の体から離れる。大地にどうと伏したバジリスクは、そのまま光の粒子となって虚空に消えていった。残されたドロップアイテムだけが、湿った土の上に転がっている。

 残りのバジリスク達は、舌をちろちろと出しながらこちらの様子を伺っていた。キングはメニューウィンドウを開き、スキルとシステムコンフィグをいじる。悠長な仕草に見えて、動きには隙がない。どこからの攻撃にも正確に対応できるよう警戒を怠らない。


 コンフィグを閉じたキングキリヒトだが、傍から見て明確な変化は彼に訪れていない。彼が変更したのは視点である。一人称から三人称へ。視覚だけが宙へと浮かび上がり、自身の姿を見下ろす形になる。だが、剣を握る手応えだけは間違いなくあり、バジリスクのシュルシュルという鳴き声だけは身近に耳朶を叩いていた。


 残るバジリスクの一頭が、身体をくねらせて、キングの小柄なアバターに襲いかかるのが見える。引き抜いた剣はそのままに、しかし迎撃には移らない。

 大地を蹴り、飛び退く。ぱっ、と土と苔の飛び散るエフェクト。キングは、そのまま背後にあった木の幹を足がかりにして三角跳びを行う。バジリスクの大顎が、キングが数瞬前までいた場所を大きく抉り取る。そのまま背びれに手をかけ、やはり装甲値の薄い場所に《バッシュ》を叩き込む。


 この一撃で決するはずであったが、手応えが薄い。キングは勢いをつけて背中に飛び乗り、さらに返す一撃で背びれに痛撃をいれた。これで二匹目。


 やはり俯瞰視点での戦闘は上手くいかない。攻撃を刻み込む地点に誤差が生じる。どうしても立ち回りが大雑把になる。〝黒衣の剣士〟は、この状況でなお、針を縫うような精緻な一撃を生み出せるのだろうか。で、あるとすれば、少なくともその一点において、剣士はキングよりもプレイヤースキルにおいて優れている。


 キングキリヒトは、かつて、ある男に言われた言葉を思い出した。


『僕は、自分が一番強くて凄いと思ってるんだけど、もしかしたら君は、僕よりも、ほんのちょっとだけ強いかもしれない。それはあんまり我慢できないなぁってこと』


 結局は、同類なのだと思わされる。自身の圧倒的優位を信じて疑わない増上慢。その点においては、あの男もキングキリヒトも大して変わらない。あの後の戦いでは、結局、男が勝ち、キングが負けたわけだが。

 だが同じだ。キングが強いという自覚は、自信でもなければ自負でもない。それは彼にとっての常識である。どのようなプレイヤーが前に立ちふさがろうと同じことだ。


 メニューウィンドウを弄り視点を戻す。目の前に、居座り威嚇する大蛇の姿。キングキリヒトは剣を構え直し、一直線に駆け抜けた。愛剣を振るう仕草には何の危なげもなく、バジリスクの群れは次々に光の粒子となり霧散していった。

 キングは背中のウェポンキャリアーに武器を収めた。地面には未だドロップアイテムがごろごろと転がってはいるが、いまそれを拾おうとは思わない。彼の視線は、常にフィールドの深奥部へと向いていた。


 キングがさらに道を進んでいくと、やがて密林が開ける。かつて(設定上は)存在した古代文明の名残がそこかしこに点在する大地。この遺跡群の奥地にそびえる打ち捨てられた古塔は、いま目と鼻の先にあった。

 視線を凝らせば、古塔の前に石で作られた古い玉座があり、そこに剣を携えて座る一人の男の姿がある。


 キングは臆することなく足を進めた。近づくにつれ、そこに座る男の全貌が明らかになる。黒い鎧にバイザー、そしてマント。おそらく携えている武器はオーダーメイドのものだろう。トッププレイヤーの要求に耐えうるほどのハイクオリティな特注品を作ることのできる生産職プレイヤーは、そう多くない。ひょっとすると、この剣士の武器もまた、アキハバラ鍛造組にて打たれたものだったのかもしれないが、キングはそこにまでは興味はない。

 キングは、黒衣の剣士と互いをはっきり視認できる距離まで進んだ。相手も気づいていないわけではないだろうが、その間言葉はない。剣士の横には、おそらくマシンナーであると思われる従者サーヴァントが立っていた。


 やがて土を踏み、そして蹴る音が止んだ。


 音ひとつない静寂の中。日も落ち、暗闇が訪れた遺跡群の中で、二人の黒い剣士がにらみ合う。


「よく来たな」


 キングがどう語りかけようか迷っていたところに、〝黒衣の剣士〟は口を開いた。


「私は〝皇帝〟ワイアール・カイザー。君の存在は聞いていた。キングキリヒト」

「そりゃどうも」


 えらく芝居がかった話し方をするプレイヤーだが、そんなものは今更珍しくもない。


「あんた、けっこう暴れてるらしいじゃん。ここで」

「別に暴れているわけではない。私が要求し、彼らは拒否し、私に歯向かった彼らが弱かったという、それだけのことだ」

「別に言い分はどうでもいいんだけどさ」


 キングが背中の直剣に手をかけると、皇帝の横に待機していた従者サーヴァントがガチャリと動く。皇帝の身体はほぼ微動だにすることなく、片手でその従者の動きを制した。


「あんたが強いなら、ちょっとやってみたくてさ。ここまで来たんだ」

「光栄だ。あのキングキリヒトに喧嘩を売られた人者など、そうそういないのだろう?」

「ま、あんたで2人目かな」


 皇帝は大地に突き立てられた剣を抜き、そのまま玉座から立ち上がった。マントがぶわりと大きく翻り、黒衣の剣士が歩く。

 その時、キングキリヒトは皇帝の動きにわずかな違和感を感じた。一挙手一投足に、言語化しづらい不自然さがある。バイザーに隠され、視線の先まではわからないが、顔の向きはわずかにこちらからずれ、立ち姿は棒立ちに近い。これではまるで、


 そう思いかけたところで、皇帝は剣の切っ先をキングの喉元に突き立てた。


「構えないのか? 悠長な態度は身を滅ぼすぞ。獲物を前に舌なめずりは……」

「三流のやることだろ」


 FPSに熱中していた頃、キングが師匠と仰ぐ人間から、嫌というほど聞かされた言葉だ。どうせ何かの漫画の引用だろうと、キング自身は思っている。


「先に言っておこう、キング。私は君に勝つためにここまでやってきた」

「へぇ」


 その言葉が果たしてどこまで本気なのかは知らないが、ここは光栄に思っていい部分だろう。


「それで、オレに勝ったら何かいいことあるの?」

「特にない。君がただ最強で居続けることが面白くなかっただけだ。私もゲーマーなのだよ」

「おとなげなくない?」

「君はそういうおとなげないオトナに一度負けたんだろう?」


 そこをつつかれるとグウの音も出ない。加えてキングは、こうしたオトナのオトナげない態度は嫌いではなかった。それ自身が、自分と相手の力量差が対等であることの証明になるからだ。子供の自分が、大人と全力でぶつかれるフィールドは、今はこの仮想空間にしか存在しない。

 相手の正体は未だ不明だ。だがそこは大した問題ではない。キングキリヒトにとって重要なのは、いま目の前にいる相手と全力で戦えるかもしれないという、静かな高揚感である。


「じゃあ、やろうぜ」

「ああ」


 二人はその言葉を引き金にして、弾けた。





「あれっ、ユーリじゃない?」

「やあアイ」

「おっ、キリリーだ」

「なんだ、みんな揃ってるな」


 ヴァルヴュイッシュ遺跡群へと向かう途中。すなわち、機怪渓谷のド真ん中にて、三つのパーティが鉢合わせした。


 ひとつがアイリスブランド。リーダー・アイリスを筆頭に、キルシュヴァッサー、ヨザクラ、オトギリ、ネムの5人で構成されている。パーティバランスはめちゃくちゃで、キルシュヴァッサーの負担が非常に大きいメンツだ。みなバックパックを背負って、肩から水筒をかけていた。オトギリだけが猿轡を噛まされていたが、これが進軍中勝手にナイフを食べようとした罰であることは、他のパーティにはわからない。


 ひとつがザ・キリヒツ(業務用)。キリヒト(リーダー)をリーダーとして、キリヒト、キリヒト、キリヒト、キリヒト、キリヒト、キリヒト、キリヒト(ルーキー)、ダークキリヒト、アイナ、そして更に十数人のキリヒトを引き連れた大所帯である。やはりパーティバランスは壊滅的である。これまで回復を担う専門職のプレイヤーがひとりとしていなかったが、先日晴れてアイナが三番目のサブクラスに聖職者アコライトをいれたことは、他のパーティは知らない。それに合わせてアイナの髪の色が水色に変更されたことはもっと知らない。


 そして更にひとつが、野良ギルド〝キングを探し隊〟であった。暫定的にリーダーをユーリとし、あめしょー、苫小牧、エドワードという超豪華三点主義。そこにひとり40レベルのフェリシアが加入している。パーティバランスは理想的で、その気になればフェリシアのパワーレベリングも容易に行えるだろう。しかし、このフェリシアという少女こそが、このギルド結成のきっかけであり、彼女が探している現実世界でのクラスメイトが、おそらくキングキリヒトではないかということを、他のパーティはやっぱり知らない。そもそもフェリシアの名前を知らない。


「へー、じゃあみんな遺跡群へ向かってるのね」


 顔合わせをきっかけに小休止タイムとなり、キルシュヴァッサーのいれたお茶を飲みながら、アイリスは言った。


「うん、フェリシアの希望でね」

「フェリシア?」

「この子」


 ユーリが自分の背中に隠れる少女を、ずずいと前に突き出す。


「クラスメイトを探してるらしいんだけど、たぶん、キングなんだよね」

「へー。あんな生意気な子供にも仲のいいクラスメイトがいたのね」


 生意気な子供の代表格であるアイリスの言葉に悪意はない。


「アイ達は?」

「遠足よ。ピクニック。まぁキルシュさんが、〝黒衣の剣士〟が気になるからっていうのもあるんだけどね?」

「ははは、お恥ずかしい」


 キルシュヴァッサーが照れ笑いを浮かべてお茶を差し出すと、フェリシアはおずおずとそれを受け取った。


「じゃあザ・キリヒツは?」

「そりゃあ、単純にプレイヤーとして最前線に挑みたいからだよ。なぁ、みんな」

『おうっ!!』


 キリヒト達とアイナは一斉に同じポーズで唱和した。見事な統制である。


 アイリスは、フェリシアを見る。何やら完全に緊張し、硬直している様子だった。彼女自身、どうにもこの小柄な少女を見るにつけ、何やら無性に言いたいことがあったような、あるいは何か非常に大切なものを取られてしまったような気持ちになるのだが、完全な初対面であるので単なる思いすごしだろうと、自分の心にケリをつけておく。


「フェリシア殿は、クラスはなにを?」

「あ、えっと。魔獣使いビーストテイマーです」

「ほほう」


 さすがにキルシュヴァッサーはこうした時のコミュニケーション能力が高い。


「珍しいクラスですな。魔獣使いビーストテイマーはなかなか最前線では見かけません」

「ザ・キリヒツには一時期いたぜ。それなりの数の魔獣使いビーストテイマーがな」

「いつの間にかいなくなったけどね、キリカちゃん達」


 キリヒト(リーダー)とアイナもお茶をすすりながら頷く。


 その後しばらくの間、談笑は続いた。主に初顔合わせとなるフェリシアの緊張をほぐすための会話が続き、彼女もようやくユーリ以外のプレイヤー、まぁ具体的にはキルシュヴァッサーやあめしょーあたりのコミュ力高い組にも心を許し始めていた。アイリスやネム、エドワードは、そのへんが非常に苦手なので、あまり会話にはまじれなかった。苫小牧は彼らの話し相手を務め、ヨザクラは地面にヨザクラッコの絵を描いていた。オトギリは猿轡を噛まされたままお茶すら飲ませてもらえなかった。


 それから後、三つのパーティは再度進軍を開始する。3、40人近い超大所帯となった彼らは和気あいあいと進み、やがて現在ナロファンにおける最前線である、ヴァルヴュイッシュ遺跡群へと到着するのであった。

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