表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
VRMMOをカネの力で無双する サブアカウント  作者: 鰤/牙
キリヒト/フェアリィ・ダンス
24/50

(3)

 アイリスブランドを出たキングキリヒトは、再びグラスゴバラUDXビルに入る。そこでは装備の調整を終えたフェリシアと、エドワードがいると思っていたのだが、2、30分ぶりに出会ったフェリシアの装備は、見たところあまり変わっていないように思えた。


「元の装備のデザインが気に入っていたらしい」


 さして表情を変えず、エドワードは言った。


「だからカラバリの上位互換があるものはそれを選んで、どうにもならない分は強化素材を合成するだけにしておいた。それでも実数値は100くらい増えてるし、スキルスロットもだいぶ余裕ができたと思う」

「ふーん」


 なんかエドワードさんも変わったな、と、キングは思ったが口にしなかった。

 一年前からするとあまり想像できないようなセリフであるように思う。当時のエドワードは、いわば完全に効率厨だったし、見た目よりも徹底的に装備の性能にこだわり抜いた。まるでバケツのお化けのような残念極まりない装備を、彼自身が身にまとっていた時期もある。


「ま、よかったじゃん。フェリシアさん」

「あ、うん。なんかありがとう……? 偶然会っただけなのに、いろいろ……」

「初心者とか、放っておけないだけだし。お金は余ってるから気にしなくていい」


 キングのもとにエドワードから料金請求のメッセージが届く。支払いを承諾すると、小気味のいい電子音がして彼の手持ち額がいくらか減少した。まぁ、そこまで大した額ではない。消耗品も大方補充が済んでいるので、困ることはないだろう。

 いや、ワープフェザーだけは手持ちがなかったな。これだけはいくらか購入しておいたほうがいいだろう。


「エドワードさん、今日のワープフェザーの市場価格っていくら?」

「グラスゴバラの流通分はもう売り切れてるぞ」

「うっそ」


 まだ午後6時をまわったくらいである。市場に流通する物資がリセットされるのは朝の5時であり、もっともアイテムの売買が賑わうのはだいたい午後8時から午前2時までの間だ。昨日に引き続き今日も、夕方からログインするキングキリヒトがワープフェザーを1枚も買えないというのは、少しばかり不自然すぎる。


「GMコールも何回かあって、不満を漏らしてるやつもいるらしい。誰かが買い占めているんだろうが、まぁ理由はよくわからんな。独占販売したところで顰蹙を買うだけなような気もするし」

「ねぇねぇ、なんの話?」


 こちらの話題がまったく理解できていないであろうフェリシアが、キングの裾をくいくい引っ張りながらたずねてくる。


「移動用アイテムが売り切れてるって話。別に徒歩で行ってもいいんだけどさ」

「あー、それってこれ?」


 フェリシアがアイテムインベントリから取り出したのは、1枚の白い羽根だった。一見してなんの変哲もないそれだが、ナロファン内でも極めて重要な地位を占めるマジックアイテムであるとわかる。紛れもなくワープフェザーだ。

 もちろん、フェリシアが持っていたところで別段驚くようなことはない。キングがたまたま切らしていただけであって、原則として常に1枚以上持っておくのがゲームの鉄則だ。とりわけ、ソロプレイにおいてのみ、フィールド上でモンスターに囲まれた際の緊急脱出手段としても使用できる。以前はパーティプレイでも可能だったのだが、MPKを防止するために、一定距離以内にプレイヤーがいる場合は、1枚での使用が不可能になった。


「それ、それ」

「んー、欲しいならあげようか?」


 さすがにこの申し出にはキングも驚いた。


「いや、さすがに悪いよ」

「でも、あたしも助けてもらった上に装備まで買ってもらったし」


 フェリシアが振るワープフェザーが、目の前でフラフラと揺れる。別に喉から手が出るほど欲しいというものではないのだ。キングがひとりで飛ばせば、今日の深夜までには目的地に着く。その頃には寝なければいけないので、散策は明日以降になってしまうが。

 基本的にキングは誰かに施しを受けるのが苦手だ。なので、こういった場合にはついつい躊躇をしてしまう。ましてやどうしても欲しいというものでもないのに。


 しかし今回の場合は、フェリシアを助けた見返りとして差し出されているものだ。いや、でも別に見返りが欲しくて助けたわけじゃないし。


 などと、

 悶々としてしまう年頃の桐生世良キングキリヒトである。


「もらっておけよ」


 結局、最終的にはエドワードの年長者らしいアドバイスに従う結果となった。


「そうする。ありがとう」


 フェリシアの手から、キングはワープフェザーを受け取る。これで一瞬で次の街まで行ける。武闘都市デルヴェからヴァルヴュイッシュ遺跡群までは、さらに機怪渓谷を徒歩で超える必要があるが、あそこには高レベルのMOBが出現するショートカットルートがあるので、さほど時間はかからないだろう。


「フェリシアさんはこれからどうする?」

「うーん、」


 フェリシアは細い顎に手を当てて目を泳がせる。


「ここで情報集めかな。昔、ちょっと手伝ってくれたプレイヤーの人も探してみるし」

「そっか。探してる人見つかるといいな」


 気の利いた返しと言えば、これくらいしか浮かばない。キングにしては上出来だろうと、彼を知る人間ならば言うだろう。フェリシアは満面の笑みで『ありがとう』と言うが、そこに対しては特に反応できないのが、キングキリヒトの限界であった。


 キングは店の外に出るとワープフェザーを使い、そのまま遥か遠方のデルヴェ亡魔領を目指す。


「それで、その探し人の特徴っていうのはどんなんだ」

「ぜんぜんわかんないんだけど」


 キングが飛び去るのを見送り、エドワードはフェリシアにたずねる。


「リアルだと小学生くらいなの。あ、あと思い出した。本人から直接聞いたわけじゃないんだけど、なんかゲームで1番か2番目くらいに強いんだって。エドワードさん、心当たりある?」

「………」


 マシンナーゆえに変化に乏しいエドワードの表情である。その真意を読み取ることはフェリシアには難しかったであろう。エドワードは、蒼穹に軌跡を描いていくワープフェザーのエフェクトを眺めながら、このようにつぶやいた。


「なくはないな」





 武闘都市デルヴェへと到着したキングキリヒトは、そのまま寄り道せずまっすぐにヴァルヴュイッシュ遺跡群を目指すことにした。基本、トッププレイヤー層の活動拠点となっているこの街は、現在その住民の大多数が最前線へと向かっているためか、人通りはそんなに多くない。

 彼はアイテムインベントリに収納された疲労回復剤の在庫を確認すると、そのうちのいくらかをインベントリの上へと移動させた。インベントリの上部10枠のアイテムは、キングが装備するクイックポシェットの中に収められる。クイックポシェット自体はレベル制限のない初心者用アイテムだが、一瞬の判断が生死を分けるソロプレイにおいて、アイテム使用にかかるアクションが減少するのは大きな優位点だ。ゆえに、キングはずっとこのポシェットを愛用している。


 キングの装備は軽装だ。装備の重量合計は敏捷ステータスにマイナスの補正をかける。ゆえに、基本的にキングのような軽戦士タイプは、極力装備の数を減らす。インナーの上から直接コート類を羽織るのが一般的だ。フェリシアにしてもそのセオリーは守っていた。まぁ、彼女の場合はお金がないだけだったのかもしれないが。

 あとキングが装備しているのは武器の取り出しが簡易になるウェポンキャリアーと、腕部の部位防御力に補正がかかるポイントアーマー、悪路の走破性に優れたストライダーブーツくらいのものである。軽戦士のソロプレイにおけるサバイバビリティと効率性を極限まで重視した結果であって、特定の何かを意識したということはない。


 ないのだが、


「あれ、キングじゃないか?」


 メインストリートを直進している最中、キングキリヒトは声をかけられた。急いでいるはずの足が、ぴたりと止まる。


 顔を向けるとそこには、彼とよく似た格好をした男たちが数人、固まってこちらを見ていた。

 彼らの名はザ・キリヒツ(業務用)。あるライトノベルの主人公たちに扮することを目的として結成されたギルドであり、現在ゲーム内でも最大規模の構成人数を誇る。もっとも、半分以上がにわかの幽霊ギルメンではあるのだが。

 キングの装いは、このキリヒト達に非常によく似ている。名前に至ってはまったく同じだ。キングは件のライトノベルを知らないので、偶然だと思っていたのだが、ここ最近になって思い直しはじめていた。考えてみれば、キリヒトという名前を提案したのも、装備のビジュアルを確認して提案したのも、サブカル方面に明るい桐生世良の母親・桐生世理子である。


 ただ、キング自身が装備被りと名前被りを意識していなかったのは事実なので、彼らに出会った時の気まずさは毎回ひとしおである。


「久しぶりだな! 遺跡群へ行くのか?」


 キリヒト(リーダー)は笑顔で手を振ってくる。メンバーの中には、顔を輝かせている者が数名いた。おそらくキングとは直接の面識がないものなのだろうが、はっきり言って彼には誰と会ったことがあって誰と会ったことがないのか、まるでわからない。

 いや、一人だけいた。黒く埋め尽くされる視界の中に、一輪だけ白百合が咲いている。

 もちろんその白百合も、他の黒づくめ同様目を輝かせていた。


「ねぇ、リーダー。この人が伝説の……?」


 伝説になってしまったのか。知らなかった。


「ああ、伝説の男……キングキリヒトだ……!」


 キリヒト(リーダー)は臨場感たっぷりな声でそう語る。周囲にキリヒト以外の野次馬も集まり始めていて、キングは今すぐにでも立ち去りたかった。

 紅一点というか、白一点というか、ザ・キリヒツ(業務用)の中で唯一の女性であったそのアバターは、前に出てきてがしっとキングの手を握る。


「はじめまして、アイナです!」

「あぁ、うん」

「ちなみに男です」

「その情報いるの?」


 そう尋ねると、アイナははにかんだような笑顔を見せた。前言を撤回する必要があるかもしれない。確かに、その前情報は必要だろう。接する相手によっては。


「あんたんとこもだいぶ大所帯になったんだな」

「まぁな。俺たちもこれから遺跡群へ行くんだ」

「ふーん……」


 ナロファンをプレイする多くのユーザーにとって、最前線は常に目的地だ。別段不思議なこととも思わない。


「ところでキング、その胸のブローチはなんだ?」


 キリヒト(リーダー)が話を変えてきた。キングは、自分の右胸に燦然と輝く2つのゆるキャラを確認して、やや気まずそうに頭を掻く。先ほどフェリシアやエドワードに突っ込まれなかった時は寂しかったが、突っ込まれると突っ込まれるで少し気恥ずかしいものである。


「サクラッコとヨザクラッコだって」

「なんだそれ」

「知らない」


 キリヒト達の間に微妙な空気が流れ始めたが、そこでアイナがぽつりとつぶやく。


「でもカワイイよね」

「そうだな、カワイイな」

「カワイイよね」

「カワイイだな」


 微妙な空気は一斉に払拭され、キリヒト達は全力で首肯を繰り返すだけの機械と化した。どうやら彼らは、この白服の少女(だが男だ)には逆らえない宿命にあるらしい。


「まぁ、それはいい」


 自ら話題を振っておきながら、キリヒト(リーダー)はそう言う。


「翻ってキング、ヴァルヴュイッシュ遺跡群の件だが」

「うん」

「キングもあそこ行くんだろ?」

「うん、何かあるの?」


 マツナガからの情報で、遺跡群のおおよその地形や出現モンスターの傾向はしっかり把握できている。最前線というだけあってMOBは強力なものが多いが、特別な警戒が必要かというと、そんなこともない。強いて言うなら、石化攻撃をしかけてくるバジリスクは出現するくらいであって、このバジリスクも能力値自体は貧弱な上に弱っているプレイヤー以外は石化させられないという欠点だらけのモンスターである。

 さしあたって、攻略に困るようなことはない。


「いや、最近、あそこでは〝黒衣の剣士〟が出現するって話でな?」

「ああ、その人」


 つい先ほど、キルシュヴァッサーから聞いた、たぶん強いであろうプレイヤーのことだ。

 だがやはり、マツナガからその剣士に関する情報をまったく受け取っていないのが、キングにとっては気がかりというほどではないにせよ不思議だった。こう言ってはなんだが、マツナガは基本的にキングに対しては好意的だったし、彼の〝最強神話〟を広く知らしめるための手広い根回しなども怠らなかった。正直その点は鬱陶しいと思わないでもなかったのだが、強いプレイヤーがいればキングには知らせてくれたし、キングは密かにマツナガに感謝している面があった。

 頑なにフレンド登録をしてこなかったキングではあるが、マツナガの方はほぼ常にキングの居場所を補足していたし、そういった意味で意思疎通に苦労したことはない。ただ今回の場合、これだけ有名なプレイヤーの存在をあえてキングに知らせていないことの意味が、彼にはわからない。


「その人、マツナガさんのブログでも名前出てないよね?」

「なんだかんだ言ってあれもアフィブロだからなー。マツナガさんもモロ偏向報道が好きなタイプだから、あれだよ。〝まとめない権利〟ってやつ? 掲示板とかでは割と話題になってるよ」

「やっぱりキングとしては興味があるんですか? 強いプレイヤー」


 アイナが目を輝かせながら尋ねてくる。キングキリヒトは視線を逸らしながら頭を掻いた。


「ちょっとは」

「やっぱ〝ホンモノ〟は違うんだね……!」


 いったい何の〝ホンモノ〟だというのか。自分はあくまでも、桐生世良のアバターとしてのキリヒトであって、決してなりきり勇者の類ではない、とキングは思っているのだが、その辺を懇切丁寧に説明するのも億劫である。


「遺跡群に行くならいいんだ。一緒に行こうとまでは言わないけど、俺たちも行くからさ。なんかあったら助け合おうぜ」

「オレがあんた達に助けてもらうことはないと思うけど、まぁ、なんかあったら助けるよ」


 キングキリヒト、ナチュラルに大口を叩く。思い返せば半年前、デルヴェ亡魔領の地下ダンジョンで彼らを助けたこともある。ザ・キリヒツ(当時は業務用ではなかった)や、あの男との腐れ縁はそのへんから始まったように思う。

 キング達がメインストリートで会話をしているときである。ひときわ大きなギルドハウスの扉が開いて、甲冑に身を包んだ複数の男たちがぞろぞろと出てきた。赤い布地に沈む夕陽を描いた紋章が、たなびく旗に描かれている。


「騎士団の本隊だな。先行調査が済んでいよいよ乗り出すってところだ」


 キリヒト(リーダー)が、みんなわかっているであろうことを重々しくつぶやいた。

 本隊の先頭には、当然のように赤髪の巨漢が立っている。赤き斜陽の騎士団レッドサンセット・ナイツのリーダー・鬼神ストロガノフだ。数ヶ月前、邪神によって心に深い傷を負わされ、一時再起不能になったのではと噂された男だが、今はこのとおり前線に復帰している。


「キングか。久しぶりだな」


 ストロガノフは、こちらに気づくやそう挨拶した。キングも無言のまま片手を上げて応じる。


「少しばかり聞こえたが、どうやら遺跡群に向かうようだな?」

「うん、まぁ」


 どうしてみんなそんなに自分の行き先を気にするのか。


「そうか、実は最近、あそこには〝黒衣の剣士〟が……」

「そのくだりはもう終わった」

「そうか……」


 キングがぴしゃりと言うと、ストロガノフは少し寂しそうな顔を作る。


「無用な心配かもしれんが、やつと戦うなら気をつけろ。俺も直接剣を交えたことはないが、狩場で何度か姿を見たことがある。なかなか腕の立つやつだ。立ち回りは奇妙だったがな」

「ふーん」


 最近、すっかり噛ませ犬が板についてきたストロガノフとはいえど、その実力はとうてい侮れるものではない。数値的なレベルで言えばキングでも及ばないし、パーティプレイ向けの能力構成でありながら、一撃に重きを置いたその火力は、対人戦やソロプレイでも遺憾無く発揮される。プレイヤースキルも確かなものがあり、その彼が『腕の立つ』と表するからには、それは事実なのだろう。

 ますます信憑性を増す強者の情報に、キングは内心の期待感を高まらせた。ここ半年、彼に匹敵する実力のプレイヤーを見かけなかったのは事実なのだ。自身の腕がなまったとは思わないが、いい加減、手応えのある戦闘をしてみたいという気持ちはある。


 ストロガノフは『では、また会おう』と強者っぽい凄みを出しながら、騎士団を連れて先へ行ってしまう。その背中を見送りながら、キリヒト(リーダー)がつぶやくのを聞いた。


「俺たちが見たときは、そんなに強そうじゃなかったんだけどなぁ……」

「だよね。特別弱そうでもなかったけど、普通って感じだった」


 その言葉にアイナも頷く。

 実力にムラがある、とはキルシュヴァッサーも言っていたが、どうやら極端であるらしい。少なくともストロガノフとキリヒト(リーダー)の実力には大きな開きがある。ストロガノフが『強い』と認めたものを、キリヒト(リーダー)が『そうでもない』と論じるのは、単なる見解の相違というわけではないだろう。

 キングは、その意味を冷静に分析してみる。


「あんた達が見たのは、そこにいるギルメンのひとりじゃなくてだよな?」


 分析してみるが、その前に念を押すことにした。キングの視線の先には、情報にあった黒衣の剣士そっくりの姿をした仮面の男が、苦笑いを浮かべながら立っている。


「ダークキリヒトか? 確かに装備は似てるけど、まぁこいつじゃないよ」

「となると、その〝黒衣の剣士〟には、あんた達が普通って思うくらい弱いときと、ストロガノフさんが忠告してくるくらい強いときがあるんだ?」


 言語化すると、その言葉の持つ意味の不自然さが際立つ。キリヒト(リーダー)は眉根を寄せながら歯切れの悪い返事をした。


「ま、まぁ、そうなるの……かな……?」

「なるほど」


 だがキングにはおおよその検討がついた。おそらく、さほど強くないときの〝剣士〟は、本来のユーザーが動かしている状態ではないのだろう。このゲームでは、ユーザーアカウントの貸し借りはグレーゾーンではあるものの、半ば公然とまかり通っている部分がある。仕事や学業で手を離せない間、誰かにレベルを上げてもらうことも少ない話ではない。何よりあのストロガノフもそうである。

 そうして〝黒衣の剣士〟が現在最前線で確認されるようになったということは、だいぶ遅いスタートダッシュを切った彼の実力が、数値的にもトッププレイヤーに追いついたということを示している。本来のユーザーは話の通り強力なプレイヤースキルを持ったゲーマーだ。そこにステータスが追いつけば、さぞ屈強な仮想世界の戦士が出来上がることだろう。


「なるほど」


 キングキリヒトは改めてそうつぶやいた。結構なことではないだろうか。彼の求めていたプレイヤーが、そこにいるということになる。


「キング?」

「いや……、なんでもない」


 訝しげにこちらを覗き込んできたキリヒト(リーダー)を、キングは片手で制しながらそう答えた。


「とりあえず知りたい情報は集まった。オレもこのまま遺跡群へ行くよ」

「そうか。俺たちはもう少しここでアイテムとかを買い集めていく。あた後でな」

「うん」


 こうして、キリヒトはキリヒト達と別れた。ストライダーブーツがメインストリートの砂を蹴りたて、キングキリヒトの小柄な身体が黒い突風となる。彼は一直線に西の門を目指し、遺跡群へと連なる機怪渓谷の悪路へと足を踏み入れた。





「ぐああああッ!」


 鈍い断末魔の悲鳴が上がり、男の身体が踊った。だが、彼の仮想の肉体は決して大地に伏すことなく、光の粒子となって空中へ消えていく。からん、という虚しい音がして、その装備が多数、湿った土の上へと転がった。彼と相対していた〝黒衣の剣士〟は、目元を覆うバイザーのためにその表情を確認できないが、口元は極めて鋭利な弧を描いている。


 トッププレイヤーのひとり、メープルが敗れるまでの顛末は、実に呆気ないものであった。


 黒衣の剣士は、周囲の観衆が呆気にとられる中、ふわりとマントを翻して元いた位置へと戻っていく。まるで彼自身のために誂えられたかのような豪奢な椅子に腰掛け、剣士は剣を杖のように大地へ突き立てた。

 ヴァルヴュイッシュ遺跡群の中でも、深奥部の古塔にほど近いエリアでのことである。突然出現した〝黒衣の剣士〟は、フィールドの検証や探索に明け暮れていた多くのプレイヤーの前に立ちはだかった。困惑するプレイヤーたちを前に、剣士は極めて挑発的な言動を繰り返し、彼らの不興を買ったのである。


 そこに、『文句があるならばかかってこい』との言質が伴えば、PvPに発展するのは必然以外の何物でもない。彼らは、目の前の生意気な新参者を叩きのめすべく気炎を吐いた。十数人で襲いかかるのはさすがに大人気ないと、しゃしゃり出た数人を前に大多数のプレイヤーは自重し、この怖いもの知らずがトッププレイヤーの熟達した連携の前に消えていく様を、余興として楽しもうとしていた。


 が、現実は見ての通りである。


『これで、私の強さがわかってもらえたと思う』


 剣士の真横に付き従っていた従者サーヴァントが、よく通る声で剣士の言葉を代弁する。


『諸君らに二つの選択肢を与えよう。私のギルドに加入し、私に付き従ってこの遺跡群に根を下ろすか、あるいはあくまでも私と対立し、すべてのアイテムを失っておめおめとハウスへ帰還するかだ。ふたつのひとつ。それ以外の選択肢はない』


 この言葉は、またしても更なる不興を買う結果となった。当然だろう。彼らの数はまだ両手では数え切れないほどである。先ほどの奴らは油断していただけだ、だの、これだけの人数でかかれば、だの、いわゆる楽観的な思考が彼らの怒りを後押ししていた。

 その従者ともどもお家に送り返してやるから覚悟しとけ、と、誰かが言った。他のメンバーもその言葉に頷く。彼らは武器を取り出して大いに吼えた。


 従者サーヴァントは剣士を見る。剣士は、またしてもゆっくりと立ち上がり、剣を構えた。


『結構。では諸君らの決断に応じよう』


 従者が、剣士の言葉を代弁する。


『私の名は〝皇帝〟ワイアール・カイザー。せめてこの名前を手土産に、地獄でも見てきたまえ』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ