エルフとドワーフと四王と その2
続きです。
どうぞ……。
「何かしらね、この状況は……」
私は困惑している。
今朝も宿泊客の出立を見送り、掃除を終わらせ、昼食作りを開始するまでの少しの時間をどうしようかと考えていたところだった。
本日、受付を担当しているシルブスと軽く談笑などをしながら時間をつぶしていると、宿の入り口前に人の気配が現れたので、最近練習している笑顔を顔面に張り付けて(表情筋が動いた感覚は一つもないが……)待機していたのだ。が、現れたお客様と思わしき気配は、一向に宿に入ってくる気配がないのである。
気にはなったが、王都で人気な噂の宿という、巷で言われているうれし恥ずかしなフレーズと、宿の外観がかみ合わず、戸惑うお客様は、残念なことに宿を初めて幾分か経つ現在でもまだまだいるので、辛抱強く待つことにしたのである。
大抵は、噂が嘘だったと怒りながら他の宿を探しに踵を返すお客様か、とりあえず入ってみようと考えるお客様かに分かれるのだが、今回のお客様と思わしき気配はどちらでもなく、ただ宿前にいるのである。
もう、十分近くなるが……。
久しぶりに営業妨害が来たのかと思い、宿の外に出てみたのだが、一番初めに目に飛び込んできたのは、見つめあうドワーフとエルフ。しかもこの二人、『二人の世界』まで展開しているものだから、そりゃあ冒頭での言葉が出てもおかしくはないでしょう?
そうそう、この『二人の世界』だけど、ただのラブラブカップルが作る甘ったるい空間というわけではなく、れっきとした技である。
『愛し合う二人が、一定の距離内で、お互いがお互いのことを思いあったときに発動する』という、非常に面倒くさい技なのであるが、ラブラブなら発動するはずなので、夫婦間の愛が試される場合によく使われるのだ。まぁ、発動しなかったからと言って、ラブラブではないというわけではなく、発動するほどラブラブであるということが、愛を試す際に重要なことなので、発動しないから別れるなんてことにはならないのでご安心を。
例えるなら、カクさんとクロスさんの夫婦は、お互いしっかりと愛し合っているし、子供もできてさらにラブラブになっているが、生来のカクさんの浮気性からか、『二人の世界』が発動するまでには至っていない。だが、この二人は、お互いにお互いがいないとダメなことが分かっているので、決して別れることはないカップルなのだ。
この技自体は、意外に万能で、攻撃の時に発動すれば、強敵すらも打ち抜く攻撃力が、防御の時に発動すれば、一瞬で塵に変わるほどの攻撃を受けてもびくともしない防御力が手に入るのである。
さすがは、ウシンが某有名シミュレーションゲームのラブラブアタックをみて思いつき、作り上げた技だといっていいと思う。
もう何年もゲームをしていないが、地球にいたころには新作が出るたびに遊べるハードごと買っていたので、そのゲームだけのために使うハードが増えて大変だった記憶がある。
ちなみに、似たような効果を持つ技が他にも存在し、
師弟の間柄で発動させると、『受け継がれるもの』
親友で発動させると、『背中は任せた』
親子で発動させると、『似てくる背中』
兄弟で発動させると、『桃園の誓い』
姉妹で発動させると、『お姉様は見てる』
といった具合で、結構種類も多いのだ。効果はほとんど一緒なので、ちょくちょく発動させながら戦いを進める冒険者なんかもいたりはする。
非常に強力で、便利な技である『二人の世界』なのだが、『愛し合う二人がお互いを思いあったときに発動する』という条件のせいで、緊急時に発動すれば、緊急の案件をほっぽり出して二人の世界に旅立ち、そのまま物陰でしっぽりなんてことも多々あるので、厄介な技といえば厄介な技なのである。
特に、今回のように店先で発動なんてことになると、二人が物陰へしっぽりしに行くまで、他の人間が立ち入ることができない領域となるため、非常に邪魔なのだ。
だれも『二人の世界』を発動できるほど愛し合う二人の甘い空気に近寄りたくはないものである。特に独り者の多い冒険者ともなれば、舌打ちして逃げ去っていくほど、ほぼ嫌悪されているといってもいいかもしれない。
さて、これほどまでに見事な『二人の世界』を見たのは、ディックとリリカさんのコンビ以来ですが、いいものを見れたという感動よりも、宿前で邪魔という気持ちのほうが強いので強制的に排除といきましょう。
なに、多少強くなるといっても、レベル20のモンスターがレベル1300のモンスターをワンパンできるようになる程度の強化なので、破壊できないことはないでしょう。
ぐっとこぶしを握り、ヒュッと振って、ズドンで排除。これで行きましょう。
せーの。
◇◆◇◆◇
邪魔なオブジェと化した『二人の世界』をぶっ壊し、ちょっと驚愕の目で見られたが有無を言わさず、「他のお客様のご迷惑となりますのでおやめください」と声をかけ、何故こんな場所で『二人の世界』を作り上げていたのか、営業妨害か? と、確認したところ、ちゃんとしたお客様であることが分かった。
宿を探してうちに来たが、ドワーフ、エルフの特性でもある『魔力を見る技術』で、宿から発する驚異の魔力量を確認してしまい驚いてしまったらしい。それで、二人で驚きあっていると、いつしか見つめあい、気が付けば発動していたとのこと。
そりゃあ、少しでもいい宿を作るために、魔力を発生する素材をふんだんに使っているので、驚くのは当たり前といえば当たり前なのだが……。なにもそこから『二人の世界』に発展させる必要はないだろう。
そんなお二人だが、お客様であることに変わりはない。受付をシルブスに任せ、昼の準備のために厨房へ戻る。今日は久方ぶりの料理番が回ってきているので気合も入るというものだろう。
最近、王都に様々な食材などが入ってきているので、面白いものをいろいろと市で発見したのである。試行錯誤の末、何とか食堂で出せるまでのものが出来上がったので、今日が初お目見えなのである。
いろいろな方に試食をお願いしたが、本当にありがとうございます。
使うのは、イルの葉と呼ばれる植物。しかも、青々としたものでなく、少し茶色くなったものを乾燥させ使うのだ。
一応、最終確認として、できた料理を従業員三人にも試食してもらい、おいしいと評価をもらっているので大丈夫だろう。
さて、朝からブラックコーヒー濃いめがほしくなりそうなほどのラブラブ空間をみて、時間を使ってしまった。余裕がないわけではないが、それなりに手間のかかる料理のため、他の料理とも並行して作るとなると時間も厳しい。
それでは、レッツクッキング!!
◇◆◇◆◇
強制的に甘い空気を排除され、少し不機嫌になってしまったが、どうやら空気を排除したのは宿の女将だったようである。これは幸いと、部屋は空いていのるか聞いてみたところ、ちょうどいい具合に空いていたようで、噂に名高いこの宿に泊まることができることとなった。魔力がいたるところから放出され、体に力がみなぎるのが分かる。不機嫌だった気持ちは帳消しになった。
シルブスと名乗る受付から部屋の場所を聞き、さっさと部屋に行ってみると、落ち着いた雰囲気の居心地のいい部屋であった。それこそ、結婚当初、二人で初めて住んだ部屋とよく似た落ち着きを感じてしまうほどである。
甘い空気になりかけたが、朝から何も食べておらず、すでに昼も近いこの時間帯では腹も減ろうというものである。少し早いかもしれないが、昼食を取りに食堂へお邪魔しよう。
食堂へやってきた俺たちを迎えたのは、先ほど『二人の世界』を強制解除するという離れ業をやってのけた、宿の女将である『カーラ・グライス』であった。
突然やってきて、無茶を言ったにもかかわらず、『少し待っていただくことになりますが、一品お出しすることはできます』と、快い返事をもらい、少し早めの昼食となった。
この宿の女将は、容姿もさることながら、性格もなかなか良好といっていいだろう。
ああ、容姿については、ルフェが、『エルフの中でもあれほどに美しい人はいない』と言っていたので、相当なのだろう。まぁ、俺はルフェが一番美しいし、かわいいし、いとおしいので、特になんとも思わんがね。
せっかく食事を作ってくれるというので、厨房の見える位置を陣取り、噂に名高い素晴らしい料理とやらができるまでを見てみようと思う。どれだけ頑張っても、ルフェの手料理は超えられんと思うがね。
まずは、材料を切っていくようだ。
ナミダモトとアカネ、ツチクレの実をそれぞれ食べやすいサイズに切っていく。我々、ドワーフ族はほとんど食べることのない食材ばかりがいきなり出てきたが、大丈夫だろうか?
エルフ族では食べられることもあるだろうが、ナミダモトはかなり傷みやすいので、慎重に慎重をかさねて扱わなければならず、意外に避けられる食材だったはずだ。
トントンと手際よく作業を進める女将が次に取り出したのは、『肉』。
しかもあれは、『バッファウロ』の肉と、『オージー』の肉、『ワギュー』の肉まである。ドワーフ族の里で、一番に近い腕前を持った鍛冶師である俺でさえも年に一、二度口にできるかどうかというほどの超高級食材ではないか。
その三種類の肉を、またもや食べやすいサイズに薄く切り分けていく。
正直、その肉を焼いてくれるだけでも十分うまそうなのだがな。
材料がそろったのか、ナミダモトを火にかけ始める。木でできたヘラで丁寧にかき混ぜながら、全体に熱が入るようにじっくりと火を通していく。なんとも言えない香りが漂い、ルフェのお腹が鳴るのがわかった。いとおしいものを見るようにルフェに目をやれば、恥ずかし気に目をそらす。
なんともかわいらしい反応である。
仕方がないだろう。野菜を主として食を進めるエルフ族に、これほどまでに野菜の香ばしさを前面に出した匂いをかがせては。
やがて、満足が行ったのか、手を止めた女将は、高級肉を惜しげもなくどかどかと追加して、火を通し始める。
今度は、肉の焼ける匂いで、俺の腹がなるのがわかった。
ルフェがお返しとばかりにこちらを見ているが、ポリポリと頬をかき、恥ずかしさを紛らわす。ルフェからなんとも言えない視線が送られてくるのが分かるが、気づかないふりをすることでやりすごそう。
そんなこんなをしている間に、女将は残りの食材もどかどかと追加していき、すべてに火を通す。ただ、これだけでは何の料理かわからない。火を通してはいるが、塩や胡椒といった調味料で味付けをするそぶりもない。
これで本当に料理ができるのだろうか?
少し短いですが、ここでいったん切ります。
では、次話で。




