女神なんて言わせない!! その9
お久しぶりです。
とりあえずこの話早く終わらせないと……。
強気な大神官の声が響いていた先ほどとは打って変わって、女神を信じていない男が行う演説だけが響く宿前の広場で、カーラの提案にパメラはひどく狼狽していた。
それもそのはず、巫女であるパメラには、確かに女神『クラン』と交信する能力がある。しかしそれは、聖都『クラン・ド・ミャコヒージリ』にある、クラン教最高の教会である『聖教会』。その聖教会の中でも巫女と大神官、それから巫女付の少しの侍従しか入ることを許されない『神託の間』と呼ばれる部屋でのみ可能なことなのだ。
有事の際には、神への祈りとともに、状況の説明を思念として乗せるが、それは一方的な祈りであり、女神クランが答えることは今まで一度もなかったのだから。
カーラにできるはずがないと伝えるパメラ。
理由として、女神の降臨を嘆願して叶えることは、歴代最高の巫女とまで呼ばれていた三代前の巫女ですら、一年に一度の降臨以外では姿を見ることもできなかったこと、を挙げる。なので、はっきり言って、犯罪の片棒を担がされていた巫女失格な自分にはできるはずがないとのことである。
そんなパメラにカーラは、『大丈夫、何事もやってみることね』と、背中を押すばかり。パメラは、困惑の極みであったといってもいい。
そんな二人のやり取りを目ざとく見つけた、持論演説男が言う。
「ほぉ、そこの女神の巫女失格な巫女様が、ここに神様を呼んでくれるとよ。こりゃあいいや、ちょっくら呼んでみてくれや」
げらげらと笑いながらいう男。周りの取り巻き達も下卑た笑い声をあげる。
彼らは、歴代の巫女が、神と交信しかできないことを独自のルートから仕入れ知っているのだ。だから、ここでも大きく出られるのである。
パメラは半分パニックに陥っていた。怒涛の展開で、ほぼ世の中を知らなかった小娘の器には、収まりきらなかったのである。
住民の不安や期待の視線、大神官の虚ろな瞳、女神を信じない者たちのさげすみの目、なんだかよくわからないが、めちゃくちゃ圧力のあるカーラの瞳等々に見つめられて、彼女のパニックはまったくもって収まる気配はない。
そんな彼女の脳内に突然、何者かの声が聞こえた。
『落ち着きなさい、我が巫女よ』と。
◇◆◇◆◇
たった一言、されど一言。
パメラの頭に直接響く声。一年に一度、尊き姿を拝見し、ほんの短い時間のみ言葉を交わすことのできる至高の声に、一瞬にして冷静さを取り戻す。
『落ち着いたようですね、我が巫女よ』
続く声にパメラは興奮したように交信を始める。
一瞬にして、深い交信状態へと入っていったパメラに、女神を信じない男たちは警戒をあらわにする。同時に、不安を覚えていた住民たちも、興味へと視線を変えた。
変わらないのは、カーラの力ある瞳と、大神官の虚ろな瞳のみである。
数秒あるいは数分か、長いようで短い交信の時間が終わり、顔を上げたパメラの目には力がみなぎっていた。
凛とした空気をまとい、言葉の一つ一つに力を込めながらパメラは言う。
「私はたった今、神のお言葉を聞いた。これより、ここに天上の神がご降臨なされる。私には巫女として、神のご降臨を手伝うようにとのことだ」
はっきりと宣言し、膝を地につき、どこかへと祈りをささげるパメラ。
周囲は降ってわいたような神の降臨話に驚きを隠せない様子である。さんざんにあおっていた、女神を信じないグループの連中も、パメラの言葉に込められた本気の意思に、口をはさむことができなかった。
パメラは、内心踊りだしたいほど歓喜しながら、絶対に失敗できない重要な役割を果たそうと、至って冷静を装っていた。周りに誰もいなければ、大声で歓喜の雄たけびをあげていたかもしれないほど興奮しながら、自身の敬愛する女神より授けられた降臨の手順を一つ一つこなしていく。
祈りをささげ、女神にささげる舞いを踊り、降臨を願う言葉をとなえる。
普段は祈りの強さにより、神が道を開き降りてくるのであるが、人ひとりの信仰心程度では、祈りが神の耳元まで届かず、神が降りてはこないらしい。しかし、今回は神が直接願いを拾い上げてくれるということなので、確実に神のもとまで願いが届くのである。
誰も言葉を発しなくなった宿前の広場で、パメラの言葉が紡がれる。
神の降臨を望むその詩は、聴くものすべてに安らぎを与える、不思議な響きを伴っていた。
言葉を紡いでから数秒の間をあけ、パメラの全身が光に包まれる。
建物を挟んで三通りほど先の道でさえ、光を感じることができるほどの強烈な光であったのにも関わらず、誰も目を傷めることはないという不思議な光に、広場に集まった人々からどよめきが漏れる。
周囲に放出していた光が、パメラを中心に徐々に収束し、天に向かって一直線に伸びていく。雲を突き破り、まだまだ先に延びる光は徐々にその太さを増していった。
誰もが、その光景に息をのみ、膝をつき、祈りをささげだす。神を信じていないといった男たちも例外でなく、何かに突き動かされるかのように祈りをささげてしまっていた。
天から地上へと続く光の道に、一つの点が現れたのは、どれほどの時間がたってからだろうか。
「あれは……」と誰かがつぶやいているが、誰もその声に反応したりはしない。なぜなら、自身が毎日でも拝み、祈りをささげてきた存在だと気が付いたからだ。
この日、歴史に残る大事件の一つ、唯一神『クラン』降臨はこうして行われたのである。
◇◆◇◆◇
あまりの神々しい存在に、人々は前を向くことができず、ただひたすらに地面と向き合い続けた。ほんの少し目線を上げれば、天上の存在といえるクラン神が目の前にいるというのにである。
それは、パメラとて例外ではなかった。
「皆、面をあげなさい」
突然かけられたクラン神からの言葉。それと同時に、一斉に顔を上げる人々。
そこには、敬愛してやまない唯一神『クラン』の微笑みがあった。
「話は巫女より聴いている。此度、このようなことになった原因についても」
「さて……」といった感じでクラン神が話始める。誰もが驚きを隠せないでいた。きっと、巫女との交信を行いながら話を進めていくであろうと思っていたクラン神が、突然、話始めたのだから仕方がないだろう。
だが、誰も咎める者はいない。皆が皆、クラン神の発する声の美しさに魅了されていたからだ。『姿を見せなかったクラン神の姿を拝見できるだけでなく、声まで拝聴できるとは……』と興奮気味なのである。
「私が、これまで姿を見せなかったことが、これほど大きな不安を呼んでいたとは思いもよりませんでした。これは私の責任ですね」
申し訳なさそうな声で語るクラン神の言葉に、誰もが「違う!!」と叫びたかった。だがその言葉も続く神の言葉により封殺される。
神はかたる、なぜ姿を見せなかったのかを。
神はかたる、なぜ大神官という男を放置したのかを。
神はかたる、いかに己が生きとし生けるもの全てを愛しているのかを。
神はかたる、人の成長を見守ることが至上の喜びであるということを。
神のかたる一言一言に込められた思いを受け、人々は誰彼構わず涙を流す。
これほどまでに自分たちを愛し、見守ってくれる存在に疑いの目を向けていたことに後悔しながら。
◇◆◇◆◇
神の語る言葉をすべて聴き終え、パメラの心はとてつもない喜びに包まれていた。しかし、同時に後悔の念でもいっぱいであった。
そんな彼女の心を見透かしたように、クラン神は言葉をかけ始める。
「巫女パメラよ。私はあなたを許します。神の名のもとに、神罰を行使し、いわれなき罪で滅ぼされた者たちにはのちに償いをしなければなりませんが、それも人の業。私は、その業も含め人というものを愛しています。特にあなたの場合は、幼き頃より信じた男による洗脳という技を持っての罪ですので、『仕方がなかった』といえるでしょう。ですが、あなたの犯した罪は許されざるものです。ですので、私から、一つだけ、罰を言い渡します」
その言葉にパメラは救われた気持ちであった。
『すべてを許す』などと言われれば、神の言葉に逆らうことはできず、表面上はすべて丸く収まるだろうが、パメラの内心は後悔でいっぱいになっていただろう。
そこに、罰という償いを与えられたことにより、救われたのだ。
「巫女パメラよ。あなたは、その生涯をもって、巫女の職務を全うし、世界の人々に祝福を与え続けなさい」
言い渡される罰は、罰とは言えないものであった。現在の巫女の職務と何ら変わりがないのではないかとさえ思える。
考えていたことが顔に出ていたのか、何かに気が付いたかのようにクラン神は言葉をつづけた。
「世界のすべての辺境に赴き、人、動物、植物、鉱物に至るまで、すべてのものに祝福を与えなさい。必ず、己の足で世界を回りなさい。そして、年に一度私に報告をしなさい。あなたの目で見たもの、耳で聞いたもの、それらの話が聞けるのを楽しみにしていますよ」
そう、この罰はすべて自分の力で達成しなさいという女神からの命令。今まで、女神への報告のみしか行っていなかった巫女への罰なのである。
罰を理解したパメラは、謹んでお受けいたします、と言葉を漏らす。彼女はこの瞬間、確かに救われたのである。
パメラに罰を与えた後、クラン神の目線は男たちに向けられる。男たちは、女神の言葉をただただ待つのみであった。
「私を信じぬといった者たち。その代表であるそなた、『カイン』よ。私は、そなたたちを許そう。私を信じぬといい、自分の力で未来を切り開こうとするそなたたちの美しさは素晴らしいものである。私が見たいと語っているのは、そなたたちのような自身の力で道を切り開いていくものの姿なのだ」
「で、あるからこそ、私はそなたたちを許そう。カインよ。これからも私を信じずともよいのだ。人の世は人が切り開いてこそなのだから。カイン、家で待つ妻と子のため、早く帰っておあげなさい」
女神を信じぬもの代表として、散々パメラたちを罵倒していた男『カイン』は、クラン神からの言葉に驚きを隠せないでいた。
彼には長年連れ添った妻がいたが、子供はできていなかったのである。それこそ、昔は神に祈りをささげるたり、教会に寄付し、祈りをささげてもらったりもしたが、一切子供ができることはなかったのである。
また、祈祷をささげるため力を借りた神官が、高額な祈祷料を要求する腐った神官であったため、なおさら神への怒りが増長し、今回の事件へと発展したのである。
そんな不遇なカインに子ができたと。しかも神から直接告げられたのである。
カインは大急ぎで家に帰り、妻と喜びを分かち合うことになるのだが、それはまた別のお話し。
◇◆◇◆◇
女神の視線がスッと大神官に向けられる。クラン神が声をかけていない最後の人物である。
虚ろであった大神官の瞳には力が戻り、らんらんと輝いている。
何かを語ろうと声をかけようとするクラン神を遮るかのように、大神官はしゃべり始める。
「クラン神様!! この大神官、ブッチャー・ブデオ。あなた様のご降臨を心待ちにしておりました。あなた様にささげるため、職務に邁進し、時に大事にしてしまうこともありましたが、すべてはあなた様をそしてクラン教を思っての行動。私ほど人として正しき行動をしたものもおりますまい。この度、御身の偉大なるお姿を拝見させていただきましたことにより、益々の忠誠をもって、お仕え致したい所存でございます!!」
一気にしゃべりきる大神官。
神を敬うような言葉を吐きながら、神の発言より先んじて言葉をかけるという不敬をこれでもかと行っている。
大神官の暴走ともいえる独白に、パメラを含めた周囲の視線は厳しいものへと変化する。神を信じないといっていた者たちすら、今の大神官の発言に冷たい視線を送るばかりだ。
皆、口に出したりはしないが、誰もが、この不敬者を処罰しろと心で思っていた。
自然と人々の注目はクラン神に集まっていく。
「大神官『ブッチャー・ブデオ』。罪を犯しし者よ」
今までとは違う語り口で言葉を紡ぐクラン神に、その場にいた者たちは、皆、息をのむ。
言葉の端々に込められた神の怒りがこれでもかと感じられたからである。しぐさの一つ一つに、視線の一つ一つにまで、すべてに込められた怒りの感情は、直接的に向けられているわけでもないのに死の予感を感じさせ、背中に冷たい汗が流れ出るほどであった。
「お前の犯した罪は大きい。人、という範疇での出来事であれば、私も『許そう』と言えただろう。巫女を操り、教会のトップとなり、裏で世界を操るといった程度のことであれば、人の業として私も見逃すつもりであった。しかし、お前はこともあろうに私と同列の存在を目指そうとしていたな。人という範疇を超え、神の領域にいたろうとした。それが、どれだけ罪深いことかお前にわかるか?」
「私が、なぜ『唯一神』と呼ばれているのか、理由を考えたことはあるか?」
「お前の行いはかつての世界崩壊へと至る道と同じ。その道を選んだお前を私が許すとでも本気で思っているのか? まぁ、それを思ってしまうのも人の業ではありますがね」
「しかし、ブッチャーよ。そなたの罪の重さを知りなさい」
一息に言い切るクラン神。
実はその昔、王国建国よりさらに前、歴史に刻まれてすらいない時代に、様々な神をまつる宗教が存在した時代があった。それぞれが、それぞれ独特の価値観を持ち、対立していた。
お互いがお互いに憎しみ合い、お互いがお互いの神のために命をささげる戦いが続き、そして、世界大戦へと発展してしまうのである。
地表を削り、マナを消費し、世界のあるべき姿を変えてしまう兵器までもが誕生し、世界は終焉を迎えようとしていた。
その始まりは些細なもので、今回の大神官と同じように、一人の男が『神』を名乗った、ただそれだけである。
なんてことはないよくある話で終わるはずであった、『神を名乗る男』事件は、男のカリスマ性により肥大し、ついには男を神とした宗教が生まれるまでになってしまう。
新しい宗教ができたことにより、世界に宗教が乱立しはじめ、世界は混沌とし始めたのである。
宗教乱立から数百年後にクラン神の降臨、クラン神の使いという男が王国を建国、神の使いの圧倒的な御業で、他宗教にはない本物の奇跡を起こし、他宗教を少しずつ改宗させていき、現在の世界へとつながっていくのである。
◇◆◇◆◇
歴史に刻まれてきた内容であるが、一時期の魔王進行の影響で、資料が不明となり、歴史があやふやになってしまたのだ。そのころには、世界の九割を占めるクラン教は完成しており、クラン神は慈愛の女神とも呼ばれるほどすべてに愛を与える女神だと思われている。
しかし、神を名乗る男を葬ってきた、苛烈な一面をもつクラン神が、此度の大神官の悪行を許すはずもない。
「お前の行ったことは人の業を外れた所業。永劫の苦痛の中、悔い改めなさい」
その一言とともに、大神官の体が闇へと沈み込む。一瞬の出来事にて誰も声を上げることすらできなかった。
突然の出来事に、何か言いたげな視線をクラン神に送るも、クラン神からは有無を言わせぬ微笑みだけが返されるのであった。
やっとけりがつきそうですね。
無駄に長くなってしまい申し訳ありません。
最近はごたごたした話ばかり書いているので、
そろそろほのぼのとしたお話を書いていこうかと。
では、次話で




