女神なんて言わせない!! その8
「ふぅ、やれやれ、本当はパメラを手に入れるためだけに来たので、ここの宿が女神を騙ろうがどうだろうがは、どうでもよかったのだがな」
「しかし、しかしだ……。このような、私の欲を刺激す……んんッ、危険極まりない宿を野放しになどできようか……。いや、できまい。そこでだ、この大神官であり、世界の覇者となった私、ブッチャー・ブデオ様自らが、この宿を取り仕切ってやろうではないか!!」
声高々に宣言しだすブッチャー。
それをカーラは、『何言ってやがるんだ、このクソは……』と言わんばかりの目で見ているが、巫女を手中におさめ、神と同等の存在となったと思って、自分に酔いしれるブッチャーにそれを感じ取ることはできなかった。
だが、さすがに、俺が宿の面倒を見てやる(超上から目線)発言には、やさしくて、気立てもよく、美人で、
何より、とっても、とぉぉぉぉっても温厚なカーラさんと言えど、堪忍袋の緒が切れてしまった。
「何を言っているのか、私に豚語は理解できませんので、まったくもってわかりませんが、何やらこの宿のことについてよからぬことを考えたことだけはわかりました。さて、この豚野郎。どうしてくれましょうか」
普段は使わないような汚い言葉がスラスラと吐き出すように出てくるカーラ。
これは、彼女が本気で怒っていることがうかがえる一幕である。
「グフフ、私のことを豚などと……。減らず口もここまで来ると潔い。しかし、許しましょう。あなたもすぐに私のものとなるのですから」
まだまだ、余裕をもって話すブッチャー。言葉が終わると同時に【神様の贈り物】を発動させる。ブッチャーの欲望を正確にとらえ、それをかなえるべく発動した【神様の贈り物】の波動を感じながら、ブッチャーの頭の中では宿の従業員と女神の巫女という、この世界においてもトップレベルの美女たちとのめくるめく狂乱の宴が、現実感を伴って加速的に広がっていく。
「だから、豚語はわからないと言っているでしょう? 先ほどまで人語をしゃべっていたので、それなりの知性は備わっているのかと思っていましたが、どうやらとてつもない勘違いだったようです……」
ふぅ、と深くため息をついて見せるカーラ。そこに来て、初めて【神様の贈り物】がかかっていないのでは? と疑問を持ち始める大神官。
しかし、神と同等の力を得たと思っている彼は、疑問に思ったことすらも自身の奥底に沈め、さらに深く【神様の贈り物】を行使していく。
大神官から放たれる【神様の贈り物】の波動。それは、大神官のようにねちっこくカーラの周りを漂い続ける。わかりやすい感覚でいえば、薄皮一枚を挟んで、体の周りをすべてGという名の黒い生命体に埋め尽くされたような感じである。
直接、触れるわけではないが、周りにいることは確実にわかるという、その何とも言えない気持ち悪さに、カーラの額にも青筋が浮かぶ。
「はぁ……、うっとうしいわ!!」
「……な、なに!?」
カーラの力を込めた一喝により、漂っていた【神様の贈り物】の波動が霧散する。
自身の力を強引にかき消されたことにより、初めて動揺の色を浮かべるブッチャー。しかし、もう遅い。
彼は、大魔神の怒りを、自ら喧嘩を売るという暴挙をもって、引き出したのだ。
ぐんにゃりと景色が歪んで見えるほどの強烈な怒りのオーラを発しながら、カーラが一歩を踏み出す。
ブッチャーは逃げることもできず、自分に降りかかる圧倒的な死を前にたたずむだけであった。
だが、ここで、カーラが思いもよらぬ行動に出る。
二歩三歩とブッチャーに向けて進めていた足をピタリと止めたかと思うと、「おっと、いけないいけない、あなたを裁くのは私の役目ではありませんね」と話し出す。
カーラという圧倒的な死が自分に降りかかることなく、しかも別の誰かに自分を殺す役目を引き継がせようかというカーラの発言に、女神の巫女レベルまでならば従えることのできるブッチャーは余裕を取り戻し、カーラに聞き返した。
「ほう、誰が私を倒すというのかね? 君以外はすべて私の僕となっているこの状況で」
ブッチャーの余裕は当たり前で、いまだブッチャーたちを取り囲む民衆すべてはブッチャーの手の中にあるのだ。
「状況をわかっていないのはいったいどちらなのでしょうね?」
「あのぉ~、カーラさん。あたしらはぁ~、どうすればぁ~、いいんでしょうかぁ」
「ああ、あなたたちは宿の準備をしておいて。この豚を排除したらすぐに宿の再開だから」
余裕綽々で話していたブッチャーに対し、カーラは事実をぶつける。
ブッチャーへの言葉と同時に、後ろ手で合図を出し、従業員に動き出すように指示を送る。カーラからのハンドサインを受け取った、従業員たちは、何事もなかったかのように動き出し、いつもの調子でカーラと気楽に会話を始め、何事もなく宿へと帰って行った。ドアの閉まる音と、来客を告げるベルの軽やかな音を残して……。
その光景に驚いたのは、ブッチャーである。
自分が持つ絶対的な【神様の贈り物】を受け付けなかったものが四人もいる。その事実は、ブッチャーの自信を足元から崩していく。
しかし、一度攻勢に出たカーラは追撃の手を緩めない。
「さて、従業員たちも仕事に戻らせましたので、さっさと終わりにしましょうか」
◇◆◇◆◇
宣言と同時に、パンッと一つ手を打ち鳴らす。
その音にビクッと肩を震わせる目の前の豚を見る。
宿のことを何やらごちゃごちゃと言っていた豚だ。いっそ私の手でブッ飛ばしてやりたいところではあるが、私よりも適任がいるので、そちらに譲ろう。
「な、なんだこけおどしか……」
私が行った柏手の意味が分からず、さらに柏手と同時に空間に広がった神聖な空気すら理解できていないこの豚は、どうやら何も起こっていないと思っているらしく、ホッとしているようだ。
そんな訳はないだろう、本当のバカなのかもしれない。
「さて皆様、聞いていただいた通り、今回の黒幕はそこの欲にまみれた大神官様でございました。本来であるならば、神の教えを世に広め、自身もその教えに則って生活をしなければならないはずの大神官が、このような愚行。どのように裁かれるのがよろしいでしょうか?」
今までずっと聞き役に徹してくれていた方々に声をかける。私の行動が理解できず大神官は困惑している。が、周りの空気が変わっていることにまだ気が付いていないようだ。
「そんな男は殺してしまえ!!」
誰かが言う。たった一人の発言ではあるが、皆の気持ちを代弁した一言に、聞き役だった民衆たちの怒りが爆発した。
連鎖するように広がる大神官を殺せという声。
この時になってようやく大神官は【神様の贈り物】が解かれていることを理解したようだ。
「そ、そんな……、な、なぜ」
「あなたの持つ【神様の贈り物】を解くことなど実は簡単なのですよ。その手の能力を持つ者は、実は数えきれないほどいるのです。力の強弱はありますがね」
私の言葉に絶望したような表情を浮かべる大神官。
大神官の方はあとはどうとでもなるので、もう一つの問題を解決しておこう。
一度火のついてしまった民衆は、私の策略により、大神官の悪行を延々と己の口から聞かされ続け、もはや手の付けられない大火事となりそうである。このままでは暴動すらおきそうな状態だ。
そうなっては、一番近い私の宿にも被害が出る可能性があるため、さすがにそれは見過ごせない。
暴徒と化しかけた民衆の前で、大きく声を出す。
「さて!! この欲にまみれた大神官を、私の手により罰したり、皆様のお力で罰したりするのもよいかとは思いますが、こと今回は、教会内での争いであり、当事者たる二人の方がおられます!! ここは、もう一人の当事者である、【女神の巫女】様のご判断をいただくのが最良かと存じますが!! 皆々様、いかがでしょうか!!」
私の威圧も乗せた一喝により、少し落ち着きを取り戻す民衆。それとは裏腹に、いきなり祭り上げられた【巫女】様はあたふたとしておられる。
怒りの感情で暴走を始めていた民衆は、冷静さを少しだけ取り戻した。
◇◆◇◆◇
暴動が起きる寸前で、少し冷静さを取り戻した民衆たちであったが、どんなことにも例外ということがあるように、この騒ぎに乗じて様々な暗躍を行っていたものにとっては、暴動が起きないことが不服らしい。
冷静を取り戻しつつある民衆の中から細身の男が声を張り上げた。
「巫女様、巫女様と言ってるがよ、自身の教団の実情も理解しておらず、いいように操られていた小娘がなんの役に立つ? こんな屑デブに操られていた巫女様も同罪だろ? それによ、俺はもう、女神様を信じれなくなっちまうかもしれねぇ。教団トップがこんな腐ったやつで、神罰が下らねえってことは、女神様が黙認してるってことだろう? こんなやつをのさばらせる女神様ってな、いったい何をかんがえているんだろうなぁ」
いくらクラン教と言えど、信仰しているのは9割の人間で、残りの1割にはクラン神を信じていない人間もいるのだ。この細身の男もその1割の人間だろう。
男の言葉が終わると同時に、周りにいた男たちも一斉に声を上げ始める。どうやら、同じ1割の人間で作られたグループのようである。
普段ならどうということもなく聞き流されるだけの男たちの言葉は、今、この時、この場においてはとてつもなく効果を発揮した。
ざわざわと広がる女神への不信感。加護の力などはあれど、姿を見せることはない神に対する小さな不信の心が、大神官という大きな餌をもって成長してしまったのだ。
このままでは宗教の求心力が薄れ、様々な思想が蔓延り、教義を都合のいいように解釈した愚か者があふれ、自称神の使いが大量に出現し、現代地球のように、様々な宗教が跋扈し、互いを異教徒として殺しあう文化が始まってしまう。
そうなる前に手を打たなければ……。
「パメラさん、ちょっとちょっと」
民衆の目が、自身の持論を展開しだした男に向けられている間に、巫女様を小声で呼ぶ。
どうやら男の主張は『姿を見せない神を信じられるのか?』ということらしい。ならば、話は簡単だ。
そう、女神を呼べばいいのである。クランとは付き合いのある私の呼びかけになら、すぐに動いてくれるだろうとは思うが、それではいけない。
折角、ウシンが作ったこの世界の設定のうちの一つを破壊してしまうことになってしまう。
それは、この世界を満喫させていただいている私にとっても、心苦しいことである。
……。
……。
いや、決して、私の呼びかけでクランが出てきてしまったら、女神の巫女とやらに祭り上げられてしまい、そうなったら、宿を続けることが難しくなってしまう。
『女神の巫女? なにそれ面倒くさい……』なんて考えているわけではない。決して。
なので、ここは、巫女様にクランを呼んでいただくことにしよう。
「な、なによ……」
なんだかビクビクと近づいてくる巫女様。ちなみに、巫女様の洗脳も民衆と同時に解いてあります。
というより、何をそんなに怯えているのだろうか? あ、暴動に発展しそうな民衆の悪意にさらされて、ビビッているってことか。
きっと、大量の悪意とは無関係に生きてきたであろう小娘にとって、暴動寸前の溢れる怒気は堪えるのだろう。まぁ、少しの我慢と思ってもらおう。
「いえいえ、お宅の大神官様の所為とはいえ、ここに集まっていた方々の神に対する不信感が強まってしまいました」
「そ、それは、どうしようも……、私だってまさか洗脳などされているとは……」
「ええ、巫女様には何も問題はないでしょう。生まれた頃より巫女として神の加護に守られてきたのならいざ知らず、突然、神の巫女に祭り上げられたあなたは、巫女になる前まで普通の女性だったはずです。それでは神が与えた【神様の贈り物】の力に対抗できないのも無理はありません」
私の言葉で、少しほっとした表情になる巫女様。だが、まだまだ怯えた空気は緩まない。
そして、私の言葉も続く。
「しかし、この状況を作り上げてしまった責任は、あなたにもかかっているのです」
「え……、そn」
「洗脳はたしかに行われたことですが、女神の加護を受けていたあなたは、ほかの人よりもかかりが浅かったはずです。ほかのどんなことは別にかまわないとしても、【神罰】という行為を、大神官からの甘言にだけ耳を傾けた責任は取らねばなりません」
「で、でも……どうすれば……」
自分の責任については一切考えていなかった様子の彼女に、責任の一端を任っていることを理解させる。幸い巫女様は頭が悪かったり、見苦しく言い訳を並べたり、駄々をこねたりなどはするタイプではなかったらしく、責任の取り方についてしっかりと考えているようであった。
彼女はとても生真面目なのだろう。
それでは、私から一つ提案させていただこう。
「簡単な話です」
「今、ここで、この場に、女神様をお呼びすればいいのです」
まだ終わらねーのか!!
と、怒られそうな今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。
長らく更新お待たせして申し訳ございませんとしか言いようがありません。
前回あたりに、後書き書きません。キリッ みたいなことを言っていたと思うのですが、やっぱり書こうと思います。
走り書きで、さらっと書き進めましたので、後々修正するかも……。
では、次話で。
活動報告も、更新してありますので、よろしければそちらも読んでみてください。




