女神なんて言わせない!! その7
急に本性を現した大神官『ブッチャー・ブデオ』。
「この時を待っていた」という宣言通り、彼はこの時、このタイミングを待っていたのである。
そう、パメラが【神罰】を使い、神力のほとんどを放出するこの瞬間を。
怒りに燃えるパメラ。その怒りは女神を呼称している宿があると聞いた時の数倍以上であり、今にも大神官に掴み掛らんとするほどであった。
急に蚊帳の外となったカーラは、怒りに燃えるパメラと、本性を現した大神官の二人をジッと見つめている。
怒りにまかせながらも決して口汚くならないように罵ったパメラは、罵声をどこ吹く風といった体で聞き流す大神官にさらに怒りを募らせる。ついには物理的な行動に出ようと一歩ずつ近づいていく。
ドスドスといった効果音でもなりそうな勢いで大神官に詰め寄るパメラであったが、あと数歩という距離まで近づいた瞬間、ピタリと足を止めてしまった。
先の展開が気になって、半分、野次馬と化して見物していたカーラが、パメラの行動を怪訝に思い首をひねっていると、
「グフ、グフフフフ、本当に無知ですねェ」
【大神官】ブッチャーが話しだした。
それと同時にくるりと方向を変えるパメラ。その瞳からは光が消えており、何かしらの精神操作を受けている状態であることを如実に表していた。
「……! あなた、まさか……」
「おやおや? ええ、ええ、今あなたの思っている通りのことですよ、カーラ・グライス。そう、女神の巫女『パメラ』は我が手中に収まりました」
「まさか……【神様の贈り物】!?」
驚愕に包まれるカーラ。呪文の詠唱も、魔法文字も、魔力さえ使わず、急に相手を催眠状態に落とすという技。そんな現象を引き起こせるすべは【神様の贈り物】以外には考えられないのである。
だがしかし、【神様の贈り物】は発現させることが難しく、もし発現したとしても自身で気が付かないこともあり、さらに、【神様の贈り物】に関する書物などが、近年遺跡から発掘され、調査が始まったばかりという関係上、知っているものは世界にも少数であるはずなのだ。
カーラが知っていたのは、最高神からの贈り物で彼女自身に【神様の贈り物】(カーラやウシンは【スキル】と呼んでいる)が複数つけられているからなのである。
「おやおや、知っていましたか……。さすがはカーラ・グライスといったところでしょうか?」
ほんの少し驚きましたよと言った様子で語るブッチャー。しかし、彼にはもはや恐れるものはなかった。
「その通りです。【神様の贈り物】ですよ。私のもつ【神様の贈り物】は【鶴の一声】。その名の通り、自身より下の立場の者たちに強制的に従わせる効果をもつ【神様の贈り物】です」
【神様の贈り物】の名をさらっと明かすブッチャー。【神様の贈り物】の名前を知られるということは、自身のもつ切り札を一つ明かすこととなり、不利な状況に陥るはずなのだが、彼にその不安は一切ない。
そして、ブッチャーの語りは続く。
「この【神様の贈り物】はとてつもなく素晴らしい。ただただ下の立場の者に命令ができるというものではなく、同列のものでも、私を上だと認識した瞬間にこの【神様の贈り物】の効果範囲圏内に入るのだ」
「グフフ、驚いたといった様子だな? しかし、それだけではない。同列の者より上に立った瞬間、今まで同列であったものがすべて私の下の地位に落ちるのだ。本当に、本当に素晴らしい能力だと思わんかね? でだ、今の状況を考えてみたまえ……。女神の巫女であるパメラは我が手中に落ちた」
その言葉を聞き、カーラはハッと気が付いた。
「ええ、そう、そうですよ、カーラ・グライス。私は現在、女神の巫女より立場が上の存在。そして、女神の巫女の上に立てるのは、【女神】のみ!! つまり、私は今、この時、この瞬間をもって、【女神】クランと同列の存在となった訳です!!」
熱く、熱く語るブッチャー。その顔は、どこかしら自身に酔っているようでもあった。
◇◆◇◆◇
『ブッチャー・ブデオ』、彼は『天才』であった。
彼が生まれ育ったのは地方都市の中でもさらに田舎と呼ばれる地域である。そんな田舎のある村で、彼は生まれた。
生まれながらにして、人とは違う雰囲気を持っていた彼は、たった四歳で『神童』と呼ばれるほどの知識を身に着けた。村の運営や、魔物からの防衛策など、様々な分野で、長老であった村長よりも博識に披露し、さらには納得させるだけの弁舌を発揮した。大人たちすら容易に言いくるめてしまう彼の弁舌は、まだこの時には村を良い方向に導くために使われていた。
そんな彼が、信心深い村人たちに見送られ、村の代表として街の教会に神官見習いに行くのは当然の流れであった。
街の教会には、教会の取りまとめる10の村から集められた村の神童たちがいた。はじめてみる自分以外の神童と呼ばれる存在に、ライバル意識を持っていたブッチャーであったが、同年代の神官見習いたちの中でも、やはり彼は頭一つ、いや、二つは抜けて特別だった。
この時より、彼は少しずつ自分に酔い始める。
彼の発言は、ことごとくが正式採用として教会の運営に取り入れられ、そのすべてにおいて教会の発展に貢献したのだ。これでは自分に酔ってしまうのも仕方がないといったところだろう。
正式に神官として働き出すのもこのころからである。
その後、街の教会代表として、地方都市の教会に。地方都市が取りまとめる10の街からの代表たちが集うが、そこでも他を圧倒する才能を見せつけたのである。
当然、地方都市の代表として、聖都の聖教会に呼ばれることになるのは目に見えていた。
そして、ブッチャーの能力であれば、聖都でも相当に働けることは間違いなかった。
だが、聖都で待っていたのは、ブッチャー以上の『天才』達であった。
当たり前の話ではあるが、皆が皆、ブッチャーと同じような経験をしてきた人間たちなのである。そんな天才に囲まれたブッチャーは、少しずつ歪み始める。
天才たちをいかに蹴落とし、自身の能力を証明するか……。そのことばかりを考えるようになったのだ。
彼は様々なことを行った。スキャンダルのねつ造などの小さないやがらせのようなことから、闇討ち、殺人にまで手を出したのである。
だが、彼をとがめられるものはいなかった。ブッチャーがやったと証明できるものが何一つなかったからである。優れた才能を間違った方向に発揮しだしたのだ。
そのことが彼をさらに増長させた。さらに後押しするかのように【神様の贈り物】という存在が確認され、自身に【神様の贈り物】が宿っているという確証も得られた。
【神様の贈り物】を知ってからのブッチャーの歪みは、さらに加速していく。
そして、彼は大神官へと上り詰めた。邪魔する他人をすべて蹴散らしてであるが……。
大神官になり、地位も名誉も全て手に入れた彼は、クラン教という大きな組織を自分のものにしたいと思うようになる。そのために、最も邪魔だったのが巫女という存在であった。
まさに目の上のたんこぶと言ってもいいだろう。
だが、ここでも天の導きと言えるだろうことが起きる。
先代巫女の死そして、新たな巫女の選出である。この新たな巫女に選ばれたのが、自身の都合のいいように育てていた当時、神官見習いのパメラである。
幼き頃から目をつけ、自身の言うことならなんでも聞くように調教した少女が、巫女という地位に就いたことを最初は喜んだブッチャーであったが、巫女の力を手にしたパメラが、徐々に制御できなくなってきて、次第に疎ましく思うようになる。
何度か食事に毒を混ぜて与えてみたが、女神の加護の力によりパメラが死ぬことはなかった。
目の上のたんこぶが復活したことに、憤りすら覚えるブッチャー。
しかし、ここで、思いがけない巫女の弱点を発見する。
そう、【神罰】の直後には大きく神力を減退させるのである。
見つけたのは本当に偶然であった。
神に背き、魔王を復活させようとする一団に対して、パメラが初めて【神罰】を執行した時である。この一団は本当に魔王を復活させる手前まで来ていたほどの集団で、パメラの【神罰】執行は、世界の滅亡を未然に防ぐという大偉業であったが、ブッチャーにはそんなことよりも大事なことが分かった瞬間である。
なんと、神力が減退している際には、ブッチャーの【神様の贈り物】が通じるようなのである。
そして、彼は動き始めた。
【神罰】行使後の神力の推移をみるために、無理やり教会の敵を作り上げ、言葉巧みにパメラを焚き付け、【神罰】を執行させる。
その後に【神様の贈り物】を用い、徐々に洗脳状態を深めていった。
◇◆◇◆◇
「そして、今日、ついに、ついに私が世界の覇権を握る立場になる素晴らしい日となった訳です。あなたには感謝してもしたりませんよカーラ・グライス。あなたのおかげで思ったよりも簡単にパメラを手に入れることができました。本当にこの娘は……、私が、折角、最高の奴隷となれるように長年手塩にかけて育てていたというのに、巫女になっただけで増長して……。本当に困ったものでしたよ」
長々と語ったブッチャー。
いきなりの長話に、さすがのカーラも耐え切れずに半分寝ながら聞いていた。カーラにとっては退屈この上ない話であった。
「それで……、宿にはもう用事がないということでよろしいでしょうか? そうであるなら、さっさと皆様にかけた催眠をとき、速やかに聖都へお戻りください」
「グフフ、そうですな。本日の目的はパメラを手に入れること。それも達成できたことですし、本来ならば聖都に帰って、めくるめくお楽しみの世界に没頭するところなのですが……。いやはや、この宿には美人が多い、グフフ、少し目的の変更が必要ですな」
表面上穏やかに、しかしはっきりと「帰れ」と告げるカーラに対し、いやらしい笑みを強くするブッチャー。
この男の底なしの欲望が、ついに宿に向けられはじめたのである。
感想にて指摘がありましたので、
これからは前書き、後書きはあまり書かないように致します。




