宿屋の日常2
久々に本編を進めます。
どうぞ。
――カランッカランッ
「――いらっしゃいませ『りゅうt……」
カイルが政務のために王城へと戻り、宿泊客も皆観光等に出かけてしまったため、夜の時間まで少し暇が出来てしまった『竜帝の宿木』に、来客を継げるベルの音が鳴り響いた。
夜の仕込みのために厨房にいたカーラはいつもの無表情に精一杯の愛想を浮かべ、接客を試みたのだが……、
明らかに怪しい格好の少女が受付兼カウンターの中をキョロキョロと覗いていた。
……。
……。
――ガシッ!
「うにょ! くるしい~! はぁなぁせぇぇぇぇ!」
静かに近づき、珍しい色つき眼鏡と口元を完全に隠す布を巻きつけた少女の首根っこを掴み、一気に顔の前まで持ち上げた。
当然、苦しくなるのは当たり前である。
カーラの万力よりもなお強い握力によって掴まれているのだ、骨がミシミシと音を立てている気がする。
――ミシミシ!
「うにょわ! 折れる折れる! カーラさんごめんなさいって!!!」
……訂正、実際いっていた。
余りの痛さに流石の怪しい少女も音を上げたようである。
カーラにものすごい勢いで謝りはじめたその言葉は、カーラの知人であることをありありと醸し出していた。
「ア~ン~ナ~ちゃ~ん、いつも言ってるでしょ遊びに来るならいいけど、そんなスパイじみた真似はしないでねって!」
珍しくカーラの怒ったような声が聞こえる。
「だってぇ~絶対何か秘密があるんだもん」
「可愛く言ったってだめなものはダメよ」
アンナちゃんと呼ばれた少女は頬を膨らませながらカウンターに腰掛けた。
彼女は王都最大の宿屋『歓喜の庭園亭』のオーナーの娘の一人で、将来『歓喜の庭園亭』をもっと盛り立てていこうと考えている努力家でもある。
なので、新参者でありながら近頃噂の絶えない私カーラの宿が気になって仕方が無いのであろう。
はっきりと言えば『竜帝の宿木』と『歓喜の庭園亭』では宿としての規模が違う。
『竜帝の宿木』はゲームなどでよく登場する小さな町の酒場兼宿屋といった雰囲気の店で、最大でも八組までしか宿泊できない。
たいして『歓喜の庭園亭』は高級リゾートホテルの様な豪奢な造りと部屋数、その名に恥じないスイートルームなどがある。
また、区分けもしっかりされており、庶民と貴族どちらも落ち着いて過ごせる空間を提供している。
そんな差のあるカーラの宿の何処に危機を感じたのか、このような偵察まがいのことをやっているようだ。
そんなこともあり彼女とは比較的良く顔を合わせることがある。
大抵はスパイ現場の取り押さえであるが……。
「それで今日はどうしたの? 何か飲む?」
「今日こそ売り上げの秘密を暴き出そうと思いまして、あはは」
――ビシッ!!!
空気が凍る音が聞こえた気がした。
「……売り上げの秘密を暴く? 何を言っているのかしら」
ゴゴゴゴっと何か後ろに人影らしきものが見えるんじゃないかという効果音を背負いながらカーラが問いかけた。
無表情のはずなのにその怒りがなぜか垣間見える。
手に持ったリンゴはすでに原形を留めていない。
――――割れてもいないのにである。
「じょ、じょ、冗談ですよ、冗談。 あは、あははははぁ。 こ、紅茶を貰えますか?」
リンゴの異様な姿に恐怖を感じ、乾いた笑い声を出すアンナ。
とりあえずといった感じで紅茶を注文したらさっきまでの怒りの空気がフッと霧散した。
「紅茶ね、ちょっと待って頂戴」
この瞬間から、『竜帝の宿木』には普段と同じ落ち着いた空気が流れ始めた。
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「やっぱりカーラさんの入れた紅茶はおいしいな~、……家の宿に転職しませんか?」
「残念だけど、あんなに大きな宿だと気疲れしてしまうわ。
私にはココが合ってるわね。
それにこんな愛想の無い従業員がいたら評判も下がってしまうわよ?」
(カーラさん、自分の容姿にはとことん疎いからなぁ~。
今巷で誰がカーラさんをデレさせるのか賭けさえ行われているっていうのに。
クーデレ? 良く解らないけど、街のおじさん達はそんな話をしていた気がする。
あ~ぁ、こんなに綺麗な人なら家の宿は大歓迎なんだけど……。
また今度勧誘しに来てみようかな?)
そんなやり取りがあったとかなかったとか。
急に新キャラ登場。
これ以上増えると扱いきれるか?
不安だ……。
次話もよろしくお願いします。




