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五月雨式に失礼いたします〜ハイスペック男子と天然後輩との格差恋愛バトル〜  作者: もふおのしっぽ


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第49話:【誤認検知】鳴凪の要塞と、美しすぎる不審者

 僕は榎木さんから、社員管理システム――通称「カオログ」で共有された彼女の住所を受け取った。




 画面に表示されたのは、入社直後に撮影されたであろう凛の顔写真だ。




 今の「五月雨式に暴走する天然」の面影はあるものの、そこにはガチガチに緊張し、借りてきた猫のように殊勝な表情を浮かべる、初々しい彼女がいた。




(……この頃は、まだシステムが正常そうだ。これが彼女の『初期設定』なのかな)




 今の、僕に向かって「巧ちゃま」だの「示談交渉」だのと好き勝手に投げ込んでくる彼女との解像度の差に、僕は少しだけ胸の奥がざわつくのを感じた。




「佐藤くん……これ」



 榎木さんが、なぜか震える手で千円札を差し出してきた。




拝承はいしょういたします」




 僕はその意図を深く追及せず、無言で頷いた。




 支給PCを助手席に乗せ、車のナビにその住所を打ち込む。



 目的地:鳴凪市――要塞への距離、およそ二十五分。




 道中、ドラッグストアに寄り、凛が僕のために用意してくれた「看病袋」のラインナップを思い出しながらカゴを埋めていく。彼女から受け取った「二千四百四十ポイントの徳」を、今日ここで精算しなければならない。




 アクセルを少しだけ強く踏み込む。



『社員証をかざしてください。速度制限オーバーです』



 車載デバイスの無機質な警告を無視し、僕は鳴凪の潮風の中を突き進んだ。




 *





 たどり着いたのは、大きな庭に鳴凪らしい渋い色合いの大きな日本家屋だった。




 庭には色褪せたサンダル。そして――。




「…………」




 いた。



 縁側の特等席で、西日に目を細めながら僕を凝視している四足歩行の生物。



 実物は画像以上に「規格外」で、柴犬の面影を残した俵型の熊だった。




(……交渉力Dランク。だが、物理的な圧力はBクラスだ)



 太郎は「ふんっ」と鼻を鳴らし、立ち上がることすらせずに僕を値踏みしている。



 (人を見るというのは本当らしい……どんな人事査定をしてるんだ)




 意を決して、重厚な玄関の引き戸に手をかけようとした、その時。




 背後から、キィィィィィィィィッ……! という、耳を劈くような激しいブレーキ音が響いた。




 振り返ると、そこにはロードバイクを荒っぽく乗り捨て、泥のついたエナメルバッグを肩にかけた少年が立っていた。




 そのエナメルバックには凛に渡し損ねた「マッスル猫」が付いていた。


 


 蓮くんだ。



 羽田空港で僕の心臓を射抜いたあの憎悪の眼差しが、部活後のアドレナリンを纏って僕を捉えている。




「あっ……何しに来たんですか。凛ちゃ……姉ちゃんなら死んでますよ」




 (し、……死んでる?そんな物騒な現状報告やめてくれ)




 僕はクッキーと看病袋、「持出可能」のステッカーが貼られたPCを抱えたまま、鳴凪の最強の門番と対峙した。




 一触即発の睨み合いを切り裂いたのは、玄関から現れた一人の女性だった。




「蓮! 何してるの、早く中に入りなさい!」




 僕は息を呑んだ。




 そこにいたのは、カオログで見た「初期設定の彼女」をそのまま数十年分、優雅に熟成させたような女性――凛のお母さんだった。




 その面影に、僕は不謹慎にも一瞬、感動すら覚えてしまった。




 だが、僕が名乗ろうとした瞬間、空気は一変した。




「……どちら様でしょう?」




「あ、フォックスエネルギーの佐藤と申しま――」




「ひっ! 蓮、下がりなさい! うちに入りなさい!!」




 お母さんは悲鳴に近い声を上げ、蓮くんを首根っこを掴み、強引に屋内に引き込もうとした。




「……娘が言ってたわ! 最近、同じ会社名を名乗る『悪徳なガス会社』が、点検を装って顧客情報を聞き回ってるって! 独居老人や実家を狙った、タチの悪い組織だって!」




(…………!!)




 何という危機管理能力だ。




 確かに、エネルギー業界の名前を騙り、点検と称して家に上がり込む押し入り強盗やアポイント電話(アポ電)の被害は、今や社会問題だ。




 彼女は、自分が不在の間に家族がターゲットにされることを予見し、完璧な「防犯パッチ」を家族に適用していたのだ。





(佐倉さん……君という人は、どこまで模範的なガス会社社員なんだ……!)


 


 

「ち、違います! 佐倉凛さんとは同じ部署の同僚で……!」




 必死の弁明。

 だが、お母さんのガードは鉄壁だった。



「嘘よ! そんな『シュッとした人』、鳴凪にはいないわよ! 都会のスマートさで油断させる手口ね!?」




(シュッとしているのが、犯罪の証拠になるのか……!?このままじゃ通報されかねない!)




 背後では蓮くんがバットを突き出そうとし、太郎が「不審者確定」のワンを吠えた。



「り、凛さんに確認をしてください! 本人なら僕を知っています!」




 だが、お母さんは悲痛な表情で首を振った。



「無理よ……あの子、さっきからカニを求めて三途の川を渡ってる最中なんだから!」



「…………は?」



「さっきお粥を持って行ったら、『巧ちゃま、カニ。カニを寄越せ。さもなくば渡らんぞ』ってうなされながら、布団の中で必死に犬かきをしてたわ。もうあの子、向こう岸のカニに魂を売るつもりなのよ!」




(……あの夢が、あろうことか彼女の脳内でも同期シンクロしているのか)




「いいから帰ってください! 姉ちゃんがカニに夢中で死にかけてる時に、ガス代の取り立てなんてお門違いなんだよ!」




 (不法侵入と取り立ての二重苦だ。このままでは職歴に「詐欺未遂」が追加されてしまう……)




 蓮くんが、ここぞとばかりに「不法侵入」のカードを切ろうと一歩踏み出してくる。



 庭では、太郎が「ワン(不審者退出願います)」と引導を渡すように吠え続ける。



 だが、僕は引き下がれなかった。


 僕はSSランクの会社員だ。


 彼女は、僕のあの広くて寂しい仮初めの部屋に乗り込んできてくれた。



(ここであの一年間の徳に報いらなくてどうする!)




「お母様! 凛さんを三途の川から引き戻すには、この、アイスクリームが必要です!」



 僕は看病袋を聖遺物のように掲げた。



「僕なら彼女を引き戻せる! なぜなら、僕こそが彼女を三途の川へ誘った『巧ちゃま』本人だからです!!」



 あまりの恥ずかしさに全身の血が逆流したが、お母さんの動きが止まった。



「……えっ? あなたが、あの『資産価値を気にしてママァーと泣く、巧ちゃま』さん……?」




「…………左様でございます」




 資産価値を気にし、ママァーと泣き叫ぶどこぞの御曹司。



 それが、凛のフィルターを通じた、佐倉家での僕の登録商標トレードマークだったらしい。

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