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五月雨式に失礼いたします〜ハイスペック男子と天然後輩との格差恋愛バトル〜  作者: もふおのしっぽ


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第42話:【アクセス拒否】権限外の王子様と、顔採用の疑惑

 鳴凪なるなぎ支店に、冬の冷たい風と共に激震が走った。




「……あれ? 佐藤先輩、まだ来てない」




 いつも始業三十分前にはデスクでコーヒーを飲みながら、完璧なルーティンでイントラネットを閲覧しているはずの佐藤がいない。




 凛が不思議に思ってメールを開くと、そこには一通の簡潔なメッセージがあった。




『本日有給。インフルエンザのため五日間休みます。PCは持ち帰っているため、可能な範囲で在宅勤務します』




「ええっ! 榎木さん、大変です! 佐藤先輩が、あの佐藤先輩がインフルエンザです!」




「あららら、流行ってるもんねぇ」



 榎木がのんびりと湯呑みを置く。




「佐藤くん、体調管理には人一倍気を使っていそうだけど、流行りものには勝てないんだねぇ。一人暮らしで高熱なんて、心細いだろうに」




 凛は自分の経験を思い出した。


 実家暮らしの自分が熱を出せば、隔離はされど枕元にポカリが置かれ、消化にいいお粥が運ばれてくる「手厚い看護」が待っている。



(((……でも、佐藤先輩は一人暮らし。誰がお粥を作るの? 誰がポカリを買ってくるの?)))



 想像しただけで、凛の胸がざわついた。



 あの完璧主義の男が、高熱にうなされながら一人で冷たい水を飲んでいる姿。



 (鳴凪に、彼を看病してくれるような人はいるのかな……)



 榎木が震える手で、財布から千円を出した。

 



「一時間抜けていいから、これで佐藤くんお見舞いいってあげて」




「……はい!……でも、私、佐藤先輩の家知りません!」




「そうだねぇ。よし、じゃあ『カオログ』でパパッと調べてあげようか」




 榎木がノートPCを開き、社員管理システムの検索窓に「佐藤巧」と打ち込む。




「えーっと、佐藤、巧……っと。……うおっ!?」




 画面を覗き込んだ凛は、心臓が跳ね上がった。




「……び、びっくりした! だ、誰ですか、このチャラいイケメン王子様はっ!? 合成!? AIですか!?」




 そこに表示されたのは、入社当時の佐藤巧の顔写真だった。



 今のスマートな姿とは正反対。

 前髪を少し遊ばせ、自信に満ち溢れた瞳で、あざといほど爽やかに微笑んでいる。




「わ……っ、若っ! 何この発光してる感じ。……榎木さん、やっぱり会社って『顔採用』あるんですね」




「あはは、どうなんだろうねぇ。でも佐倉さん、彼がうちに来たばかりの頃、立花さんたちと『本社から超絶イケメンが流れてきた!』ってキャーキャー言ってたじゃないか」



「うっ……」



 図星だった。

 数ヶ月前。鳴凪支店という名の「ぬるま湯」に、突如として投下された高スペックエリート。




 あの時、確かに自分も皆と「本社の王子様降臨!」と騒いでいた記憶が、今さらながら脳裏を焼く。




(……あの時は、まさかこんなに口うるさくて、理屈っぽくて、カニカマを分け合うような仲になるなんて思ってなかったんだもん……っ)




 凛は真っ赤になってまじまじと写真を見つめた。




 今の「嫌みっぽいほどスマートなエリート」も好きだが、この「王子様」モードの破壊力は反則級だ。




 けれど、その写真の下にあるステータスを見て、凛の指が止まった。




「……って、あれ? 榎木さん、住所が空欄ですよ?」




 榎木がマウスを連打するが、画面には無慈悲なアラートが表示される。




> 【権限エラー:閲覧できません。本対象者は『在籍出向』のため、詳細情報は本社人事部のみ管理されています】

>


「……あぁ、そうだった。佐倉さん、佐藤くん、実は僕の部下じゃないんだった」



「えっ」



「彼は籍を本社に置いたまま、修行でうちに来ている『受入出向うけいれしゅっこう』。いわば、本社からの預かりものなんだよ。だから僕がいくら管理者権限でカオログをいじっても、彼の住所にはアクセスできないんだった」




 凛は、頭を殴られたような衝撃を受けた。


 厳しい上司だと思っていた。


 教育係の先輩だと思っていた。


 けれど、「受入出向」……その言葉の響きは、彼がこの支店にとって「お客様」であることを残酷に示していた。



(……お客様。いつか、親会社という本来の場所に、返却される人)



 自分たちはここで骨を埋める覚悟の地元採用プロパー。




 けれど彼は、二年の任期という「期限」を持って現れた、権限外の王子様なのだ。




「……ちなみに、佐倉さんのデータは全部見れるよ? ほら、『天真爛漫・注意力散漫』って書いてある」




「私のは見なくていいです! ……っ、こうなったら自力で探します!」




 凛は支店を飛び出す……前に、階段を駆け上がり三階のフロアへと向かった。




 あそこには、佐藤と同じ「本社からの出向組」がいる。




 フロアの入り口から、デスクでスマホをいじっている男を見つけ、手招きした。




「(……高橋さん、高橋さん!)」




 小声で呼ぶ凛に気づき、高橋がめんどくさそうに歩いてくる。




「何、佐倉さん。今俺、佐倉さんのワークフロー差し戻し中なんだけど」




「……あの、佐藤さん、……い、家を教えてください」




「は? 何て?」



「佐藤先輩の家を知りたいんですっ!!!」



 必死すぎてついフロアに響く大声が出てしまい、周囲の視線が刺さる。



(……あぁ、佐藤先輩がこの人を苦手にしてる理由が、今めちゃくちゃ分かった気がする……)



 デリカシーの欠片もない自分の行動に一瞬セルフツッコミを入れる凛だったが、今は一刻を争うのだ。



「本人に聞けばいいじゃん。なんで?」



「先輩、インフルエンザで休んでて。一人暮らしだから……私、じゃなくて榎木さんが、お見舞いに行くって言ってて!」




「ふーん……」



 高橋はニヤリと、すべてを察したような嫌な笑みを浮かべた。




「お見舞いねぇ。……まぁいいや、面白そうだから住所くらい売ってやるよ。あいつ、中央区のマンション。ここね。わざわざ手出し(自己負担)してまで、俺より良いところに住んでてムカつくんだよね」




 高橋がスマホの画面を凛に見せる。そこには住所と部屋番号が記されていた。




「ありがとうございます! 高橋さん! 差し戻し、帰ったらやります!」




「今日中に修正しないと、立替金の振込、来月になるからねぇ」



 住所という名の「アクセスキー」を手に入れた凛は、今度こそ支店を飛び出した。



 「受入出向」という仮初のステータスに縛られたまま、一人でシステムダウンしている「王子様」。




 凛は、千円札とメモを握りしめた。




 ウイルスに負けた「王子の城」へポカリを届けるために。

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