第4話:【会議】ブレストという名の公開処刑
今日は凛の最も苦手とする、本部との定例Webミーティングの日だ。
狭い小会議室に集まったのは三人。
それぞれがノートパソコンを開き、開戦の刻を待つ。
(「榎木さん、ミュートにしてますか? この間、鼻歌が本部まで筒抜けで大恥かいたの忘れないでくださいよ」)
凛の必死の囁きに、もはや自分が「ミュート」なのかも判別できていない榎木が、力強く親指を立ててOKサインを出した。
不安しかない。
いつまでも操作を覚えない榎木を見かねた佐藤が、溜め息混じりに画面を覗き込み、設定を直していく。
定刻。
無慈悲にミーティングの幕が開いた。
画面共有された資料の最上段、凛の目に飛び込んできたのは「本日のアジェンダ」という四文字だった。
(アジェンダ……?)
凛の指が電光石火で別タブを叩く。
『アジェンダ 意味』。
(……やっぱり。「議題」のことね。わざわざ横文字にする必要ある!?)
喉元までせり上がるアレルギー反応を飲み込む。隣の榎木のノートには、震える字で『アジェンダ(アジの開き?)』と書き殴られていた。
違う、榎木。今日の昼飯の話じゃない。
(ダメだ、この上司は戦力外だ。)
「――今日はブレスト式で進めます。佐藤さん、ファシリテーションを」
画面越しの担当者が爽やかに爆弾を投げた。
「了解です。では、どんどんアウトプットしていきましょう」
ぶ、ブレス……? 凛は再び検索する。
『ブレスト 自由に意見を出すこと』。
(よし、それならいける……!)
そう思った瞬間、対面に座る佐藤の「呪文」が放たれた。
「今回はBtoC向けなので、まずはペルソナの設定からブラッシュアップしましょう。榎木さん、ユーザーインサイトから何かありますか?」
「えっ!? あ、は、はい! ……えーっと……」
榎木が石化した。
凛も検索が追いつかない。
榎木のノートを盗み見れば、そこにはもはや解読不能なミミズの這った跡が。
『びーとーしー(?)』
『ぺるそな(仮面?)』
『ぶらっしゅ……たわし?』
「佐倉さん、一番若い視点からどう?」
本部の担当者に振られ、凛の思考が止まる。
(言わなきゃ。私が毎日SNSで動画を配信して、アンケートで『若い夫婦の本音』を集めてること。回答者にデジタルギフトを贈って顧客リストを作ってること……!)
しかし、いざ口を開こうとすると「インサイト」や「ペルソナ」という壁に阻まれ、言葉が出てこない。
(か、賢そうな横文字が思い浮かばない)
「ええと、その……今やってる動画のアンケートで、若い奥さんたちが……」
凛が言いかけた時、佐藤がよく通る声で割って入った。
「ああ、すいません。今、佐倉さんが言おうとしたのは、彼女が運用しているSNSの『ユーザーインサイト』を深掘りして、『ペルソナ』の本音……いわば『仮面の下の真実』を暴くべき、という意味ですよね? 加えて、アンケート回答者に『インセンティブ』を付与し、『顧客獲得』までをワンストップで行う……さすがですね、佐倉さん。僕も同感です」
「……えっ? あ、は、はい……!」
凛は猛烈に首を縦に振った。
助かった安堵より、自分の地道な努力が佐藤の口を通った瞬間に「キラキラしたビジネス用語」へ横取りされていく不快感が勝る。
「……ですよね! そうですよね、榎木さん!」
佐藤が獲物を追い詰める笑顔で榎木に矛先を向ける。
「榎木さんも仰ってましたよね。今回の販促には『スキームのブラッシュアップ』だけでなく、既存の『リソース』を最大化する『ソリューション』が必要だって。……ですよね?」
榎木にとって「りそーす」も「そりゅーしょん」も、もはや異世界の魔法詠唱だった。
しかし、榎木は三十年の社畜生活で培った究極の護身術を繰り出した。
「う、……うん、うん! そう、まさに! それだよ、佐藤くん! うん、うん、うん!!」
驚異のピッチで首を振る榎木。
それに同調して、凛も「うん、うん!」と激しく頷く。
もはや二人は、高速で「お辞儀するこけし」の群れだった。
「なるほど、現場のリソースを活かしたソリューション。本質を突いた視点です。じゃあ、その具体的な『アクションプラン』の作成は、お二人に任せていいですね?」
「……うん。……うん」
頷く以外の全機能を喪失した二人は、自分たちが何を約束したのかも分からぬまま、魂の抜けた笑顔で首を振り続けた。
会議が終了した瞬間。小会議室には重苦しい静寂が漂った。
「……ねえ、榎木さん。私たち、何をすることになったんでしょうか」
榎木がゆっくりとノートを開く。
そこには、最後に特大の文字でこう書き記されていた。
『あくしょんぷらん(必殺技?)』




