第30話:【看破】メッキの裏の真実と、異常な内製化
そして当日---
松本と新人二人が予定通り、鳴凪にやってきた。
凛のボロが出ぬよう、挨拶はそこそこに研修を開始した。
画面の中で踊る煌びやかなアニメーション。
Web越しに流暢に喋るベンダー。
一通り「SS・DXレボリューション」と銘打ったプレゼンが終わった瞬間、松本は冷めた表情で拍手を止めた。
「……おい佐藤。大層な名前をつけてるが、要するにこれ、ただの『クーポン』と『ステップ』の拡張配信だろ?どこがレボリューションなんだ?」
新人たちの感心のまなざしを横目に、松本の冷徹な指摘が、会議室の空気が一瞬で凍りつく。
さすがは石油部門のハイエナ王。
僕の並べ立てた専門用語の鎧を、一瞬で剥ぎ取ってきた。
(……ちっ、バレたか)
僕は心の中で舌打ちした。
既存のシステムをハッタリで煙に巻く作戦は、松本のビジネスセンスを少し低く見積もりすぎていたらしい。
だが、僕の「WBS(計画)」はここからが本番だ。
僕は不敵な笑みを崩さず、松本の目を真っ向から見据えた。
「松本。仕組みそのものに注目しているうちは、君は二流だな」
「……何だと?」
「今『ただのクーポン』と言い捨てたこのクリエイティブ……動画、UI、キャンペーンの遷移設計。これら全てを、そこの彼女がたった一日で、内製で作り上げたという事実の重要性に、なぜ気づかない?」
松本の眉が、ぴくりと動く。
「通常、これだけのクオリティのデモ動画や販促資材を外注すれば、一本数万は下らない。打ち合わせに数週間、修正にさらに数日。コストも時間も膨大にかかる。……だが、鳴凪支店は違う」
僕は横で黙々と(そして内心ビビりながら)マウスを動かす凛を指し示した。
「彼女というリソースがいれば、最強のコストカットが実現する。外注との不毛な伝言ゲームも、本部の承認待ちというタイムロスも存在しない。僕がロジックを投げれば、彼女がその場で『命』を吹き込む。……この、圧倒的な意思決定のスピードと制作能力の直結。これこそが、僕が提示した『革命』の正体だ」
一言も喋らない凛。
だが、彼女がその場で「修正案です」とばかりに松本のスマホに送りつけた「松本専用・限定割引クーポン」の、あまりに洗練されたデザインに、松本は絶句した。
「……これを、一日で? そこの、(わけのわからないコミュ障の)佐倉さんが、一人でやったというのか?」
「そうだ。……さて、松本。まだこれが『ただのクーポン』に見えるか?」
本部のエリートが、初めて「仕組み」ではなく、その裏にいる「怪物」の存在に戦慄した瞬間だった。
「……おい佐藤。面白いな」
松本が、不意に口角を上げた。その目は、獲物を見つけたハイエナのそれだ。
「当初の予定では、本部の新人二人にそのクリエイティブソフトの基礎を覚えさせるつもりだった。だが、お前たちがそこまで作り込み、かつ短期間で回せるスキームを完成させてるってんなら、話は別だ。……その成果物、丸ごと買い取らせてもらうよ」
「……は?」
予想外の角度からの返答に、僕の思考がコンマ数秒フリーズした。
「そこの彼女が作ったデザインの権利と、その運用スキーム。全部本部で引き取る。親子精算(本部と支店の内部決済)でいいだろ? 言い値で落としてやるよ」
「待て、松本。これはあくまで鳴凪支店の――」
「あとはその権利を貰うだけじゃなく、こっちでも加工できる程度の知識を、この出張中にでうちの連中に叩き込んでやってくれ。実践的に、な」
松本は僕の反論を遮り、プレゼンター席で固まっている凛を顎でしゃくった。
「佐倉さんも、壇上から一方的に喋るより、机を突き合わせて作業する方がやりやすいだろ? ……見るからに、大勢の前で喋るタイプじゃなさそうだしな」
(……しまっ、た……!)
松本は、凛の「脆弱性(コミュ障)」を、彼なりの合理性で「解決」しようとしているのだ。
壇上がダメなら、マンツーマンで教えさせればいい。
教えさせるついでに、彼女のノウハウを根こそぎ本部の新人にコピーさせる。……なんという、えげつない搾取の形。
「……っ、…………ぁ、…………」
凛が、助けを求めるように僕を見た。
机を突き合わせて、知らない人間とゼロ距離で実技指導が始まった。
「(……貸しを作るどころか、彼女を本部の生贄に差し出す形になる……!!)」
僕は、自分のプライドと、どこからか湧いてきた「守りたい」という衝動の間で、激しく火花を散らした。
「松本、話が強引すぎる。彼女のクリエイティブは、僕のロジックとセットで初めて機能するんだ。切り離して本部で運用なんて――」
「なら、佐藤。お前も一緒に机を並べて指導しろ。二日もあれば、基礎くらいは移植できるだろ?」
逃げ場を塞がれた。
僕は、震える凛の裾が、僕のシャツをつねるように掴む感触を背中に感じた。
「……佐倉さん、机を並べて指導を。僕も隣に座ります」
松本のその提案は、凛にとって「安全圏」を確保するためのスイッチとなった。
会議室の机を講義型から、グループワーク型にフォーメーションチェンジした。
PCを開き、ショートカットキーに指を添えた瞬間、彼女の瞳から怯えが消え、職人の光が宿る。
「……じゃあ、始めます。瞬き禁止ですよ。まずは素材を全部選択して、Ctrl + G でグループ化。これ基本中の基本です。で、これを Ctrl + D で大量生産して配置していきます」
「えっ、あ、こんとろーる……?」
新人の戸惑いを置き去りにして、凛の指先はさらに加速する。
モニターの中では、無数の要素が細胞分裂のように増殖していく。
「Ctrl+Fでこれは最前面貼り付けて……」
「え!あ!それは分かります!『一括置換』のショートカットですよね?」
「今はイラレ先生の時間です。それで、これをクリッピングマスクして……あとはこれ、特殊文字使ってるんでアウトラインかけて。あ、印刷屋さんに渡すときは Ctrl + A で全範囲選択して、全部一気にアウトライン化しちゃってくださいね! 文字化けしたら、あいつら(業者)のせいにできないんで!」
もはや研修ではない。
それは、一流の彫刻家がノミを振るうのを見せられているような、圧倒的な「作業の暴力」だった。
「……はい、じゃあ次。これ、ただの画像に見えますけど、このままだと解像度低くて使い物にならないんで、全部パスでトレースし直します。アンカーポイントの打ち方一つで、ブランドの品格決まるんで。松本さん、見ててくださいね」
凛の瞳が、獲物を狙う鷹のように鋭くなる。
「……あ、今のところ、アピアランスの分割かけました。これをやらないで入稿すると、向こう(印刷屋)で線幅が変わって大惨事になるんですよ。……はい、ここでパスのオフセット。マイナス指定して、内側に一回り小さいフチを作ります。これ、ただの太線でやるのは素人の仕事です」
「……あ、あの、佐倉さん。画面が……紫色の線だらけで何が何だか……」
新人の震える声を無視して、凛の指はキーボードの上をダンスし続ける。
「もちろん、本部に納品するデータは、フォントがないと開けないからアウトラインかけちゃいます。。……なので、似たようなフォントを自分で探して、パスのハンドル操作で一文字ずついい感じに加工しておいてくださいね。……できますよね? 本部の方なら……はい、終わりっ!」
凛が、渾身の力で「ッパーン!」とエンターキーを叩いた。
静まり返る会議室。
本部の新人二人は、ペンを握ったまま石のように固まっている。
松本も、あまりの「技術的断絶」に、掛ける言葉が見つからない様子で口を半開きにしていた。
(……だから言っただろ、松本)
僕は、自分の指先を眺めて「よし、完璧」と満足げに頷く凛を見て、心の中で苦笑した。
(論理を超えた直感と、ショートカットが指に染み付いた「執念」の結晶だ。それをたった二日の研修で盗もうなんて、最新鋭のOSを電卓に移植しようとするようなものだ)
「……佐藤」
松本が、弱々しく僕を呼ぶ。
「……なんだ」
「……彼女の言ったこと、三割も理解できなかった。……というか、今の『ッパーン!』で、俺の脳内のメモリが全部飛んだ気がする」
本部のエリートが、初めて「現場の狂気」に敗北を認めた瞬間だった。
(凛ちゃんさん、やっぱり最高です。感服です。神ですよあなたは)




