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五月雨式に失礼いたします〜ハイスペック男子と天然後輩との格差恋愛バトル〜  作者: もふおのしっぽ


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第29話:【脆弱】無双クリエイターの、あまりに可愛いデバッグ・エラー

 水曜日、午前9時。本部の連中が到着する1日前。




 僕は会議室に凛を呼び出し、最終的な予行演習シミュレーションを開始した。




「……それでは佐倉さん。本番のつもりで、ロープレをお願いします」




「……あ、…………ぅ、ぇっ……」




(ん?……んん?)




 スクリーンの横、一段高くなったプレゼンター席に座った凛の顔を見た瞬間、僕は絶句した。




 普段、僕と二人きりの時や、気心の知れた支店のメンバーに囲まれている時には、呼吸をするように「巧ちゃま、脳内の配管詰まってますよ」と急所を刺してくるあの鋭い瞳が、実家で震える高級チワワのカノンのように泳いでいる。





「……えーと、あの、その……えー、アド……あどべ、を……つかって……その、えーっと……」





 しどろもどろ、どころではない。





 声は蚊の鳴くような小ささで、顔は沸騰したヤカンさながらに真っ赤だ。


 



 彼女は、仲が良くなり、自分にとって「安全圏」だと認識した相手には、あのトゲトゲしくも愛らしい無双ぶりを発揮するのだった。






 だが、いざ大勢の前に立ったり、視線が一点に「集中」するという、彼女にとっての「非日常」に置かれると、一瞬でオーバーヒートして停止してしまうのだ。






「……佐倉さん? それは、新種の高度なボケですか?」





「……っ、む、無理です……巧ち、佐藤先輩……! 私、いつものメンバーならいくらでも噛みつけるんですけど……人前で注目されると、脳内のメモリが全部消去フォーマットされちゃうんです……っ」





(あぁ、だから今までこんなにも目立つ事無く、細々と業務の合間にレベルでしていたのか……)





 今にも泣き出しそうな、あまりに「無防備な」凛。





(……失敗した。榎木さんを外したのは、完全に僕の采配ミスだったか)




 凛にとっての、唯一の緩衝材バッファは入れた方がよかったか……。





 榎木さんは極端に「本部耐性」が低い。




 いや、本部の人間が来るというだけで、彼の腸内フローラは嵐のように乱れ、午前中の大半をトイレという名のシェルターで過ごすことになるのが目に見えていた。




 だから、僕はあえて彼をこのプロジェクトのフロントから外したのだが……。



 


 いつもの毒舌が消え、ただただ弱々しく震える彼女の姿に、僕の脳内のWBSが激しく火花を散らした。





(……あかん。あかんすぎる。これは致命的な設計ミスだ。研修方法を根本から考え直さなければ)





 僕が彼女を高く評価しているあの「勢い」は、あくまで僕との信頼関係(あるいは腐れ縁)という土壌があってこそ咲く花だったのだ。





「……だ、駄目だ。これは研修にならない」





 僕はプレゼンター用の机まで歩み寄り、そこで震える凛の顔を覗き込んだ。





 彼女は顔を真っ赤にし、本気で泣きそうになっている。





(……早く言ってくれよ……)





 当初の予定では、彼女の才能を「誇示」するはずだったが、今のこの、僕の裾をぎゅっと掴み、震えている彼女を見たら――石油部門のハイエナ共に、この「可愛い脆弱性」を晒すことになる。





「……研修方法を変更します。全面的に」




「……へ? ……?」





「佐倉さんは一言も喋らなくていいです。挨拶だけで十分です。説明はすべて僕が代行します。君はただ、いつも通り僕の隣で、僕だけを見ながら黙々と作業して……いい?」





「……っ、はい……! 助かります……神、巧ちゃま、神です……!」





 安堵のあまり、本当に泣き出しそうになっている凛。






 仲が良い僕にしか見せない、この圧倒的な甘えと信頼。





「(……この『僕しか知らないバグ』、徹底的に利用してやるしかない……!!)」





 僕は、彼女に抗いようのない「大きな貸し」を作るために、本来の研修目的とは180度異なる、執念のような決意を固めた。





 明日午前10時には空港から「石油の刺客」たちが到着する。




 僕は、彼女の声を封印し、その神技だけを武器に戦う「過保護すぎるプロデューサー」として、戦場へ向かうことを誓った。





 安堵していつもの調子に戻る彼女を横目に、僕は本番までの時間を「超高密度なWBS」で埋め尽くした。





 まずは、既にガス部門のシステム拡張で付き合いのある外部ベンダーの担当者へ、直接連絡を入れる。





「……あ、お疲れ様です、鳴凪の佐藤です。今弊社で使っているメッセージアプリの機能拡張の件ですが……ええ、実は石油部門でも面白い展開ができそうで。急なお願いですが、明日Webで軽く繋げますか? 概要だけでいいので、研修でプレゼンしてほしいんですが」





 電話の向こうで、担当者が即座に食いついてくるのがわかった。





『打診ありがとうございます! 鳴凪さんにはいつもお世話になってますし、是非何とか時間を確保して参加させていただきます。資料は以前、御社にご提案したもので大丈夫ですか?』





「ええ、今回はあくまでも概要程度でいいので。急な調整、助かります」





 これこそが現場を動かすスピード感だ。




 僕は電話を切りながら、隣で既にマウスを構えている凛に指示を飛ばした。





「佐倉さん、当日はベンダーが機能一覧をWebで説明してくれます。その直後に、君はSSサービスステーションで実際にその機能を使ったデモ動画を流す。構成案は今チャットでおくりました」





「りょ、了解です! 多分、前に私が作ったクーポンとかのデータが残っているので、SS用に画像を差し替えるだけですぐできると思います!」





 そこからの二人の集中力は凄まじかった。





 明日までに、僕たちはSSにおける具体的な活用スキームを、阿吽の呼吸で構築していく。




* QRコード連携: 給油レシートに印字される動的QRコードの生成。

* ポイント付与: アプリで読み取ると、デジタルポイントカードへ即時反映されるロジック。

* セグメント配信: 顧客の来店頻度やエリアに合わせ、最適なタイミングで割引クーポンをプッシュ通知。




「……よし。これなら給油の待ち時間に、スマホ一台で全て完結しますね」

 



「そうなんです! ここに『当たり』の演出を入れて、3回に1回はガソリン5円引きとかにしたら、みんな絶対QR読み込みますよ!」




「……いいアイデアです。UIにゲーミフィケーションを取り入れるわけですね。……よし、その演出のアニメーション、今すぐ作れますか?」





「任せてください! Adobe先生が火を噴きますよ!」





 仲が良い僕と二人きりなら、彼女のクリエイティビティは無限に加速する。




 レシートからスマホへ。


 静止画から動画へ。



 僕が戦略ロジックを組み、彼女がそれに「命」を吹き込んでいった。


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