第27話:【共有】光のアーカイヴと、黄金の誘い
火曜日の午前。
僕は震える指先で、社内SNSの投稿ボタンに手をかけた。
先日の定例MTGで本部エリートの内藤たちに宣戦布告した、あの狂気のコミュニティ「凛ちゃんさんの部屋」の爆誕。
そして昨日の現場で味わった、汗と紅生姜(僕は食べていないが)にまみれた狂乱。
これら全てを一つの「光」として結晶化させ、本部の連中の鼻を明かす時が来たのだ。
僕は深く息を吸い、脳内のキラキラ・フィルターを最大出力まで開放して、キーボードを叩きつけた。
【All Company】
鳴凪から放つ、共創(Co-Creation)の閃光――。
皆様、私たちが誇る、鳴凪支店の「現場の鼓動」のご紹介です。
昨日、鳴凪の地で、一つの奇跡が完遂されました。
三十世帯に及ぶ給湯器の換装。それは単なる設備の更新ではありません。
オーナー様とお客様の「暮らしの温度」を守り、未来へと繋ぐ聖なるリレーです。
吹き抜ける潮風。滴り落ちる汗。
古い鉄錆と格闘し、新しい命を吹き込む職人たちのしなやかな指先。
そこにあったのは、数字では決して測ることのできない、圧倒的な「現場の魂」でした。
(添付画像:夕日をバックに、砂埃と汗の染み込んだジャンパー姿で爽やかにガッツポーズを決める営業部一同の集合写真)
私たちは、立ち止まりません。
今回の省令改正という激変を乗り越えるため「補助金申請スキーム」を営業企画グループにて構築しました。
このデジタル・ロードマップを是非皆様にも共有させてください。
この『補助金申請スキーム完全資料』が必要な方は、どうか気負わずに、私、佐藤までメッセージをお送りください。
この僕たちが掴んだこの「光」を、支店・営業所、さらには会社間の垣根を越えてお届けしたいと思います。
お気軽に、コンタクトを。
共に、成層圏の向こう側へ飛翔しましょう!
We are Narunagi. We are the Future.
……書いた。書いてしまった。
「成層圏」という単語を打ち込んだあたりで、僕の理性が「戻ってこい! 正気に戻れ!巧ちゃま!!」と絶叫していたが、完全に無視した。
これくらい恥知らずな高級語彙を並べなければ、本部の人間には響かないのだ。
投稿して数分後、スマートフォンの通知が鳴り止まなくなった。
だが、その大半は資料請求ではなく、凛がコメント欄にアップした「援護射撃(という名の無慈悲な爆撃)」動画への反応だった。
「先輩! お疲れ様です! 資料請求、私の部屋経由でも受け付けておきましたからね! あ、動画の最後、見てくれました?」
凛が満足げな笑みを浮かべて、僕の顔の前にスマホを突き出す。
『凛ちゃんさんの部屋』は、今や一大コミュニティになっていた。参加者160人。
ガス関連会社以外の傘下から、ありとあらゆるDX担当者がこぞって参加している。
動画には営業部の方々がテキパキと作業する姿をドラマチックに繋げたスライドショーが流れていた。……が、問題は動画の終盤だ。
撮影用ボードを真顔で掲げた僕のアップのすぐ後に、なぜか隠し撮りされていた「あの瞬間」が挿入されていた。
凛にフォックスマートの唐揚げを、赤子のように無垢な、あるいは無防備すぎる表情で咀嚼させられている僕。
テロップには虹色の装飾と共に、大きくこう書かれていた。
『現場の栄養源を頬張る佐藤さん(1歳)』
「……佐倉さん。今すぐこの、僕が『給餌』されているシーンを差し替えてください」
「えー、いいじゃないですか! 親しみやすさもDXの一部ですよ! ほら、『佐藤さん可愛い』って色んな会社の女子からもコメント届いてます! ファンクラブできそうな勢いですよ」
(……親しみやすさの定義を書き換えたい。今すぐにだ)
他にも誰かに盗撮されたかのような、凛とバディのように同じ作業着を着て、ペアウォッチを覗かせながらマンション内を駆け回っている写真が配置されていた。
絶望の淵に立たされた僕のデスクに、凛は追い打ちをかけるように、金曜日に見てほしいと言っていたジャンパーのデザイン画を見せてきた。
「先輩、金曜日に言っていたジャンパー、これにしましょう! 親会社の繊維部門が買収した、あの『フォックス・スポーツ』の新作です!」
「……フォックス・スポーツ? あれは定価四万は下らない高級ブランドだ。なぜ鳴凪支店でそれを?」
「ふふふ。福利厚生サイトのセールと、DX推進の特別経費をコンボさせて50%オフで確保しました! やっぱり、おじさん達にはカジュアルデーって言っても難しいですから。榎木さんの毎週同じなポロシャツもこれさえ羽織れば、一気に全方向に対して『やってる感』が出ます!」
画面には、洗練されたアスリート仕様のシルエットが映し出されていた。
しかし、その背中には、彼女の「クリエイティビティ」が牙を剥いていた。
【鳴凪支店・地域貢献DX推進チーム】
洗練されたブランドロゴの真下に、絶妙にダサい明朝体で刻まれたその文字。
高級ブランドの品格を、地方の町内会パトロール隊レベルまで叩き落とす、圧倒的なミスマッチ。
「……佐倉さん。この背中の文字、フォントサイズをせめて最小にしてくれないですか……?」
「ダメです! 宣伝効果が薄れます! 先輩の分はさらに特別仕様で、右腕に『Leader』って入れときますね!」
(……嫌だ。断るべきだ。今ここで止めなければ、一生Leaderだ……。だが、彼女の案は、コスト面でも『本部へのアピール』という点でも、ぐうの音も出ないほど筋が通っているのが腹立たしい)
僕は天を仰いだ。
成層圏へ飛翔する前に、僕は「Leader」と書かれた四万円の高級ダサジャンパーを着て、鳴凪の潮風に吹かれることになるらしい。




