第20話:【公開】狂乱の定例MTGと、エリートの「愛の告白」
金曜日、午前10時。
親会社の本部と鳴凪支店を繋ぐ、週に一度の定例Webミーティングが開催されていた。
画面の向こう側には、あの「小職」を一人称に冠するロジックの鬼、内藤がポロシャツを着て鎮座している。
今日はカジュアルデーでもあるのだ。
佐藤は、深い不織布マスクの下で引きつる口角を隠し、背筋を凍らせながらも勝負のプレゼンを開始した。
「……それでは鳴凪支店より、地域貢献DXの初動フェーズを説明いたします。まずは、先行して実施した社内SNSでのテストマーケティングの結果報告、すなわち『ナレッジ共有』です」
佐藤が画面共有した資料の1ページ目。
そこに映し出されたものに、本部のエリートたちが一斉にどよめいた。
画面に大映しになったのは、榎木による「ランチ実況」。
【トイレの個室から見える世界】
『今日は~、佐藤クンたちとイタリアンに来ちゃいました(^_−)☆ オシャレなランチミーティング!!~~~』
眩暈がするほどの「おじさん構文」と、妙に解像度の高いピッツァの写真。
今日も一張羅のポロシャツを着た榎木は、裏アカを晒されたかのように、顔を真っ赤にしている。
本部の人間が「なんだこの語彙力は」「ガラケー時代か?」とざわつくが、佐藤は微塵も狼狽えない。
「これは『ニッチ・エンゲージメント戦略』です。今までは『オールカンパニー』への投稿は、単なるイベント報告や業績報告……いわば、限られた人間が定例報告だけで使う、掲示板の延長的な『デッドストック』でした。
けれど先日、皆様も承知の通り大バズりした、あの投稿。今まで地方の方々がクローズアップされることがない中、親会社から導入されたシステムを一生懸命に取り入れ、使いこなそうとしている『泥臭い姿』。それこそに意味があるのだと感じ、あの住石社長からもオフィシャルに『座布団(公認)』を頂きました。だからこそ、この投稿を止めることは機会損失です」
続いて、佐藤自身が羞恥心をかなぐり捨てて書き殴った、キラキラしたキャッチコピーが躍る投稿が共有される。
『柔らかな陽光と、大地の息吹を感じ、光と風が踊る鳴凪の午後。新鮮なサラダを前に、僕たちの共創(Co-Creation)が加速する。皆さんも、この感動を鳴凪支店で体験しませんか?』
あまりのキラキラ文章に、隣で聞いていた凛が「(……ヒッ……)」と短く悲鳴を上げ、椅子から転げ落ちそうになる。
だが、佐藤の暴走プレゼンは止まらない。
「本企画はBtoCへの展開も前提としています。契約者限定クーポンの発行により、地域店舗のDX支援と顧客生涯価値(LTV)の向上を同時に達成。社長から頂いた『座布団(期待)』を、我々は確実に『エビデンス』という形の実績へと昇華させます!」
「な……なるほど。極めてアグレッシブだが、ロジックは通っていますね」
本部verのポロシャツこけしがわずかに頷く。
鳴凪verのポロシャツこけしはまだ下を向いている。立ち直れていない。
その隙を、佐藤は見逃さなかった。
「そして――今回の企画の心臓部。我が鳴凪支店が誇る、最高のクリエイティブ・ディレクターを紹介します」
佐藤がクリックしたのは、凛が制作した例のロゴアニメーションだ。
親会社のロゴがボウリングの玉となり、鳴凪の課題を豪快にピンのように弾き飛ばし、最後には社名が鮮やかに浮かび上がる。
制作会社に外注すれば数十万は下らないプロ顔負けの映像だ。
どこからサルベージしてきたのか、凛が過去に作った動画が幾つか勝手に共有されていく。
(((……いやぁぁぁ!!!ど、どうやって探し当てた!!!誰にも見つからない、共有フォルダの最深部に入れてたのに!!!)))
「ご覧ください! この圧倒的な才能! 事務職という枠組みを超え、呼吸するように世界を創り出すのは、ここにいる佐倉凛さんです!!」
佐藤のプレゼンは、もはや「褒めちぎり」の域を超え、全社員が見守る中での公開告白のような熱量に達していた。
「この素晴らしいクリエイティブ! 期限遵守の精神! 現場の恨み……失礼、現場のパッションを最高級の皮肉に変える知性! 僕は、あなたの才能を……いや、あなたの創り出す世界そのものを、心の底からリスペクトしています!! 凛ちゃんさん!!」
画面の向こうで「……凛ちゃん、さん?」と首を傾げる小職。
凛は、全社公開のWeb会議で、本部の上層部を前にして「あなたの才能大好き宣言」をされたショックで、真っ白な灰のようになっていた。
(((((((((こ、このエリート、何を言ってるんだ……!?!?)))))))))
しかし、佐藤の独擅場はここからが本番だった。もはや誰も口を挟めない、熱を帯びた「政治演説」へと変貌していく。
「皆様! 我々は目を覚ますべきだ! 佐倉凛という才能を、この鳴凪という地方支店の片隅に、エクセルの入力作業という名の『牢獄』に閉じ込めておくことは、グループ全体の損失どころか、社会に対する背信行為であります!
見てください、この斬新なアイデア、既成概念を粉砕する表現力! 彼女は地方に埋もれた単なる事務員ではない! オンリーワンにしてナンバーワン、我が社が世界に誇るべき至宝のクリエイターなのです!
私は宣言する! 彼女のクリエイティビティこそが、斜陽産業を救う聖杯であり、我々本部人間が学ぶべき真の『現場力』であると!!」
佐藤の応援演説は、もはや鳴凪支店の会議室を飛び出し、全社5000人の鼓膜を震わせているようだった。
凛は、隣で絶叫する佐藤の横顔を、恐怖と絶望で見つめる。
(((私をどうしたいんですか、この人は!!! 晒し者にして、物理的に私を抹殺する気ですか!!)))
すべてのロジック、情熱、そして狂気を吐き出しきった佐藤は、ふう、と深く長い吐息を漏らした。
やり切った。完璧に、彼女を「定義」してやった。
佐藤は、額から流れる大粒の汗を拭うこともせず、マスク越しに荒い息を吐きながら、隣の凛をじっと見つめた。
その瞳には、かつてのエリート然とした姿はなく、ただ凛ちゃんさんが正しく認められたことへの、純粋で、かつ狂気じみた満足感だけが宿っていた。
佐藤がマイクをミュートにして囁く。
「……どうですか、佐倉さん。これが僕の、『最大限のアウトプット』です」
汗の滴る顔で、恍惚とした微笑を浮かべる佐藤。
凛は、そのあまりに真っ直ぐで不気味な視線に、ただただ後ずさりするしかなかった。
沈黙を破り、内藤が重厚な口調で告げた。
「……佐藤さん、そして佐倉さん。素晴らしいです。社長の言う通りだ。鳴凪には、我が社が忘れていた『真の現場力』があるようですね。……このプロジェクト、全面的に応援します。それは鳴凪だけではなく、他の関係会社もマネすべき、全社展開の『ロールモデル』となる企画です!」
勢いづいた佐藤が画面に身を乗り出す。
「その通りです。さらなる展開として、この才能を関連会社へも共有する必要があると思っています。そこで、社内SNS上にクリエイティブコミュニティー『凛ちゃんさんの部屋』を立ち上げます! 佐倉さんにはそこでのモデレーター(主宰)として、存分にアプリケーションの使い方やアイデアを共有していただきます! これは全社的なリテラシー・アップ(底上げ)になります!」
湧き上がる本部。
絶叫するチャット欄。
そして、自分の名前が冠された「公開処刑部屋」の爆誕を知り、凛の意識は遠のいていった。
((((……僕は、キャリアの階段を一旦は転げ落ちたが、おそらく今は登っている……! 凛ちゃんさんを生け贄にして!!!))))
こうして、凛の「動画」と、榎木の「おじさん構文」、さらに佐藤の「キラキラ文章」は、正式に会社の推進プロジェクトとして認定された。




