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ハイスペ佐藤くん、この恋だけはポンコツです〜五月雨式に失礼いたします〜  作者: サミダレもふ太
第一章

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第2話:【リマインド】魂のeラーニング

 謎の必殺技「五月雨式」の衝撃から一夜明けた。


 出社直後のメールチェック。


 凛のメールボックスの最頭部を飾っていたのは、親会社フォックスエネルギーの『管理部』からの通知だった。


 その件名は、なぜか異様に熱を帯びている。


> 件名:【リマインド】今、私たちに求められている「コンプライアンス遵守」という名の使命


「……佐藤先輩、これ何でしょう? 宗教の勧誘か何かですか? それとも自己啓発本の一節みたいな……なんだか、すごく魂に訴えかけてくる題名なんですけど」


 凛が恐る恐る画面を指差すと、隣で優雅にコーヒーを飲んでいた佐藤が、高そうな腕時計を付けた手を口元に添えた。


 半笑いで、どこか寄り添うようなそぶりを見せる。


「あはは、そうだよね。心に響いてくるよね、このワードチョイス」


「ですよね。管理部って、もっと事務的な部署だと思ってましたけど、やっぱり大企業は社員のマインドを上げる工夫が凄いですね! しかも件名に『Re:』がついているのが、またポイント高いです。何度も読み返して、自分の中で情熱を再起動(Restart)しろって意味ですよね?」


「……だよね。その解釈、すごくポジティブでいいと思うよ」

(佐倉さんは一々面白いな……何なんだろ)


 佐藤の肩が、面白そうに小刻みに震えている。


「ところで、佐倉さん。何か忘れてない?」


「え? 忘れてる……何をですか? 私の情熱ですか?」


「いや。何度も届く(リマインド)ってことは、現実的に君が何かを『し忘れてる』んだと思うよ。ちなみに僕はそれ、一カ月前に終わらせてるからね。それが来るってことは、佐倉さん相当放置してるよ」


 少しドヤ顔をしている佐藤と、なかなかの過去のことに焦る凛。


「ええっ!? 一カ月前!?」


 促されるまま、凛はメールを開封した。


 そこにあったのは、魂の叫びなどではなく、一通の事務的な督促状だった。


> 『コンプライアンス・基礎知識eラーニング(全社員必須)』の受講期限が過ぎています。未受講はわが社のリスクです。速やかに完了させてください。


「…………これ、ネットで動画を見てクイズに答えるだけの、あの退屈な研修の催促ですか!? こんなにかっこいい名前をつけておいて!?」


「そうですよ。墨付きカッコで【リマインド】って入ってたら、それは『期限過ぎてるぞ、早くやれ』っていう、丁寧な脅迫です」


「えぇー……。情熱を再起動しろって意味じゃなかったんですかぁ」


「残念ながら、管理部が同じ督促メールを何度も使い回して、返信(Reply)ボタンを連打してるだけだね」


 凛はがっくりと肩を落とした。


 情熱だと思っていた隅付きカッコの中身は、ただの「しつこさ」の証明でしかなく、一カ月も放置していた自分のうっかり加減に絶望した。


「管理部さん、怖すぎます……。私が受講し忘れてるのを完全にロックオンして、一カ月も追いかけてくるなんて……」


「まあ、また忘れる前に早く終わらせてください。じゃないと次は、管理部直伝の『五月雨式リマインド』が来るよ」


「……佐藤先輩。まさか、答えとか控えてないですよね?」


「無理だよ。これ問題がランダムに出るから、自力で頑張るしかないですよ」


 佐藤の不吉な予言に、凛は震えながら「コンプライアンスとは」という眠気を誘う動画の再生ボタンを押した。


 結局、最後の設問の巧妙な引っ掛け問題に落ちるのを繰り返し、100点を取るまで『リトライ(再起動)』を5回も繰り返させられた。


「……終わりました……。もう、設問が意地悪すぎて殺意が湧きました……」


 デスクに突っ伏したまま、凛が消え入りそうな声で呟く。


 そんな彼女の視界にカップが置かれた。


「はい、お疲れ様。よく頑張ったね」


 顔を上げると、そこには佐藤が立っていた。


 そっと置かれたカップに手を伸ばした瞬間、指先が、ほんの一瞬だけ触れた。


「……あ」


「熱いから気をつけて」


 先ほどまでのドヤ顔はどこへやら、温かい笑みを浮かべている。


「え……いいんですか? 佐藤先輩が淹れてくれたんですか?」


「脳みそ使った後は、糖分とカフェインが必要でしょ。あ、一応言っておくけど、これに『裏の意図』はないからね。コンプラ違反じゃないから安心して飲んでいいよ」


(……AIに解かせたら、を黙ってた罪滅ぼしとは言えない)

 

 佐藤が軽口を叩きながら、自分のデスクに戻っていく。


 凛がそっと一口啜る。


 コーヒーが疲れた脳と身体にじわりと染み渡った。


「……美味しい。……………脳に五月雨式でカフェインが届いていきます……」


「使い方が間違ってるよ、佐倉さん」


 隣から聞こえる佐藤の呆れたような声に、凛は小さく笑った。


 大企業への道のりはまだ険しそうだが、このコーヒーがあれば、明日はもう少しだけ「小職」さんたちのメールとも戦える気がした。


 凛は空になったカップを置くと、もう二度と「使命」という名の脅迫メールを受け取らなくて済むように、管理部からの重要通知をメールボックスの最上段にしっかりとピン留めした。


(よし、これで次は絶対に忘れない!)


それを隣から見ていた佐藤は優しい目をしつつ、相変わらず口元は面白そうに。


「いいリスク管理です。」


 褒められているのか。


 それとも、からかわれているのか。


 ちらりと隣を見ると、佐藤先輩は自分用にいれたブラックコーヒーを片手にパソコンに向かっていて、さっきの言葉が冗談だったのか本気だったのか分からない。


 なんだか少しだけ、照れくさい凛だった。


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