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五月雨式に失礼いたします〜ハイスペック男子と天然後輩との格差恋愛バトル〜  作者: もふおのしっぽ


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第18話:【変換】示談のつもりが、結納金。

 3階、経理部。




 佐藤が「サラダ王子」として全社デビューを飾っているその真上で、高橋はこの世の真理(あるいは地獄)に直面していた。





「大石さーん。だからぁ、その領収書は『スキャン』して添付するんすよ。クリップで留めて僕の席に置いても、お金は一円も振り込まれないっす」





 高橋は、勤続25年の大石さんが持ってきた「丁寧にクリップされた紙の束」を指差して、100万回目となる説明を繰り返す。





 旧鳴凪に出向して、早1年。





 孫までいる大石さんと、20代の高橋。





 誰が呼んだか、周囲からは『ゴールデンコンビ』なんて呼ばれているが、実態は「デジタル介護」に近い。





(……地獄だった。本当に、マジで地獄だったんだぞ、この1年)





 豊予支社の全支店をドサ回りし、Excelすら怪しいおじさん・おばさん達に、クラウドの概念を叩き込む日々。





 かつてはExcelに手入力して印刷し、そこに証票を貼って経理部が「手打ちで転記」するという、非効率の極み。





 さらに、数万円程度の支払いはすべて「小口現金」で処理されていた。





 夕方になれば、一円合わないだけでフロア全員で金庫を囲み、溜息を吐きながら計算機を叩き直す。




 

 そんな「合わないのが日常茶飯事」な不毛な時間は、高橋にとって耐え難い苦行だった。





 それを今、高橋は力技で変えている。





 大きな振込以外はすべて、個人の立替精算による後日振込へ。






 小口現金という名の「魔の金庫」を廃止し、スタンプラリーのような承認ワークフローへ。





 この改革に伴う、旧鳴凪戦士たちからの「五月雨式」の問い合わせと文句で、高橋のメンタルはとうに更地さらちだ。




 同じフロアの管理部にも親会社から数名きているが、あちらは中堅社員ばかり。





 下っ端である高橋からすると、顔色を伺うべき大先輩ばかりだ。





 彼らも彼らで、売買システムの導入というミッションでこの魔境に放り込まれたクチだが、そもそもシステムを入力するのは各営業所の限られた事務員のみ。





 設定さえ終われば、今はもう落ち着いたものだ。





 あの「こけし集団」の騒動が嘘のように、今は「次の打ちっぱなしはどうするんだ」「社内コンペの企画」といったゴルフの話題に全リソースを割いている。




 だが、彼らの黄金時代もここまでだ。




 来月からは、いよいよ『勤怠管理システム』の導入が始まる。





 経理システムとは違い、全社員が、それこそアルバイトから重役まで全員がいじくるシステムだ。




 入力ミス、打刻忘れ、そもそもログインにたどり着けるのか……俺と同じ絶望を味わうまで、せいぜい今のうちにたのしまれたし、と高橋は呪詛を吐く。





 そこへ、遅れて同期の佐藤がやってきた。





 しかも下のフロアには、この支店唯一で数少ない20代、佐倉凛がいる。





 話し相手が増える喜びよりも、「なんで俺だけ、このおつぼね様たちの相手を1年も一人で……」というムカつきが勝った。





 何より、あの2階の島の「暇そうな空気」が腹立たしい。




 高橋は、榎木がまともに仕事をしている姿を見たことがない。あいつが個室トイレに籠もって産み出しているのは、付加価値ではない。





 そこに佐藤が行って、一体何を新しく産み出すつもりだというのか。





「ねえ高橋くん、小口現金がなくなったら、私たちが立て替えたお金はどうなるの? 怖いわ」





「宇宙へ消えるわけじゃないっすよ。給料日に上乗せで振り込まれるだけっす。……あ、今の入力、完璧! 大石さん、もうシステム・マスターじゃないっすか!」





 高橋は軽快なノリでベテラン勢の懐に潜り込む。





 佐藤のような「正論」は、ここでは摩擦しか生まない。




 ふと、昨日の給湯室での出来事を思い出す。




 同期の中で一番のエリートコースに乗っていた佐藤。





 親が外交官だかなんだか知らないが、生まれながらにしての「選ばれし者」感が鼻につく男。





 英語が第二言語で、いずれは海外事業部を希望しているような、そんな鼻持ちならない佐藤が、だ。




「ぶっ、……示談って」




 あのスマートな佐藤が、給湯室で「凛ちゃん、ごめんなさい!」と絶叫し、自分と鉢合わせ、情けなくフリーズしていた。





 あの「詰んだ」顔。思い出すだけで飯が三杯はいける。





 高橋はニヤリと笑い、この最高のネタをフロアへ投下した。




「あ、大石さーん! ニュースっす! 2階の佐藤くん、佐倉さんに『凛ちゃん、ごめんなさい!』って絶叫してて、さっき『示談』の交渉に入ったらしいっすよ」





 その瞬間、フロア中の「お局様」たちの耳がピクンと動いた。




 タイピング音が止まり、3階の全リソースが「佐藤の失態」というビッグデータにフルアクセスを開始する。




「あら、佐藤くんが? 何かしたの?」





「……佐倉さんに土下座? 」





「ま、正確には土下座の一歩手前でしたけどねー。親子間取引の精算より、こっちの精算の方が揉めそうっすよね」





 高橋は軽快に笑いながら、周囲の「噂好き」を利用して、ピリついていた経理部の空気を一気に緩めていく。




 だが、この「示談」という言葉は、お局様たちの脳内フィルターを通過する際、なぜか「結納」へと華麗に変換コンバージョンされていた。




「……親子???まあ! 『結納金』の相談を? 佐藤くん、責任感があるわねえ」




「エリートは精算の仕方も古風なのね。きっとご両親も立派な方なんでしょう」

 




 意図せぬ方向へ爆走を始めた噂に内心で爆笑しながら、高橋はスマホを取り出した。




> 宛先:佐藤

> 件名:示談金の勘定科目は『雑損失』です笑。拝承。

>





 高橋は、佐藤からの「死ね」というスタンプを無視して、大石さんに「お、今の入力、完璧っすよ!」と親指を立てた。

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