第15話:【舗装】逃げ道のない親切
「……さて。今でも十分な繁盛店ですが、もっとこのお店の魅力を広めたい。そう思いませんか? 佐倉さん」
店を出た瞬間、佐藤の笑顔が一段と「深く」なった。
「え?」
「佐倉さん。君には、BtoC向けのお店紹介配信企画を立案してもらいます。動画、写真、そしてこの店特製の『フォックスエナジー契約者限定クーポン』の設計。……明日までに構成案を。佐倉さんの『勝負勘』を信じていますよ?」
「えっ……配信……!? クーポン調整まで、明日……!?」
「あ、榎木さん。驚いている暇はありませんよ」
佐藤の視線が、狼狽える榎木にスライドする。
「榎木さんは、さっき言ったとおり食事風景を社内SNSで全社員に実況してください。……これは単なるランチじゃない。『地域密着型の営業支援における、DXと親和性の高い成功事例』としての紹介です。先ほど社長から頂いた『座布団』を、ここで実績に昇華させる。わかりますね?」
佐藤は、二人の肩にポン、と軽く手を置いた。
体温が有るはずの佐藤の手から何の熱も伝わらない。
「これは『嫌がらせ』じゃありません。僕たち営業企画Gの、輝かしい『共創』の第一歩なんです。……さあ、会社に戻りましょう。午後の始業まで時間がありませんから」
爽やかな声。
完璧なロジック。
しかし、その背後には「逃げたらどうなるか分かっていますね?」という、エリート特有の底冷えするような選民意識が透けて見えた。
((……この人、全然バディ(共犯者)なんかじゃない!!))
帰りの道中、フォックスマートで買ってきたコーヒーを半ば強制的に飲まされる。
「ランチ後の眠気に甘えるな」という無言の圧力だ。
凛は、そのカフェインの苦味を飲み下しながら、最後の抵抗を試みた。
先週の本部との定例MTGで出されたあの膨大な宿題を盾にするために。
「……でも、佐藤先輩。本部からのあの『宿題』はどうするんですか? まだ完成はしてなかった思うんですけど……。私たちがSNSやランチにかまけている間に、提出期限が……」
そう、あれさえあれば、「多忙につき配信企画は延期」という正論が通るはずだ。
しかし、佐藤はミラー越しに凛の目を見て、ふっと楽しげに鼻で笑った。
「ああ、あのLTVとWBSのまとめですか?」
彼は空になった自分のカップを、車内のゴミ箱へ正確なスリーポイントシュートで放り込んだ。
「解決済みです。午前中、お二人が一生懸命タイムラインにリプライを返してくれている間に、僕の方で全て処理して送信しておきました」
「えっ……全、部……?」
「ええ。お二人が現場の『熱狂』を維持してくれたおかげで、僕は自分の作業に集中できましたから。おかげさまで、本部の担当者も『鳴凪支店は対応が早くて助かる』と大絶賛でしたよ」
佐藤はミラーから二人の絶望に満ちた顔を、慈しむような目で見つめた。
「つまり、現在、お二人のタスクリストは真っ白。……心置きなく、午後は『新しい企画』に没頭できるというわけです。素晴らしい環境のご提供でしょう? 喜んでください」
凛の背筋に、コーヒーのカフェインよりも鋭い衝撃が走った。
逃げ道は、あらかじめ全て佐藤の手によって「舗装」されていたのだ。
「……計算、済みだったんですか。最初から」
「そんな。僕はただ、チームのボトルネックを解消しただけですよ。……さあ、会社が見えてきました。午後の部、スタートです」
鳴凪支店の古びた社屋が、今日はいつもより高く、逃げ場のない監獄のように見えた。
佐藤の背中を追う凛の足取りは、もはや引力に引かれているだけの死体のそれだった。
そして。
食べ慣れない高級イタリアンと、無理やり飲まされた濃いコーヒーがトドメとなったのか支店に着くやいなや、榎木は顔を青白くさせてトイレへと籠城した。




