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五月雨式に失礼いたします〜ハイスペック男子と天然後輩との格差恋愛バトル〜  作者: もふおのしっぽ


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第13話:【飽和】共犯者たちの千本ノック

 一時間後。




 親会社の住石社長が放った「座布団一枚」の影響力は、静かに、しかし確実に『オールカンパニー』を飲み込んでいった。





 住石社長が反応した投稿は、『注目の投稿』となり自動的に全社員のタイムラインの最上部へ。





 それを見た各拠点の支店長や管理職たちが、次々と「忖度の嵐」を巻き起こし始めたのだ。





「ひ、ひぃ……。フォックスエネルギーの社長からも『いいね』が来た。隣の営業所の所長からは『鳴凪の情熱に脱帽です』って……。佐藤くん、これどうすればいいんだ!?」




 榎木が真っ青な顔で、スマホの画面を凝視している。




 役員や上役からのコメントを無視するわけにはいかない。




 榎木は震える指で、あらかじめ用意したような定型文を打ち込んだ。




 だが、相手は海千山千の管理者たちだ。




 完全なコピペだとバレれば「誠意がない」と判断される。





 榎木は、必死の思いで一通ごとに微調整し始めた。




> 「ありがとうございます。ぜひ他の支社の皆様も、新しいコミュニケーションを取り入れてみてください」




> 「恐縮です。各拠点の皆様においても、ぜひ同様の取り組みをご検討いただければ幸いです」

>




 接続詞を変え、語順を入れ替え、あたかも「今、あなたのコメントを読んで考えました」という擬態を施す。




 それはもはやコミュニケーションではなく、降り注ぐ火の粉を必死に払うだけの、高度に神経を削る作業だった。




 目の前の営業部の面々も、自分たちの端末に流れてくる「忖度の祭典」を眺め、営業企画Gのメンバーたちをチラチラと見てはニヤニヤと肩を揺らす。




コメントこそ控えているが、その視線は明らかに「あいつら、一生リプライ返してるぞ」という嘲笑に満ち、同僚という名の仮面を被った残酷な高みの見物だった。





「……これ、ヤバい。本当にヤバいです。本部の広報からも『次回の社内報のモデルケースに』ってチャットが……」




 あの凛ですら、初めて「ノート」を閉じ、硬直していた。




 自分が面白半分で「バースト(追い打ち)」をかけた結果、事態はもはや地方支店の冗談では済まされない、「全社役員による忖度リレー」という名の、地獄のバトン回しの場になってしまっている。




 凛もまた、榎木に倣って冷めた手つきで返信を繰り返す。




 二人が必死に「いいね」と「微調整された返信」を繰り返す中、佐藤だけが違った。




「…………」




 佐藤は、完全に無視していた。




 デスクで背筋を伸ばし、鳴り止まないスマホの振動を、まるで隣のデスクの電話でも鳴っているかのような冷ややかな態度で聞き流している。




「佐藤くん、君も返してくれよ! 上役の人たちが『佐藤さんの自撮り待ってます』とか遠回しに言ってるんだぞ!」





「先輩、私の返信にまで役員が『期待しています』って……これ、どうやって収拾つけるんですか!?」





 二人の悲痛な訴えを、佐藤は視線すら向けずに切り捨てた。




「……無理ですよ。僕はもう、そのタイムラインからログアウトしました。……榎木さん、佐倉さん。その投稿は、あなたたちが作り上げた『共創コ・クリエーション』の結果です。……共犯者らしく、最後まで丁寧にテンプレートを配ってきてください。僕は次のミーティングのアジェンダを整理していますから」




 佐藤は二人からの訴えを『機内モード』に決め込んでいる。





 かつて自分が大切にしていた、出向先での「スマートな立ち振る舞い」を、この一時間で完全に捨て去った。




(ヤバい……佐藤先輩が、本当に感情を通信オフにした……)




 だが、その時。デスクの固定電話が鳴った。




 榎木と凛がビクリと肩を揺らす。




 それは本部や他部署からの、逃げ場のない「確認」の電話だ。




 佐藤は、無機質な動作で受話器を取った。




「――はい、お電話ありがとうございます。鳴凪支店、営業企画グループの佐藤でございます!」





 その瞬間、佐藤の「声」だけが、一点の曇りもない完璧なビジネススマイルに切り替わった。




「はい、先ほどの投稿ですね。……ええ、ありがとうございます! 現場のモチベーションの最適化を狙った試行錯誤の一環でして……。ええ、またぜひナレッジを共有させてください。失礼いたします!」




 ガチャリ、と受話器を置く。




 戻ったその顔は、やはりハイライトの消えた死神のそれだった。





 ((今の笑顔は一体、何……))





 声にだけ宿ったあのまぶしいまでの「全開の愛想」は、一体どこから捻り出されたものなのか。






 凛は、感情の消えた佐藤の横顔を見つめる。




 いつも優しく、自分の無茶なビジネス用語も笑って受け流してくれていた彼の姿は、すべて都合のいい虚構だったのか。




 あるいは、自分と榎木があの優しさを壊してしまったのか。




(いや、高橋の可能性も……)




 声だけで笑顔を振りまくその異様さは、絶叫されるよりも、怒鳴られるよりも、とてつもなく怖かった。




 鳴凪支店の古い社屋には、規則正しく響くバイブ音と、二人が「偽造された誠意」を送り続ける無機質な操作音。



そして、時折響く佐藤の「完璧に調教された偽りの笑い声」だけが、虚しく反響する。

 



――その時だった。




 凛と榎木のPC画面右下に、逃れようのない「宣告」がポップアップした。




会議の招待:出席依頼

【件名】

第1回:社内SNS活用による榎木氏のインフルエンサー化、および全社展開に向けた戦略検討MTG

【開始時刻】 11:00(あと10分)

【主催者】 佐藤(営業企画G)

【出席者】 榎木、佐倉凛

【備考】

アジェンダは共有済みです。遅刻は認められません。




「……佐藤先輩、これ」




「さあ、時間です。行きましょうか」




 佐藤が立ち上がる。



 その瞳にはやはり、一筋の光も宿っていなかった。

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