episode.レイナード
死とは、人間の永遠の謎である。
それは薬師として人間を、そして彼らの生死を長いこと見てきたレイナードの永遠の謎でもある。
そして彼はついに、自身が死ぬことでその謎に終止符を打った。
「なるほど、冥府の番人というのは実在するのですね……」
彼は確かに、この世でたった一人の妹を庇って死んだ。
故に、いま彼が地面に仰向けに倒れていて、その頭の横で膝をついて悲しげに彼を見つめている少女は、あの世への案内人であるはずなのだ。
「私を迎えに来たのですか?」
そう問いかけるレイナードの声は、疲れ切って静かだった。妹の身を守るための動きと思考は、思いのほか彼の心身を消耗させたらしい。
「いえ……いえ、あるいはそうなのかもしれない。わたしがあなたを待っていたことは確かなのだから」
ゆらりと彼女の深い藍の瞳が伏せられて、レイナードと視線が交わらなくなる。
「けれど、わたしがここにいるのはあなたを彼岸に送るためではない。あなたを、此岸に送るため」
「どういう……」
「あなたは死んでしまった。あなたの死が間違っていたとは思わない。わたしだって、同じ状況にいたら必ず同じことをしていた」
まるでよくやったと褒めるかのように、少女はレイナードの銀糸に指を通す。
「けれど、わたしはもうあなたを見つけてしまったから。あなたをここで、此岸に送り返す」
ほろほろと、少女の両目から涙がこぼれだす。
「あなたはこの先、自我すらなくなって、全ての記憶を失ってしまう。けれど、わたしはあなたの愛を信じている。あなたの、妹に対する計り知れないほどの深い愛情を、信じている」
「……訳が、分かりません。貴方は何を言っているのです」
「どうせここから出てしまえばもう、何の記憶も有してはいられない。それこそあなたの妹ですら、あなたは忘れてしまう」
「ですから何を……」
「妹が何より大事でしょう。分かるわ、わたしもそうだったから。弟を誰より愛していた。どうか、どうか、あちらに帰ったら、決して振り返らずにただ走って。後ろにはあなたの最愛の妹がいるけれど、振り返ったら殺してしまうから」
その瞳が溶けてしまいそうなほどに涙を流す自身の妹と年端の変わらぬ少女に、戸惑いより憐憫が前に出た。
「貴方にも、大事な弟妹がいたのですね」
「ええ、ええ。けれど、わたしが殺してしまった。あなたに同じ思いはしてほしくはないから、だから、いい? 決して振り返っては駄目。振り返ってはいけない」
少女の涙を拭おうと伸ばした右腕をとられて、懇願するように握られた。何度も何度も刷り込むように、振り返ってはいけないと諭された。
振り返ってはいけない。
少女の正体も分からないままに送り返されたその先で、確かに、レイナードは何も覚えていなかった。何故自身がところどころ千切れるほどの重傷を負っているのかも、何故辺りに惨憺たる情景が広がっているのかも、見知らぬ少女と意識空間で出会ったことでさえ、何も。
振り返っては、いけない。
ただそれだけが脳内で響いて、その言葉に導かれるように、レイナードは体を引きずるようにして一歩を踏み出した。
そして500年もの月日が流れ、彼らは再会を果たすのである。




