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呼ばれた家-間宮響子-

作者: 江渡由太郎 原案:J・みきんど
掲載日:2025/12/18

 電話がけたたましく鳴ったのは、深夜の午前二時を少し過ぎた頃だった。


 間宮響子は、その瞬間に目を覚ました。

 呼び出し音より先に――何かが自分の名前を呼んだ気がしたからだ。


「はい……間宮です」


 スマホの向こうで、男が必死に抑え込むように息を整える音がした。


「す、すみません……こんな時間に……」


 声は掠れている。


 恐怖というより、長く恐怖に晒され続けた疲弊しきった人間の声だった。


 男は縋るように言った。


 郊外に中古の一戸建てを購入したこと。

 入居初日から、毎晩“誰か”が現れること。

 姿は一定せず、老人、子供、女、影。

 だが、共通しているのは――必ず二階の奥の部屋から出てくるという点だった。


「見間違いじゃありません。録画もあります。……でも、録画には映らないんです」


 間宮は、そこで初めて言った。


「……その家、“呼んで”いますね」


 男は沈黙した。


「今も、二階にいます」


  男は震えながら言った。


「来てください……お願いします……」


 通話が切れた瞬間、間宮の背後で、仏壇の鈴がひとりでに鳴った。


 彼女は静かに目を閉じ、呟いた。


「これは……久しぶりに、厄介なのに当たったわね……」




 家は、外観だけならごく普通だった。

 白い外壁、低い塀、庭の枯れかけたモミの木。

 クリスマスシーズンらしく、近隣の家々はイルミネーションに包まれている。


 だが、その家だけが――闇を拒まない。


 玄関に立った瞬間、間宮は理解した。


 ここは“棲み処”ではない。


 強いて言うならば――“口”だ。


 男――依頼人の佐久間は、青白い顔で出迎えた。


「……二階です」


 そう言って、視線を向ける。


 家の中央に位置する十三階段の上は暗い。

 電気は点いているはずなのに、光が届いていない。


 間宮は数珠を握り、ゆっくりと階段を上がった。


 二階の廊下は、不自然なほどに異様に長かった。

 現実の構造を無視した距離。

 歩くほどに、過去の記憶が擦れるような異質な感覚がある。


 奥の部屋の前で、彼女は立ち止まった。


 中から――息遣いがする。


「……出てきなさい」


 そう告げた瞬間、部屋の中から“それ”は現れた。


 人の形をしていた。

 だが、顔が――多すぎる。


 老人の顔、女の顔、泣き叫ぶ子供、歪んだ男。

 それらが、一つの首に重なっている。


 そして、すべての口が同時に笑った。


「やっと……来た……」


 間宮は一歩も退かなかった。


「あなたは、この家の地縛霊じゃない」

「もっと古い。……もっと、悪い」


 “それ”は、ゆっくりと首を傾けた。


「わたしはね……“住んだ者”じゃない」


 悲鳴に似た甲高い声が、鋭く空間を裂く。


「選ばれた者だ」


 間宮の脳裏に、走馬灯のように映像が流れ込んだ。


 ――この土地で、かつて行われた儀式。

 ――家を建てる前に、“誰か”を生きたまま閉じ込めたこと。

 ――恐怖と絶望が、供物として捧げられたこと。


「……あなたは、まだ“続けている”」


 間宮が言うと、悪霊は歓喜に満ちた声で応えた。


「ええ。家を買う者。住もうとする者。“恐れる者”。それが、わたしの餌」


 突然、背後で悲鳴が上がった。


 佐久間だった。


 彼の足元から、無数の黒い手が伸びて、床に引きずり込もうとしている。


 間宮は叫んだ。


「目を閉じて!何があっても、声を出さないで!」


 だが佐久間は――悪霊の“顔”を見てしまった。


 次の瞬間、彼の口から、別の声が漏れた。


「……間宮……さん……」


 それは、間宮がかつて救えなかった少女の声だった。


 彼女の膝が、わずかに揺れた。


 悪霊が嗤う。


「ほら……あなたにも、弱点がある」


 間宮は、震える手で数珠を引き千切った。


「……そうね」


 そして、静かに言った。


「だから、私は――人間のまま、ここに立っている」


 彼女は、自分自身の恐怖を、その場に解き放った。


 後悔、罪悪感、救えなかった命。

 それらを“餌”として差し出す代わりに――悪霊を、この場に縫い止めた。


 家全体が悲鳴を上げる。


 壁に無数の顔が浮かび、床が血のように脈打つ。


 そして――。


 静寂。


 朝、警察が駆けつけた時、家は空っぽだった。


 佐久間の姿は、どこにもない。


 ただ、二階の奥の部屋の床に、一組の足跡が残っていた。


 それは、間宮響子のものではなかった。


 数日後、間宮のもとに、一本の留守電が届く。


《……引っ越しました……でも、毎晩……二階から……》


 録音の最後に、複数の声が重なって囁いた。


「――まだ、終わっていない」


その夜、間宮は初めて、自分の家の二階の廊下に、足音を聞いた。



 ――(完)――

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