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うどんの洗礼を浴びた思春期の妻

作者: pusuga



 思春期にもっと遊んでおけば良かったと思った事ありませんか?


◇◆◇◆


「えっ?! なにこれ? シコシコうどん?」

 私は半年の同棲を経て、先週入籍したばかりの夫の爆弾発言及び、店の看板に記載の文字に驚愕しています。

「ああそうだ。シコシコしてるうどんだ」

「う、うどんがシコシコしてるの?」

「ああ、そうだ。つまり、噛みごたえがある腰の強いうどんの事だ」

「そうなんだね……びっくりしたよ」

「びっくりした? どう言う事だ?」


 少し小雨が降る商店街のアーケード入口。今日は入籍後初めての外食。


「なんでもないよ。とにかくシコシコしてるうどん屋さんに挿れ……じゃなかった、入ろうよ」

「ちょっと待て」

「え?」

 夫は、両手両足を広げて仁王立ち。

「今日俺達が入店する、うどん専門店はそっちじゃない。向かい側の店だ」

「向かい側?」

 お向かい同士なんて、とんだ商売仇だねと、一瞬脳裏をよぎりましたが、再び驚愕する事になります。

「え?! こっちは、ぶっかけうどん? ちょっと……マズくない?」

「不味くないぞ。ぶっかけうどんと言うのはオカズ具材を乗せた、白濁液色のうどんに、濃い目の味の麺つゆを少量ぶっかける食べ方の事だ。要はざるそばとかは、いちいち別の器の麺つゆをつけるだろ? しかしぶっかけうどんは、つゆを直接ぶっかけて、ぐちゃぐちゃと混ぜる感じで食べるんだ」

「え? ぐちょぐちょに?」

「いや、ぐちゃぐちゃだ。まあ、ぐちゃぐちゃは言い過ぎかも知れんが、とにかくサクッと食べる事が出来るからな」

「じゃ、じゃあ……シコシコうどんにぶっかけたら、シコシコぶっかけうどんになるんだね」

「ああ、理論上はそうなるな。早速入店しよう」


 チンチンチリン♪


 横開きのガラガラと言う入口ではなく、喫茶店の様な押し開きのドアに、小さな鈴が付いていて、意味深で爽やかな音色を奏でていました。

「いらっしゃいませ」

「2名なんだが?」

「こちらへどうぞ」


 私と夫は矢印型に挿す……いや、刺す祝福の光を浴びる窓際のテーブルに着席。


「今日のおすすめは、新鮮なとろろを勢いよくぶっかけたうどんになります」

「え? 勢いよく?!」

「はい。何か?」

「じゃあ、俺はそれを頂くとするよ」

「じゃ、じゃあ私はノーマルで……」

「かしこまりました。少々お待ち下さい――――ぶっかけとろろとノーマル入りました!」

「……」

「フーッ。これでノルマは達成だ」

「ノルマ?」

「一日一麺と言う言葉を知っているか?」

「えっ? そんな言葉あるの?!」

「ああ、もちろんだ。昨日蕎麦・おとといラーメン・今日うどん――」

「ちょっと待って? 一日一麺って事は、会社のお昼いつも麺類なの? お弁当作ってあげるって言ったじゃん」

「いや、お前も午前中は愛犬マグナムの散歩で忙しいだろ? 結婚したばかりであまり負担は強いたくないからな」

「大丈夫だよ! 来週から作るからね!」

「いいのか? それに昼も愛妻弁当だと、朝も愛妻朝食、それに夜は君自身を食べるなんて、贅沢極まりないじゃないか? なんてな。ハハッ」

「フフッ……」


 滅多に聞かれない、夫の下ネタ発言に若干引き気味の私に、追い打ちをかけるかの如く、ぶっかけとろろうどんがドヤ顔で登場。


「お待たせ致しました。とろろは別盛で用意しましたが、こちらでぶっかけましょうか?」

「はい。ぶっかけちゃって下さい」

「違くない? ぶっかけるのは……いや、ごめんなさい。違くないです」


 シコシコうどんからの、ぶっかけうどんの不意打ち、更に夜は君自身を食べると言う背後からの後頭部強打。そして、今ぶっかけると言う波状攻撃により、私の正常な精神は異世界へと飛ばされてしまいました。


「おい。お前なんか今日おかしくないか?」


 夫はぐちゃぐちゃと、うどんととろろを混ぜ合わせながら私に問いかけています。


「そんな事ないよ。そ、それより、そんなに混ぜなくてよくない?」

「いや、全ての麺にとろろがまんべんなく、ねっとり絡みつく様にして食べるのがいいんだよ」

「わかった……」

(駄目だ。気になっちゃうよ……)

「お待たせしました。こちらがノーマルうどんになります」

「……」

「どうしたんだ? 食べないのか?」

「う、うん……なんか調子が……」

「え?! 大丈夫か?」

 夫の表情が一変した。そういえば夫と知り合ってから病気した事なかった。

「うん。だ、大丈夫だから……」

「ほんとか? 心なしか顔色悪い気がするぞ?」

「大丈夫だってば」

 半年一緒に住んでも、今更わかる事がある。こんなに心配性だったんだね。

「食べられるか?」

「あ、うん。大丈夫。気にしないで」

「いや、大いに気になるな」

「帰り病院に行くか?」

「え? そんな大げさなもんじゃないよ!」

「いつからだ?」

「え?」

「実は朝から具合が悪かったんじゃないのか?」

「ち、違うよ! だから、大丈夫だってば!」

 まさか、なんでもそういった事に結びつけてしまう思春期の様な思考が遅れてやってきて想像したら気持ち悪くなったみたい……なんて、言えない。

 夫はかき混ぜていたうどんから糸を引きながら箸を置き、真顔になる。

 …………

「ど、どうしたの?」

「いいか? 俺達は結婚したんだ」

「う、うん」

「これから長い人生を共に歩んで行く」

「……」

「喜び、楽しい、期待……そして、もちろん悲しみ、涙、いばら……様々な道が俺達を待っている。俺はそれを想定している。つまり、どんな道でも2人で歩んでいくつもりだ」

「……」

「仮に君が明日半身不随になり車椅子生活になろうとも、目が見えなくなろうとも、硫酸を浴びて顔をやけどしてただれてしまったとしてもだ」

「……」

 ごめん。こんな時空を超えるスケールの大きい話になる事柄じゃないのですが?

「不測の事態は生きていれば必ず起こるものだが、未然に防げるものは最善を尽くしたいというのが俺の考え方だ」

「……」

「だから俺はこの先の結婚生活において決めたい事がある――今の君みたいな漠然とした不快感、ただの軽い風邪のような症状や倦怠感、脱力感だとしても、お互いが病院へ行った方がよいと判断したら今後は行くようにしたいと考えている。病院マニアだと周囲から言われても構わない」

「……」

「俺は相手に対しての愛情というものは、言葉だけではなく同じくらい態度をもって示す必要があると考えている。だから、これが君への愛情の証の1つであると思って……いや感じてくれ」

「うん……」

 なんか笑えるような泣けるような複雑な気持ちになりました。私は、わけのわからない涙を流していました。

「お互いを真に思いやるという事……それは自然と身体や態度からにじみ出ているものなんだ」

「……」

「この際だからはっきり言わせて頂く」

「な、なあに?」

「俺は君と結婚出来た事が身体の……そして心の奥底から嬉しくて嬉しくてたまらないんだ。そこらで歩いている世界中の人、1人1人に自慢がてら報告したいくらいだ」

「……私も同じ気持ち……だよ」

 ごめんなさい。咄嗟に言葉を合わせたけど今日の入店の流れから、そこまで深く考えてなかった。


 でも、嬉しい。


「ウッ!」

「ど、どうしたっ?!」

「ちょっとお手洗い!」


 シコシコうどん店を確認、ぶっかけうどん店に入店、そして夫がグチャグチャと少し乱暴にかき混ぜたとろろ――という出来事は、私のお腹に新しい命が舞い降りていた洗礼だったのだ。


 あ……私、今日あなたに言ってなかった。

『愛してくれてありがとう。結婚してくれてありがとう』

『そして、全てのあなたにありがとね!』


〈完〉


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