ジャックの冒険
何事もなく騎士団は休息をとってすぐに村を出ていったらしい。
ケイティが戻ってきてホッと胸を撫でおろした。
いつものようにジャックが日用品を運びに来て「大丈夫だった?」と聞くと眉を寄せて唸る。
「大人連中みんなピリピリしてて空気が最悪だったな。横柄な奴が多かったし、はしゃいで話しかけに行こうとする悪ガキどもを家ン中に押し込むのが大変で大変で。絶対子ども相手でも無礼打ちするだろってこっちは必死でさ。その上、出される軽食が粗末だのまずいだの平気で言うし。こんな田舎で優雅なティータイムをご所望されても困るっての」
「うわあ」
村長のマークに比べて接する時間は少なかっただろうにジャックから出てくる愚痴はひどいものだった。
「それってホントに騎士?」と聞きたくなる話だ。
マークが言うには王家と領主のそれぞれから領内を捜索する許可印が押された正式な文書を見せられたので間違いなく騎士だという。
「探し人っていってたけど一体どんな人を探していたのかしら」
「よっぽどの大罪人か。でもあの騎士たちを見ると罪をなすりつけられたんじゃないかって疑いたくなるな」
「なるほど」
「えらいおうちのこどもがいえでしたりゆうかいされたりしたときもぼっちゃんきしだんはくるわよ」
「ブフゥ!」
「坊ちゃん騎士団」というフレーズが気に入ったのかジャックはテーブルに突っ伏して肩を震わせる。
「てがらをもらえそうなことじゃないとあいつらうごかないのよね」
「なんというか本当にどうしようもない人たちなのね」
直接会わなくてよかったとしみじみ思った。
マグノリアの家がある大樹の周りを囲うように森が広がっていてマークたちの住む村のみに道が引いてある。森には悪戯好きな妖精が多いので妖精除けの鈴を持たないものは入ってこれない。鈴はマグノリアの魔法で持ち主以外は触ることもできないので家に来るものは限られている。
やや人見知りの気質があるドロシーとしてはありがたいことだった。
「そういや占ったのってフェル爺さんなんだろ?鷹の」
「うん。私はまだ魔法らしい魔法は習ってないから」
「もりとのつきあいかたもわからないうちにまほうをつかうのはむぼうってものよ」
「分かってるよ」
ケイティが言うには魔女は森と仲良くならなければ魔女足りえないものらしい。
なのでしょっちゅう森へ行って薬草を採取したり、巣から落ちた雛鳥を助けたり、ぶつかりあった木の枝を切り落としたりしている。
「あの爺さんの占いっていまいち信用ならないんだよなぁ」
ぼやくよういうジャックにドロシーは首を傾げる。
「どうして?ジャックはフェル爺が苦手なの?」
「苦手っていうか。あの人愉快犯なところがあるからさぁ」
「わかる」
うんうんと頷くケイティに交流の浅いドロシーは戸惑って「そうなの?」と聞き返す。
「前にハンナが売られかけたところを婆さんが助けてくれたって話したろ?」
「うん」
ハンナとはジャックが子牛の頃から育てた我が子のように可愛がっている乳牛で今は荷運びの仕事を共にしている。
今日も家の横でおいしそうに草を食んでいるだろう。
「ハンナを売るまで帰ってくるなって追い出された俺に声を掛けてきたのが爺さんでさ」
途方にくれるジャックにフェルは大金が手に入れば母親もハンナを売らないだろうと助言したらしい。
出稼ぎにいっていた父からの仕送りが遅れていたのが原因だったのでジャックはフェルの言い分を聞いて確かにと思ったもののすぐさま大金を手に入れられるようなあてはない。
フェルは自分に任せろといってジャックを大樹まで案内し、登るように指示を出した。
「え、登ったの⁉あの樹を⁉」
「そん時はなりふり構ってられなかったんだよ」
幹の上で休み休み登っていき、フェルの指示通りに伝っていった先でいつの間にか雲の中に入り、大きな湖にでたそうな。
「なんで?」
「わからん」
樹を登ってどうして湖がでてくるのか。
ドロシーの知る物理法則を無視しすぎていないか?
その話が本当なら今頃家の周りが水浸しになっているはずだ。
目線でケイティに問うと「あのきはそういうかんじ」と返される。
そういう感じってどういう感じ?
ドロシーの脳内で「この~きなんのき」と男性の歌声が披露される。
それでジャックは湖の側にあった大きな家に入った。
フェルはいつの間にかいなくなっていて他にどうしようもなかった。
本当に大きな家で中にはマークの家くらい大きい人間がいた。
家の中にいた巨人はやつれた様子で薄汚れた服を身に纏った女だった。
ジャックが声を掛けてここまで来た経緯を説明すると親身になって聞いてくれたらしい。
冷たい水をジャックが飲みやすいようにと皿に出してくれてしばし休ませてもらった。
女巨人は心当たりがあるといって奥に引っ込み、箱を持ってきた。大事な人の形見だというその中身は壊れた楽器に見えた。元は竪琴だったというそれの一部を女巨人はジャックが持ち運びやすい大きさに切って布に包んで持たせた。
これを持って帰ったらジャックも自分も助かるはずだという。
訝しむジャックは女巨人に促されるまま荷物を背に括って帰ろうとしたところで女巨人の夫らしきさらに大きな男の巨人が帰宅した。
さて帰ろうと外に出て登ってきた大樹の幹に向かうところだったのだが、何故か激昂した男巨人に追われて急いで下りた。男巨人も一緒に下りてきて揺れる木の枝にあちこちぶつけながら這う這うの体で逃げ、ようやくマグノリアの家が幹の合間から遠く見えてきたところでまたいつの間にか現れたフェルが声を掛けてきた。
フェルは足の鉤爪に斧っぽいものを掴んでいてこれで樹の幹を切るように言ってきた。
殺されるかもしれないという恐怖に駆られたジャックは形振り構っている余裕はなく言われるまま斧を振って幹を切り倒した。すると上の方で男巨人が悲鳴を上げて切れた幹と共に枝葉の間に消えていった。
へろへろな状態で地面に降り立ったジャックは落ちただろう男巨人を探すも見つからず、フェルに問いただすが「そういうものじゃよ」と笑いながら飛び立っていってしまう。
呆然とするジャックに家から出てきたマグノリアが何があったと声を掛けてきた。
ハンナが売られそうになったことから男巨人に追われて樹を切ったことまで説明するとマグノリアはジャックに持たされた荷物を見せるよう要求する。竪琴の一部を見たマグノリアは「よくやった」とジャックを褒めるとジャックの母に話をつけてハンナが売られないようにしてくれた。
「えっとつまりどういうこと?」
「その巨人の姉ちゃんは婆さんの知り合いの娘だったんだと。それで褒めてくれてハンナを助けてくれたのはわかったけどそれ以外はわからん」
「結局その男の巨人はどこいったの?」
「知らん」
「ええ………?」
「とにかくあの爺さんの言うことはまるまる信じない方がいいってこった」
なんだか腑に落ちない話だがドロシーは神妙に頷いた。