鷹の目の知恵
ドロシーが三種類の薬草を間違えずに採取できるようになった頃。
ケイティから薬研を扱う許可を得て意気揚々と作業場で薬草を擂っていた。
薬研とは船の形をした入れ物に薬草を入れて薬研車と言う円盤の中心部に棒状の把手を付けた重しで磨り潰す器具だ。理科の実験で使うような乳鉢も使うことはあるが薬研の方が大量に擂ることができるし、力を入れて擂りやすい。薬研車の把手を左右それぞれ握って円盤の外周部分を船内部に沈める。体重をかけるように上体を前後させて薬草を擂っているところでドアノッカーが叩かれる音が響いた。
監督していたケイティと目を合わせ、「はーい」ととりあえず返答する。
「俺だ!マークだ!」
「村長さん」
擂った薬草が散らばらないよう薄布をかけてドアに駆け寄る。
「いらっしゃい」
「おお、ドロシー。この間ぶり」
クマのように髭をたくさん生やしたマーク村長。
身体が大きく、家に入るのも窮屈そうだ。
「どうぞ、ソファでくつろいでいてください。今お茶を淹れますね」
マークは村長になってからあまり年数が経っていないためよくマグノリアに相談に来ていたらしい。今もドロシーが代わりに愚痴を聞いている。
今日も仕事の愚痴を聞いて欲しいのだろうと思って応接間へ促したがマークは首を振って断った。
「いや、今王都から騎士団の方々がいらっしゃっていてな。彼らの依頼で魔女様に彼らの探し人の居場所を占って欲しいそうだ」
「あ、占いですか。わかりました」
魂に刷り込みされたホームメイド手引書を脳内でパラパラ捲る。
「じゃあ、フェル爺に聞いてきますね」
『親愛なる大樹よ、その腕にて我が身をかの地へ導き給え』
家のベランダから大樹に向かって呪文を唱えると大樹からスススと枝が伸びてきて管を巻き、円状の足場を作った。それに飛び乗ると足場が上へと動き、枝葉の間を抜けていく。そして大樹の一部である一振りの止まり木でぴたりと移動を止めた。止まり木には一羽の気の抜けた顔をした鷹が止まっていて「おお、来たか」とドロシーを出迎えた。
「こんにちはフェル爺。占いを聞きに来たよ」
大樹には多くの生き物が住んでいる。
その中に一匹である鷹のフェルはマグノリアの知己で知能が恐ろしく高い。占いと言っているが実際は彼の広い情報網と知識を元に彼自身の鋭い知性で導き出される未来予測である。
マグノリアの手引書によると自分の占いよりずっとフェルの予測の方が正確で確実だという。
なので、己の不在時に占いを頼まれたら遠慮なく頼るようにと言われている。そうはいっても手間をかけているのは変わらないのでドロシーはお礼にと細かく裂いた干し芋を網に入れて持ってきていた。
「ホッホ。君は本当に律儀でかわいらしい。あのふてぶてしいマグノリアの弟子とは思えんな」
「マギー婆の弟子を名乗れるほど修行をつけてもらってはいないけどね」
「魔女が面倒をみようと思ったというところが重要なのさ。さて、村にたむろしている若造たちの探し人だったね」
依頼の内容を言わずとも察しているフェルに未だ慣れずともドロシーは「うん」とぎこちなく頷く。
「『村の西の入り口から真っ直ぐ北西に向かいたまえ。』と伝えておくれ」
「村の西口、から真っ直ぐ………北西。うん、ありがとう!」
持ってきたメモ帳代わりの黒板に内容を書き留め、持ってきた干し芋を止まり木近くの枝に吊るす。
トントンと足場を叩くとするすると下へ戻っていき、ドロシーは「またね~フェル爺」と手を振った。