村の患者
ケイティに確認を取りながらなんとか薬を紙袋にまとめて渡すことができた。
「はい、確かに~」
ジャックが受け取り、ケイティの総評が始まる。
「よくつかうのはおぼえてきた!えらい!」
「でもまだ時間が掛かるよ~」
「こればっかりは慣れだよな」
テーブルに突っ伏すドロシーにジャックは勝手にティーポッドからお茶のおかわりを注ぐ。マグノリアブレンドのハーブティーは味も香りも一級品だ。
覚えることは多いがブラック企業の時と違って怒鳴り散らす人間はいない。早く覚えねばと焦燥感はあるものの締め切りなどはないため自分のペースで勉強できる。指導役のケイティは可愛らしい猫の姿で教え方も優しく癒される。ミスが起きないように見守ってもらえる上、取引相手のジャックも新人教育に協力的でありがたい。できないことだらけでへこむ毎日だがやりがいがある。休暇らしい休暇はないが毎日が休暇のようにのんびり日々が過ぎていく。
「お、クッキー綺麗に焼けてるじゃん」
「わかる⁉やっとオーブンのくせがわかってきたんだ!」
オーブンに住む火の妖精をなだめすかせながら焼いたクッキーは今までで一番のできた。初めてのお菓子作りをケイティに教えてもらいながら焦がした時は自分には才能がないのではないかと落ち込んだものだ。
「まあ、この家は妖精が住んでいる分便利なところはあるけど妖精の気分によって不便なこともあるし。ドロシーは頑張ってる方だと思うぜ?俺だったら三日で逃げ出してる」
「ジャックはこんじょうがないからみっかももたないとおもう」
「そうだなお前みたいな口の悪い妖精もいたんだった」
ジャックの皮肉にケイティは思いっきりパンチを食らわして頬に肉球型の痣をつけた。
爪を出さなかった分、優しい。
「ちょっとずつできることふえてる。ドロシー、がんばってる」
「ありがとう、ケイティ」
ケイティの背を撫でてあげると「うふん」と満足そうに息を吐いた。
「そういえばシンディのお母さん、あの後お加減はどう?」
「最近散歩してるの見たからいいんじゃないか?」
シンディとはここらで一番の商人の娘だ。
シンディの母は病気がちでマグノリアが出立する前日も体調を崩していた。急に村長から呼び出されてマグノリアが顔合わせに丁度いいとドロシーを同行させた。マグノリアに言われるままお湯や水を運んだり道具を洗ったりと些細な手伝いをした。処置を終えて村長にドロシーを紹介した後、マグノリアは「じゃ、あとはよろしく」と言ってさっさと旅立っていった。村長と一緒に呆然としてその背を見送ったのは記憶に新しい。
また母が体調を崩した時は頼むとシンディから言われているドロシーとしてはいつ呼び出されるか分からず戦々恐々とするしかない。シンディの母用の薬は余分に在庫が置いてあるし、ケイティからも対応の仕方は習っている。
だが、不安がなくなることはないのでジャックが来るたびにシンディの母の体調をつい聞いてしまう習慣ができた。
「ごめんねいつも聞いちゃって」
「いいよいいよこんくらい」
「そうよ。かんじゃのようだいをはあくしておくのはわるいことじゃないわ」
ケイティがちょいちょいと前足でドロシーの腕を叩いて慰めてくれる。
「元々婆さんは薬だけシンディに渡していくつもりだったみたいだし。むしろ見習いでも看てくれるやつがいるんだからマシってもんだろ」
「ありがとう。………クッキー少しだけ持ってく?」
「お、やりぃ。母ちゃんのご機嫌取りに有効活用するわ」