7話
「ここのカフェ、マドレーヌが美味しいんだよ。昔、好きだったろ?」
「うん! よく覚えてたね」
「そりゃあ、朱ーーじゃない。今はラビルちゃんだったね。君の好みなら何でも覚えているからね」
「まーた、そういう冗談ばっかり言うんだから」
お祭りで偶然出会ったトーイは、ラビルが前世を思い出してから初めて前世の記憶を持った人物だった。
初対面の男性と親しげに話す様子をアニモが不思議そうな目線で見ている事に気付くと、ラビルがフォローするより早くトーイが口を開く。
「ご挨拶が遅れて申し訳ございません。私はシラセフ男爵家のトーイと申します。姉のミラーナが先日、ラビルお嬢様とお会いしてあまりに楽しかったみたいで、ぜひ私もお会いしたいと思っていたので今日、祭りに来て良かったです」
爽やかな笑顔で優雅に一礼してから、スラスラと台本でもあるのかと言うくらいに自然な言い訳を口にすれば、アニモはなるほどと頷く。アニモ以外に付いていた護衛の男性数人も警戒していた空気が和らいだから、トーイの言葉に納得したようだ。
トーイは前世でも、こういった交渉術に長けていたのを思い出す。兄は優秀ではあったが口下手な部分があり、あみ姉は優し過ぎて相手の要望を聞きすぎてしまう部分があった。
そういった時は必ずとも兄の出番で、兄の要望を分かりやすい言葉で伝えて施設の子供達をまとめていたし、あみ姉が子供達を甘やかし過ぎてしまった時には優しく注意したりしていた。
ある意味では誰よりも大人っぽい部分があり、わたしはそんなとも兄が憧れであり……初恋でもあった。
(とも兄、変わってないな。はぁ~、やっぱり今も昔もカッコいい……!)
前世では線の細い少年のような雰囲気だったが、今世ではかなり鍛えているのか服の上からでも筋肉がしっかりと付いているのが分かる。ミラーナと同じ金の髪と青の瞳に、甘めな顔立ちは通りかかる女性達の目線を独り占めしていた。
前世でも一生懸命、とも兄には恋のアタックなるものをしていたが、朱音ちゃんは可愛いね、と軽くかわされてしまう日々だったが今のわたしは前世とは違う。
前世ではまだ12歳になったばかりで栄養も豊富ではなかったので、スタイルに凹凸は皆無。髪も毎日ブラシで梳かしてはいたが、元の髪質が天然パーマ気味でいつもまとまらなくて苦い経験ばかり。
しかし、今世はシュデリウス伯爵家という家門の息女になったおかげで食事は産まれた時から豪勢な物を食べてきたからか、15歳という年齢にして胸は同い年の少女よりかなり立派な方で、髪も艶やかで黒い髪が風に靡く度にさらさらと揺れる。その姿を見る度にいまだに感動してしまうラビルであった。
「……ところで、ラビルちゃんはどれくらい前ーー昔の事を覚えているんだい?」
ちらりとラビルの背後に控えているアニモ含め護衛の存在を気にしたトーイが、言いかけた言葉を直してやや小声で尋ねてきた。わたしは覚えていることを全てトーイに話す事にした。