4話
「ごめんなさい。失礼だと思ってはいたのだけれど、顔や声を隠すようにと弟に言われていまして……」
「い、いえいえ! 事情があるのでしたら仕方ないですし、気にしないでくださいね!」
わたしの言葉に安心したようにミラーナが瞳を少しばかり細めて微笑む。弟さんが隠すようにした気持ちが少しばかり分かるかもしれない。
なんといっても、ミラーナは美し過ぎる。
海のような透き通る瞳を縁取る瞼に、艶やかで長い金の髪。顔だけではなく、怪我をした人の為にすぐ動ける優しい心優しさまであり、更には珍しい治癒術まで使えるのだ。
「弟は……私を案じているのです。私を王家から退ける為に」
ポツリと呟かれたその言葉に、どうしてミラーナが仮面で顔を隠したり声すら出さないようにしていたのかの理由を察した。
「まさか、治癒術が使えるからって王家から縁談が来ているんですか?」
「……はい。それを変人だからと、弟がなんとかごまかしてくれていたのですが、それももう潮時かもしれません」
ミラーナは続ける。
「18歳になったら、第一王太子の正妃になる。それが義両親との約束なんです」
詳しく話を聞くと、どうやらミラーナと弟は貧しい家の産まれだった。
両親が出稼ぎに行った先で事件に巻き込まれて亡くなってからは遠縁の男爵家に引き取られた。
そんな中、ある日ミラーナが治癒術を使える事が分かると、金になると思った男爵が王家に報告し、第一王太子との婚約をミラーナには無断で行ったとの事だった。
契約上、婚約が認められるのは18歳になったらというものであり、当時10歳のミラーナに残された時間は少しだった。
無駄になるかもしれないが、ミラーナは変人だからという理由で王家側に婚約破棄をさせる為に今まで装ってきたという話だった。
現にその作戦はうまくいっていた。
そんな事情を知らないアニモなど噂を聞いただけの人々は、ミラーナを変人だと思っていたのだから。ラビルもミラーナ本人から事情を聞かされなければ、気付かなかった。
それ程までにミラーナと弟は上手くやってきたのだろう。
それなのにミラーナは初対面で会ったばかりのわたしの火傷を治す為、偶然とはいえ正体を明かして事情を説明した上で謝罪までしてくれた。むしろ、今までの努力を邪魔してしまったような状況だから謝罪をするならわたしの方だ。
「ミラーナ様、」
「いいんです、気になさらないでください」
謝罪しようと口を開くも、ミラーナは優しく微笑んでくれる。その暖かく、優しい眼差しはやはり、あみ姉と同じでわたしは気が付いたら一筋の涙が流れていた。
「や、やだ! なんで、私、泣いてなんか……!」
「大丈夫。大丈夫ですよ」
綺麗に化粧をしてもらっていた事はすっかり抜け落ちて目元を擦ろうとするより早く、柔らかなハンカチで軽く拭われる。
背中に回った腕は優しく、心地のいい優しい声が近くから聞こえる。
前世でも、たまに兄とケンカして泣いたり拗ねたりした時はこうやってあみ姉が抱きしめてくれた。
懐かしさにまた胸が痛む。
(大好きなあみ姉を、絶対に助けてみせる!)
ミラーナの腕の中でひっそりとガッツポーズを決めて、改めて決意をするラビルだった。