これからおまえになる俺!
ある日、パソコンのスイッチを入れると、画面の中にサエナイ坊主頭の子供が居た。
「何だ、おまえ、どこから来やがった。」
そういうと、その子供は少し口を尖らせて、
「おまえだよ。」という。
「何だ、俺か。」
こともなげにそう言って、「で、何の用だ。」と続けた。
「お前がどうしてるかと思って、見に来たんだよ。」
「どうもしてねーよ。おまえのままだよ。」
「おいおい、冗談だろ!ちったあ、これから、おまえになるこっちの身にもなれよ!」
「おまえに言われたくはねーよ。いいから、どけよ。今から、メール見るんだからよ。」
そういうと、無造作にマウスを動かした。
「あ、この野郎!」
メールソフトの画面が立ち上がると、そいつはその陰に隠れて、声しか聞こえなくなった。
「おい、俺の時から、三〇年も経ったんだぞ!おまえのそんな姿と現実を見せつけられる俺の身にもなれよ!」
「うるせーな。少し、静かにしろよ!折角、大事なメールが来てるんだから・・・。」
「おい!俺より大事なのかよ!」
「あたりめーだろ!あっち行けよ!」
「あったま来たぜ!」
子供はそういうと、画面の上の隙間から指だけ出して、Xを押した。
たちまち、メールソフトは姿を消し、その子供が現れた。
「あ!何すんだ、このガキ!折角、今、テレクラでしりあったおねーちゃんと・・・。」
「おまえ、そんなことやってんの?」
「あ、いや、それは・・・。って、関係ねーじゃねーか!」
「関係無いわけ無いだろう!」
「大体、おまえは何なんだよ!」
「おまえだよ。」
「・・・。」
今度は、子供の方から切り出した。
「で、何やってんの?」
「は?」
「仕事だよ、仕事!」
「べ、別に、普通に・・・。」
「普通に何だよ。まさか、普通にサラリーマンやってますなんか言うんじゃないだろうな・・・。俺たちの時代なら、サラリーマンが普通だったけど、今はそればっかりじゃなねーって事くらいしってるんだからな。当然、『フリーのライターやってます』くらい言うんだよなー。」
「・・・。」
「普通のサラリーマンかい!」
「悪いのかよ!」
「別に・・・。幼稚園の時の夢は「博士」で、小学校の時の夢が「プロ野球選手」だったんだろ。で、中学生のときが・・・。」
「いーじゃねーか!俺の生活に干渉すんなよ!おめーだって、心の中では、そんなもんになれねーってことくらいわかってたじゃねーか。」
「ま、それもそうだな。」
子供は一転、画面の中で肩をすくめると、そのまま、続けた。
「で、どうよ。」
「何が・・・?」
「会社よ。いってんだろ?いい年なんだから、課長くらいやってんでしょ。」
「係長だよ!・・・って、おまえに言われたくねーよ。」
子供はちょっと、後ずさりすると、そこへ腰を下ろし、そのまま、寝そべると、片手で頭につっかえ棒した姿勢で話を続けた。
「で、どうよ。」
「だから、係長だって言ってんじゃねーか。」
「違うよ。会社の中での立場はどうだって、言ってんだよ。」
「・・・。」
「さえねーみてーだな。で、結婚は?してるんだよな?」
「・・・。」
「してねーのかよ!いい年こいて・・・。」
「したよ!・・・、っつうか、してたよ・・・。」
「別れたのか!」
「何で、おまえにそこまで言われなきゃならねーんだ!」
「おまえだからだよ。」
「・・・。」
また、しばらく、間があって、今度はこちらから切り出した。
「もう、いいだろう。こっちは、今から、明日のデータ作らなきゃならねーんだからよ、もう、どけよ。」
子供は、ゆっくりと起きあがった。
「そうだな。おめーにはおめーの今の生活があるしな。」
「だから、おっさんみてーなこと言うんじゃねーよ。大体、おまえは何なんだよ!」
「おまえだよ。」
「・・・。」
そういうと、子供はくるっと、きびすを返して歩き始めた。
でも、俺にはわかっていた。
こいつは、立ち止まって何か言うと。すんなり帰らないんだと。
だって、俺がいつも、そうしていたから。
子供は、足を止めると、そのままの姿勢で振り返らずに、「ああそうそう、ひとつだけ、聞いておきたかったことがあったんだ・・・。」
(いつも、殴られてばかりいた親父のことか・・・。俺もちったあ、可愛いところがあるよな・・・。)
そう思っていると、子供は、
「1999年に人類は滅亡したのか?」と。
(・・・ノストラダムスの大予言かい!)
思わず突っ込みそうになったが、それを抑え、
「してねーよ。な~んにも無かったよ。」となぜか、優しい口調で言った。
「本当にしてねーのか?」
「ああ、してねーよ。」
「そうか・・・。おまえらは、1999年におだぶつになってしまってるのに、それに気づいていないだけじゃないのか?」
それだけ言うと、こちらの返事を聞くことなく、子供は画面の中に消えていった。
「おい、また、来いよ。」
そう呟くと、遠くから、
「もう、来ねーよ。」と微かに聞こえた。
子供がいなくなってから、しばらく、私は真っ暗な画面を眺めていた。
スクリーンセーバーが動き始めた。
「1999年に人類は滅亡していて・・・、気づいてないだけか・・・。」
画面から目をそらすと、「かもな。」とだけ呟いていた・・・。