バゼリア商会①
街を歩いていると、人の気配が少ないことに気づいた。
いつもなら商人の声や、元気な子供の笑い声が飛び交っているこの通りが、今はまるで誰かの咳払いさえ躊躇われるほど静まり返っている。
湿った空気が肌に纏わりつく。
イリーナが隣で警戒するように辺りを見渡し、静かに囁いた。
「……妙ですね。いつもはこの辺り、屋台が並んで賑わっていたはずですが」
ウィンリーも口をとがらせ、訝しげに言う。
「なんか変ですね? お店の人たち、荷物出したままいなくなってますです?」
確かに、幾つかの露店は商品を陳列したまま、主の姿がない。
パン屋の籠には焼きたてと思しきバゲットが山積みになっているのに、買い手も売り手もどこにもいない。
──異常だ。
何かが起こっている。ただ事ではないことが。
「誰かに話を聞くべきだな……」
そう呟いたとき、懐かしい声がふと風に乗って届いた。
「……ミツボシ様?」
振り返ると、そこにいたのは――フィオナだった。
白銀の髪を丁寧に結い、深紅のリボンでまとめた彼女は、上質なドレスに身を包みながらも、どこか焦燥の色を隠しきれない面持ちでだった。
「やはり……あなたでしたか。まさか、こんな形で再会するとは思っていませんでした」
フィオナの瞳は、あの時と同じように透き通っていた。病に苦しんでいた頃の面影は今はなく、顔色は良く、立ち姿も凛としている。
「フィオナ。体は完全によくなったんだな」
俺がそう言うと、彼女はふっと微笑んで頷いた。
「ええ。あの時いただいたスープ……本当に、命の恩人です。いくら感謝しても足りません」
彼女は頭を下げる。
「これは一体どう言う状況なんだ?」
俺の問いにフィオナは表情が陰り、視線が地面に落ちる。
「どうか、こちらに来てください。お話ししたいことがあります」
俺たちはフィオナの屋敷へ向かった。
* * *
フィオナの屋敷に着くと、広々とした応接室に案内された。応接室は手入れの行き届いたアンティーク家具が並んでいた。
しかし、この間いたはずの召使いたちの気配がほとんど感じられなかった。
「数日前から、街で人が消える事件が相次いでいます。最初は浮浪者や労働者でしたが……今では、商人や使用人までもが消え始めました」
フィオナは静かな口調で語った。
「そして。行方不明者の多くが、“バゼリア商会”と関わりを持っていたのです」
聞き覚えのある名だった。数ヶ月前、他の街でも商会を巡る不正が噂されていた。闇取引、密輸、そして裏で操るような謎の貴族の存在。
「バゼリア商会とフィオナの家は、関係があるのか?」
「……ええ。以前、我が家は借財を抱えていました。その時、バゼリア商会に助けを求めたのです。結果として、彼らの影響下に置かれることになってしまいました」
彼女の声には、悔しさと後悔が滲んでいた。
「きっと今も、あの商会の地下で何かが……人が、誰かが囚われているかもしれません」
俺はゆっくりと静かに、深く息を吸い込みながら言った。
「よし。調べてみよう」
フィオナの瞳に光が宿った。
俺たちはバゼリア商会の闇の奥へ向かった。




