表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/28

森の中の精霊マリアベル

 深緑の森を縫うように、小川のせせらぎが響いている。

俺たちは新たに開墾しようとしている畑の水源を求め、木漏れ日の中を歩いていた。


「このあたりに水脈が、本当にあるのか?」


エルリックが地面を蹴るが、硬くて容易には割れない。

俺は小川のほとりから聞こえるわずかな水音に耳を澄ませた。


――カサリ。木の葉が擦れる音。


「……誰かの声?」


ウィンリーが目を輝かせ、小枝を払いのけると──

そこにいたのは、一人の少女だった。

膝までの蔓に絡め取られ、薄紫のローブは泥にまみれ、表情は震えている。髪は淡い緑色。

額には小さな、花の蕾を思わせる紋章が浮かんでいた。


「た、助けて……」


その声はか細く、しかし確かな意思を含んでいた。


「今助けてやるぞ」


俺は駆け寄り、ウィンリーとイリーナ、エルリックも続く。だが、絡みつく蔓はただの植物ではない。魔力を宿し、鋭いトゲが俺たちを拒む。


「魔縛の蔓……ひと筋ずつ斬るしかない!」


俺は腰の包丁を抜き放ち、一閃。イリーナは風の呪文で棘を吹き飛ばす。


「あと少し……!」


最後の蔓を斬り裂くと、少女は大きく息を吐き地面へ崩れ落ちた。

切り裂いた蔓は枯れ果てて黒い粘液を滴らせている。


「大丈夫か?」


俺がそっと肩を抱えると、少女は震える声で言った。


「……私は、マリアベル。森と植物の精霊を守る者……ドリュアス族です」


泥まみれの顔を上げたその瞳には、恐怖と安堵、そして感謝が混じっていた。


「ドリュアス族………ああ、その種族なら聞いたことがありますぞ。確か植物と会話し、大地を癒すとか」


 マリアベルは小さく頷く。


「はい。私たちは“木々の声”を聞き、“花の想い”を紡ぐ役目を持つ者たちです。ここは私達――森の精霊たちの庭なのです」


 精霊たちの庭……? 森の精霊というのはドリュアス族、植物族のことを指すのか?


「それが、一体どうしたって言うんだ?」

「この魔縛された蔓はこの森に侵入した瘴気の根――精霊を蝕む寄生種によるものです。私はそれを浄化するために追っていたのですが、逆に捕らわれてしまいました。その“根”を放置すれば、被害は拡大しこの森、いえ、この世界の森を蝕み枯らせてしまうでしょう」


 なんだって! 俺たちの野菜も困るじゃないか。


「……この土で、畑を作りたいと思っているんだ。稲を、水を使って育ててみたくて」

「稲……お米?」


 マリアベルの目が、初めて好奇の色を帯びた。


「そうだ。地上の文化を取り戻すためにも、炊きたてのご飯を食べたいんだ」

「ふふ……素敵な夢ですね」


 彼女の手が、そっと俺の手に触れた。

髪に混じる柔らかな葉のぬくもりが伝わり、その掌には確かな力を感じた。


「その“根”を放置すれば、庭の大地も枯れてしまう。俺たちの野菜も困る。だから、俺たちがこの森を、君を守る。俺たちと一緒に来てくれないか?」

「あなたは?」

「俺は……ミツボシ。料理人だ。マリアベル、ぜひ力を貸してくれ」


俺は静かに言い、手を差し出した。

マリアベルはぬれた髪を掻き上げ、微笑んだ。薄緑の涙が頬を伝う――それは喜びの証だった。


「はい、これからは……共に戦い、共に育てましょう。大地と命のために」


彼女は差し出した俺の手を力強く握り返した。

 森と庭と料理をつなぐ、新たな“緑の守護者”として──その日、小さな世界に大きな絆が芽吹いたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ