幻想湖のフグ豚と涙の刺身➀
白銀の砂浜がさらさらと波に洗われていた。
洞窟の中とは思えないほど明るく、湖面は宝石のようにきらめき、そこには言葉を失うほどの美しさがあった。
「うわー……綺麗な湖ですー!」
ウィンリーがキラキラと目を輝かせ、手を広げて駆け出す。
「こんな美しい場所は初めてですわ。魔界ではドロドロの溶岩に苦痛と悲鳴しかありませんもの」
さらっと怖いこと言った、イリーナ!?
魔界には絶対行きたくない。
俺たちは迷宮を突破し、この秘境の湖に辿り着いた。ここまで辿り着けた者は数少ない。だからこそ、この水晶のような景色は手つかずのまま残っているのだろう。
その湖の中には――あの《幻光の珍魚・フグ豚》がいる。
フグ豚は水深が深い場所には生息していないらしい。なら、簡単に捕まえられるかな。
「よっしゃ、捕まえるぞ!」
俺が言うと、なぜかウィンリーとイリーナが服を脱ぎ始めた。
「ちょっ、待った、お前たち!!」
慌てて俺は手で目を覆いながら言った。
「なんですか?」
「まさかお前達、裸で入るんじゃないだろうな!?」
「えっ、だって水の中ですし、お風呂と一緒じゃないですか?」
ぜっ、全然違うから。
この世界で“水着”というものはないみたいだ。
「せめて下着くらいつけてくれ!」
「わかりましたーーー」
二人は渋々了解してくれた。
そうして、俺たちは湖の中へ。
水中はまるで夢の中だった。エビのような身体にタコの足を持つ異種魚や、虹色のウロコを持つ魚たちが泳ぐ幻想世界。
「ミツボシ様ー! 見てください!」
ウィンリーが手招きする先に、それはいた。鼻がブタで、身体は丸いピンク。尾ビレは鯨のように平たい――まさしく、伝説の食材《フグ豚》!
ミレイユの話ではこの《フィングガン》をエラの下に突き刺せば、軽い電撃で気絶させられるらしい。
「ミツビシ様、見ててください!」
ウィンリーがフグ豚を掴もうとした瞬間、色がドス黒く変色した。
「……毒化した、です……」
フグ豚、マジで繊細すぎる。
ウィンリーも触ったかどうかわからないレベルだぞ。
攻撃力はないが捕獲がかなり難しいぞ。
さすが、特殊クエストだな。
俺もウィンリーに続いて試してみる。
「くっ、ダメか!」
毒化!一瞬のミスでアウトだ。
う~ん、どうしたらいいんだ?
この《フィングガン》をエラの下に突き刺せばいいのはわかるが、どこに毒袋があるかわからない。
毒袋に刺してしまうと毒化しちゃうし。
俺はステータスを開いた。
んっ!?
ステータスに【感知能力】のスキルが入っているぞ。
これで毒袋の位置がわかるんじゃないのか?
俺は【感知能力】スキルを発動させる。
すると、視界が鮮明になりフグ豚の体の一部にドス黒い袋があった。
これが毒袋か?
これなら簡単に毒袋がわかるぞ。
俺は数匹確保したところでいったん水面へ浮上した。
「いっぱい取れましたねー!」
息を整えてから捌くを発動させ、フグ豚を捌く。
毒袋を取り除いたフグ豚は――銀色の宝石のように輝き出した。
「うわー、きれいー……」
「まるで宝石みたい……」
これが幻光の魚と呼ばれる由縁か。
そして俺はフグ豚を刺身にして盛り付け、万能圧力鍋で特製の白子酒をつくる。
【料理名:フグ豚の光る刺身&フグ豚の白子酒】
「さあ、食べるぞ!」
「いただきますです!」
一口啜る。
「ぷはぁー」
舌の上でクリームのように溶け、酒の熱と交わって深いコクになる。うますぎる……!
続いて、薄く透けるように切ったフグ豚の刺身を口に――
一口食べたウィンリーとイリーナの表情が、言葉を失ったかのように変わる。
「……なにこれ……舌で、溶けて……」
「味が、口の中で光ってる……!」
俺も一切れ口に運ぶ。
――ふわり。
淡い甘みと、ほんのり海の香り。そして、舌の上で“光る”ような旨味が広がった。
まるで光そのものを食べているような……そんな錯覚。
「これが……“命の煌めき”……!」
俺はステータスを確認する。
【 名 前 】 月島光星
【 年 齢 】 33
【 職 業 】 かけ出し料理人
【 レベル 】 5
【 体 力 】 50
【 攻撃力 】 50
【 防御力 】 50
【 魔力 】 20
【 料理技 】 ぶった斬り、捌く
【料理スキル】 作物栽培 調味料精製 感知
【 関連道具 】 万能圧力鍋 アイテムボックス
……よし、上がってる。
幻の魚、フグ豚との出会いと美食を堪能した。
俺達は帰路するのも苦戦しながら迷宮を脱出し、無事ギルドに戻った。
そして――ギルドカウンターにフグ豚を十匹程ドンっと置いた。
「こ、これは……フグ豚!? しかもこんなに大量に……!!」
受付のお姉さんは顔を引きつらせ倒れた。