死亡
「ん?」
俺の名前は月島光星
大手飲食店に入社。
現在一人暮らしの33歳。彼女はいない。
俺は気ままな独身貴族という訳だ。
まぁ、忙し過ぎて彼女を作る時間もない。
なぜなら………
「おい、そこ手が止まってるぞ」
「す、すいません」
俺は怒鳴られ急いでシンクの皿を洗う。
そう、俺は大手の飲食企業した。
飲食店に入社したのはいいが配属先では、食器洗いやら、ごみ捨てやら、芋の皮むきやら、雑用ばかりやらされている。
更にここには社畜と呼べる問題がある。
「お前ら、ちゃんと働いてるか? 働かないと給料出さないいからな!」
このご時世において、パワハラ発言をするこの男。
名は河谷茂。
俺の上司だ。
無茶振りの仕事を俺たちに言って、給料を奪っていく悪魔だ。
「今日はいつにもより、機嫌が悪いな」
「なんか、娘さんが口も聞いてくれないらしくて、イライラしてるみたいですよ」
俺の隣でそう言う女性は、川口美波。
俺の後輩だ。
「それで俺たちに八つ当たりってわけか」
「本当にやめてほしいですよね」
「河谷さんは部長のお気に入りだから、しょーがねーよ」
川口は溜め息を吐きながら話言う。
「人生って不公平ですよ。仕事出来なくても気に入られちゃえば、出世できちゃうんですから」
川口は顔が小顔で美人だから、他の仕事でもいける気がするが……。
「あぁー、商品企画に応募しようかなーー、それに受賞すれば給料アップだし、出世するじゃないですか」
「お前は給料とか、出世より食べるのが目的だろーが」
美波はテヘヘっと笑った。
この会社には開発企画と言う企画がある。
説明すると要は………、
【開発企画】
文字通り新しい商品を開発する企画。
それに提案して受賞すれば出世コースが約束される。
ただし、その賞を受賞するには狭き門である。
何百種類の案の中から数個に絞られる。
その残った案を実際に試験品として製作し、売り上げを達成できたものが開発賞を受賞できる。
その狭き門をクリアしたのが、今の現社長、剛田剛太である。
剛田剛太は一度だけの受賞だけでなく、斬新なアイディアと発想で他社にまねできない商品を生み出し続けた。
そのおかげで、この会社は業績を伸ばし急成長した。
叩き上げのやり手社長なのだ。
そう思っていると、河谷がぬくっと顔を出した。
「おいおい、手が止まってるぞ!! サボってんなら、給料下げるからな!」
「もう下がり過ぎて、これ以上は困りますよ」
「そうですよ、止めてくださいよぉぉ」
これ以上下げられたら、タダ働きも同然だ。
河谷はニヤっと微笑んだ。
「黙れ! お前らが無能だから悪いんだ」
ドSか。
いやドを通りこして超が付くだろう。
はぁー、今日も徹夜か…と思いながら作業進めた。
そして、店が閉店してから。
「川口ー、あとはやっておくから先に上がっていいぞー」
俺はバケツのゴミを片付けながら川口に言う。
「ありがとうございまーす。 あっ!」
川口が厨房の壁に貼ってある開発企画応募のポスターを見て言う。
「先輩、今回の開発企画は応募はするんですか?」
「俺は応募はしないよ」
「えー、なんでですかー? 先輩なら絶対に採用されますって。この前こっそり作った賄い料理、めちゃくちゃ美味しかったですもん」
前に腹が減ったとうるさい川口に店の余り物を使った賄いがどうやら、大絶賛だったみたいだ。
確かにこの会社に入社して一度も開発企画に応募してない。
いや、今考えれば小学生のあの日から……か、
始めて包丁を握った日のことを覚えてる。
母親に包丁の持ち方が危ないって怒られたっけ。でも、料理の素質があるって、ちょうどやってた料理コンテストに軽い気持ちで応募したら賞をとったな。
俺も開発企画に応募すれば賞を取れるかな?
いや、よそう。
無駄だ。
無駄無駄。
あれは小学生の時の話し。今とは状況が違う。
こんなことを考えるのは無駄だ。
そんな昔の事を思い出していると、
「「「キャーーーーーーーーーー」」」
悲鳴が聞こえた。
何だ?何が起きてる?!
「どけ!殺すぞ!!!」
悲鳴のする方へ駆け寄る。すると、元同僚の山田が発狂していた。
手にはナイフらしき物を持っている。
「山田、落ちつけ」
「うるさい、あの河谷をぶっ殺しに来たんだー、お、俺をコケみたいに扱いやがって」
彼は河谷にお前みたいな奴に給料を払うのは勿体無いと言われて、強引に仕事を解雇されたのだ。
山田はその腹いせに河谷を襲いに来たみたいだ。
「どけぇぇぇーーーー」
山田はナイフを振り回す。
正気じゃないみたいだ。そして、山田はこちらに向かってくる。
包丁のその切っ先には・・・
「川口ぃーーーーーー」
ドン!っと俺は川口を突き飛ばし、ドスッ!っと俺の背中に焼けるような痛みが走った。
「邪魔すんなぁーーーー」
俺は他の同僚に取り押さえらる山田を眺めて、川口の無事を確認する。川口が叫び声をあげながら駆け寄ってくるのが見えた。
突然の事態に茫然となっているようだが、怪我はなさそうだ。
良かった。
それにしても、背中が熱い。痛いとかそんな感覚というか、背中が熱い。
刺されたのか?
刺されると熱いものなのか?
刺されて死ぬとか、ないわぁ……
「月島さん、血、血が……血が止まらないです」
血?そりゃ、出るよ。俺だって人間だ。刺されたら血くらい出るさ!
しかし、痛いなぁ……
「月島さん、月島さん、しっかりしてください…」
大した事ないさ。心配すんな。
真っ青な顔で泣きじゃくりそうな顔をする川口。
川口、せっかくの美人が台無しにだぞ。やばい、視界が霞んでよく見えない。
背中の熱さが感じられなくなり、かわりに猛烈な寒気が俺を襲った。
人は血液が足りないと死ぬんだっけか。
てか、だんだん熱さも痛みも感じなくなってきた。
寒いのだ。
寒くてどうしようもない。何てことだ……寒さで凍えるとか。
と思っていると………目の前が不気味なワインレッドに染まった。
00:30
なんだ? 何が起きてる?
頭の中から突如、数字のカウンタダウンが響き始めた。
00:15
これが死ぬときの光景なのか。
数字のカウントが流れる。
うるさいなぁー。死ぬ時くらい静かにいかせてくれ。
00:10
現在一人暮らしの33歳。彼女はいない。
何ということもない普通の人生。
俺は気ままな独身貴族。
彼女の一人や二人作って楽しめばよかったなー。
00:05
これが俺の人生の幕引きか。
俺の息子もさぞ泣いてるだろうなー。
すまんな、お前を大人にしてやれなくて……
次生まれ変わる事が出来たら、声かけまくって、喰いまくるぞ……
00:00
ビキン!
ワインレッドの視界から大きな亀裂が生まれ、俺はそれに飲み込まれる。
痛みも痒みも感じられない。
(これが死ぬって事なのか……思ったほど、寂しくないもんなんだな)
それが月島光星が、この世で思った最後の言葉だった。