もう、取り返しはつかない。
夏の暑い日差しが照り付けて、直射日光が肌にチクチクと刺さる。高校二年の智哉は、今年の進級以降右肩上がりで中よりパラメータが上昇した梨沙と並んで、ブロック塀立ち並ぶ住宅街を歩いていた。
「ねえねえ、智哉! 聞きたいことがあるんだ」
今時やや珍しくなった麦わら帽子を斜めにして被っている梨沙は、うっすらと汗がにじみ出ている。手にはアイスが握られており、暑さで溶ける速さと戦っている。
「何だ、宿題代行はもう聞かないぞ?」
彼女、智哉をパシリか下僕かのように扱う。つい先ほども、硬貨二枚を手のひらに押し込まれ、今彼女がなめているアイスを買って来た次第である。智哉自身が宿題に手をこまねいている時に限って、梨沙の課題が上乗せられるものだから、提出期限を二人そろって破ってしまったこともある。
とはいえど、やり方に軽蔑の念は無い……と思いたい。どうしても理解不能で手つかずのものしか、課題を智哉に回してこないのだ。パシリも、三回に一回のペースだが梨沙のおごりで同じものを適当な場所の屋根の下、二人向かい合わせで食べている。お駄賃のつもりなのだろう。
そんな梨沙のことだから、またお使い指令か、はたまた替え玉か。それくらいだろうと思っていた。
「……智哉って、彼女いるかな?」
……何だって?
それが、智哉に浮かんだ最初の感想だった。
プライベートなことに踏み込んでこられたのは、今回が初めてだった。それまではたわいも無い雑談か、公式の導き方か……。私的なことのやり取りは、ただの一度も無かった。
どうすればいいのか、分からない。心の中の雑音がどんどん大きくなっていく。集中したいのに、妨害される。
この質問の後は、何が来るのだろう。からかいの言葉が来てもおかしくはない。『何を想像したの?』と、あしらわれるほど恥ずかしいものはない。
「……いなかったとしても、梨沙なんか恋愛対象の『れ』の字も出てこないね!」
だから、叫んでしまった。とにかくこの場を収めたいと、勢い余って巨大な嘘を吐いてしまった。
梨沙の顔が、険しくなった。唇を必死に噛みしめていて、目はそっぽを向いていた。
しまった、と思っても、もう遅かった。
「……智哉、ちょっとひどすぎない? ネタで言ったとしても、もっと言い方ってものがあるよ……」
梨沙の取り繕った苦笑が、より一層智哉の精神を傷つける。
彼女は、無言になってしまった。
先読みをし過ぎて、心にもない事を発言してしまった。凹んでしまった関係をしゅうふくすることは、最早不可能に等しかった。
梨沙の問いに正直に答えていたら、どうなっていたのだろうか。今となっては、絵に描いた餅だ。パラレルワールドの行く先を想像力で補っても、その未来は二度智哉の前に現れる事は無い。
――――――この事件の後、梨沙が智哉に親しく話しかけることは無くなった。
『面白い』、などと感じた方、ブックマーク、評価、いいねをよろしくお願いします!(モチベーションが大幅に上がります)
また、よろしければ感想も書いてくださると嬉しいです!