8 ハーバル大魔女登場! 彼女は何者なのか?!
万事休すかと思われたその時、男が走り去った奥の道から歓声が上がった。俺は急いでディスティニーから降り、歓声のあった所に行くと黒いローブを被った女性が男を覆いかぶさっているのが見えた、近くにはバッグがあり、俺はすぐに追っている人物だと気付く。
「いてえよ、何すんだよババア!」
口悪く男は女性を罵った。
「ババア? ハッ、自分の行いを見てから言うんだな。――ほら、騎士様の登場だ。観念しな」
「―――お前は漆黒のアレク?! どうしてお前がここに…クソっ!」
俺たちの周りには人だかりが出来ていた。
ババア――そう形容するには若い30代の女性に捕まっている男は、忌々しく地面を手で叩いた。
漆黒のアレクという2つ名を聞いて俺は頭を抱えたくなるが、使命を果たせたことに心底ほっとした。大の大人を組み敷いている謎の女性の存在が気になったが、取り敢えずは自分のやることを思い出し、男に向かって宣言する。
「そこのお前、先程女性からバッグをひったくったな。こちらへ来てもらおうか。こちらの騎士団に引き渡す」
俺が大声で宣言すると、おおっ!と周りから歓声が上がった。ローブ姿の女性は女性とは思えない力で抑え込んでいたらしく、男を引き渡す時には男はだらんと身体を俺に預けた。どうやら抵抗する気はないらしい。
俺が指示したわけではないが女性は男の右腕を、俺は左腕を持ち、近くの騎士団の一行に引き渡すことが出来た。
俺と女性はディスティニーを連れて自然の流れで、ファイブと女性の待つ場所に移動することになった。
「あの、ありがとうございました。お陰で助かりました。えーと…」
隣で歩いている女性に名前が分からず思考を巡らせると、女性が男勝りの勝気な笑みで笑った。
「ハーバルだ。お前も騎士団の一員なんだろ? 漆黒のアレク」
「っ、あ、あの漆黒のアレクというのは本名じゃなくて…」
ただの恥ずかしい2つ名だ、と顔を真っ赤にしつつどこかで聞いたことのある名前に首を傾げる。
そんなことを話していたら前からよく聞いている声が聞こえてきた。
「アレク!」
俺を呼んだのはファイブだった。いつの間にか歩いている内に目的地に着いたらしかった。
「へェ、珍しいこともあるもんだ。よォ、久しぶりだな『呪いの子』」
「…『呪いの子』?」
ハーバルはファイブにそう言った。まるで知り合いかのように言われたがそれにしては『呪いの子』とは不穏になる言葉だ。
どういう意味かと訝しく俺とバックをひったくりされた女性がファイブを見る。
「ハーバル……」
そこには腹の底から憎たらしいと言わんばかりのファイブの言葉が、アーリー市場に響き渡ったのだった。
◇◇◇◇◇◇
ひったくりにあった女性にこれでもかとお礼を言われ、彼女と別れた俺たちはファイブ、ハーバル、俺、長旅で疲れて寝ているセーブたんで行動することになった。
――――魔女に会いに行く
――――魔女の名前は、ハーバル。…知ってるか?
ファイブの言葉が蘇る。あの言葉の通りなら、この旅の目的が叶ったと言う事だ。それなのに、ファイブはずっと不機嫌だった。俺と旅をしている時は終始機嫌が良かったから、その妙な迫力のあるオーラに俺はソーシード騎士であるのに関わらず心臓を早めていた。
この人がハーバル大魔女…――。
ジロジロと見てしまうのは、彼女がどこか迫力のある美女だからだろうか。
黒いローブから見える赤いウェーブのかかった髪の毛。30代に見えるが、言葉遣いは完全に男で、赤い目が綺麗な人だ。俺には気さくに話しかけてくれるが、ファイブには気さくではあるがどこか棘のある含みを乗せて話すので聞いているこちらがドキドキしてしまう。
「あのどこに向かっているんですか…」
「おう。言ってなかったか、私の家だ」
「―――げ」
―――げ?
ファイブの口から心底嫌そうな言葉が発せられる。
ハーバルの家には何かあるのだろうか?
そんなことを考えていると、ハーバルがある一軒の家に止まった。徒歩で1時間というところだった。
「ここが私の家だ。どうだ、懐かしいだろう呪いの子」
「……」
ハーバルの言葉に無言で返すファイブ。
懐かしい、ということは前にもここに来たことがあるということだろうか。一般的な木造一軒家より古そうなどこにでもありそうな家だ。魔女というのだから、もう少しおどろおどろしいものだったらどうしようかと思っていたので少し安心した。
ハーバルは家の扉の鍵を開けて、俺たちを出迎えた。
「ようこそ、私の『ハーバル大魔女の家』へ!」
「自分で『大魔女』とか言うなよ…」
「はいそこぉ、ぐちぐち言わない!」
「わ、わぁああ……!!」
俺は目をぱちくりさせてハーバル大魔女の家に入った。まず俺が感じたのは『香り』だ。ハーバルは薬草に秀でた魔女だとセーブたんから聞いた。この匂いは殆どが薬草の匂いなのだろう。様々な薬草の匂いで充満したこの家は他の家とまるきり違った。家具で溢れるだろう家が、薬箱で溢れ四方八方を囲っている。
番号が書いており、全部が薬草だと思うと俺はまるで宝箱のような気持ちになる。
もし彼女がうちの村に居たら両親は生きていたのかもしれないと思うと何だか胸が痛んだ。
「すごいですね! これ全部薬草なんですか?!」
虚しさを払拭するために、俺は感極まったように叫んだ。
「そうなんだよ。すごいだろう! ここまで集めるのは苦労したんだ。アレク、分かってくれるかい?」
「はい! 途方もない年月がかかった場所ってことが分かって俺、今感動しています!」
「ははっ、アレクは呪いの子とは違って素直でいい子だなァ!」
がはは、とハーバルは大きく笑っている。
「……」
アレクと親しく言うが、ファイブは『呪いの子』と言っている。
そのことに気になりつつも俺は聞けなかった。どうして呪いの子って呼ぶんですか――?なんて、普通に言ってしまったら失礼じゃないか?
「ハーバルの家自慢は飽きた。早く本題に入れ」
ドカッと、リビングの椅子に座ったファイブはどこかの王様のようだった。いや、王子なのだから当たり前なのだかこういう光景を見るとドキッとする。
「そんなに急くなよ、この子は気になってるみたいだぜ? どうして私がお前の事を『呪いの子』と呼ぶのか、とか。どうしてお前が私に会いたいのか、とか。わざわざどうして自分がファイブの護衛に任された、のか、とか」
「ッ」
俺は心が読まれたのではないかと思い思わずのけ反る。
そんな俺の様子にハーバルはニカッと笑う。それはまるで女性とは思えず、男性に見えたが下を見ると大きな胸がついており俺は混乱したのだった――。




