5 同じ部屋でドキドキお泊り?!
「はぁ…やっといなくなった…」
俺は周囲を見て、スピナーが消えたことを確認すると大きくため息をついた。
「ぶるる…」
「お疲れ、ディスティニー」
ディスティニーから降りると鼻を鳴らして俺にすり寄る。黒髪のたてがみが顔に当たってくすぐったい。甘えたがりの所は幼い頃から変わらない。可愛くて撫でていると、視線を感じた。
「随分と仲がいいんだな」
どうやら見ていたのはファイブだったらしい。
目を細めて俺とディスティニーを見ている。
「ずっと一緒だったからな。ファイブのその…馬…何て言うんだ?」
「あぁ、俺の馬はクロノだ。今年で4歳になる」
「へえ、俺の馬と同じだな。仲良くできるかな」
俺の言葉にディスティニーは、ファイブの愛馬であるクロノをじっと見る。クロノは白髪のたてがみが綺麗な馬だった。ディスティニーは恥ずかしそうにふいっ、と顔を逸らした。
「おいなんだよ、ディスティニー。照れてんのか? 綺麗な子だもんな」
初心な反応に俺はからかう。
「ふーん。クロノは雄だけど、ディスティニーは雌なのか?」
「……」
愛馬の春到来にウキウキしたが、ファイブの言葉に一気に熱が冷める。ディスティニーは雄馬だ。
――ディスティニーお前…お前!
飼い主として応援したいようなしたくないようなそんな気持ちになる。
「取り敢えず進むか」
俺の無言に察したのだろうファイブはにやにやと笑っている。
「あぁ、そうだな」
俺が頷きディスティニーに跨ると、ディスティニーは嬉しそうに「ひひーん」と鳴いた。
「は?」
俺は――宿屋に着いて早々口を開けて呆然としていた。
サンゴ山は、スピナーの他にも大小様々な魔物がいた。それを蹴散らしつつ、サンゴ山を下り俺はアッシュ王国に入国した。危険スポットは避けて進んだが、やはり数が多いのだろう。遭遇は避けられなかった。
多くの魔物を倒し疲れた身体を休めようと、サンゴ山近くの街で宿屋を見つけ泊まろうとしたのだが。
「だから、一部屋しか空いてないって言ってるでしょ! ダブルベットだし、男二人でも全然問題ないわよ!」
ふくよかな女店主に豪快に言われて俺は困惑する。
「この辺ここしか宿屋ないし、馬宿もうちしかないわよ~! どうするのお兄さんたち!」
「えーとちなみに…近くの宿屋はここからどれぐらいかかりますか…」
「馬で2時間ぐらいかねぇ! ここは近くに森と山しかないから」
「…」
女店主はがははと笑った。
俺は項垂れる。
ここから2時間って…2時間って…。
「別々の部屋に分けられませんか」
俺はつい聞いてしまっていた。
「だからぁ、一部屋しか空いてないって言ってるだろう! 随分お兄さん忘れっぽいねぇ!」
「そ、うですか」
軽快に笑う女店主に、隣に居たファイブはにっこりと笑った。
「俺は構わない。ここしかないんだろう? お前も足が限界のようだし」
「それはそうだが…」
「じゃあ泊まるんだね! いやぁ、満室満室! 上に上がって突き当りの部屋ね! ごゆっくり~!」
「あ、ぁあ…」
女店主の勢いに負けた俺は、鍵を受け取るとトボトボと上の階に向かった。ぎしぎしと木造で出来た階段が軋む。外観を見た時も思ったが、相当古い宿屋のようだ。
――あぁ、参ったな。同じ部屋で同じベッドなんて…。ソファで寝るか…。王子には広いベッドで寝て貰おう…。
『王道の同じ部屋…! 何も起きないはずがなく…』
「だ・ま・れ…!」
テンションが上がっているセーブたんを押さえつつ、俺たちは部屋の扉を開けた。
「これは…」
「かなりボロいな」
部屋は狭くかなり古びたものだった。ホコリはないようだが、いかんせん家具が古い。宿の料金を考えると仕方がないことなのだろうが…。
――なんでベッドだけあんなに新品なんだ…?
俺が見詰めるベッドはかなり新しく、ピカピカに磨かれていた。あの女店主の趣味なのだろうか。
「狭くて申し訳ない。王子が泊まるにはかなりボロいし…、今からでも変えるか?」
「いや、いい。塔のあの部屋より小さいくらいだし」
「そうか…ならいいんだが…」
ファイブが良ければそれでいい。まぁ…いいと思う事にしよう…。
「ふぅ…」
俺は椅子に座り、一息ついた。ファイブはベッドに座っている。
かなりの長旅だったからか、足が悲鳴を上げている。
――おかしいな、ディスティニーに乗ってただけなのに…。もっと体力をつけなければな。
そんな事を考えていると。
「アレク」
「はい?」
名前を呼ばれて擦っていた足を見ていた顔を上げる。
「こっちに座れ」
「え?」
「早くしろ」
「あ…はい」
何か用事があるのだろうか。
俺は腰を上げ足を動かそうとする――が。
――ビキッ!
「いたぁ!」
立ち上がった瞬間、足に激痛が走る。
――足、吊った?!
そう思う間もなく足がよろけ…。
「うわ!」
俺はベッドに…いや…ファイブに向かって倒れ込んだ。
「―――」
身体に衝撃を感じるが、痛みはない。
恐る恐る目を開けると、そこには驚いた顔のファイブの顔が息のかかる距離に居た。
――って、俺何て事をやってんだ?! 王子に向かって倒れるなんて、無礼すぎる!
「わ、わわわ、申し訳ない! 今すぐにど、」
「随分大胆だな」
『キャー!! ラッキースケベ展開!!』
セーブたんの歓喜の声と、ファイブの声が混じって全然聞こえなかった。
――今、な、何て?
俺はどうやらファイブの手でがっしりと腰を掴まれてしまっている。俺が離れようと動かそうとしても全くビクともしない。困惑した表情で俺がファイブを見詰めると、ニヤリと笑った。その目は熱っぽく、見ていると腰がむず痒くなる。
――あれ、俺…ピンチかも?
あらぬ展開に俺はパニックになりながらも、冷静に自分の状況を分析したのだった――。